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67話 ずぶ濡れシフレ

「……シルバ、負けちゃった」


 僕は、シルバが為す術なくランファ・ミドゥーファに負けた所を――痛めつけられ、なじられた弟の姿を見て、はらわたの奥の底まで煮え滾るような感覚を覚えた。

 ランファ・ミドゥーファ……彼のことは話には聞いていた。

 とても成績優秀であり……とても性格最悪である、と。


「……殺す」


 シルバは僕にとって、かけがえのない可愛い弟だ。

 ……ほんの少し、生まれる順番が違っただけで。

 同い年の双子なのに、兄弟というものは不思議なもので……そのほんの僅かな差でも、兄の意識というものは生まれてくるらしい。

 僕はシルバにとって理想の兄でいようと、勉強も運動も魔法も、精一杯頑張った。今の僕があるのは、シルバのおかげだ。

 そんなシルバを……アイツは、あんなにも痛めつけた。必要以上に、だ。許せるはずがない。

 決勝戦というのは、ちょうどいい……絶好の機会だ。皆の目の前で叩きのめしてやれば、ランファ・ミドゥーファに圧倒的な敗北感を与えてやれる。まぁ、彼が決勝に上がれたら、の話ではあるけど。

 そして……ランファ・ミドゥーファが決勝に上がってきた場合、邪魔になる存在がいる。


「ランファくん……相変わらず最低だなぁ……」


 僕の横で、他人事みたいな感想を述べる男――リオ・エリオード。

 僕と彼は、一回戦で当たることになる。彼を倒さなければ、僕はランファ・ミドゥーファと戦うことも無く、一回戦敗退で終わりだ。


「……ごめんね。キミに恨みは無いけれど」


 本気で行くよ――リオ・エリオードくん。ごめんね。



 △▼△▼△▼



「ひ、ひえぇっ……」


 僕がランファくんの試合を見て、『相変わらず最低だなぁ』なんて感想を言った、その横で。

 ランファくんとシルバくんが戦い始めた頃に決勝進出を決めた、黒髪の美しく光る、女の子と見紛うような男の子『ハバキリ・イオリ』くんは、震えた声を出した。


「あんな怖い人……同級生とは思いたくないッス……」


 ハバキリ・イオリくんは、ハゴコロくんと同じ国の出身であるらしい。なので、家名がハバキリ、名前がイオリ。

 イオリくんは、どうやって決勝進出を決めたんだろう? ……って思って、聞いてみると。


「あっ、自分は、運が良かっただけッスね……」


 と言われた。

 偶然歩き回っていたらメダルを見つけたとのことだ。特に周りに他の学生もいなかったので、これ幸いと叩き割ったらしい。この件について、学園長は『運も実力の内、ってことさ』と笑っていた。

 イオリくんは、自嘲気味に笑いながら、愚痴をこぼすみたいに言った。


「自分、生まれてからずっと、勉強、運動、魔法……何やってもダメで。けど、運だけは良くて……リスドラルークに入れたのも、運が良かったからッス。選択問題、鉛筆転がしただけで全問正解でしたから」


 そこでイオリくんは、ギュッと拳を握り締めた。


「……ずっと、周りからは『運だけイオリ』って、バカにされてて。でも、何も言い返せなくて……。そんな自分が、もしも、変われるなら……って。そんな気持ちで、リスドラルークに入った……ッスけどね……」


 ……傍から聞いている分には、何とも羨ましい話だ。

 リスドラルークは、世界的に見てもかなりの学歴になる名門校。その名門校に、運だけで入学するのは、並大抵なことじゃない。

 だけど、イオリくんはそれが許せないんだろう。

 ……チラッと見えた彼の手にできていた、滲むような鈍い色をしたペンだこを見れば、それは何となくわかった。毎日ペンを握って、毎日勉強に励まなければ、あんな風にはならない。……これは僕の経験談だ。

 どれだけ頑張っても、努力が身にならなくて……自信も持てなくて。結局、持ち前の運に頼るしかない……それは、きっと、かなり苦しいことだと思う。もちろん、その並外れた運は、傍から見ればとっても羨ましい、恵まれたものなんだけど……ね。

 ……僕も、ずっと、身にならない努力を……魔力障害を持ちながら、魔法の訓練を続けていた経験があるから。その気持ち、少しくらいはわかるつもりだ。


「……ていうか、シフレはどうしてるんだろ?」


 ふと僕は、幼馴染シフレがどこにいるのかが気になった。

 シフレは今の今まで、目立つような大きな動きをしていないようだ。

 ……もしそんな動きをしていたら、学園長が『見て見て面白いことしてる子がいるよ!』と見せに来るはずだから。事実、先程も名前の知らない学生同士の戦いを押し付けられるように見せられた。

 僕がシャボンを操作して、シフレを探していると……結構すぐに見つかった。


『う〜〜〜〜〜〜……どこにあんのよメダルッ……!』


 シフレはそう唸りながら歩いていた。

 ……何故か、全身がびしょ濡れだった。シフレの濡れた白く長い髪が、白い肌を伝う水粒が、貼り付いた衣服が、なんだか妙に艶かしい……。

 僕は何となく、見てはいけないものを見ているような気がして、頬を少し赤らめた……と、その時。メグミさんが下卑た笑顔で近づいてきた。メグミさんはそのまま、いつの間にかどこかに行ってしまったゴルドくんのいた所に座り込み、僕の顔を覗き込んできた。


「おいおいリオくん……なぁ〜にシフレちゃんの濡れ姿に見とれてんだ〜?」

「ッ!」


 瞬間、僕の顔は真っ赤に染まる。多分耳まで赤くなっている。

 この時、改めて気づいたが、いつの間にかシャボンに映る映像の拡大率を最大にしていたようで、僕の手元のシャボンにはシフレがドアップで映っていた。

 ……無意識の内に、シフレがシャボンに映るよう拡大したのだろう。僕が。


「……別に何も?」


 僕は咄嗟に、……今更取り繕っても遅いことを内心しっかり感じながら……それでも取り繕った。

 それが更にメグミさんを面白がらせてしまったようで、彼女はニマニマと笑いながら、僕の脇腹をツンツンとつついてきた。くすぐったいしウザったい。


「いやいや〜……いやいや〜! めっちゃ見てたじゃ~ん?」

「……〜〜〜〜〜〜〜ッ!」


 プルプルと震えながら、僕は顔を真っ赤にした。

 羞恥やら怒りやら、色んな感情がごちゃ混ぜになって顔の皮膚の裏側を駆け巡っているかのような錯覚を覚える。

 いたたまれなくなった僕は、中指にだけ鋼鉄銃人アイアン・ガンマンを使い、鋼鉄化した中指でメグミさんの額に思い切りデコピンをした。


「うガあっ痛ってェ!?」


 メグミさんは海老反りになって仰け反り、額を抑えてゴロゴロとのたうち回った。それを見て、少し胸がスッとした気分になった。

 ……今の一部始終を隣から見ていて、笑いをこらえているイオリくんが、肩をプルプル震わせているのが視界の隅に映る。

 何となく悪戯心いたずらごころで、イオリくんの額にもデコピンの形に構えた中指を近づけると、彼は「わわわっ、笑ってないッス笑ってないッス!」と半笑いで必死に取り繕っていた。

 と、そんな僕にハゴコロくんが話しかけてきた。


「リオ・エリオード。貴様はシフレ・レグナソルテのことが好きなのか?」

「……黙秘で」

「そうか。時に沈黙は何よりも雄弁にものを語るな」

「……どういう意味?」

「……黙秘だ」


 ハゴコロくんはそう言うと、からかうような薄ら笑いを浮かべながら、自分の唇に自分の人差し指を押し当てて、黙るジェスチャーをした。

 うう……全て見透かされているような気がする……。

 僕はハゴコロくんに謎の敗北感を感じながら、再びシャボンに映るシフレを眺めた。

 ……しかし妙だ。シフレの魔法は、天使レグナを具現化させて、それを自分に憑依させるものだ。

 それはつまり、変身に近い。だから、一度でも魔法を使っているのなら、変身後の状態でいるはずなのに。

 僕が首を傾げていると、ハゴコロくんが桃を齧りながら……それ何個目……? まぁいいや、何個目かもわからない桃を齧りながら、僕に提案してきた。


「シフレ・レグナソルテの今に至るまでが気になるのなら、俺とファイア・ヒートフレアの戦いを観た時のように、遡ればいいじゃないか」

「あっ、そっか。ありがとね」


 彼にお礼を言って、僕は早速シャボンを操作して過去の映像を遡った。

 学園長の『もうシャボンの操作をマスターするとは……飲み込みが早いねぇ、賢すぎる』という感嘆の声と、それに対するメグミさんの『そりゃ、アテクシ自慢のリオくんですもの、オホホホホ!』という謎のマダムのような寸劇が耳に入ってきたが、とりあえず無視をした。

 メグミさんの額は、デコピンした部分が真っ赤になっていた。アレ痛くないのかなぁ。まぁ、僕がやったんだけど。


「さて、とりあえず……試合開始辺りからでいいかな……」


 僕はシャボンを操作し、目的の時間軸の映像が映ったことを確認すると、シャボンを覗き込んだ。

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