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6話 葛藤するランファ

 リオがミノタウロス・コクーンを魔力の放出のみで吹き飛ばした、同時刻。

 医務室で、アーリンの探知魔法によって生み出されたスクリーン、そこに流れる中継映像を見ていたメグミは、跳び跳ねて喜んでいた。


「やったぜリオくん!」


 メグミは後頭部で一纏めにした黒髪を振り乱しながら、映像を見ていた。そして、それを見ながら彼女は、少し前にリオとしたやり取りを思い返していた。


『どうしよう……あのっさい先生、吹っ飛んじゃったよ!?』

『お願いします、メグミさん!』

『うわっ、何急に!?』

『僕に、マッサージをお願いします!』

『……!』

『メグミさんがマッサージしてくれれば、僕はまた魔力が使えるんですよね!?』

『そ、そうだって、あの先生は言ってたけど……』

『なら、お願いします!』

『……わかった。そこのベッドに横になって。さっきよりも、もっと強く、ほぐしてあげる』


 ……というようなやり取りの後、アーリンの元へと向かうリオの背中を見届けたメグミは。ずっと、映像の前で固唾を飲んでいたのだ。

 自分の右手を見下ろしながら、リオをマッサージしていた時の感覚を思い出す。


(……リオくんだけじゃなくて、あの小っちゃい先生もだけど。この世界の人って、皆、身体の中に()()()()()()()()()()()()


 メグミは昔から、人のオーラだとか、そういうものが視えるタイプの人間だった。昔から人には視えないものが視えるのだ。

 彼女はそのオーラが視える能力を、整体など色々なことに応用してきたのだが……。


「あの光が魔力だとするなら……リオくん、かなり半端ないよね~……」


 だからこそ、彼女の目には、リオの秘めたる魔力が誰よりも早くわかったのだ。だからこそ、リオに出会った時に彼女は言った――『……ってか、キミ、凄いね。眩しいね』――と。


「いやー……もし、あたしのマッサージが効いてなかったら、二人共死んじゃってたよね……考え直すと怖くなってきたな……」


 メグミは自分の身体を抱くように腕を組んで、ゾッと身震いした……かと思うと、次の瞬間には誇らしげに胸を張り、鼻の下を自慢気に擦っている。


「流石はあたしだ……。突然の異世界ファンタジーに、魔法使い。それに柔軟に対応し、マッサージによって悩める若き少年に道を示すとは……あたしヤベェな……。我ながら恐ろしい女だ」


 鼻歌でも歌うように、つらつらと自分以外誰もいない医務室で喋り続けるメグミ。彼女は、一人ぼっちや沈黙が耐えられないタイプの人間だった。

 そう、この医務室には、メグミ以外の人間は誰もいない――はずだった。


「動くな」


 突然、男の声が聞こえた。そして同時に、後ろから左腕を背中側に引っ張られ、捻り上げられた。関節を極められ、動けなくなった彼女は、更に口元を手で覆われた。彼女はくぐもった声を出しながら、目を白黒とさせる。

 そんな彼女に、背後からメグミを捕らえた男は、もう一度繰り返した。


「動くな。俺は右手にメスを持ってる。この部屋に、何故だか知らねェがたっぷり撒いてあったからな……一本拝借させてもらった。暴れようもんなら、うっかり刺さっちまうかもな」


 そう言いながら、男はメグミの背に何か尖ったものを突きつけ、存在感を与えた。

 メグミは辺りを目だけで見渡した。……確かに、医務室にはあちらこちらにメスが刺さっている。主に、アーリンがメグミを黙らせるために投げたものだ。


(これが身から出た錆……ってやつか)


 メグミは我が身を振り返り、やれやれと嘆息した。もう少しアーリンの前で大人しくしていれば、こんなに医務室の床や壁がメスまみれになることはなかった。しかし、小さい身体で憤慨するアーリンが面白く……メグミはつい、悪ノリを続けてしまったのだ。

 そのまま彼女は、しんと静まり返る医務室の中、薬品の匂いに鼻をひくひくとさせながら、我が身を振り返っていた脳を回転させた。記憶を辿るためだ。


(今、あたしを脅してる声……聞いたことあんだよなー……まぁ、こっちの世界に来てから出会った人間なんて数えるほどしかいないけど)


 やがて、彼女の脳裏に一人の男が浮かび上がった。得心したメグミは、背後に立つ脅迫男に、正面を向いたまま話しかけた。


「キミ……さっきの、リオくんをイジメてた、イジメっ子だよね」

「……ああ。ランファだ。ランファ・ミドゥーファ」


 背後の男は――ランファは、隠しもせずに答えた。

 メグミはそのまま話し続ける。


「自己紹介ありがとう。ランファくん……ついでに聞くけど。キミが今、あたしの背中に突きつけてる凶器……メスじゃないでしょ?」

「……ッ。何故そう思う」

「んー……何となく?」


 ランファは不機嫌そうに舌打ちをした。そして、メグミを解放し、手に持っていたもの――鉛筆を、正面に放り投げた。床に転がった鉛筆は、カランカランと、高らかな木の音を立てた。

 ランファは不機嫌そうな仏頂面のまま、メグミを睨みつけて言った。


「その通りだ。突きつけてたのはメスじゃない。鉛筆だ」


 メグミは関節を極められていたために痛む肩を軽く回しながら、ランファを睨み返した。


「どうしてあたしを脅したのかな?」


 しかし、彼女に答えが返ってくることは無く。ランファは沈黙を続けた。

 そんなランファに、メグミは鼻で笑って挑発した。


「はっ。悪いことしてたのがバレて黙り込むとか、クソガキ精神もいい所だね」


 そのメグミの挑発は、ランファを怒らすには充分だった。

 突発的に彼はメグミの腕を掴み、力の限り握りしめた。そして、彼女の首を掴み、彼女の身体を医務室の壁に押し付け、威圧するように睨みつける。

 突然壁に押し付けられたことで、メグミは背中に強い衝撃を受け、咳き込んだ。


「ゲホッ、ゲホッ。……何? いきなり。痛いんですけど」

「黙れ」


 メグミとランファ、二人の視線が交差し合う。今にも爆発しそうな、一触即発の雰囲気の中、二人は睨み合いを続けた。医務室の中は、アーリンの魔法によって映し出される、ミノタウロス・コクーンの暴れていた広場の喧騒以外、何も聞こえない。

 やがて、睨み合いは続き……医務室の中を支配していた重苦しい沈黙を切り破ったのは、メグミだった。


「キミはどうして、リオくんをイジメるのかな」


 彼女はそう、真っ直ぐランファの目を見て問いただす。そんな彼女の視線を、ランファはうざったそうにしながらも、唇を歪めて答えた。


「弱ェ奴をいたぶって、何が悪ィってんだよ」

「全部。行為から生き様まで、全部悪ィよ」

「……で? だから何だよ?」


 皮肉っぽく唇の端を吊り上げて笑うランファ。そんな彼を無視して、メグミは目を細めて、ランファの嘲笑する顔を、その奥を……まるで仮面の向こう側を覗き込むように見て、皮肉気な笑いを返した。


「ってかさぁ……あたしはよく、魔法のこととかわかんないんだけどさ」


 そんな彼女の表情に、ランファの皮肉気な笑みは瞬時に警戒の表情へと変わった。

 メグミは口を三日月形に歪めて笑う。未だに、メグミはランファによって壁に押し付けられており、彼女の首にはランファの右手がかけられている。それにも関わらず、彼女は挑発を止めることは無かった。


「キミは、リオくんが魔法を使えなかったから、イジメてた訳でしょ? でも……リオくんはもう、魔法を使えるよ? それも、すっごいのが。キミの身体も、でっかい牛も、吹っ飛ばせるくらいにさ」


 そのメグミの言葉と同時に、壁の映像はリオの笑顔のアップになった。映された彼の晴れやかな笑顔は、どこか、先程までは無かった自信が垣間見えて……。

 メグミの言葉に、ランファは何も返さなかった。だからこそ、メグミは我に機があると見て、口撃を続けた。


「キミがイジメを続ける理由、もう無いよね? それとも……認めたくない、認められないから……イジメを続ける気かな?」

「俺が何を認められねェって?」

「キミよりもリオくんの方が魔法の才能があるってことをだよ」


 この時、ランファの背筋には、冷たい電撃のような刺激が走っていた。その刺激は背筋から足元に伝ったかと思えば、また足元から背筋を帰るように伝い、脳天まで昇り、そしてまた足元まで戻っていく……。視線が泳ぐ……視線の泳いだ先には、リオの笑顔が映る壁があった。それをまじまじと見てしまったランファは、喉の奥が詰まり、声が発せなくなっていくような幻惑まで覚え始めていた。


「俺より、アイツの方が……優れてるって、言いてェのか?」


 やっと、詰まった喉奥からそう言葉を絞り出したランファ。彼の視線は、壁に映るリオの顔に釘付けになっていた。

 しかしメグミの詰問は止まらない。


「さっき、リオくんがキミ達を吹き飛ばした時……キミの取り巻きが言ってたよね」


 ――普通は魔力の放出だけじゃ、リンゴ一個動かすのが限界だ!――


「キミがどれだけ凄い魔法使いなのかは知らないけどさ。魔力の放出……ってヤツだけで、リオくんみたいなことはできないんじゃない?」

「……ッ」

「何も言わないってことは、図星ってことでいいのかな」

「……うるせェ。うるせェ、うるせェ、うるせェッ……んな訳ねェんだよ……アイツが俺よりッ、魔法が上手い訳……あってたまるかッてんだよッ!」


 そう、首を横に振って、髪を振り乱して叫ぶランファの、その表情かおは。……余裕が一切感じられない、切羽詰まったと言ったような表情かおで。

 ランファは再びメグミに凄み、怒鳴りつけるように質問をした。


「お前は何か知ってんだろ!? アイツが魔力を使えた原因……理由! 教えろッ!」

「知って、どうすんの」

「質問してんのは俺だ……!」

「それが質問してる人の態度か?」

「うるせェ黙れ! いいから教えろ!」


 とうとうランファは、メグミの胸ぐらを掴み上げ、拳を振り上げるまでに至った。頬は紅潮し、瞳は怒りに揺れている。

 しかしメグミは、怯みも臆しもせず、目をつむって嘆息するだけだった。


「黙れと言ったり、教えろと言ったり。無茶苦茶言うなぁ、キミは」

「……畜生ッ。畜生ッ、畜生ッ、畜生ッ!」


 ランファのその拳が、メグミに振り下ろされることはなかった。彼は怒声を上げると、乱暴に掴み上げたメグミの胸ぐらから手を離し、逃げるように踵を返し、医務室を後にした。

 そして、彼の去った後で。たった一人、医務室でメグミは、ランファの去って行った方と、壁に映し出されたリオの笑顔、その両方を見やって。


「……イジメっ子とイジメられっ子、なんて、単純な関係じゃ……なさそうだね?」


 そう、ぽつりと呟いた。

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