64話 それなりに
時は戻り、ファイアとハゴコロが戦闘中の洞窟内。
ハゴコロは、洞窟から弾き出されたランファの方を見ながら、ファイアに話しかけた。
「……一人脱落、だな。これで残るは貴様のみ」
「だな! ま、俺が勝つけどな!」
「吠えるな下郎。弱い犬ほど何とやら、だ」
「ああ? 俺は強い犬だ!」
「犬は訂正しないのか?」
どことなく頓智気なやり取りを交わすその最中にも、両者は共に魔力を体内で練り上げ続けていた。
その内から漲る魔力が、ファイアの身体からは火花となって、ハゴコロの身体からはつむじ風となって、それぞれ洞窟の中を巡っていく。
「【炎魔法――」
先に仕掛けたのは、ファイアからだった。
「――フレイムスフィアシュート】!」
火球を手の上に複数個生み出し、それをハゴコロに向けて放つ。灼熱の火球が弧を描き、ハゴコロへと襲いかかった。
ハゴコロはその火球を全て、蹴りで薙ぎ落とした。
「【風魔法――風神烈風脚】」
つむじ風を纏わせた足、その一蹴りで火球を対処したハゴコロは、そのままその足で洞窟の壁面を蹴り砕いた。
その、砕いた岩壁の破片を足に纏ったつむじ風が飲み込み、砕き、砂塵と変わる。
「複合魔法を使わずとも。工夫次第で、複合魔法のような魔法をその場で編み出すことは可能だ」
こんな風にな――そう言って、ハゴコロはファイアの方に、己の足に纏わせたつむじ風を前蹴りの要領で蹴り飛ばし、射出した。
その、砂塵の大量に混ざったつむじ風は、ミサイルのようにファイアの方へと突き進む。
ファイアは最初、それを受け止めようと前に手を伸ばし――そして瞬時に引っ込めた。
それは、彼の野生の勘のようなものが働いた結果だ。彼の直感が、このつむじ風に触れては不味いと囁いたのだ。
「どわっ、とぉ!?」
上体を背中の方に反らし、まるでイナバウアーのような格好でつむじ風を避けるファイア。
つむじ風はそのまま、洞窟の壁面に突き刺さり、霧散した。
そしてファイアは、そのつむじ風の衝突した壁面を見て、目を見開いた。
「うおっ……」
壁面には、円錐状の深い穴が開いていた。その穴がつむじ風の形に沿ってできていることは、ファイアでもわかった。硬い岩壁に容易く穴を開けたあのつむじ風は、もはや風のドリルと言っても差し支えは無いだろう。
ハゴコロはそんなファイアの判断を見て、ほぉ、と感嘆の息を漏らす。
「中々やるじゃないか、ファイア・ヒートフレア。もし直に触れていたなら、つむじ風に混じった砂塵が、貴様の手をミキサーにかけるかのようにズタズタに引き裂いていただろうに」
「……なんかヤベェ気がしたんだよな。やっぱ当たりか」
冷や汗を流しながら、ファイアは崩れた体勢を再び整えた。
ハゴコロは口元のみを薄く笑みの形に歪めながら、先程の自分の魔法についてファイアに説明した。
「今のは、先程も言った通り……その場で即席で土魔法と風魔法の複合魔法を再現した、なんちゃって複合魔法だ。【廻天塵風】とでも名付けようか」
それを聞いたファイアは、首を捻って疑問を口にした。
「……そりゃスゲェが、なんで俺に教えてくれるんだ?」
そのファイアの疑問に、ハゴコロは虚を突かれたような顔になった。
そして、自分で自分がわからないと言った様子で胸に手を当て、少しだけ考え込む仕草を見せ……そして、笑った。
「……何でだろうな? 何故俺は貴様にわざわざモノを教えてやっているのだろうな? ……ただ、これだけはわかる――今、俺は無性に楽しんでいる! 闘争を! 魔法を! 殺し合いを! フッ……フッハハハハハハハ! 今まででは考えられなかった、清々しい気持ちだ!」
ハゴコロのその歓喜の声は、洞窟内を反響し、鈍く響き渡る。
それを聞いて、ファイアも嬉しそうに歯を見せて笑い、ハゴコロに負けじと声を反響させた。
「へっ、そうかよ。なら、もっともっと熱く滾ろうぜ……もっともっと楽しくなっからよぉ!」
「ああ。見せてみろ、ファイア・ヒートフレア。お前の魔法を、闘志を、全てを!」
ハゴコロは魔導で全身を強化し、ファイアの魔法を受ける体勢を取った。
そんなハゴコロに対し、ファイアは。
「【炎魔法――ヒートメタルパンクロック】!」
そう言って、ギターを奏でるかのような仕草をした。
その動作は、エアギターではあるのだが、しかし。
本来であれば弦があるであろう所に、ファイアの左の指が激しく往復すると、まるでギターの音色が激しさを増していくかのように、地面に描かれた魔法陣からツタ植物のような細長い炎が、ファイアの身を囲むように伸びていく。らんらんと燃えるツタ植物のような炎が、鮮やかにファイアの全身を照らした。
その様子を見ていたハゴコロは、その魔法がどんな魔法であるかを考察し始める。
(自分の身を囲むように、複数の炎がツタのように絡み合って伸びている……ここからどうなる? 弾けるか……あるいは防御魔法? それとも、縄のように伸びて敵を縛り付ける類いの、拘束魔法か?)
そこまで考えて、ハゴコロは脳裏にある魔法使いの姿が浮かんだ。その魔法使いは、過去にハゴコロが忍者として活動していた時、任務の中で殺した男だ。その魔法使いは、まるで指揮者のように指揮棒を振るい、自らの魔法を操っていた――
(なるほど――全部か!)
――ハゴコロはファイアの魔法を、ファイアの性格と、己の過去の経験から考察した。
その結果、導き出した結論がこれだ。
(ファイア・ヒートフレアは思慮が浅く、考える力が無い……それ故に! 自身の魔法に役割を固定させることはない! 奴が魔法で管理しているのは精々が炎の形程度――あの魔法も、ただ単に細長い炎を自由に操れる、ただそれだけのこと!)
そのハゴコロの読みは当たっている。一つの間違いも見落としも無く、ファイアの魔法も性格も、全て見切っている――だが、しかし。全て読み切られたとしても、その事実はファイアにとってそこまで不利には働かない。
何故なら、それ以上のことをファイアは何も考えてはいないからだ。
ファイアはリオやハゴコロのように考えながら戦うタイプではない。純然たる本能のままに戦う、魔法と戦闘に長けた才能の塊――それがファイア・ヒートフレアという魔法使いだ。
(考えるだけ、無駄か)
ハゴコロは、ファイアの考察に自らの戦闘リソースを割くことの無意味さを知ると、全ての考察を放り投げた。
そして、ハゴコロもまた、戦闘のスイッチを切り替える――ファイアと同じく、本能で戦うことにする。
「行くぜェハゴコロ……ヒートでメタルでパンクでロックなッ、俺の魔法を見せてやらァ!」
最後にファイアが思い切りの大振りでギターを掻き鳴らすような仕草をすると同時に、細長い炎は一直線にハゴコロを捕らえんと迫った。
ハゴコロはクナイ型の魔力塊を二本作ると、それを両手に構えて、ファイアの魔法に立ち向かった。
最初の一本目は、軽々と身を翻して避けた。
二本目と三本目はクナイを用いて炎を横から叩き、軌道を逸らした。
すると、四本目と五本目、そして先程避けた一本目が同時に三方向から襲いかかってきた。
その三本に対し、ハゴコロは跳躍して天井に張り付き、二本の炎にそれぞれ一本ずつクナイをぶつけて相殺した。そして、残る一本は――
「フッ!」
――天井を蹴り、自ら炎へと飛び込んだ。
更にハゴコロは空中で、己の右腕に風の魔力を纏わせた。
そして、その風が渦巻く腕で、ファイアの放つ細長い炎を全て、綿あめのように絡め取った。
「っ……マジかよ!?」
それを見て、ファイアは驚愕した。
彼の視線の先でハゴコロは音も無く着地し、着地時のかがんだ体勢のまま、風に乗った炎が渦巻く右腕を上に掲げている。
体勢を整えたハゴコロは、見下すような瞳をファイアに向けた。
「先程も言ったはずだ。その場、その状況を利用すれば、複合魔法を再現できる……とな。ファイア・ヒートフレア……貴様の炎は扱い易い」
「……ッ!?」
ファイアは突然の蔑みに、顔を歪めた。
ハゴコロは楽しみを惜しむかのような声色で続ける。
「貴様のその魔力量、出力、魔法や戦闘のセンス。目を見張るものこそあれど……まだ青い。これ以上、俺が貴様から得るものは無さそうだ。――楽しかったが、終わりにしよう」
そう言うとハゴコロは、右腕に纏う風と炎の魔力を、手の平の上で手裏剣の形に変えた。
それは、手裏剣と言うには、余りにも巨大であった。優に風呂桶のサイズを越すほどの大きさのそれを、ハゴコロはファイアに向けて投げつけた。
「【即席複合魔法――烈火烈風手裏剣】」
ファイアは眼前に迫るその手裏剣に対し、咄嗟の判断で魔導を使用した。腕に魔力を一挙に集中させ、更にそこに自身の炎の魔力を重ねて防御力を上げる。
「こん……のォ……!」
ファイアは歯を食い縛りながら腕に魔力を込めた。
すると、ファイアの纏う炎にある変化が起き始めた。ファイアのその尋常ではない魔力量と魔法センスが、一時的に身に纏う炎を硬化させ、まるで鎧のようになってファイアの腕を切断から守ったのである。
だが、切断は防げても、衝撃まで防げはしなかった。
「くっ……そぉぉぉぉぉぉぉッ!」
ファイアの身体は、ハゴコロの魔法に押されて宙に浮いた。
今、彼の身に襲っている衝撃は、ダンプカーに衝突された時と同じくらいのものだ。
当然、ファイアはそのまま大きく後ろへと吹き飛ぶことになる――
「ッ――ぐあああああああああっ!?」
ファイアは、自らの全身から骨が軋む音を聞いた。
そして、全身に走る激痛が、彼の喉の奥から自然に悲鳴を上げさせる。
彼の身体は、洞窟の奥深くへと吹き飛んでいった。
ハゴコロが彼の行く先を追いかけると、そこには――
「これは……」
――メダルを祀るかのように飾られた、黄色のメダルがあった。
そして、吹き飛んだがためにボロボロになった身体を引きずりながら、そのメダルに手を伸ばすファイアの姿も、ハゴコロの視界に入る。
「……メダルを、破壊、すれば……っ……俺の、勝ち……っ」
ファイアの行動と言動を見聞きして、ハゴコロはこの戦いの勝利条件を推測した。
「……そういえば ランファ・ミドゥーファに付き合わされたせいで、決勝進出条件を聞いていなかったな。なるほど、あのメダルを破壊するのか。容易い」
そしてハゴコロは、クナイ型の魔力塊を手の上に創り出し、メダルに向けて投げつけた。
それは、吸い込まれるようにメダルへ一直線に突き進み、一撃で真っ二つにかち割った。
「あっ……」
ファイアの目の前で割られたメダル……その破片から黄色の粒子が流れ出て、ハゴコロの身を包んでいく。
それを無情にも見つめることしかできないファイアを、ハゴコロは一瞥して。
「これで俺は決勝に進める訳だ。ファイア・ヒートフレア……楽しかったぞ、それなりに。礼を言う」
そう言うと同時に、粒子に包まれて洞窟の中から消えた……決勝進出が確定し、リオ達のいる決勝進出者のための待合空間に移動したのだ。
先程までの戦乱を忘れたように静かになった洞窟の中。そこで横たわるファイアの胸中には、先程言われたハゴコロの言葉が深く痛烈に突き刺さっていた。
「……それなり、かよ。俺は……!」
ギリリッ、と歯が鳴るほどに固く噛み締め、ファイアは己が身を焼き焦がすのではないかと思うほどの悔しさに苛まれた。ファイアは先程の戦いを反芻する中で……自分と、ハゴコロやランファの間にある、絶対的な実力の差に気づいてしまっていた。
「さっきの戦い……アイツらに比べて……明らかに俺だけ、食らったダメージ多かったよなぁ……」
ファイアは俯いた。そして、わなわなと全身を震わせる。目の奥から熱いものが溢れ出し、頬を伝って流れ落ちる。
今彼は、生まれて初めて抱く感情に――挫折感という感情に、ただ涙を流すほかなかった……。
ファイア・ヒートフレアVSツチノヒ・ハゴコロ――決着。勝者――ツチノヒ・ハゴコロ。




