61話 一対多の鉄則
ゴルド・ウルトラマリンは、隣の同級生の頭を斧でかち割ったその時、その内心でこう考えていた。
(いきなり殺っちゃったけど、大丈夫だよね……!?)
その貼り付けた優しい笑みの裏側で、彼は滅茶苦茶に焦っていた。
彼は常に冷静沈着そうな笑みを浮かべているが、その中身は結構な小心者である。
女子が苦手で、奥手で、小心者。
こう表すと、まるでダメな男のように思えてしまう――だが、しかし。魔法の才覚は人並み以上だ。
「っ……うああああああああっ! 【風魔法――シルフィ・ゲート】!」
突然始まった殺し合いにパニックになった、派手な見た目をした女子学生が、ゴルドに向けて風の魔法を放つ。緑色の扉が現れ、その扉の中から人一人飛ばしてしまうほどの強風が吹き荒んだ。
その強風はゴルドの身体を浮かし、大橋の外まで吹き飛ばした。このままでは、天空列島から落下し、死亡――つまり予選で脱落してしまう訳である。
しかし、ゴルドは至って冷静だった。
「【風の泉よ】」
ゴルドがそう唱えると、宙に魔法陣が浮かび、そこから泉がこんこんと湧き出てきた。
その泉に、ゴルドは両の手に一本ずつ持っていた片手斧を、両方、共に投げ入れる。
すると、泉の中から、投げ入れた片手斧が風の魔力を付与された状態で飛んで返ってきた。その様はまるで、泉に斧を投げ入れる動作を逆再生しているかのようだ。
風の魔力が付与された斧を空中で構え、ゴルドは魔法を行使した。
「【風魔法――ツインアックス・シルフィードロンド】」
すると、巻き起こる強風の中で、ゴルド一人が空中で舞うかのように身体を翻し、そしてクルクルと体を回転させながら大橋の上へと戻ってきた。
「今の魔法は、斧に付与した風の魔力で、僕に有利な気流を作り出す魔法だ。僕を落とそうとしても無駄だよ――少しなら浮けるから」
ゴルドはそう言って、青色の前髪を掻き上げて笑った。一房の金色のメッシュが、鮮やかに揺れて光った。
「殺すつもりなら、ちゃんとその手で殺しに来てよ」
その笑顔を見て、ミィシャは背筋にゾッとしたものが伝うのを感じた。怖気づき、逃げ出したくなる衝動に襲われるも、そんな彼女の胸中に、一人の少年の顔が浮かぶ。
(……リオくんなら。逃げない……!)
ミィシャにとって、リオという少年は、昨日初めて話したくらいの関係性でしかないはずなのだが……しかし、そのたった一日だけで、ミィシャの心の中にリオ・エリオードという存在は深く刻まれたのだった。
ぐっと気持ちを込めて、ミィシャは魔法を行使した。
「【鋼鉄魔法――影鎌】!」
ミィシャは己の影に右手を差し込み、その中から黒い大鎌を引き抜いた。柄の長く、刃渡りの長いそれは、まるで命を奪う死神の鎌を彷彿とさせる。
それを見たゴルドは、目を細めて微笑んだ。
「弟を思い出すね」
ゴルドの弟、シルバ・ウルトラマリンも、ゴルドと同じく斧をイメージシンボルにしている。違いと言えば、ゴルドは片刃の片手斧を二本創造するのに対し、シルバは柄の長く刃の大きい両刃の大斧を一本創造する、という部分である。
だから、大鎌を構えるミィシャに、シルバの戦闘スタイルを想起したのだ。
そして、そのミィシャの行動に後押しされるかのように、他の学生も各々戦闘態勢を取り始めた。
ゴルドはその光景を見ながら、焦燥を感じ始めていた。
(不味いな……今のこの状況。僕一人VS皆、みたいな構図になっちゃってる)
硬直状態を、最初の一殺を決めることによって解いたゴルド。それ自体は良かったものの、その後の煽りなども相まって、意図せず一対多の状況になってしまったのである。
ゴルドは全員の顔を見渡しながら、口元に手を当てて考え込んだ。
(他の人の力量知らないからなぁ。僕より強い人いたらキツいなぁ。……まぁ何とかなるか。パッと見た感じだと僕より強い人いなさそう。……強いて言うなら、鎌を取り出したあの女の子かな)
そして最後に、ミィシャの顔を見て、そこで視線をピタリと止めた。
……そして、ゴルドは頬を赤くした。
(……女の子の顔をまじまじと見つめてしまった……! うあああああああ……!)
ゴルドは女子が苦手だ。それはもう、見つめるだけで鼓動を高鳴らせ、頬を赤く染めてしまう程に。
ゴルドは案の定、ミィシャを数秒見つめただけで、額に汗を浮かべて目線を泳がせ始めた。
そしてその隙を、一人の男子学生は見逃さなかった。
「隙アリなんだぜ優男ォ!」
その学生は、魔力で生み出した巨大な団扇を振りかざし、思いっきり扇いだ。
「【風魔法――カマイタチ・カーニバル】!」
団扇から生み出された風に乗って、真空の刃が幾重にも重なってゴルドに襲い掛かる。
それを、ゴルドは。
「――おっと」
先程までの、女子に照れてドギマギする様子を一瞬にして引っ込め、両手の斧を器用に素早く振り回し、全てのカマイタチを弾いた。斧に纏わせた風が気流を生み出し、真空の刃に風を送り込み、弾道を変化させたのである。
そのままゴルドは、涼し気な笑みでその学生に近づいた。
学生は巨大な団扇を掲げながら、第二撃の魔法を放つ体勢を取っている。
そんな彼に、ゴルドは優しく語りかけた。
「一対多の鉄則――それは多人数を纏めて相手取るのではなく、一対一を複数回繰り返す、という意識を持つことなんだ」
「あん?」
突然話しかけられた学生は、当然のように眉をひそめた。突然突拍子の無いことを話しかけられれば、こうなっても仕方のないことである。
「何言ってんだ、お前……訳わかんねぇこと言ってんなよ!」
そう怒鳴りながら、再び魔法を使うために団扇を振ろうとした――しかし。
「じゃあ、わかりやすく言い直そう――最初の一人目がキミだ……ってこと」
ゴルドはそう言うと共に、歩を早めた。
瞬時にゴルドは、団扇を振るう学生の、その懐に入り込み、右手の斧で団扇をへし折り、左手の斧で学生の首をかっ裂いた。
「これで、残るは二人」
すぅっ、と細めた瞳で、ゴルドは大橋の上に残る二人の学生を見た――そして、内心でしまったぁ……と嘆いた。
そう。残る二人の学生はどっちも、彼の苦手な女子だったのである。
その内の一人――ミィシャは、影の大鎌を構えて、既に戦闘態勢。
それに感化され、その隣の女子学生――先程ゴルドを風の魔法で吹き飛ばした派手な見た目の女子――も、戦闘態勢である。
(男の子、一人残しておくべきだったな)
そう後悔しつつも、ゴルドは内心の動揺を悟られないよう、薄い笑みを顔面に貼り付けて、メダルを砕くための行動に移ろうとしていた。
「交渉しないかい。僕にそのメダルを譲ってくれれば、キミ達は見逃してあげるけど」
そう、ゴルドは提案した。
もしこの提案を二人が飲んでくれれば、彼はわざわざ苦手な女子を相手にせずに済むのだ。その思惑あっての提案だったが……。
「お断りします」
ミィシャはそう言って、影の大鎌を更に深く構え。
「うっせーんだよ優男気取り」
もう一人の女子学生は、そう言ってベッと舌を出して中指を立てた。
その舌の先にはピアスが飾られており、横目でそれを見たミィシャは内心でひええ……と肝を冷やした。
ミィシャにとって、派手な格好をした彼女は、普段の日常生活では到底お近付きになりたくないタイプの女子であったのだ。
と、その時、その女子学生がミィシャのその内心を知らずに話しかけた。
「あーしは『スピア・ガーテゲート』。スピちゃんって呼べ」
突然苦手なタイプの人間に話しかけられたことにより、動転したミィシャは、素っ頓狂な声を上げた。
「うっひゃぁ!? わ、わわわ、わたっ、私は『ミィシャ・シーモンス』です……」
瞳を泳がせながらそう返したミィシャに、女子学生――スピアは、舌ピアスを見せながら微笑みかけた。
「おっけ、ミィちゃんね。とりあえず共闘しよ。アイツなんかムカつくし、ひとまずあのニヤニヤ笑顔を、あーし達で歪ませんぞ」
「は、はい……」
内心で(なんか妙なことになってしまった……)と狼狽えるミィシャ。
同じく内心で(女の子にうるさいとかムカつくって怒られるの……辛いなぁ……)と涙を流すゴルド。
これまた同じく内心で(ミィちゃんおっぱいデッケー……後で揉ませてもらお)と戦闘に関係ないことを画策するスピア。
こうして、リオと第一回戦で戦う人間を決める、赤のメダルの争奪戦が始まったのである。




