58話 共喰い
「うら若き少年少女達が、現実でないとはいえ、己の全力を賭して同級生と殺し合う。イカれている、と言われても言い返せないかもね」
ここは、リオ達のいる模擬戦用の夢世界の外――現実世界。ロンリュー湖のほとりだ。
そこで、ウルティオルとメグミは横に並んで、夢世界での戦いを覗き見ていた。
メグミは模擬戦の様子が映るシャボン玉のようなもの――ウルティオルの魔法によって生み出されたものだ――を見ながら、先程のウルティオルの呟きに、愉快そうに頷いた。
「確かにねぇ。ほら見て、エンチョーセンセ。リオくんなんてさ、ほら……めっちゃ楽しそう。友達と殺し合ってんのに。イカれた教育からはイカれた子供が育つのかな?」
メグミの見るシャボン玉には、ネミコを殺さんと立ち向かうリオの獰猛な笑顔が映し出されている。確かにそれは、同級生を殺そうという者の顔ではない。
メグミのその問いかけに、ウルティオルはくっくっ、と笑った。
「そんな様子を楽しそうに見てるキミも、相当だと思うよ、メグミくん」
「あたし、グロとか大丈夫系女子なんで」
「そういう問題じゃないと思うけどね? ……後、女子って年齢なのかい、キミは」
「何? なんか文句でもあんの?」
「……文句というか、純粋な疑問だよ」
「疑問かぁ。それなら答えてあげよう。乙女はいつまでも乙女なんだよ……トキメキを忘れなければ……ネ★」
「そっか」
ぶりっ子のようにウインクをしたメグミに、極寒の視線を向けるウルティオル。彼のいつも閉じた眼は珍しく開かれ、その宝石のような煌めく瞳から放たれる視線が、冷徹に彼女の胸を穿つ。
スンとした表情を保ったままシャボンに視線を移したウルティオルを見て、メグミも不服そうに唇を尖らせながら視線をシャボン玉に戻し、リオを応援した。
「リオくん……頑張ってね」
そして、そのメグミの言葉に応えるかのように、シャボンの映像の中で、リオの拳は武装蟻の腹部を捉えていた。
△▼△▼△▼
僕の鋼鉄化した拳が、ネミコさんの召喚した武装蟻を捉えた。武装蟻の身体は“く”の字に曲がる。
そのまま僕は何発も殴り、蹴り、四本の脚から放たれる斬撃が来る度にそれを躱す。
それを繰り返す中で、武装蟻の明確な隙を見つけた僕は、その隙にねじ込むように魔法を撃ち込んだ。
「【炎魔法――フレイム・バズーカ】!」
そして、遂に武装蟻を大きく吹き飛ばすことに成功した。
「……ッ、嘘でしょリオちん!」
驚愕と焦りを隠せずに、そう叫ぶネミコさんに、僕は魔力弾を撃ち放った。
だが、狼狽えてはいるものの、隙だらけという訳ではないらしい。上手に鎧蟻で弾かれてしまう。
ネミコさんは唖然としたような表情で、僕に問いかけた。
「あのさぁ! うちの武装蟻、そんな簡単にあしらえる!? そんな弱いかなぁ!?」
そう質問する彼女は、自信の揺らぎを隠せずに、瞳に涙が薄く滲んでいる。
僕は正直に答えた。
「いいえ! この蟻、とっても強いですよ! 安心してください!」
「そっかぁ! そのまま殺されてくれたら、もっと安心できるんだけどなっ!」
「それは無理です! だって、僕――この蟻よりも強い刀を知ってますから」
僕のその答えに、ネミコさんは欠けたパズルにピースがハマった時のような顔をして。
そして、後頭部を悔しそうに掻き乱し、うがーっ、と吠えた。
「うがーっ! そりゃそうだー! リオちん、アイツと引き分けてるんだったね!」
そう。確かに、ネミコさんの召喚した武装蟻は強い……けど。僕は、それよりももっと鋭い太刀筋を知っている――ランファくんだ。
ランファくんと比べれば、たとえ刀が四本あっても、全然別物。ランファくんと戦った経験を、存分に活かせる。
ネミコさんは舌打ちをすると、僕に吹っ飛ばされた武装蟻の方に近づき、立ち上がらせた。
真横に立たせた武装蟻の頬を撫でながら、ネミコさんは僕を睨みつけた。
「……今のままじゃ、うちはリオちんに勝てない。武装蟻がダメなら……今のうちの魔力じゃ、リオちんを殺し切れない。メダルを破壊しに行こうにも、今の武装蟻じゃ、足止めができない。だから……今ここで、うちは新しい魔法のイメージを作る。ってか、今思いついたから、やってみる」
そして、とんでもないことを言い始めた。
今ここで……新しい魔法のイメージを?
それはつまり……どういうことだろ……?
「……そんなこと、できるんですか?」
僕が彼女の真意を掴めずに、間抜けな質問をすると、ネミコさんは武装蟻の口元に、自らの腕に纏わせた鎧蟻と、手の平に乗った弾蟻を近づけた。
「うん。イメージはできてるよ。だから試しにやってみる。【武装蟻――共喰い】」
――その魔法の名前を聞いた時。ようやく僕にも理解ができた。
武装蟻は、その僕のイメージに違わない行動をした。口元に差し出された鎧蟻を、己の顎で噛み千切り、噛み潰し、飲み込む。
僕はそれを阻もうと弾丸を撃とうとしたが、邪魔はさせないと言わんばかりに、先程召喚された毒蟻が僕の身の回りに溶解液を噴射した。急いで毒蟻を炎魔法で薙ぎ払ったが……一足遅かった。
「よく食べたね。偉い、偉い♡ 鎧蟻と弾蟻を食べて、お腹いっぱい、強化できたよね。じゃあ……もう少しだけ、頑張ってくれる?」
ネミコさんは武装蟻の頬を優しく擦った。その様はやけに艶めかしく見えた。普段の彼女の明るい様子とは正反対の、色気が見えた。
すると、武装蟻の全身が輝き始め、脱皮をするかのように全身の武装が剥がれ落ちた。
そして、そこには――一回り大きくなり、二回り頑丈そうに見える武装の施された、武装蟻の姿が……。
そう……ネミコさんの新魔法、共喰い。それは、自らの召喚した蟻に別の自ら召喚した蟻を食べさせて、強化する……結構残酷に思える魔法。
ネミコさんは、ハイになったような無邪気な笑顔を浮かべながら、僕を挑発した。
「これでもう、うちの魔力はほぼ空っぽ。けど、共喰いで強化した武装蟻なら……リオちんの足止めはできるはず。その間に、うちはメダルを破壊して決勝に行くよ。……リオちん、武装蟻を倒して、うちを止められるかな?」
「……やってやろうじゃないですか……!」
ネミコさんは僕に背を向けて、メダルに向けて走り出した。
僕は彼女を足止めするべく、魔力の弾丸を数発射出するが……武装蟻は、その僕の弾丸を、四本の刀で全て斬り払ってしまった。
「なら、これならどうだッ!」
僕は手を花の開いたような形にして、一〇本の指の先全てを前方に向け、魔法を放った。
「【雷魔法――サンダー・ガトリング】!」
僕の指先から、大量に雷の弾丸が発射された。武装蟻はそれらを全て斬り払おうとするが……雷の弾丸に鋼鉄の刀で触れたらどうなるか。
先程ネミコさんが鎧蟻で受け止めようとした時と同じだ。答えは簡単――感電する。
武装蟻は雷の弾丸に触れた瞬間、全身を跳ねさせて痙攣した。そして、動きが止まる。
僕は更にその動かなくなった武装蟻に雷の弾丸を浴びせ続けた。計一〇〇発程度の量を五秒で浴びた武装蟻は、全身から煙を上げて動かなくなる。
後は、ネミコさんを足止めするだけ!
僕はそう意気込んで、足を一歩踏み出した、が――
「ッ!?」
――突然、僕の左足からがくりと力が抜けた。自分の左足を見て、僕はその理由を悟った。
「これ……さっきの悪食蟻……!」
先程、ネミコさんが僕に浴びせた悪食蟻が、僕の全身から左足に集中して集まり、左足を集中的に攻撃していたのだ。闘いの最中でアドレナリンやらが出ていて、痛覚が作用してなかったから気づけなかった……!
「まだ、感覚もあるし、動きはするけど……筋肉の大事な部分を噛み切られるのも、時間の問題か!」
僕は自分の左足の状況を大まかに把握すると、ネミコさんに向けて攻撃魔法を発射した。
ライフルの魔法なら距離があっても鋭い速度と威力で足止めが可能だ。
ライフルは的確にネミコさんの右足首を撃ち抜いた。突如として傷ついた右足首の痛みと着弾の衝撃に、ネミコさんの身体はバランスを崩して倒れた。
「ッ、痛ったぁ! あーそっか、魔導で強化できてないから、生身で銃弾食らったのと同じだ! 痛ったぁ……!」
ネミコさんは右足首に走る痛みに顔を歪めながらも、冷静に状況を整理していた。
そう、今、ネミコさんは魔導もできないくらいに魔力が空っぽだ。だから、魔力を身体に流して強化する魔導すら使えない。それはつまり、撃たれれば弾丸が身体を貫通するってことだ。
……だけど、ライフルなんて超威力の弾丸が当たった割には、ダメージが小さすぎる。恐らく……まだ、魔導を使っていた際の、魔力の残滓が残っているのだろう。その残滓が、ネミコさんの身体を自然に強化している。
ネミコさんもそれに気づいたようだ。
「……なるほど。短期決戦、ってことだね」
そう言って、額に浮かんだ汗の玉を手の甲で拭った。
彼女の言う通りだ。
僕は時間が経てば、悪食蟻に大事な筋繊維まで食い千切られて動けなくなる。
一方でネミコさんも、未だ身体に残る魔力の残滓が尽きたが最後、本当にただの生身の人間に、撃たれれば死ぬただの人間になる。
お互いがお互いに、一挙手一投足も無駄にできない状況になった訳だ。
さて……問題はここからだ。驚くべきことに、もう武装蟻は、全身を雷の弾丸に撃ち抜かれたのに、再起を始めている。
「……短時間で、強化された武装蟻を倒して、ネミコさんより先にメダルを破壊する……結構キツイ気がしてきたな」
僕は苦笑しながら、動かなくなり始めている左足を無理やり動かし、前に一歩踏み出した。




