55話 リオとネミコ
うちとシフレちんが初めて出会ったのは、リスドラルーク国立魔法学園に入学する、一日前だ。
うちの学園は基本的には全寮制であり、入学式の一ヶ月から三日前くらいまでには、寮に引っ越しておく必要がある……のだが。
うちは、家族とのお別れがすご〜く、すご〜く、名残惜しくて。ギリギリまで実家で過ごし、粘ってしまったのだ。
つまりうちは、入学式の一日前に入寮したのである。
「……うっ」
入寮したばかりのうちを待っていたのは、山盛りの荷物の開封作業だった。
うちの家族もこれまた心配性で、色々とアレコレ持たせてくれてたのが仇となった。
「この開封作業を……一日で……?」
寮の部屋の中で、山のように積まれた箱を見上げて。
うちは呆然とそう呟いた。
いや、厳密には一日で終わらせなくてもいい。いい、のだが……うちは、引っ越しをギリギリまで粘っていたため、急ピッチで色々雑に引っ越し用の魔道具『引越木箱』に入れてしまっていた。
つまり。
「明日必要なもの……制服とか教科書とかっ、どの箱に入ってるのか、わかんないんだけど〜!?」
そう。特に書き込みもしていなければ、メモなども貼り付けていなかったため、全て開封してアレコレ探さなければならない羽目になっていたのだ。
「こんなの終わるわけないってぇ……」
入寮してから、わずか三〇分も経たない内に、もう故郷の家族に思いを馳せて、ホームシックに陥っていた。引越木箱から立ち上る木の中に、ほんの少しだけ混じる実家の匂いが、強くうちの心を帰りたくさせる。
うちはいつの間にか、両の瞳に滲む涙を隠せなくなっていた。
「うう……帰りたいよぉ……うぅ……」
その時だった。
「……大丈夫?」
山積みの木箱の置かれた部屋の真ん中で、一人泣き崩れるうちに声をかけてくれた人がいた――それが、シフレちんだ。
「何やら泣き声が聞こえてきたから、勝手に部屋入っちゃったけど……って、これ……全部、貴方の荷物?」
「……うん」
呆れたように半眼を向けるシフレちんのその問いに、うちは消え入りそうな掠れ声を出しながら首肯した。
すると、シフレちんは……。
「そんじゃ、ま、とりあえずコレから開けてくわよ」
……と、早速自分に一番近い所の木箱を、開封し始めたのである。
シフレちんは「何か見られたくないものとかあるなら、先に言っときなさいよ」と言いながら、チャカチャカと手早く荷物を開封していく。
「……手伝ってくれるの?」
うちのその問いかけに、シフレちんはキョトンとした顔で答える。
「当たり前でしょ。同じ新入生同士、助け合いよ、助け合い」
さも、当たり前のように。シフレちんはそう答えてくれた。
うちは思った――この人は、いい人だ。仲良くなれたらいいなぁ。
そう思ったうちは、シフレちんの前に立って、深々と頭を下げていた。
「あっ、あの! うち、ネミコ・エニロチコって言います! えっと、その……仲良く、して、くださ、ぃ……」
勢いだけの自己紹介は思っていたよりも上手くいかず、墜落する紙飛行機のように勢いを失っていった。
そんなうちに、シフレちんは笑顔で応えてくれた。
「うん。あたしはシフレ。シフレ・レグナソルテ。よろしくね、ネミコちゃん」
そう言って、シフレちんはうちと笑顔と握手を交わしてくれた。
……とまぁ、これが、うちとシフレちんとの馴れ初めだ。別に劇的な出会いなんかじゃない、改めて思い返すほどでもない、何てことのない出来事なのかもだけど……それでもうちはシフレちんに救われた。
そして、仲良くなるにつれて、シフレちんがどんな人なのか……、そして、シフレちんの好きな人が誰なのか……、とか、色んなことがわかって。
うちは、地元じゃ一番頭が良くて魔法も上手で……だから、何となくリスドラルーク受けてみたら受かっちゃったって感じでここに来た。ただそれだけで特に目標なんてなかった、けど……シフレちんは、そんなうちの目標になってくれた。
「シフレちんが進む先に……うちも絶対ついていく。それが、今のうちの目標」
うちは内心でそう決意している。正直、リスドラルークの勉強はかなり難易度が高く、心折れそうになる時もあるけど……シフレちんがいるから、頑張れる。
シフレちんは、うちの目標なのだ。
しかし、その当のシフレちんは、リオちんのために頑張っている訳で。リオちんのために頑張るシフレちんに、頑張ってついて行くネミコちん……みたいな感じになってる、今のこの状況……。
……ほんの、ほんの……ほーんの少しだけ……リオちんに、嫉妬しちゃってるんだよねぇ。
だから、さ。リオちん。リオちんのことも尊敬してるし、これからも仲良くしたいって思ってるんだけど……それでも、ちょこ〜……っとだけ、キミには負けたくないかなー……って、思ってるんだ。
△▼△▼△▼
ネミコさんを初めてシフレから紹介された時……僕は特に、彼女について何とも思ってはいなかった。
当時の僕は、まだメグミさんもいないから、魔法が使えなくて……それで、かなり擦れてたみたいな所があった。近寄る人が全員信用できなくて。シフレや家族しか、気の置けない人がいなくて。
その後、ランファくんによるいじめが始まり、僕の擦れた心は更に磨り減っていくことになるのだが、それは置いておいて。
だから、ネミコさんにも、特に何も感情は揺れ動いていなかった。
そんな彼女への認識が変わってきたのは、……そこまで明確なキッカケがあった訳じゃない。ただ、シフレと一緒に、よくランファくんのいじめから助けてくれたり、怪我の手当てをしてくれたり……何より助かったのは、僕が魔法の使えない魔力不全と知っても、それを特に問題にしないでいてくれたことだ。
シフレと同じ種類の目線を、ネミコさんも投げかけてくれた。もちろん、そこに、憐れみとか同情とかが全く混じっていないかと言われると、そんなことはなかったけれど。
……僕が魔力障害と知ってもなお、対等な目線を向けていたのは、ランファくんだけだから。
でも、ほとんどの人は憐れみとか同情とかがほとんどの割合を占める目線で僕を見つめる中、ネミコさんは僕を対等な友達みたいに扱ってくれた。
一度、ネミコさんに聞いたことがあったっけ。幼い頃から付き合っていたシフレはともかく、どうして付き合って間もない僕にそんなに良くしてくれるのか、を。
彼女はさも当たり前のように答えた。
「だって、リオちん、うちより頭いいじゃん。それに、うちより身長高いし、まつ毛も長い! 魔力は色々あるかもだけどさ、それでもリオちんには、いい所いっぱいあるじゃん!」
……この言葉にも、僕は救われたんだったなぁ。
ネミコさんは、僕の自慢の友達だ。尊敬できる学友だ。
だけど、今だけは尊敬は置いといて。
僕には叶えたい夢があって……その夢を叶えるためなら、誰もかもを、何もかもを、蹴散らしてでも踏み潰してでも、前に進みたい。
だから……本当に申し訳ないんですけど。
ネミコさん……貴方は僕の尊敬できる友人で、感謝もしているのだけれど――……僕の前に“敵”として立ちはだかるのなら。
――僕の夢の踏み台になってください。
△▼△▼△▼
先に仕掛けたのは、リオの方だった。
「【攻撃魔法――アタック・バレット】」
リオは両手の親指と人差し指を立て、二丁拳銃のようにして、ネミコへ魔力弾を撃った。
ネミコはそれを横に走って避けながら、自身の前方に魔法陣を展開し、そこから、彼女の魔法のイメージシンボルである蟻を召還した。
「【鋼鉄魔法――鎧蟻】!」
黒々とした、金属光沢を放つ蟻。サイズはちょうど、鎧の籠手の部分くらいはあるだろうか。
それを二匹召喚すると、その蟻は彼女の両の腕に飛びついた。
リオはそれに構わず、二撃目、三撃目の弾丸を放つ。
しかし、それをネミコは、腕に付けた鎧蟻の装甲で弾き飛ばした。
そしてネミコは、両の腕にしがみつく蟻を、まるで卸したての手袋でも自慢するかのようにリオに見せびらかした。
「じゃーん。魔力を上手に練り込んであるから、頑強さは普通の鉄の鎧の一〇倍くらいあるよ~。この鎧蟻の籠手と、魔導で強化した動体視力なら……リオちんの弾丸は、全部守れちゃうんだよッ!」
ふふん、と誇らし気にするネミコに、リオは無言で攻撃魔法を撃ち込んだ。
しかし、弾丸よりも強化した魔力弾であるにも関わらず、ネミコの目は着実にその弾道を捉え、的確な角度で右腕の鎧蟻をその弾道に差し込み、弾丸の軌道を変え、己の身を守った。
リオは目を見開いた。
確かに、魔導で強化した動体視力や反応速度、鎧蟻の強度もそうだが……それ以上に、リオを驚かせたのが――
(守り方が上手いッ!)
――ネミコの守りの技術だった。
(真っ向から弾丸を受け止めるのではなく、受ける角度を斜めにして、弾く――それなら、真っ向から受け止めるよりも、鎧にも自分の腕にもダメージは蓄積されない!)
リオが今、攻撃魔法を撃った理由は、鎧の強度と耐久性の大まかな確認のためだった。もし柔いようなら、地道に弾丸を撃ち込み続け、鎧を砕く――そう考えていた、のだが。
結果、リオにもたらされた情報は“鎧蟻の耐久性”ではなく、“ネミコ本人の戦闘資質の高さ”だった。
「……なるほど。確かに、ちょっとやそっとじゃ……ダメそうですね!」
「ふっふーん! じゃあ、今度はうちの番ねっ! リオちん!」
ネミコは手を叩き、自身を取り囲むように、三つの魔法陣を描いた。それぞれの魔法陣から召喚されたのは、モルモットほどのサイズのある、紫色の蟻。
「【毒魔法――毒蟻】。皆。リオちんに、毒かけちゃって!」
ネミコが右腕を前に突き出すと、それを合図に、三匹の紫色の蟻――毒蟻は、黄色の液体を尻からリオへと吹きかけた。
リオがそれを後方に跳んで躱すと、その毒がかかった地面が、音と煙を立てて溶け始めた。
「……溶解液、ですか」
リオのその確信したような問いかけに、ネミコは隠す事でもないと言わんばかりに頷いた。
「そ。半端な攻撃じゃ、あの、話に聞いてた特殊魔導……鋼鉄銃人だっけ。それで防がれちゃいそうだもんね。あの状態になったリオちんがどれだけカチカチなのかは知らないけど……うちにとって驚異になる可能性は充分ある。……だったら、特殊魔導を使わせなければいい――特殊魔導で防げない攻撃をすればいい。そうすればさ――魔力を温存したいリオちんは避ける一択になるでしょ?」
そのネミコの言葉に、リオは痛い所を突かれたような顔をした。
普通であれば、体力と同じように、魔力も休息を挟むことで自己回復できる。
しかしリオは、体質的に魔力の自己回復ができない。そのため、メグミの居ないこの模擬戦用の空間の中では、限られた魔力量で戦うしかないのだ。
他の学生とは違い、リオは何連戦もできない。魔力を無駄にできない。それをネミコは既に看破していたのだ。
ネミコはもう一度リオへ溶解液を放った。
リオは深く考えず、先程と同じように飛んで躱し――己の失策に気が付いた。
(しまった……ハメられたっ!?)
そう。リオの着地点には、既に魔法陣が描かれていた――もちろんそれは、ネミコの魔法だ。
既に空中で着地の体勢を取っているリオに、その魔法陣を踏まずに避ける術はない。
予定調和のごとく、リオの足は魔法陣に踏み入れた。
すると、その地点だけがすり鉢状に崩れ、リオの足をずぶずぶと飲み込んだ。
その様はまるで蟻地獄のようだ。
「【土魔法――蟻渦】。リオちん、つーかまーえたっ♪」
その魔法をリオは知っていた。バットマンションとの戦闘の際にネミコが使用していたのを見ていたからだ。
(まさか、僕が食らう羽目になるなんて……!)
リオはバットマンションとの闘いを思い返しながら、そう叫び出したくなった。
藻搔けども、藻搔けども……リオの身体は蟻地獄の渦の中に飲まれていくのみだ。
リオは、飲み込まれていく己の足と、満面の笑みを咲かせるネミコを交互に睨みながら、その額に冷や汗を浮かべた。




