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5話 巨大猛牛、暴走中

 ――キツい。

 アーリンがミノタウロス・コクーンの巨体と対峙して、真っ先に心に浮かんだ感想がそれだ。

 アーリン・ヴィヴィリストン――彼女は回復魔法の権威として有名で高名だ。彼女の手にかかれば、たとえ腕が切り落とされたとしても、一ミリの傷痕や障害、後遺症すら残さずに再接着することが可能だ。

 この世界の魔法使いの中でも、トップクラスの回復魔法の実力を持つ彼女だが――戦闘においては、やや劣る。

 彼女はチッと舌打ちをし、忌々しげに吐き捨てた。


「戦いはお門違いなんだよなぁ私……学園の結界ぶち破るレベルのヤツとなんか無理だわな」


 ミノタウロス・コクーンはその雄々しき角と巨体で、アーリンを押し潰さんと駆け出した。その一歩一歩が地を揺らし、石畳を踏み砕く。

 アーリンはその突進を、地面に包帯の束を射出することによって上空へと跳び上がり、避けた。

 空中でアーリンはミノタウロス・コクーンの背を見下ろす。その背中には、コウモリのような紋章の浮かぶ魔法陣が刻まれていた。


(あの魔法陣……)


 アーリンは眉をひそめた。

 優秀な教員はそれぞれ、区分けされた学園の敷地の管理を任される。そして、彼女の担当する学園区は、彼女の戦闘力の低さから鑑みて、まず侵入されることは無いだろうという立地条件の場所であった。


(なのに入ってきたっつーことは……まぁ、間違いなくただの魔獣の暴走、癇癪かんしゃくって訳じゃねーだろうな……あの魔法陣も踏まえて考えりゃ結果は明白。()()()()()()


 アーリンは確信した。今回の魔獣の侵入の裏に、何者かの企みが存在していることを。

 その存在が何者なのかはわからないが、厄介者であることは間違いない。


「なんでわざわざここを狙ってきたかは知らねーが……とりあえず魔獣コイツ何とかしなくちゃなァ!」


 アーリンは空中で魔法を行使する。両手に赤色の魔法陣を浮かべ、ミノタウロス・コクーンの山脈を想起させるようなたくましい背に向ける。


「【炎魔法――包帯炎上ウィンクトゥーラフランマ】!」


 アーリンの両手の魔法陣から、燃え上がる緋色の包帯が躍り出た。その包帯はミノタウロス・コクーンの周囲を囲うように広がり、檻のようにそれを閉じ込めた。

 アーリンは地面にふわりと着地し、燃え上がる包帯を両手に掴みながら、炎の包帯の檻の中にいるミノタウロス・コクーンを両の眼で見据える。


「野生動物は本能で炎を恐れる。魔力を持つってだけの魔獣だって、本能的な恐れは同じだ」


 だから、こうして炎の中に閉じ込めた。

 しかし、アーリンは次の瞬間――吹き飛ばされていた。


「がぁッ!?」


 何が彼女の身に起きたのか、それは至極単純なことだった。

 ミノタウロス・コクーンが炎を恐れず、檻を破ってアーリンに突進してきた……ただそれだけ。


(くっ……骨折れたな何本か! 内臓もヤベェかもな)


 アーリンは宙を舞いながら、全身に走る形容しがたい痛みを、冷静に身体の電気信号として捉え、分析する。

 そして、魔法陣を描き、自分自身に包帯を巻き付けた。


「【回復魔法――包帯治療ウィンクトゥーラサナーレ】」


 アーリンの身体に巻き付いた包帯から、淡く光る緑色の粒子が浮かんでは消える。

 そして、彼女が着地する頃にはもう既に、受けた傷は全て完治してしまっていた。

 世界中が息を呑むであろう、超速で絶大な効果の回復魔法技術。たった数秒でここまでの回復魔法が使えるのは、世界中を探してもアーリンただ一人だろう。


「治りはしたが……けど、やっぱ私じゃキツイなこれ」


 アーリンは、吐血した際に混じった血液交じりの唾と一緒にその言葉を吐き捨て、目の前のミノタウロス・コクーンを見据え、消耗戦を覚悟する。

 緊迫した状況の中――アーリンは、背後に自分の可愛い学生の声を聞いた。


「先生ッ!」


 その声はまさしく、自分が何かと心配していた学生――リオ・エリオードのものだった。


(なんでいるんだよ……!?)


 アーリンは目を見開き、こめかみのあたりに青筋を浮かべながら振り向いた。

 そこには、やはり。心配そうな表情を汗と共に浮かべた、リオの姿があった。


「何で来たッ!?」


 アーリンは開口一番、リオを怒鳴りつけた。

 当たり前だ。そもそも、学生を守るために今、アーリンは不慣れな戦闘を行っているのだ。肝心の守らなければならない対象が今この場に来てしまっては、元も子もない。

 しかし、そんなアーリンに、リオは焦り混じりの大声で返答した。


「だって、先生が……死んじゃうと思って……!」

「……本っ当にバカだなお前は……!」


 アーリンは手先から包帯を射出し、リオの近くの時計台に巻き付けた。そしてそれを瞬時に手繰り寄せ、まるでワイヤーアクションのように、瞬時にリオの元へと跳んで行った。


「ったく、バカ」


 アーリンは、リオの柔らかい金髪の上から、頭をゴツンと強めに叩いた。そして、あたっ、と軽い声を出して叩かれた脳天を押さえるリオを横目に、アーリンはほんの少しだけ頬を緩めた。


「危ねーだろ」

「でも……先生小さいから、なんか心配で……そしたら案の定吹き飛ばされてるし」

「殴るぞエリオード」

「今さっき殴りましたよね?」


 リオの髪が風に揺れた。その風が吹いた先には、ミノタウロス・コクーンが今にも突撃せんと、鼻息荒くこちらに角を向けている。

 そんな目の前の魔獣を見つめて、リオは。


「先生……あの牛の相手、()()()()()()()()()()()?」


 そう、言った。

 アーリンは驚愕し、目を見開いてリオの横顔を見つめる。そこには、自信に満ちた、リオらしくない表情が浮かんでいた……入学当初から交流のあるアーリンが、一度も見たことがない顔だ。


「メグミさんにマッサージしてもらいました」


 リオは視線をアーリンに合わせて、笑った。そして、手をグーパーと握って開いてを繰り返し、息を深く吸って吐いた。


「二回目ともなれば、わかります。自分の魔力がどれだけのものか……。先生。見ててください。僕の魔力」


 リオがそう言い切った――それと同時に、走り出したミノタウロス・コクーン。今にもリオとアーリンを押し潰さんと、その赤い巨体を轟速のスピードで迫らせる。

 そして、それを真っ直ぐ視認し続けるリオは……最後にもう一度、深く呼吸をした。


(イメージは……心の貝がらから、中身を放出するイメージ!)


 彼は目を瞑った。まぶたの裏……黒い闇が彼の視界を覆う。そうすることによって、より鮮明に耳に届く、近づいてくるミノタウロス・コクーンのひづめが立てる、ドカラッドカラッと激しい足音……しかし、彼は決して臆しはしなかった。


(――今)


 そして、ミノタウロス・コクーンの九回目の足音がリオの鼓膜を震わせた時――彼は目を見開いた。


「――ッ!」


 それと同時に放たれた、リオを中心とした柔らかい光。しかしその優しい光は、ミノタウロス・コクーンの赤い巨体の突進を押し返し――盛大に吹き飛ばした。


『ブルゥッ!?』


 ミノタウロス・コクーンの口から、涎と共に驚きに満ちた声が漏れ出した。かの魔獣からすれば、脆弱で小さな人間二匹を轢き潰し撥ね飛ばし圧し殺してやろうとした、その次の瞬間には己の方が天に舞っていた訳である……驚くのも無理はない。青い空がミノタウロス・コクーンの瞳に映り、その青さに魔獣は目を細めた。

 だが、このミノタウロス・コクーンを吹き飛ばすほどの魔力の放出――それに一番驚いたのは、吹き飛ばされた魔獣でもなければ、その光景を見ていたアーリンでもない。リオ本人である。


「……えっ」

「いや、何でお前が一番驚いてんだよ……」

「いや……普通に、受け止めるくらいの魔力だと思ってたんです……受け止めて、その衝撃で脳を揺らして脳震盪とか起こせないかなって。そしたら、まさか吹き飛ばすほどなんて……」


 魔力の放出。それ単体では、大した威力はなく、精々リンゴ一個を揺らすのが関の山――しかし、リオの魔力は文字通りに桁外れたものだ。


(あのデカ牛……リンゴ何個分……いや、()()()()()()


 アーリンは背中からひっくり返り、気絶して動かなくなったミノタウロス・コクーンの全身を眺めながら、背筋に冷たいものを感じていた。

 もし、もし……もしこの、膨大な魔力を、リオが自分の好き勝手に使うことが出来たなら……。それは……。

 そこで彼女は思い出す。彼が魔力を使うために必要な存在――整体師、メグミの存在を。

 リオとメグミ、二人の姿を脳裏に浮かべながら、アーリンは頬をひくつかせて笑った……笑うしかなかった。


「おいおい私……これ、想像以上にヤベーのに関わっちまったんじゃ……?」


 アーリンのその声は、放心するリオにも、気絶したミノタウロス・コクーンにも届くことはなく……ただただ虚しく、その場に響くのみだった……。

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