53話 三つ巴の戦火
ウルティオルが今回の模擬戦のルール説明――空中列島の中からメダルを見つけ出すこと――を説明し終えた時、ファイアは真っ先に、近くにあった洞窟へと照準を定めていた。
「こういうお宝ってのは、大抵こういう洞窟の奥にあるってもんだからな!」
そう言って、鼻息荒く勇ましく、鬼火石が青白く照らす洞窟の中をずんずんと進んでいく。
そんなファイアが、今まさにその洞窟の中で交戦中のランファとハゴコロに出会うまで、そこまで時間を要しなかった。
「ん? あれは……ランファと、あの……忍者の……アイツだ、ハゴコロだ」
ファイアは遠くから二人を眺めた。
ハゴコロはランファの雷魔法によって電撃を浴びている一方で、ランファもハゴコロの土魔法によって泥に沈められようとしている、その真っ最中であった。
ファイアからすれば、洞窟を歩いていたら突然目の前に感電している同級生と泥に沈む同級生が目に入ってくる訳だが、その辺りは特に気にしていないらしい。覇気の抜けた顔で眺め続けていた。
やがて、ようやくファイアは、二人が交戦中であることに気がついた。
「……ありゃ、戦ってる真っ最中か?」
それに気がついた瞬間、ファイアの心に火が灯る――闘志の火である。
「……二人で楽しそうなことしやがって。俺も混ぜろよッ!」
そう言うとファイアは、一歩踏み出し、二人へと飛びかかった。
「よぉ! 二人揃って、楽しそうじゃねぇかよ!」
「「ッ!?」」
ファイアに気づいたランファとハゴコロは、揃って声の聞こえた方を向いた。
((誰かと思えば大馬鹿野郎か……!))
二人の思考が一致する頃には、ファイアは手の平に赤い魔法陣を描き終えていた。
そのままファイアは、二人に魔法を撃った。
「とりあえず一発目ッ! 【炎魔法――ガルネイトストリーム】!」
螺旋状に炎が射出され、ランファとハゴコロ、二人の間に着弾。結果、ハゴコロに電撃を放っていたランファの双刀も、ランファを飲み込んでいた泥も全て吹き飛んだ。
つまり、二人は完全に自由の身となった訳だ。
もちろん、これはファイアの失策ではない。ファイアはわざと二人を解放したのである。
「これで二人とも動けるだろ!」
「ッ、感謝するぞファイア・ヒートフレア!」
「陰キャ忍者に同じくだ大馬鹿野郎!」
「気にすんな! 動けねぇ所を横取りなんて、カッコ悪ぃからなぁ!」
ファイアは正々堂々という形にこだわりを持つ。
彼曰く、魔法使いとはヒーローであり、ヒーローは常に正々堂々であり、正々堂々だからカッコいい――ということらしい。だから、自分も魔法使いになるために、純粋な憧れであり続けるために、カッコいいヒーローになるために。正々堂々にこだわっているのだ。
「さて……それじゃ、やるか二人共」
ファイアのその言葉が戦闘再開の号令となった。
ランファ、ファイア、ハゴコロの三人はそれぞれ魔法陣を描き、魔法を行使した。
「【炎魔法――創造――火群裂華散】」
「【炎魔法――ブレイジングリキデイター】」
「【風魔法――竜巻降ろし・鎧装】」
ランファの手に握られたのは、燃ゆる炎で刀身を包む炎刀。目の前の敵を焼き、斬り、屠る、紅い刀。
ファイアの全身を炎が包む。それはまるで、地獄の業火のようであり、今のファイアは言わば、燃ゆる炎の執行人のようだ。炎魔法を全身に付与することによって、放つ全ての攻撃を炎魔法へと変える身体強化魔法、それがファイアの魔法の一つ――ブレイジングリキデイターである。
ハゴコロの竜巻降ろし・鎧装は、全身に竜巻を鎧のように纏わせる風魔法だ。この竜巻の鎧は、攻撃に使えば敵を捻り砕くドリルのような突風に、防御に使えば全ての脅威を寄せ付けぬ風の加護と化す。
「準備はいいかよ、二人共!」
「無論」
「上等」
ファイアの投げかけた問いに、ハゴコロとランファがそれぞれ応え、そして――ランファの炎刀とファイアの炎拳、そしてハゴコロの竜巻が衝突した。二つの炎熱が竜巻によって辺りに撒き散らされ、洞窟の中は灼熱地獄のような熱気でむせ返る。洞窟を照らす鬼火石は、熱に反応する性質によって、薄く青白い光から強い紅の光へと変わり、突風によって砕け散った。
(好機は待つものにあらず、掴むもの――!)
ハゴコロは、己の背に纏わせた竜巻を操作し、砕け散った鬼火石の破片を回収した。回収した破片を己の左手に集め、それを更に粉砕。紅く光る粉として、三人のぶつかり合う中央にその粉を撒いた。
「目眩し!?」
ランファは脅威を感じ、一歩引くことでその粉を回避した。
が、ファイアはそれに気づかず、目に粉を入れてしまう。
常に発光する粉を直接目に入れてしまった訳だ――
「ぐっ、目ぇつむっても眩しい!?」
光源が眼球に付着した。言わば、瞼の内側に光源があるのだ。瞼を閉じても、光を遮られる訳が無い。
ファイアはどう足掻いても眩しさから逃れることができず、大きな隙を作ってしまう。
その、己の策略によって生み出された好機をハゴコロは見逃さない。竜巻によって威力を上げた回し蹴りをファイアの腹部に食らわせ、彼の身体を洞窟の壁面へと叩きつけた。
「ガッ、がァッ!?」
背を強打したことによって一瞬、ファイアの呼吸は止まった。
その隙を突き、ハゴコロは追撃を開始する。
「【風&氷魔法――霰藍乱嵐牙】!」
魔法によって細かい霰を生み出すと、ハゴコロはそれを己の竜巻に乗せて撃ち放つ。それを見ていたランファは、(複合魔法だとッ!?)と内心で戦慄する。
霰混じりの竜巻は、獲物をかっ食らう牙のようにファイアへと爆進する。
未だに目が開けられないながらも、自らが危険であることを察知したファイアは――
「ッ、だあああああああああっ! 全部燃えろっ、焼けちまえぇぇぇぇぇぇぇぇッ!」
――ブレイジングリキデイターの出力を上げ、自らの身体を大炎上させた。炎勢も、熱量も、ファイアを取り巻く何もかもの出力が向上する――身体能力も、魔力も。
「爆ぜろッ――【大花火】!」
そして、限界まで上昇させた魔力、その制御をファイアは自ら手放した。制御を失った魔力は、行き場を見失い、その場で渦巻き――破裂。純粋な白色の輝きの衝撃となり、そして炎となって散り爆ぜた。
その魔力の爆発は、ハゴコロの霰藍乱嵐牙を掻き消した。
「何だと!?」
窮地からの脱出方法の滅茶苦茶さに、ハゴコロは目を丸くして驚いた。
だが、無理やり魔力を引き出し強制的に弾けさせるという、雑な魔力の使い方によって、ファイアの体力はかなり消耗していた。
「ッ、……ぜェ、ハァ、はァ……」
息も絶え絶えになりながら、背中を壁面から剥がすファイア。
魔力の爆発と共に目に付着した鬼火石の粉末も取れたのか、ファイアの目は逃れられない眩しさから解放されていた。
そして、そのファイアの視えるようになった視線の先――ハゴコロの背後には、炎刀を構えるランファの姿があった。
「待っていたのはこの炎――巻き取れ火群裂華散!」
「「!?」」
ランファの炎刀に、先程ファイアが放った魔力が収束していく。ファイアが放った炎を、全てランファの炎刀が食らう――
「【炎魔法――剣舞――鳳凰炎喰嚥下】」
――収束した炎を、ランファの炎刀が吸収した。
それにより、ランファの炎刀の魔力出力は大幅に上昇した。メラメラと燃ゆる刀身が、洞窟の中を照らし、熱する。
「火群裂華散なら、テメェの火を全部喰らい尽くせると思ってたぜ大馬鹿野郎ッ!」
「ッ……そんなんアリかよ、ランファ!」
ランファはその炎刀を横に薙いだ。
吸収した炎の魔力によって伸びた刀身は、壁面を容易く斬り削りながら、ハゴコロとファイアの身体を横に真っ二つにしようと迫る。
(竜巻降ろしでも、防御は不可能!)
それを悟ったハゴコロは、足に纏った竜巻の出力を上げ、跳び上がることでそれを避けた。
一方ファイアは、まだ先程のハゴコロの一撃と強制的に魔力を暴走させたことによるダメージが抜けておらず、避けようと力を入れた足元がガクついた。
(避けられねェ……っ!)
ファイアの脳裏を“死”が掠めた――そして。
「ッ……死ねるかァ!」
彼は、己の身を守るように、自らを炎の球体で包んだ。それは、咄嗟の判断――自棄糞の行動。
ランファはその時間にして一瞬の行動の中、高速回転する思考の裏でほくそ笑む。
(その炎も、俺の火群裂華散の餌になるだけだッ!)
事実、炎の球体から刀身へと、吸われるかのように炎は移っている。
だが。ファイアは更に魔力の出力を上げた。
「あああああああああああああっ!」
考え無しの愚直な自棄糞――無謀にも程がある、とその光景を見ていたハゴコロは呆れる――だが、その行動は奇跡を起こした。ファイアの諦めない思いが起こした、とでも言えばいいのだろうか。
――ランファの持つ炎刀の刀身が、ファイアの身を裂くまさにその瞬間、砕け散ったのである。
振り切った体勢のまま、ランファは驚愕を隠せない表情で呟いた。
「……ッ、炎が蒼くなりやがった……!?」
――そう。ファイアの身を取り囲んでいた炎の球体のその色が、メラメラ燃ゆる真紅の炎が、静謐にして研ぎ澄まされた蒼炎へと変わっていた。
それは、時間にして一瞬の出来事。ランファの刀が炎の球体に触れてから、刀を振り切るまでの、時間にして一秒よりも短い刹那の出来事だ。
現に、今はファイアの纏う炎の色は元の真紅に戻っている。
「……、はぁッ……。何だぁ……? 今の……蒼い炎……」
自分が何をしたのか、ファイア自身にもわかっていなかった。辺りを包む自らの炎を見渡しながら、不思議そうに絶え絶えの息で呟く。
だが、今起きた現象についてだけは、ファイア以外の……ハゴコロとランファは、理解できていた。
(炎の温度は、赤色よりも青色の方が高い。ファイア・ヒートフレアがそれを知っていたのかどうかは知らんが……その炎に対してのイメージが、魔法の力を底上げた)
(今起きた現象自体は簡単だ……俺の火群裂華散が吸える魔力の許容量を大馬鹿野郎の炎が超過しやがった、だから砕けた……ただそれだけ。……クソッ、この大馬鹿野郎、魔力量も大馬鹿かよッ!?)
ハゴコロは、冷静に。
ランファは、己よりも魔力量が多いであろうファイアへの怒りや嫉妬を隠せずに。
それぞれ抱える感情は違えども、現状を飲み込んだ。
この現象の原因でありながら、この現状を理解できていないファイアは、己の手を見ながら、首を傾げた。
「よくわかんねーけど……助かったな……」
その様子を見ながら、ハゴコロはファイアにある種の尊敬を抱き始めていた。
(なるほど。頭は悪いが、魔法を扱うセンスは抜群という訳か……。ファイア・ヒートフレア。間違いなく奴は――天賦の才の持ち主)
ファイアは拳を打ち鳴らし、しかし大量の魔力の行使による疲れを隠せぬ顔で、二人に笑いかけた。
「とりあえず……仕切り直して、第二ラウンドってことでいいよな?」
まだ、洞窟の中の温度は、下がりそうにない。




