50話 キャンプファイヤーの照らす夜
「……って感じでさぁ。全身が凝って凝って、大変だったよ」
「でも、特殊魔導……できたんでしょ? 凄いじゃん」
夜。大きなキャンプファイヤー(学園長が魔法で造り出した特別製なので崩れて火が小さくなったりすることがない。いつまでも隆々と燃え盛っていて素晴らしい)を囲みながら、合宿参加した全学生は夜ご飯を食べていた。ちなみに夜ご飯はカレーライスである。メグミさんは『相変わらず、異世界って感じしないねぇ……もう慣れたけど』と言っていた。
僕とシフレは、互いに同じ大きな岩の上に腰掛けながら、カレーライスを口に運びつつ、今日の課題のことを互いに報告し合っていた。
シフレは僕の腕をつんつんとつつきながら笑った。
「今やってみてよ。特殊魔導」
僕は、全身が凝り固まった時の苦痛を思い出して、つい顔をしかめながら答えた。
「やだよ……凝るんだって」
「ケチ」
わざとらしく膨れながら、シフレは口に無骨なじゃがいもの塊を口に入れた。
僕も、入っていたナス……を、そっとスプーンで掬い上げ……、……シフレの皿にバレないようにそっと置いた。
「……あたしのお願いは聞いてくれないのに、リオは勝手にこういうことするんだ?」
しかしバレバレだったようである。
シフレは笑顔のまま、僕の右の頬を掴み、ぐいぐいと引っ張った。
「好き嫌いはいけません!」
「母親みたいなことを……僕のお母さんじゃあるまいし……!」
逆恨みであることは重々承知ながら、僕はシフレを非難の目で睨む。
そう。僕は何を隠そう、ナスが大の苦手である。幼い頃から、どうしてもナスは食べることができない。あの独特のモキュッとした食感、噛んだ時に染み出る汁の味。大の苦手だ。
しかしシフレはそんな僕の反抗を意に介さず、僕の皿にナスを突っ返そうとした。
僕はその、ナスを返そうとするシフレの腕を掴み、そのまま取っ組み合いのような体勢になる。
「食ーべーろー!」
「いーやーだー!」
その体勢のまま、互いに譲らぬ攻防(?)を繰り広げていると、後ろから三人分の声が聞こえてきた。
「嫌ですわねー奥様、ホント、所構わずイチャコラと」
「オッホッホ、アレが若さですわよ奥様」
「何? そのマダムの会話みたいな感じ」
シフレと揃って後ろを振り向くと、そこには、ネミコさんにメグミさん、そしてハルカさんがいた。ネミコさんとメグミさんは、それこそハルカさんがそうツッコんだ通りにマダムのような感じでふざけ合っていた。ハルカさんはそんな二人を半眼で眺めながら、呆れたように笑っていた。
ハルカさんは溜息を吐くと、そのまま僕とシフレに視線を向けた。そして、小悪魔のような笑みを浮かべて、こちらに手を挙げてきた。
「よっ、バカップル」
瞬間。僕もシフレも、耳まで顔を赤くした。
今のこの、ナスを巡って争っている僕達のこの姿……傍から見たら確かに、バカップルと言われても仕方のない有様だったからだ。
それを自覚した途端、胸の奥から火が炊かれるかのような羞恥の熱が身体を巡り、顔の辺りに集まった。
「ちっ、違いますよ!?」
「勘違いしないでっ!?」
僕もシフレも、揃って焦って首を振った。しかし、その息の合った挙動不審さも彼女達にとっては面白いらしく、またもや笑われた。
シフレはネミコさんの方を向き、今日の課題について質問をして話を逸らした。
「あ、あ! ネミコ! ネミコは今日の課題どうだったの? チーム、ここの誰とも違ったよね」
ネミコさんはやれやれと首を横に振って溜息を吐いた。
……話を逸らそうとしたシフレの思惑は、バレバレなようである。
「ま、しゃーない。シフレちんの話に付き合ってやりますか」
「っ……その言い方ムカつくんだけど」
「まーまー。うちの課題だっけ。うん、まー……凄かったよ」
「凄かった?」
僕がネミコさんにそうオウム返しをすると、ネミコさんはキャンプファイヤーの近くの岩の上に立って揺らめく炎を眺める、全身に黒い布を巻いた……珍妙な格好の男子を指さした。
「あの子。『ツチノヒ・ハゴコロ』ちんって言うんだけど……あ、出身は海外でね、リスドラルークとは名前の順番が逆なの。そうそう、それこそ、メグちんみたいな感じ」
「つまり、ツチノヒの方じゃなくて、ハゴコロの方が名前ってこと?」
メグミさんが自分を指さしながらそう聞くと、ネミコさんはニコニコ笑いながら頷いた。
ちなみに、海外からの出身者というのも、リスドラルーク国立魔法学園じゃ何ら珍しいことじゃない。なんてったって、世界最高峰の魔法学園であるため、海外からの入学希望者も多いのだ。それこそ、今いる面子の中だと、ハルカさんがリスドラルーク外の出身だったはず。
ネミコさんは彼を見ながら、感嘆するようにため息を吐いた。
「凄かったよ……。ほぼ一人で、学園長の魔力人形を破壊しちゃったの」
「一人って……いいなー。何もしなくていいじゃん」
ハルカさんがそうボヤくと、ネミコさんは苦笑いを浮かべた。
「うーん……うち的には、二日目は何も学べてないから、損した気分なんだよねぇ」
「ネミコ、意外と真面目だよね〜。いい子いい子」
ハルカさんはそう言って、ネミコさんの黒い髪を撫でた。ネミコさんは「もっと褒めて〜♪」と満足気に目を細めていた。まるでネコみたいだな、と思った。
髪を撫でられながら、ネミコさんは続ける。
「あの子……自分のイメージシンボルは『ニンジャ』だ、って言ってた」
ニンジャって……忍者か。どこかの島国の、暗殺部隊だか隠密部隊だかに所属する者達を指す単語。
……うーん……それは中々――
「ワクワクするじゃねぇか!」
「「「うわぁっ!?」」」
突然、上から放たれた大声に、僕とシフレとネミコさんは揃って驚き、飛び跳ね大声を出した。メグミさんとハルカさんは驚かず、半眼で上を睨みながら「デカい声だなぁ」と眉をひそめていた。
そして、その声の主――ファイアくんは、僕達の頭上に繁る木から飛び降り、僕に詰め寄ってきた。
「なぁ、リオ! 話は聞かせてもらったが……アイツ、忍者なのか! ワックワクするなぁ! 話しかけに行こうぜ! ってか、友達になりに行こうぜ!」
「唐突に現れて早々、圧が凄い……!」
「ってか、何で木の上に登ってたのさ、キミは……」
僕の困り果てた声の後に、メグミさんの呆れたような声が続いた。
ファイアくんは「丁度よさそうな木があったから……登るだろ?」と言いながら、逆に聞くが何故登らないのか……とでも聞き返すような表情を浮かべた。
「木登りのことなんかどうだっていい! そんなことよりも、忍者だ! 忍者!」
僕の右手を掴みながら、ファイアくんは僕を無理やり引きずるようにして歩き出す。僕の右手はかなり強い力で握られており、振り解けないし、何よりも痛い。
「ちょっ、強引すぎるっ……握力も強いっ!」
「けどよぉ、リオ。お前も気になるだろ? 忍者!」
「……それは、その……」
ファイアくんの真っ直ぐな質問に、僕は目線を左右に泳がせた。
……図星である。忍者と聞いた瞬間、心が逸った。
目線を泳がせた先で、シフレ達女子勢(メグミさんは“女子”と呼ぶのだろうか)と目線がかち合った。
「……忍者、興味あるなら、行けば?」
シフレの若干呆れたような声音が僕の耳に突き刺さる。耳が痛い、とはこのことだろうか?
他の女子勢も、似たような目線……即ち『男の子って忍者とか好きだよね……』みたいな、呆れたような苦笑しているような……そんな目をしていた。
いたたまれなくなった僕は、逃げるようにその場を退散し、ファイアくんについて行く。
ハゴコロくんは、カレーを一口食べては、少し顔をしかめ、水を一口啜っていた。
そんな彼に、ファイアくんは僕を連れて走り寄り、屈託なく話しかけた。
「よーっ、忍者! お前忍者なんだろ!?」
「……貴様、ファイア・ヒートフレアか。喧しい騒々しい煩わしい鬱陶しい……回れ右して帰ってくれ」
……そんなファイアくんに、ハゴコロくんは絶対零度の目線で出迎えた。辛辣な言葉も添えて……。
しかし、そんなことでへこたれるファイアくんではない。ファイアくんはハゴコロくんを睨みつけながら、彼の後ろにいた僕を引っ張り出した。
「おいお前失礼だな。俺だけじゃないぞ、リオもいるんだ」
「……む、リオ・エリオードもいたのか。ファイア・ヒートフレアが派手派手しく眩しく目障りで、気づかなかった」
「あ、ど、どうも……」
僕は話題に困り、とりあえず苦笑を浮かべながら、当たり障りのない言葉を返す。
するとハゴコロくんは、再びカレーを口に含み、そして顔をしかめた。
「……カレー、嫌いなの?」
つい、僕はそれに突っ込んでしまった。
すると、ハゴコロくんは水を飲みながら答えた。
「ふん。本来なら貴様に答えてやる義理はないが……ファイア・ヒートフレアに気を取られ、貴様に気が付かなかった詫びがあるからな。答えてやる」
「別に気にしなくていいのに」
「義理は通す。……ただ単に、辛いものが苦手なだけだ。甘いものならいくらでも食えるが」
「中辛でもダメなんだ」
「ああ」
「なら、残せばいいのに」
「さっきも言っただろう。義理は通す、と。飯を残すのは、飯を作った者や、糧となった命への義理が通らん。だから俺はどんな飯でも残さず食う」
僕は感心した。どうやら、ハゴコロくんは、口は悪いけども、根っこはいい人だと思った。
……それと同時に、先程ナスの押し付け合いをした自分が、若干恥ずかしくも思った。
ファイアくんはニッカリと笑い、ハゴコロくんの肩をバシバシと叩いた。
「お前……立派な奴だな! 苦手なものも残さず食べるの、偉いな!」
「貴様に褒められても嬉しくも何ともないわ。わかったらとっととリオ・エリオードに連れられて帰れ」
「お前……イヤな奴だな!」
ファイアくんは一転して、プンスカ怒りながら鼻息荒く、僕の腕を引っ掴んで、ハゴコロくんの前から立ち去った。
しかし……ハゴコロくん、結構、いい人そうだったな。彼とも仲良くなれたらいいな。一人であの魔力人形を倒してしまったという実力も気になるし……。
僕は内心でそんなことを思いながら、ファイアくんに引きずられていくのだった。
△▼△▼△▼
どうして、アイツは成長し続けるんだ? 魔力を使えるようになったのは、ほんの最近のことだろ……なのに、どうして……?
ランファ・ミドゥーファとして、ミドゥーファ家の四男として生きてきた、俺の今までの人生を嘲笑うかのように。
アイツは……リオ・エリオードは、急速に成長を続けている。
「……なんだよ、特殊魔導って……」
俺は、アイツの特殊魔導――全身を鋼鉄のように硬くする代わりに、使用後に全身が動かせないほどに凝り固まる『鋼鉄銃人』を思い出し、苛立ちを募らせていた。
俺の刀で……鉄みたいになったアイツの身体を、斬れるのか? 鉄の塊を……俺は切断できるのか?
「……なんでだよ」
俺は少し前までの自分とアイツの立ち位置を思い返した。
「俺の方が……魔法では……俺の方がずっと、ずっと、……ずっと……、……上だっただろうが……?」
勉強では、頭では、知識では……負けてたかもしれねェけど。それでも、魔法だけは……勝ててたんだ。
それなのに。今は……どうだ?
湖の水面に映る俺の顔は、悲痛、屈辱、羞恥、嫉妬、憤怒、敗北感……ありとあらゆる負の感情をごちゃ混ぜにしてブチ撒けたみたいに歪んでいた。
「この前の模擬戦では、引き分けて。アイツは新しい力を手に入れて。……俺はどうだ? アイツより成長できてるか?」
自分自身のその問いに、ギリリ、と奥歯が鳴った。耐え切れないほどの悔しさから、力いっぱいの歯軋りをしたからだ。
俺は後ろを振り返った。そこには、キャンプファイヤーの炎に照らされながらカレーを食う、アイツの姿があった。
そして、その横には、いつも小煩い、シフレ・レグナソルテの姿も……。
その時、俺の脳裏に、ある考えが浮かんだ。
……真っ向な方法じゃない。真っ当な方法じゃない。
人として、最低な手段。鬼畜に成り果てなければならない。
……それでも。アイツに勝てるんなら。
「……俺の上を行くテメェの足を引きずり下ろしてでも。鬼にだって、修羅にだって……悪魔にだって鬼畜にだって成り果てて。俺は、テメェより上に行く……エリオード」
キャンプファイヤーが照らした俺の影が、黒く、黒く、長く、長く、伸びて行ったような……そんな気がした。




