49話 頑張る理由
『イヤアアアアアアアアアアアアアアッ!』
あたし達――あたしことシフレとハルカ、そしてゴルドくんとシルバくんの双子兄弟の目の前で、土魔法で作られた魔力人形である女神ガイアは叫んでいた。
『オマエ、タチィィィィィィィィッ!』
ガイアは怒り狂いながら、地面に手を付けて魔力を行使。地面の一部が隆起して、まるで迫りくる巨人の巨腕のようにあたし達を襲う……しかし。
「させないよ?」
「黙ってろヒス女ッ!」
ゴルドくんとシルバくんは、その手に持った魔力の斧で、その隆起した地面を削り切っていた。
ゴルドくんは通常サイズの斧を二本、両手に持っており、その二刀流さながらの手数の多さで、襲い掛かる地面を高速で削り取り。
シルバくんは、柄の長く刃渡りの大きな大斧の、その一撃の破壊力で迫る地面を破砕していた。
そう……あたし達は、ガイアを相手に、圧倒していた。ガイアが何もできずに一方的にやられるだけで、あんなに怒り狂うまでに。
それは全て、ゴルドくんとシルバくん……この、双子の存在が大きい。
「あっはは、あの二人、あんなに強かったんだぁ」
あたしの隣では、ハルカが完全に倒木に腰を下ろし、くつろぎモードで二人の戦いを見守っていた。
「……うん。このままじゃ、あたし達、出番無いよ」
ハルカの言葉に頷きながら、あたしはそう言って、やや焦った。
「課題を完遂するだけなら、あの二人に任せっきりでもいいかもだけど……。あたし達の成長には繋がらない」
しかしハルカは、倒木の上で足を揺らしながら、気だるげに言った。
「あたしはそれでもいいんだけどな……委員長、まっじめー」
思えばハルカは、自分から面倒事に首を突っ込まない方だ。決して普段から怠惰で無気力な訳ではない。ちゃんとやるべきことはやっている。ただ……それ以外のことを、自ら進んでやったりはしない。
「……ハルカは、それでいいの?」
別に怒っている訳じゃない。ただ、気が付いたらあたしの口からその疑問が飛び出していた。突然飛び出たものだったから、ややキツイ言い方になっていたかもしれない。
しかしハルカは気にする素振りも無く、ポケットから飴玉を取り出して、口の中に放り込んだ。その飴玉は恐らく、ネミコから貰ったものだろう。
そのままハルカは、頬の内側で飴玉をころころと転がしながら、あたしの問いかけに答えた。
「あたしはさー。楽しみたいだけなんだ。この合宿に参加したのだって、楽しそうだから以上の動機は無いし? だから……別に、向上心とかはそんなにない。だから、あたしは別に、手柄が全部あの双子に渡っても全然オッケーなの」
その考えは、あたしにも理解できるものだ。楽しいに越したことはない。
……でも。脳裏に、小さな頃からの幼馴染の姿が過ぎる。
ハルカは頬杖をつきながら、あたしに質問をした。
「委員長は、何でリスドラルークに入ったの? どうしてそんなに頑張るの?」
「どうして、頑張るのか……?」
その質問は、まるで頭を殴られたかのような衝撃を、あたしの脳に与えた。
……あたしが頑張る理由。……理由、なんて――ない。
そう、結論付けようとした時。
先程も脳裏に過ぎった、幼馴染の姿が、鮮明に映った。
「……リオが、行くって言ったから。あたしも……頑張った」
あたしはそう答えた。愚直に、一直線に、ハルカの目を見て答えた。
――リオ・エリオード。あたしの幼馴染で……魔力器官に障害を持つ、男の子。
そうだ。あたしの隣には、いつもリオがいた。魔力が無いのに、必死で足掻いて、藻掻いて、苦しんでいた。なのに、やっとのことで入学したリスドラルークでもいじめられて。それでもリオは、ずっと前を向き続けていた。前に進もうと懸命に、実を結ぶかどうかもわからない努力を、愚直に、一直線に続けていた。
それがどれだけ苦しいことか、あたしの想像には及ばない……魔力を普通に使える、普通のあたしには、一生かけてもわからない。
ただ。それでも。あたしは……リオが好きだから。いつまでも一緒にいたいから。辛い努力を続けるリオの隣に居続けるためには……あたしも、何かに向かって努力をしないといけないような……そんな気がして。
「あたしは……リオが先を進むなら。横に立って、一緒の道を歩きたい。だから……あの二人に、全部譲る訳にはいかない!」
――それが、あたしの頑張る理由。リオの隣で、いつまでも……ずっと一緒に。それが叶うのなら。どんな努力も、頑張れる!
あたしの瞳をぱちくりと見つめ返したハルカは、次の瞬間、噴き出して笑った。
「ああ……愛だねぇ」
「ッ……茶化さないで!」
ごめんごめん、と笑いながら、ハルカはあたしに謝ると、倒木から立ち上がり、あたしに手を差し出した。
「そんじゃ、委員長! あたし達もやりますか!」
「……え? 向上心とかは無い、って……」
「あたしはね。委員長は違うじゃん……愛しのリオくんのためじゃん?」
愛しの……って、そんなことないからっ!
あたしがつい、本当のことなのに、いつもの癖でそう否定しようとした時。そのあたしの口先に、ハルカは人差し指を当てて、あたしの反論を遮って、ウインクした。
「友達の恋路は応援するもんでしょ? このハルカちゃんに任せてよ」
反論を強制的に噤まされたあたしは、むぐぐ……と歯がゆい思いをしながらも、とりあえず頭を下げた。
「……よろしくお願いします」
ハルカはふふふ、と微笑ましいものでも見るように笑った。
「素直でよろしい。結婚式には呼んでね?」
「けっ……。……か、叶ったら……呼ぶ……」
「委員長、顔真っ赤っ赤で、かーっわいいっ! 約束ね! 将来、楽しみにしてるね!」
……ッ、あー、もう!
あたしはハルカの手を握り、恥ずかしさで染まった頬を誤魔化すように、大声を出して気合を入れた。
「じゃっ、やるわよハルカ!」
そして、手を祈るように組み合わせ、あたしの、魔法を使うための天使を召喚する。
「【憑依魔法――レグナ】!」
宙に描いた魔法陣から、天から降臨するように舞い降りた天使レグナは、あたしを後ろから抱き締めるようにして、あたしの身体と融合した。
「うわはっ、綺麗だね、キミの魔法!」
と、ひらりとあたしの隣に着地したゴルドくんが、さらりとそう褒めてきた。何とも女慣れしてそうな褒め方だ。
「女の子苦手らしいけど、そんな褒め方できるんだ? かっこいいと思うよ」
「あっ……あ、いや、その……違っ、違くて……!」
気になったので指摘すると、ゴルドくんは顔を赤くして俯いた。どうやら無自覚なムーブだったらしい。
ゴルドくんは顔を真っ赤にしながら狼狽え続けた。
……この狼狽え方。恥ずかしがってる時のリオに、雰囲気が若干似てるなー……。だから何だ、って話だけど。
……ちょっとしたことで、すぐにリオのことを連想するのは、ちょっと直した方がいいかもしれない。
あたしは内心で反省しつつ、左腕を変形させた弓で魔力の矢を作り、引き絞った。相手は人形とはいえ女神だ、全力を出す――複合魔法だ。
「【炎&氷魔法――氷炭相愛】」
炎の矢と氷の矢が混じり合い、紅と蒼の美しい螺旋模様を描く。
これは、あたしが使える数少ない複合魔法の一つだ。複合魔法――属性の違う二つ以上の魔法を同時に使う魔法の高等技術。一年生で使えるのはかなり少ない……あたし入れても、一〇人もいないくらい。
自分で言うのもなんだけど、結構あたしは優秀な方だ。
あたしは内心で誉れを感じつつ、螺旋状に渦巻く特大の矢を放った。その矢は火の粉と氷晶を散らしながら、ガイアに向かって突き進んでいく。
『ガアアアアアアアアッ!』
ガイアは、その極太の矢を両の巨腕で受け止めた。
しかし、矢の勢いは衰えない。
ガイアの腕力と、あたしの魔法が拮抗する。
その余波で、辺りの木々の葉が激しく揺られ、落ちていく。
その落ちた葉の向こうで、ガイアは憎らしく表情を歪め、笑っていた。
『フ、フフ……コンナ、モノ……ナノォ!?』
「勝ち誇るのは早いわよ、女神さん」
あたしはその憎たらしい笑顔に対して、精一杯の皮肉めいた笑顔を返す。そして、ついでに教えてやった。
「足りない頭で思い出してみて? ――アンタの相手、あたしだけだった……?」
『――ッ!』
ガイアは目を見開いた。どうやらあたし以外の三人の存在を思い出したようだ……けど、もう遅い。
「シルバはそっちの腕を!」
「わかってる!」
ガイアの背後から飛び出した、二人の青髪――ゴルドくんとシルバくんだ。ゴルドくんの双斧と、シルバくんの大斧が、それぞれガイアの腕を肩から真っ二つに斬り落とした。
腕が落とされたことにより、ガイアの身を守るものは何も無くなり、あたしの複合魔法はその身体に直撃する。
『グゥゥゥゥゥゥッ……!?』
特大の炎と氷の螺旋が直撃したガイアの身体は、砂像が砕けるようにヒビ割れてバラバラになっていく――しかし。
『マーダマーダッ、コッレッカッラァッ!』
ガイアはしぶとかった。
土塊になって飛び散った、一つ一つの己の肉体の破片を、己の髪の毛を伸ばして触手のように操り、回収した。そして、回収したそれを再び自己の肉体として修復しようとした――だけど。
「そンなの予想できてんだよっ、泥人形ッ!」
ハルカの方が、早かった。ハルカは小さな魔法陣を土塊一つ一つの近くに一瞬で描き、そして手で銃を撃つようにして、魔法を行使した。
「【通常魔法――瞬撃バレット】。ばーん」
すると、全ての魔法陣から白色の弾丸が射出された。その弾丸は的確に土塊を撃ち抜き、破砕。ガイアの決死の目論見は文字通り砕かれた。
ハルカは、絶望の表情を浮かべるガイアに、ニッコリと微笑みを返した。
「あたしのイメージシンボルは『弾丸』。あたし、魔法陣描く才能あってさ。魔法陣の速描き、遠描きがめっちゃ得意なんだぁ」
魔法陣の速描き、遠描きっていうのは、文字通りの意味の技術だ。速描きが魔法陣を速く描く技術のこと。遠描きが自身から遠く離れた位置に魔法陣を描く技術のこと。
ハルカは、魔法陣を描くことが、学年でもトップクラスに上手いのだ。
「トドメは譲るよ、男子諸君!」
ハルカはそう言って、ゴルドくんとシルバくんにウインクをした。
二人は一瞬、ハルカのウインクにまごつくも、すぐに冷静さを取り戻し、己の魔力で作り出した斧を構えた。
「しくじんなよ兄貴」
「うん。頑張る」
二人の呼吸が、ピタリと合う――それをあたしは、遠くからでも肌で感じることが出来た。
双子だからこその成せる技……なのだろうか。
「「【風の泉よ】」」
二人が前に手を差し出しながらそう唱えると、魔法陣が浮かび、その魔法陣から泉が湧き出てきた。二人はその泉に、自らの持っていた斧を投げ入れる。すると、投げ入れた斧が、風の魔力を付与された状態で、泉の中から二人の手元に返ってきた。
「やるよ、シルバ」
「おうよ、兄貴」
ゴルドくんは双斧を。シルバくんは大斧を。それぞれ構えて、一斉に飛び出した。
「「【風魔法――トリプレットアックス・エンチャントウィンド】」」
二人の、計三本の斧が、極大の風の魔力をうねらせて――ガイアの頭部を破砕した。
頭部を失ったガイアは、土塊となって、その大きな身体を崩れさせた。
こうして、あたし達は無事に二日目の課題をクリアできたのだった。