48話 特殊魔導のデメリット
「……疲れたぁ」
ウンディーネを倒した僕達四人は、そのままその場で大の字になって倒れた。そのまま深く息を吸っては吐いてを繰り返し、呼吸を落ち着ける。
「……ランファくん。右足、大丈夫?」
僕は上がった息を整えると、上体を起こ……そうとしたが、まだ身体が動かないので、そのままランファくんの方に視線だけを向けた。
ランファくんは、自分のハンカチを傷跡に巻いて応急処置をすると、舌打ちをした。
「誰が誰の心配してやがる。殺すぞ」
「心配してあげてるのに」
「頼んでねェことを恩着せがましく言うんじゃねェ」
僕はランファくんのその物言いに苦笑を浮かべ、次にミィシャさんの方を向いた。
ミィシャさんは僕の顔を見るや否や、視線を下に逸らし、そして申し訳なさそうにひそひそと話す。
「ぁ、ぁの……さっき、な、名前で、呼んでしまい……申し訳ぁりませ、ん」
「別に気にしなくていいのに……僕も、ミィシャさんのこと、名前で呼んでることですし。僕のこと、名前で呼んでください」
「は、はい……! えっと、リ、リオ……くん!」
たどたどしくも、慣れない様子で僕の名前を呼ぶミィシャさんに、僕はほっこりするような気持ちを抱いた。
僕はその後、ファイアくんの方を向こうとして――瞬間。全身が硬直し、まるで動けなくなっていることに気が付いた。
「あっ。あれ……あれ!?」
僕は狼狽えながら、指先や肩や腕や首など、あらゆる関節を曲げようと試みるも、上手くいかない。動かそうとすると、その部分が軋むように痛んで、全然曲がらないし回せない。さっきの特殊魔導で硬くなったのとは、また違う感じ……。でも、この感覚には覚えがある。これは……。
「……全身が、凝り固まってる……?」
そう。僕の全身は、まるで鉄のように凝り固まっていたのである。勉強漬けの時に肩や首がよく凝ったから、身に覚えのある感覚だった。
だけど、この凝り方は勉強疲れの時に発症するものの比ではない。全く、全身が動かせないし、曲げられないのだ。
これは不味い。首が動かせないから、上しか向けない。今の僕は大の字になって地面に寝転がっている状態だ。その状態から、全く身体が動かせない。
「リオ? どうした?」
僕の狼狽えた声を聞きつけたファイアくんが、僕の顔を覗き込んできた。逆光の中、彼の赤髪が風に揺れているのが見える。
僕は素直に、今の自分が置かれている状況を吐露した。
「え、マジか。全身、動かねーのか……よっしゃ、任せろ!」
ファイアくんは僕の状況を聞き取るや否や、そう言って僕の身体を抱えて持ち上げた。さながら、大工さんに運ばれる木材にでもなった気分だ。ファイアくんの肩の上に右半身を下にして担がれて、腰に腕を回されて。
僕の視線の先には、怪訝そうな顔で僕を見るミィシャさんとランファくんがあった。
……そんな目で見ないで……。
彼らの視線から逃げたくても、首が動かないので顔を背けることすらできない。
今の僕は、大の字になって寝転がった時の姿勢のまま、ファイアくんに横向きに担がれているのである。恥ずかしいったらありゃしない。
「俺に任せろよ、リオ! 大船に乗ったつもりでいてくれ、な!」
「……運んでくれることに関しては、本当にありがとう」
「いいってことよ!」
快活な声が背中越しに響く。
どちらにせよ、今の僕は一人では動けない。そうなった以上、僕はこうして、誰かに運んで貰わなければならなかったのだ。嫌な顔一つせずに、僕を運んでくれるファイアくんには、感謝せねばなるまい。
ただ、しかし。やっぱり……これは、恥ずかしいよ……!
ふと、僕は視線に気づいた。それは、僕を苦笑気味に見つめるミィシャさんのもので……。
「リオくん……ぇっと、その……が、頑張ってくださぃ」
「……はい。頑張ります……」
ミィシャさんの、困惑を隠せない小さなガッツポーズと一緒に投げかけられた雑なエールに、僕は羞恥を隠せず……頬を真っ赤にしながら、しかし身体を動かせないので赤く熱くなった顔を隠すこともできず、ただただ居たたまれない気持ちでそう答えた。
△▼△▼△▼
「あっひゃっひゃ! ナニコレ、リオくん、身体ガッチガチじゃん!」
僕達のグループは、どの組よりも早く、学園長の出した魔力人形を倒し、課題を達成して戻ってくることができた。そのおかげで、僕のこの、全身が動かせない痴態を大勢の前に晒さずに済んだ……それは、いいことだ。
だけど……。
「うーわっ。こんなに鉄みたいに凝ってるのに、ほっぺは柔らかいままだ!」
僕は今、この全身が凝り固まった状態をメグミさんに面白がられ、玩具にされていた。腕や足を擦られたかと思えば、頬を指でつつかれ……。
「あの、止めてくれません?」
僕がそうしかめっ面で言うも、メグミさんはあっけらかんとした表情で気にもしてくれない。
「いいじゃん別に。ほら、皆も触ってみな……リオくんのほっぺ、モチモチなんだぜ……?」
メグミさんがそんなことを言うもんだから。好奇心旺盛なファイアくんはもちろん、断れない性分であろうミィシャさんも、そして何故か学園長までも、僕の頬をつつきにやって来た。
「ホントだ! リオ、お前のほっぺ、つっつき甲斐があるぜ」
「ご、ごめんなさいリオくん、失礼します……って、ホントにすごぃ、もっちもち……」
「お肌のキメも細かいねぇ。これ、女の子の中には羨ましがる子もいるんじゃないかい?」
僕の頬をぐいぐい引っ張るメグミさん、指で突っつくファイアくん、親指と人差し指で摘まむミィシャさん、手の平で擦るように撫でる学園長。
四者四葉、それぞれに弄られるがまま、身動きの取れない僕は涙目になりつつあった。その時、遠くでその僕達の様を傍観していたランファくんと目が合った。
その時の、彼の目は……まるで、汚泥を見るような目で……。
「……何故、こんな目に……」
僕は視線だけを空に向けた。青い空に白い雲が、どこまでも風に乗って動いていくのが見える。僕はそれを眺めながら、四人にされるがままの玩具になり続けたのだった。
そうしてしばらく、皆の玩具になり続けて。そうしている間に、学園長が、僕の特殊魔導について解説をしてくれた。
「特殊魔導っていうのは、言わば魔力を身体に異常供給させてバグらせる……みたいなものだからね。身体そのものがバグる訳だ。そりゃ、反動も大きいよ。特殊魔導には大抵、魔力の過剰消費の他にもデメリットが生じるものだ。リオくんの場合は、全身に魔力を過剰に流すことで、全身の細胞を硬質化させるものだろうから……今の状況を見るに、使用後は全身が自分じゃ動けなくなるほどカチカチに凝り固まる、って所かな」
「うぅん……実戦での使い所が難しいですね」
「まぁ、そもそも特殊魔導なんて、使えない人の方が多いし。僕も使えないよ。まぁ、いざって時の手札が一つ増えた……くらいに思えばいいさ」
学園長はそう言って、僕の鼻の頭をつついた。
そっか……手札かぁ。例えば、全身を硬質化させずとも、右腕だけ硬質化して相手をぶん殴る……みたいな使い方ができれば、結構使い所も増えるかな?
僕が何となく今後のこの特殊魔導の使い方を考えていると、ようやくメグミさんが、僕の全身にマッサージを施してくれる運びになった。
「いやぁ、こりゃあ、やり甲斐あるなぁ。あたしが整体師で良かったねぇリオくん」
「そこに関してはいっつも感謝してますよ。ありがとうございます」
「まぁ、ねぇ。あたしのマッサージ、リオくんの魔力も解せるんだもんねぇ」
「あ、ついでに魔力の方もお願いできますか? 魔力も空になっちゃって」
「ああ、うん。大体わかってるよ。任せなさいな」
そこで僕は、ふと疑問に感じた。
メグミさんは魔法も魔力も無い世界からこっちの世界に来た訳だけど……どうして魔力の感じがわかるんだろう?
気になったので、とりあえず質問してみることにした。
「あの、メグミさん。どうやって、僕の魔力を感じ取ってるんですか?」
メグミさんは僕の質問に対して、何てことの無いように答えた。
「うん。あたし、生まれつき、見えるんだよね。人のオーラ……みたいなものが」
「オーラ……?」
そうオウム返しをすると、メグミさんは自分の目を指して説明をしてくれた。
「うん。何て言うかな。人の周りが、ぼんやりと光って視えるの。それでね、そのオーラを見れば、何となくその人が強いか弱いかとかがわかるんだ。他にも、体調とか、場合によっては気分の落ち込みとか、そういうのもわかっちゃうよ」
……だから、メグミさんは僕の不調とかに鋭いのか。メグミさんはいつも、僕が落ち込んでる時に慰めの言葉をくれるけど……その理由が少し、垣間見えた気がした。
「最初は、魔力とかよくわかんなかったんだけどね。この世界の人、皆見たことないオーラが混じっててね。『あ~、このオーラが魔力を表してんのかな』とか、覚えた」
「凄いですね」
僕は素直に驚嘆し、メグミさんを褒めた。
するとメグミさんは勝ち誇ったように、「んふー」と鼻から息を強く吐き、そしてニヤニヤしながら僕に擦り寄ってくる。
「もっと褒めてくれてもいいんだぜ?」
「凄いです。凄いです凄いです。凄い凄い凄い凄い凄い」
「あっはっは、褒め方が雑!」
僕が適当に褒めると、メグミさんは爆笑しながら喜んでくれた。
本当、明るい人だなぁ……。
……メグミさんについて、ずっと気になってたことがある。
一度、メグミさんに聞いた時、さらりと流されてしまったことだけど。
もう一度だけ、聞いてみたくなった。
緊張のせいか、やけに乾いた喉の奥から、僕はその問いを絞り出した。
「……メグミさん。本当に、元の、自分のいた世界に帰りたいとか……思わないんですか?」
……一瞬、ピタリとメグミさんの施術の手が止まる。……かと思うと、また彼女の指先は動き始め、僕の凝りを再び解し始める。
メグミさんは言った。
「前も言ったでしょ。帰りたくないの」
そう答えた彼女の声は、いつもと同じトーン、同じ声色だったけど……どこか虚ろで空っぽだった。
僕は、やっぱり触れちゃいけない部分だった、と問いかけたことを少し後悔しつつ、強引に話題を切り替えた。
「あ、あの……僕の、オーラ? って、どんな風に見えてるんですか?」
「おっ、気になる? 気になっちゃうかぁ~。それはね……」
メグミさんは、僕のその強引な話の切り替えに、何も言わずに乗ってくれた。いつもと同じ感じで、話をしてくれた。
僕はこの後も、メグミさんと話を続けた。途中からファイアくんやミィシャさんも参入してきて……僕は、湖の上を吹き抜ける涼しい風を感じながら、満ち足りた時を過ごしたのだった。




