47話 お願いします
目の前にまで、水の弾丸が迫り来る――しかし、僕はそれを避けずに、右腕を掲げて防御する。普通であれば、腕は弾丸に貫かれ、痛烈なダメージを受けるはずの行動だけど……。
「ッ、効かないよ!」
――僕にはもう、通用しない!
特殊魔導【鋼鉄銃人】によって、文字通り鋼の肉体を手に入れた――最高で最硬の身体を手に入れた、今の僕には!
僕がそう内心で息巻いていると、僕の隣に一人の男子が降り立った――ファイアくんだ。
ファイアくんは僕の額を拳の裏で、扉をノックする時のように叩き、目を丸くした。
「うおっ、マジで硬ぇ! すげぇなリオ! 流石だ俺のライバル!」
喜びながら、珍しいものに触れるかのように何度も僕の額をノックするファイアくん。その度に高い金属音がコンコンと鳴る。
……痛くはないけど、鬱陶しい。
じっと彼を睨むも、ファイアくんはどこ吹く風といった様子で屈託なく笑っていた。
「おーい! お前らも降りて来いよ! ランファ、ミィシャ! リオ、カッチカチだぞ!」
と、ファイアくんが残りの二人も呼び出した。そう時間もかからず二人は下りてきて、僕の頬や胸やお腹なんかを擦ってきた。
「わっ……硬いですね」
ミィシャさんは感心したようにそう呟いた。
そして、ランファくんは――
「ッ、ルァァッ!」
「いったぁ――くない!?」
――突然殴りかかってきた。
しかし、今の僕は鉄のようになっているので、僕には一切のダメージはなく、逆にランファくんの方が拳を押さえてその場に蹲る結果となっていた。
「……調子に乗んなよエリオード。調子に乗ってんなよ……!」
「えっ……ごめんね?」
ランファくんに涙目で上目気味に睨まれ、僕は狼狽えながらも謝った。
……何で殴られた側の僕が謝っているんだろう。まぁいいか……ランファくん悔しそうだし……見てて清々する気持ちもあるし。
僕は蹲るランファくんの肩に手を置いて、真っ直ぐに彼の瞳を見つめて、もう一度言った。
「……ごめんね?」
「テメェその勝ち誇ったみてェな顔止めろや殺すぞ……ッ!」
「……あ、ごめん。顔に出ちゃってた?」
「ブッ殺すぞテメェ!」
ランファくんはやけくそ気味に立ち上がり、僕のお腹を前蹴りで蹴っ飛ばした。前蹴りなら、ランファくんは別に痛くないし、僕だけがすっ転ぶことになる。僕は突然加えられた衝撃に耐え切れず、背中から倒れてしまった。
「あっ……だっ、大丈夫ですか、エリオードくん」
倒れた僕に、ミィシャさんが手を差し伸べてくれた。
僕が彼女の柔らかな手を取って立ち上がると、彼女は僕を見て、ほんの少しだけ呆れたように微笑んだ。
「……エリオードくん、意外と、その……性格、悪、ぃ……です、よね。今、謝ったの……ゎ、わざと……でしょ?」
「……はい。僕、ランファくんの悔しがる顔、好きみたいです」
「……いじめられてた、んですよね?」
「はい」
毅然とした態度でそう答えた僕に、ミィシャさんは、もう何も言うまい……というような素振りで溜息を吐き、視線をウンディーネの方に戻した。
「どぅ、しますか。あれ……」
ウンディーネは、屈辱や怒りに悶えるように髪を振り乱していた。髪の先からは水滴が乱れ散り、周りの木々や草花にぶつかり、激しく揺らす。
僕はそれを見上げながら、固唾を飲んで言った。
「……僕が囮になります」
「……それがベストだろうな」
ランファくんが僕に同意した。
僕は彼を見やって頷き、その続きを口にする。
「今の僕なら、ウンディーネの攻撃は全て無効化できる。だから、僕が囮になって、三人に攻撃してもらうのがベストだ」
すると、氷の刀を肩に抱えて、ランファくんが舌打ちをして、僕に視線を投げた。
「その特殊魔導、そんなに保たねェだろ? タイムリミット、言え」
僕は、流石に鋭いなぁ……と彼の観察眼に舌を巻きつつ、苦笑混じりにその質問に答えた。
「うん……感覚頼りだから正確な時間じゃないけど……残り三分って所かな」
「たったそれだけかよ……貧弱モヤシが」
「ご、ごめん……けど、三分もあれば、ランファくん達ならイけるでしょ?」
「……挑発を挑発で返すんじゃねェ」
「そもそも挑発をしないで」
僕達は軽い口喧嘩を交わしながら、二人揃ってウンディーネの前に並び立った。
ランファくんは自分の右足を見やる。そこには、先程ウンディーネに撃ち抜かれた傷が、血をダクダクと流していた。
ランファくんは、少しだけ眉間に力を込めたような表情をした。
すると、傷口から溢れる血潮の流れが、徐々に緩まり……ピタリと止まる。
それを見て、ランファくんは笑った。
「昨日、覚えたばっかの魔導だが……なるほど。ちょっとした出血なら、魔導の応用で止めれるのか」
僕はランファくんの足の銃創を確認しながら聞いた。
「へぇ。痛くないの?」
ランファくんはぶっきらぼうな態度ではあるが、答えてくれた。
「傷が治った訳じゃねェから、痛ェのに変わりはねェ。けど、血が無駄に流れ出ていくよりはマシだろ」
「なるほど」
「もういいだろ。課題に集中しろ、囮役」
ランファくんはそう言って、僕との会話を打ち切った。
「三分以内にブッタ斬る。しくじんなよ」
最後にランファくんはそれだけ言うと、僕の横から跳び去った。
それと同時に、僕はウンディーネに魔力の弾丸をぶつけ、挑発。意識をこちらに向けさせる。
「よろしくね、三人共!」
僕は三人にそう、檄を飛ばした。返事は返ってこなかったけど……代わりに微かに聞こえた、三人分の枝や葉を踏む足音が。何よりの答えになっている……って、そんな気がした。
△▼△▼△▼
結局、あの二人は仲が良いのか悪いのか?
私、ミィシャ・シーモンスは、エリオードくんとミドゥーファさんの関係性に、首を傾げざるを得ない。
さっきしてた挑発し合いの口喧嘩……あれ、仲がいいほど喧嘩するってやつではないのでしょうか。そんなことを言ったら、エリオードくんはともかく、ミドゥーファさんの方に凄く睨まれそうなので、絶対に言わないけど。言う勇気もありませんし。
ミドゥーファさんは、凄く怖くて、凄く苦手だ。私からの三人の呼び方が、エリオードくんやファイアくんとは違い、ミドゥーファさんは“さん”付けなのが、その証拠でもあり。
「【土魔法――ランド・バレット】!」
エリオードくんは下で、ウンディーネの気を引きながら、私達が全力の魔法を出しやすい位置に誘導をしてくれている。
私は、ファイアくんとミドゥーファさんと一瞬だけ視線を合わせ、互いの意志を確認した……つまるところ、攻撃のタイミングの相談だ。
エリオードくんの特殊魔導の残り時間が、残り大体二分くらいしかない。
『アアアアッ! アアアアアアアアッ!』
ウンディーネは、何よりも恐ろしい形相でエリオードくんを叩き潰そうと、両腕を振り回している。余程、エリオードくんの挑発が効いているようだ。
……私の魔法は、影を操るもの。影に魔力で形を与え、それで攻撃をする……。
突然、胸が苦しくなってきた。……私なんかが。私なんかの魔法が、三人の役に立てるのかな……って、そんな不安が突然胸に押し寄せてきて……堪らなくなったのだ。
「……ハッ、……ハッ」
息苦しさに、思わず喘ぐ。空気を取り込もうと、息がどんどん荒くなる。
このままじゃ……不味い。私のせいで、失敗するかも――
「いよっしゃあああああっ! 一番手はこの俺、ファイアだっ! 【炎魔法――スプリーム・エクスフレア】ッ!」
――私がそうやって、失敗を恐れていたその時。ファイアくんが突然、木の影から飛び出し、ウンディーネに向かって両手を合わせて重ねて突き出した。そして、その両の手を重ね合わせた手刀の先に、魔法陣が描かれている。
「ウルァァァァァァァァッ!」
ファイアくんの手刀の先の魔法陣から現れたのは、極太の炎の柱のような……炎刃だった。
それをファイアくんは、ウンディーネの頭部目掛けて振るった。
『ッ、ウウウウウウウッ!?』
ウンディーネは炎刃に即座に気づき、青髪に水流を纏わせて防御した。それはさながら、水の刃のようだ。炎の刃と水の刃が、ぶつかり合って火花と水滴を辺りに散らした。
私は、楽しそうに魔法を使う、ヒリつくような笑顔を浮かべるファイアくんの横顔を見て、思った。
(……私も、あんな風に魔法が使えたら)
ファイアくんは、失敗を恐れずに、一番乗りで魔法を使った。それは、後先考えないような無謀な行為ではある。……ある、んだけれど……その行動力は、私には無いものだ。
……焦がれる。憧れる。そんな気持ちに私の心は内から焼かれた。
「勝手に動きやがってクソ馬鹿がァッ!」
案の定、ミドゥーファさんは、牙を剥き出しにして唸る肉食獣のような、怒りの形相を浮かべていた。
……けれど、次の瞬間には、ほんの少しだけ、笑っていた。
「まぁ、今回はテメェの行動読めてたし、むしろ予想通りに動いてくれたから許してやるよ――本命は俺だッ! 【氷魔法――剣舞――白澤絶零斬】!」
どうやら、自分の思い通りにファイアくんが動いたことが嬉しかったらしい。
……つまりそれは、裏を返せば、ファイアくんが一番手に行動することを期待してた……ってことだ。
そこで更に私は気づいた。ミドゥーファさんの動きが、まるで右足を庇うかのような鈍い動きであることに。先程撃ち抜かれていたのだ……まだ痛むだろう。
しかしそれでも、ミドゥーファさんは行動していた。
白い光が収束し、魔力をかちかちに蓄えた氷の刀。それを振るうミドゥーファさんを見ながら、私は拳を強く握った。
悔しかった……行動を起こせない自分が。
気が付けば視線は俯き気味になっていき――そこで。木の下でウンディーネの注意を引いていたエリオードくんと、偶然がっちり目が合った。
エリオードくんは、特殊魔導で強化された身体でウンディーネの水の攻撃を弾きながら、口元だけ微笑むと、そのまま唇を動かした。
その動きは……多分、こう言っていた。
『お願いします』
……リオ・エリオードくん。初めてできた、私の友達。
その友達にお願いされた……なら。
その願いを、裏切る訳にはいかない!
「私だって……やれる! やれますから! 見ててくださいエリオードくん!」
私は宙に魔法陣を何個も描いた。その魔法陣を全て指で軽く押すと、それらは吸い込まれるように木々の影へと向かって、馴染むように溶けていく。
最後に私は、指を鳴らした。
「【鋼鉄魔法――影の針山】!」
私がそう叫ぶと同時に、魔法陣を溶かし込んだ影から、太く黒い針がウンディーネ目掛けて射出された。
――ファイアくんの炎の刃と、ミドゥーファさんの氷の刀と、私の影の針。三種の脅威に晒されたウンディーネは、確かに目を見開いて戦慄していた。
『ウウウ……アアアアアアアッ!』
ウンディーネは、宙に魔法陣をいくつも描き、防御の体勢を取ろうとした……しかし。
「【攻撃魔法――アタック・ガトリング】」
エリオードくんの方が先に動いていた。
エリオードくんは、両の手首から親指と小指の先同士をくっつけて、両手を少しだけ……花が咲くジェスチャーをするように広げていた。すると、両手の親指から小指までの全ての指先から、まるで物語に出てくるガトリング砲のように、連続で魔力弾が射出された。エリオードくんは、自分の全指先を、ガトリングの銃口に見立てたのだ。
その魔力弾は、ウンディーネの巨体に当たり、ウンディーネが魔法陣を描く邪魔をした。
エリオードくんが顔を私達に向けて、号令を発した。
「今だ、皆!」
彼の命令は、短く端的に、しかし的確に私達に届く。
「テメェが指図すんじゃねェよエリオード!」
「任せろッ、リオォ!」
「私の全力……見ててくださいっ、リオくん!」
三者三様、それぞれの答えを彼に返して、私達三人は思いっきり全力で、それぞれ魔法を行使した。
炎の刃、氷の刀、影の針は、ウンディーネの身体を焼き、裂き、穿つ。
それと同時に、ウンディーネは青色の粒子となって霧散し……私達は、ターゲットを無事に倒せたことを実感したのだった。
『――途中、馬鹿みたいな喧嘩はしていたけども。最後は協力できてたね。合格』
そんな、学園長先生の声が、空から聞こえてきたような気がした。
「……はぁっ、はぁッ」
上がる息に合わせて、上下する胸。伝う汗に、森の木々の間を吹き抜ける涼やかな風がぶつかって気持ちいい。
そんな満たされた高揚感の中、私は空を仰いで、ぽーっとしながら、呟いた。
「……リオくん、って。名前で、呼んじゃった……」
家族以外の誰かを名前で呼ぶなんて……私にとってそれは、初めてのコトだった。




