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44話 開闢者《ノヴァ・ウィザード》

 森の中。

 僕、ランファくん、ファイアくん、ミィシャさんの四人組は、歩を進めていた。足を踏み出す度に、枝がポキポキ折れる音や、葉っぱのカサカサ擦れる音が鳴った。

 向かって右側は崖になっており、足を滑らせたら大変だ。サァサァと水の音も聞こえる辺り、川が流れているのだろう。そう予測を立てながら、落下に最大限気をつけて下を見ると、寒天を張ったかのような水面が見えた。

 そして。


「そんな怒んなよぉ……ランファ……」

「うるせェ来んな殺すぞゴラ」


 怒り口調でずんずんと森の中を進んで行くランファくんを、ファイアくんがしょんぼりとしながらついて行く。どうやらランファくんは、先程ファイアくんに無理やり抱えられて連れられたことを怒っているようである。

 僕は、その隣で何故かアワアワと慌てふためくミィシャさんを落ち着かせるために、話しかけることにした。


「あの二人、何か仲悪いですね」

「そ、そぅですね」


 ミィシャさんは狼狽えながらも、返事を返してくれた。

 僕は微笑みながら、話を続けた。


「ミィシャさんはどうですか? このグループでやって行けそうですか?」

「エリオードくんとなら……」


 上目遣いでそう言ったミィシャさんは、溜息を吐きつつ、豊かな胸の前で手を合わせた。


「はぁ……。あの二人は、ちょっと……我が、強くて……申し訳ないのですが、正直、苦手です……」

「あー……わかります……」


 僕は首肯した。本当に心の底からその通りだと思った。

 しかし、ミィシャさんは意外そうな顔で僕の顔を見た。


「けど、エリオードくんは、二人とは、仲……、いいです……ょ、ね?」


 ……どうやら、傍から見たら、僕と彼らはそう見えるようだ。

 そのことにむず痒いものを覚えつつ、僕は内心の正直な気持ちを吐露した。


「うぅん……ファイアくんは、馬鹿なだけで内面は凄くいい人だから、仲良しとも言えますけど。ランファくんは……僕、いじめられてたんですよね」

「えっ……あっ、もしかして、魔力不全なのにこの学園に来たって、噂の……」


 ミィシャさんはそこで初めて、僕が元・魔力不全者であることに気が付いたようだ。

 僕は苦笑しながら頷いた。


「あ、はい……その噂の魔力障害のいじめられっ子が僕です……」

「あっ、デリケートな、問題でしたょね……ごめんなさぃ」


 頭を下げるミィシャさんに僕は、気にしないで、と手を振って笑いながら答えた。


「いいえ、大丈夫です。ランファくんには、もっと酷いことされたし……もっと酷いこと言われたので……それくらい……何とも……思いません……ね……?」

「……エリオードくん。目が、死んでます。怖いです」


 おっと。少し前までの辛い記憶がフラッシュバックしていた。今でも思い出すだけでヘコむくらいには色々やられていたので、正直ランファくんに対して、僕はかなり恨みがある。同じくらい彼への尊敬とかもあるから、一見中和されてるように見えて、表面化しないだけで。

 と、その時。


「あ、おい、アレ!」


 ファイアくんが突然、崖の方を指さして叫んだ。僕達は半ば無意識的に、その指さした方を向いた。

 その指の先には――


「……アレか? 俺らが倒す、今回の課題は」


 ランファくんが、首の骨を鳴らしながら言った。

 視線の先には、ふよふよと木々の間を縫うようにして空中を遊泳する、青い髪の女神がいた。

 アレは確か……昨日、学園長が僕達を突然湖に押し流した時に使った水魔法――ウンディーネ。


「ということは、水魔法を使ってくる」

「ですね」


 僕の言葉に、ミィシャさんが同調した。

 すると、ファイアくんが手の平から炎を漏らしながら、握り拳を強く握った。


「とっととブッ倒して、俺らで一番乗りかっさらうぞ!」


 そして、そう言うや否や、足裏から火を噴出し、空中を遊泳するウンディーネに向かって行った。


「あっ、ちょっと!?」


 僕の静止する声も聞かず、ファイアくんは手の平をウンディーネに向け、手の平に描いた赤色の魔法陣から火球を放った。


「【炎魔法――フレイムスフィア】!」


 火球はスイカほどのサイズだ。その火球はウンディーネの背中に直撃――したかと思いきや。


『フン……』


 直前で気づかれ、ウンディーネは水魔法でその火球を打ち消した。

 更に、ファイアくんに手の平を向け……


『サヨナラ』


 ウンディーネはそうファイアくんに告げると、激流の水を噴出した。

 ファイアくんは悲鳴を上げながらその水に飲み込まれ、僕達の元へと戻ってきた。


「うひゃあ……気づかれたぁ」


 全身びしょ濡れになったファイアくんは、水に濡れた犬のように全身を震わせて、水滴を辺りに撒き散らした。

 と、そんなファイアくんの濡れた髪を掴み上げた者がいた。……ランファくんだ。


「おいテメェ!」

「イテッ……髪引っ張るなよ痛ぇよ」

「そんなこと、どうでもいい!」

「どうでも良くねぇよ俺がハゲちまうだろ!?」

「どうでもいい!」

「良くねぇって!」

「どうでもいいんだよッ!」


 ランファくんはファイアくんの髪から手を離し、強引に不毛なやり取りを終わらせた。

 髪から手を離して、代わりにファイアくんの胸倉を掴み上げた。


「テメェ……アイツが水魔法使うって、わかってたよな!? いくらテメェが馬鹿でも……俺らは全員ウンディーネの水魔法に押し流されてんだッ、それくらいはわかってたよな!?」

「あ、ああ……そりゃわかってたよ」

「ならッ、()()()()()()()()()()()!?」


 ランファくんのその言葉に、眺めていることしかできていなかった僕もミィシャさんも、ハッとした。それと同時に、ランファくんが何を言おうとしているのか、何となく理解した。

 水魔法を使うことが分かり切っている相手に、わざわざ炎魔法で挑む意味。それがわからないのだ。

 僕とミィシャさんも、ファイアくんの方をじっと見つめる。

 ファイアくんは少しだけ押し黙ると、やがて観念したように首を横に振り、言った。


「いや……隠してるつもりはなかったんだけどさ……俺……()()()()()使()()()()()()()……」

「「――先に言えッ!」」


 僕とランファくんの声が被った。

 更にランファくんは、怒られて小さくなったファイアくんを追撃する。


「テメェ何で炎魔法しか使えねェのに水魔法使ってくること丸わかりな相手に突っ込んでったんだよッ、馬鹿じゃねェの……って馬鹿だったなこの大馬鹿野郎ッ!」

「そんな馬鹿馬鹿言わなくてもいーだろーがよー! 事情ってモンがあんだから!」

「じゃあ聞くが、何で炎魔法しか使えねェんだ?」


 ランファくんは一瞬だけ僕をチラ見した。

 多分、僕みたいな……事情がある、特殊な体質ではないかと思っているんだろう。

 ファイアくんは重々しく、自分の炎魔法しか使えないという事情を説明した。


「“炎”ってさ……カッケーだろ……? だからさ、俺、イメージシンボル『炎』にしたんだ。そしたら……炎から水とか風が出るイメージが全く出来なくてな……」

「馬鹿丸出しな理由じゃねェか」

「後、俺、炎魔法以外の魔法陣が覚えられねぇ。頭に入ってこねぇから、炎魔法の魔法陣しか描けねぇ」

「馬鹿丸出しな理由じゃねェかッ!」


 ランファくんは目を真ん丸にしてファイアくんの頭に拳骨を落とした。

 ……僕も正直、ランファくんに同感である。

 僕は、ミィシャさんと目を合わせ、お互いに苦笑し合った。

 とりあえず、絶対あの水魔法ウンディーネを倒さなきゃいけないって訳でもないし……別のターゲットを探すことを提案しよう。


「あのウンディーネ以外にも、沢山ターゲットはいるよ。他のを探そう」


 僕の提案にミィシャさんは頷いた――しかし。

 ランファくんとファイアくんは違った。


「ダメだ。目指すは一番乗りッつー点だけは、この馬鹿に同意だ。こんな所で出し抜けねェようじゃ、到底、開闢者ノヴァ・ウィザードになれねェからな」


 ランファくんはそう言って、ファイアくんの腕を引っ掴んでゆらゆらと揺らした。


「俺は未来の開闢者ノヴァ・ウィザードだぞ……負けたままで終われっかよ!」


 ファイアくんは鼻息荒く、そう言って握り拳を作った。


「……開闢者ノヴァ・ウィザード


 僕は、ぽそりとその単語を呟いた。

 学園長と同じ、この世界最高峰の魔法使いである証――【開闢者ノヴァ・ウィザード】。

 ランファくんは当然……ファイアくんまで、それを目指しているらしい。

 僕の脳裏に、昨日の夜、学園長と交わした言葉が……イメージシンボルが決まった日、アーリン先生に言われた言葉が、蘇る。

 それ即ち――【開闢者ノヴァ・ウィザード】を目指せ、という言葉だ。


「……僕だって。なれるもんなら……」


 手の平にほんの少しだけ、痛みが走った。手の平を見ると、拳を握り締めた時に爪が深く食い込んで、ほんの少し皮膚を破いてしまったようだ。

 ……魔法が使えるようになって。どんどん自分が、高望みをし始めているのを感じる。メグミさんに出会う前の僕なら、【開闢者ノヴァ・ウィザード】なんて、恐れ多くて口にも出さなかったのに。


「――僕もなりたい。【開闢者ノヴァ・ウィザード】に……!」


 僕は気がつくと、そう決意を口に出していた。

 更に。


「ッ……わっ、……私もですっ!」


 小さな声でぽそりぽそりと喋るミィシャさんまで、大きな声を出して、高く手を挙げた。


「ならなきゃいけないんです……私はっ……!」


 震えた声で……しかし、何か芯の通った、はっきりとした声で、ミィシャさんはそう言った。


「……なら、答えは一つだろ?」


 ミィシャさんの決意の灯る翡翠色の瞳を、燃えるような赤い瞳で見つめて、ファイアくんは笑った。

 そして、拳を打ち鳴らし、叫んだ。


「俺らはあの女神を倒す! 全ては【開闢者ノヴァ・ウィザード】になるために、なぁ――!」


 誰も異論は挟まなかった。僕も、ミィシャさんも、誰も。

 ――目標は、水魔法ウンディーネ。

 僕達四人は、揃って一歩を踏み出した。

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