43話 おんなのここわい
数分前。
「うっ……ううっ……シルバ……待ってよぉ」
学年唯一の双子、ゴルド・ウルトラマリンとシルバ・ウルトラマリンは、同じチームになったシフレとハルカを見つけ、彼女達に声をかけに行く所だった。
しかし、兄であるはずのゴルドが、泣きぼくろの横に本物の涙を浮かべながら、シルバの長い青髪を指でつまみ、くいくいと引っ張っていた。
「……ウザいんだよ! それでもテメェは俺の兄貴か!?」
文字通りの意味で後ろ髪を引っ張られる感覚に堪忍袋の緒が切れたシルバは、青筋を浮かべながら、ゴルドの短い青髪の上に拳骨を落とした。
ゴルドは涙目で殴られた箇所を押さえながら、震えた情けない声を出して反論した。
「……僕の方が、二〇分早く産まれただけじゃん。もしかしたら、生まれる順番が違ってたら……シルバが僕だった可能性もあるじゃん」
そう唇を尖らせて文句を言うゴルドに、シルバは苦虫を嚙み潰したような顔で吠えた。
「……うるっさいなッ! だったら一六年前に戻って俺の背中を押してこい! そうすりゃ俺が兄貴で兄貴が俺だ!」
「無茶言わないでよぉ……時間逆行する魔法とか、高度すぎて使えないよぉ……」
「なら情けないこと言うな! 俺の兄貴なんだからな、兄貴は!」
「むぅ〜……シルバの方が背ぇ高いくせに」
ゴルドは膨れっ面になってシルバを睨んだ。
シルバは「言うこと無くなったらいっつもそれ言うよな……」と呆れながら後頭部を掻いた。
そもそも、どうしてゴルドはまるで駄々っ子のように愚図っているのか……何故、彼らは揉めているのか――それは、至極単純な理由だ。
「女の子に話しかけるの、緊張するんだよぉ……シルバ行ってよぉ……」
「うるっせぇ! おっ……俺も緊張するんだよっ、兄貴が行けって!」
「うわぁん! こんな情けない所で兄弟の血の繋がりを感じたくなかったぁ!」
つまり、どちらも女子への免疫が限りなく無いため、どちらが先にシフレ達に話しかけるかで揉めているのだ。
結果、二人は同時に話しかけることを選択するのだが……それがまさか、シフレとハルカの二人に若干の不安感を与えているとは、二人の想像の埒外である。
兎にも角にも、こうして、チーム分けは終了したのである。
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学園長は僕達を集め、これから行う演習の説明を始めた。
「やってもらうことは簡単。僕が今からチームの数だけの神を召喚するので、チームで協力して、一チーム一体、それを倒してくれ」
湖をバックに立った学園長はそう言うと、天に右手を掲げて指を鳴らした。その瞬間、空にいくつもの魔法陣が浮かび、そこから大量に降ってきた御柱が、湖に落ちて大きな大きな飛沫を上げた。ビチビチと大量の水滴が僕達の頬や身体を打ち付けて、ひんやりとした心地がした。
そして、御柱が割れ、中から現れたのは、御柱の数だけの神様……を模した、学園長の魔力の塊。
「今、召喚した神には全員、野生の魔獣と同程度の知能を持たせてある。強さもキミ達が協力すれば倒せる程度には調整してあるから、安心していい」
学園長はもう一度指を鳴らした。すると、背後の神様は皆、飛んだり湖に潜ったり走り去ったり……一目散にどこかへ消えていった。
そんな神々を見て頷いた学園長は、僕達に向き直って薄い笑みを貼り付けた。
「もちろん、ただ倒すだけじゃない。探し出して、倒すんだ。協力も魔法使いに必要な要素……頑張ってね。それじゃ、よーいドン」
さらり、と告げられた、二日目の試練の開始の合図。瞬間、僕の首根っこを引っ掴んできた手があった――ファイアくんのものだ。
「行くぞリオ! ランファ! ミィシャ! 俺らのチームが一番乗りだァ!」
よく見ると、左手にはミィシャさんが、左腕にはランファくんがラリアットされてるみたいにして、連れられている。
もちろん、そんな運び方をされてランファくんがキレない訳がなく。
「おいゴラッ大馬鹿野郎ッ、テメェざっけんなや殺すぞオラァ!」
「誰が大馬鹿だ!? 名前で呼べよランファ!」
「ウゼェ! 死ねッ!」
と、口喧嘩? が始まる。
そんな二人の横で、ミィシャさんはブルブルと震えて怯えていた。
「ゎゎゎゎゎ……」
大丈夫かなぁ……と思うけど、僕にはどうすることもできない。このまま彼女には耐えてもらうとしよう。
この先どうなることやら……僕は、ファイアくんに引きずられるように引っ張られながら、何とも言えない不安感に胸中苛まれるのだった。
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「僕達も行こうか」
ゴルドは短い青髪と金のメッシュを揺らしながら、シフレとハルカに笑いかけて、そう言った。その内心は、女子への怯えで一杯になっているのだが……傍から見たら女慣れした優男のようであるのが、タチが悪い。
「……ゴルドくんと、シルバくんだっけ。結構、キレーな顔してるよね」
ハルカは前を並び歩く二人の間に顔を出し、薄い藤色の長い髪を耳にかけつつ、上目遣いで二人の顔を見た。
「よく言われない?」
「「……言われないデス」」
唐突に自分の二の腕の辺りに差し込まれた、女子の柔い頬の感触は、二人を固まらせるのに充分すぎる効果を発揮した。カチカチになった声音で、言葉を揃えた二人。
ハルカは、ここで何かを察した。ふーん……と悪戯っぽい笑みを浮かべ、そしてシフレを手招きで呼んだ。
「委員長、委員長」
「何よ……ハルカ」
そして、自分の元に寄ってきたシフレを、ハルカは思い切り二人の方へと突き飛ばした。
「ちょっとぉ!?」
シフレは悲鳴を上げながら、前へと転倒しかける。結果、その道中にあったゴルドとシルバの背中にもたれかかる形になる。
「ごっ、ごめんね二人共!?」
唐突に、不可抗力とはいえ、シフレに後ろから体当たりされた二人は、前のめりになって転んだ。更にその上に、覆い被さるようにシフレも二人の背中の上に転んだ。
つまり。ゴルドとシルバ、二人の背中に女子が思い切り密着することになる――。それは、二人の女子への接触の限界点を超えてしまう事象だった。その結果……二人はカチコチにフリーズした。
「……あれ? ゴルドくん、シルバくん?」
シフレはそんなことも露知らず、二人の頬をつんつんとつつく。それが更に、二人の硬直を硬くする。
そんな二人の様子を見ながら、ハルカは口元に手を当ててニヤニヤと笑った。
(ど〜やら? この双子……どっちも女子苦手っぽ〜い!)
いい玩具を見つけた――それはさしずめ、そんな笑み。黄色の瞳を細めて面白そうに笑うと、ハルカはちょこちょこと三人の元に歩み寄り、そして青髪の長い弟の方、シルバの方に座り、更に頬をつんつんとつついた。
「大丈夫〜? 大丈夫〜?」
瞬間。シルバの顔は完全に真っ赤に紅潮する。遠目から見たら、青い髪に朱色の頬のコントラストが鮮やかだ。
「泣きぼくろ、弟くんの方には無いんだ」
ハルカは、シルバの目尻を人差し指の先で撫で弄りながら、唇を彼の耳に近づけ、ヒソヒソと指摘した。そのハルカの背筋をなぞるような声音は、シルバの鼓膜を伝って、彼の鼓動を早打たせる。
「カッ……ガッ……」
「髪長〜い。青〜い」
更にそこに手櫛で髪を撫でられ、シルバは遂に羞恥の臨界点を突破した。
「ガァァァァァァァァッ!?」
ぽしゅん! シルバの身体はまるでペットボトルロケットのごとく、物凄い勢いで彼方の方へすっ飛んで行った。
「しっ、シルバぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
シルバと同じく、羞恥でカチコチに固まっていたゴルドも、流石に目の前で弟がすっ飛んで行くのは見過ごせない。羞恥による硬直を振りほどき、すっ飛んで行った彼の方へ手を伸ばし、悲鳴を上げた。
「……何? 何なの?」
シフレはその光景を狼狽えながら眺めつつ、ハルカに困惑の視線を向けた。しかし、ハルカは――
「あっひゃひゃひゃひゃ!」
――笑い転げていて、役に立ちそうにない。
「もう……ホント、何……何なの……?」
シフレは首を傾げながら、今後の自チームの行く末を嘆くのだった。
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「メグミくん。紅茶とコーヒー、どっちがいい?」
「ん……眠いし、コーヒー!」
ロンリュー湖のほとりにて。メグミと学園長は、椅子に腰掛けながらティータイムを嗜んでいた。
机の上には、様々な映像が浮かんでいる。さながら、ホログラムのようである。
これはウルティオルの魔法によるものだ。この映像は、合宿に参加している全チームの動きを捉えたものである。これによって、ウルティオルは学生の様子を観察するつもりなのである。
メグミは湯気の立つコーヒーを啜りながら、ウルティオルに挑発的な目線を投げかけて言った。
「しっかし、このチーム分け……リオくんの知り合いが二人も紛れるなんて、ね。エンチョーセンセ……わざと?」
メグミの視線の先には、リオのチームが映る映像があった。リオ、ランファ、ファイア、ミィシャの四人が映し出されている。
ウルティオルは、メグミの質問に薄目を開けながら答えた。彼のまぶたの隙間から、宝石の煌めきのような光が漏れ出る。
「……ファイアくんに関しては、ホントに偶然だよ」
「ファイアくん“は”……ね」
メグミは、机の上のスコーンにブルーベリーのジャムを付け、齧った。
ウルティオルは笑いながら、紅茶に沢山のミルクと砂糖を入れ、クルクルとスプーンで混ぜながら言った。
「面白いと思わないかい、あの二人。掛け合わせれば、きっと面白く成長してくれる」
「リオくんと……ランファのこと?」
「ああ」
ウルティオルの視線の先には、ミルクを入れたために濁った紅茶が、グルグルと渦を巻いていた。
彼はその紅茶に口をつけ、柔らかく微笑んだ。
「うん。美味しい」




