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39話 何がしてェんだ

 その後も、学園長の泳ぎの特訓は続いた。

 学園長も、流石にいきなり湖に押し流すのはやり過ぎたと反省しているようで……というか、魔力も無いのに巻き込まれて僕と一緒に危うく溺れ死ぬ所だったらしいメグミさんに凄い剣幕で怒られて、一応の反省の素振りを見せていた。


「死ぬかと思ったよ、ホント」


 メグミさんはそう言って、鼻を不服そうに鳴らしていた。

 ちなみに、メグミさんを助けてくれたのは、シフレとネミコさんであるらしい。引き上げるのが早かったため、メグミさんは僕みたいに死にかけることなく、水を沢山飲んで咳き込むくらいで済んだ。


「……あ」


 湖の瀬戸際で、僕が座り込んで、足先だけを湖水に浸しながら休憩していると。

 僕の真後ろを、濡れた黒い髪を拭きも乾かしもせずにしたまま、水滴を滴らせているランファくんが素通りしていった。


「ランファくん」


 僕が呼び止めると、ランファくんはビクリと身体を揺らし、一瞬足を止めた。かと思うと、すぐにまた先程よりも速度を上げて歩き出す。どうやら聞こえなかったフリを決め込むようだ。


「ランファくん」


 もう一度呼んでみる。

 次は特に身体に反応を示すことなく、スタスタと足早に歩き去っていく。


「……【攻撃魔法――アタック・バレット】」


 ランファくんの足元に、威力を調整して弱めたアタック・バレットを放つ。

 すると、ランファくんは「どわぁ!?」と驚きながら、熱い砂浜の上を歩く時のように足をバタバタと慌てさせた。

 そして、目を大きく見開きながら、顔を赤くして僕に詰め寄ってきた。


「何すんだテメェ!」

「無視してどっか行こうとするからだよ!」


 ランファくんは僕の言を聞いて、大きな舌打ちをした。

 そして、乱暴に足元の石ころを湖に蹴り飛ばし、僕を一瞥した。


「テメェと話すことはねェ」


 ボチャン、と、彼の蹴った石が湖に落ちる音が響く。

 その音は、僕達の間に流れる重苦しい沈黙の中で、やけに大きく聞こえた。


「僕があるんだよ」


 僕は真っ直ぐ彼の目を見て、そう言い返した。

 正直、今でもランファくんは怖い。彼と相対する度に、いじめられていた記憶がフラッシュバックして、心臓の鼓動が早くなり、胃はキリキリと痛む。

 けど、それ以上に……彼のことを知りたい、という気持ちが勝っている。


「……僕のこと、助けてくれたんだって、聞いた。ありがとう」

「……勘違いすんな。テメェの命なんざどうでもいい……が。どうでもいい命でも、死んだら合宿中止になるだろうが」


 ランファくんはそう言って、湖の中央でゲラゲラ笑いながら背泳ぎをしているファイアくんを見た。

 ……ああ、そう言えば、学園長、ファイアくんが死を恐れずに合宿参加に文字通りの意味でしがみついた時、めちゃくちゃ焦ってたな……。誰かが死んだらその時点で合宿中止になってもおかしくない……というか、それが普通か。


「あくまで俺のためだ。テメェのためじゃねェ。勘違いすんな気持ち悪ィ」

「……でも、助けて貰ったのは事実だから。……ありがとう」

「……溺れ死なないよう、水への浮き方から覚えてろ枯葉以下が」


 水面に浮く枯葉を親指で示しながら、ランファくんはそう言って僕の前を去っていった。

 と、湖の方からファイアくんの呼ぶ声が聞こえた。


「うぉーいリオー! こっち来いよー! 俺が泳ぎ教えてやんよー!」

「……ファイアくん、親切はありがたいんだけど、教え方が感覚派すぎるんだよなぁ」


 手を振って満面の笑みを浮かべるファイアくんに苦笑いしながら、手を振り返す。ちなみにファイアくんが先程溺れていたのは、単純に足がって泳げなくなってしまったからだったらしい。……準備運動くらいはさせるべきだよね、やっぱ。

 僕は学園長の教育方針に少しだけ不満を感じながら、水面の枯葉をつまみ上げ、溜息を吐いた。

 魔導を覚える前に、まずは水に浮く所から、かぁ……。魔導を使えば泳げなくても大丈夫、とは言っても、そもそも今の僕では一掻き一呼吸だけで全魔力使っちゃうから、やっぱり泳ぎは覚えなきゃダメだ。

 僕は先行きの前途多難さに、首をがくりと落としたのだった……。



 △▼△▼△▼



(どうして俺は……エリオードを助けた?)


 ランファの脳内を、そのただ一つの疑問が巡り続けていた。

 ウルティオルによる水魔法によって、水流に飲まれるリオを視界の端に捉えた時、ランファの身体は反射的に動いていた。

 その行動に、特段明確な理由も特別な動機もない。ただ、反射的に身体が動き、力無く沈んでいくリオへと自らも沈むように泳ぎ、腕を掴んで引き上げた。


(あのまま放っとけば……もしかしたら、アイツは死んでたんじゃねェのか? それはつまり……俺の前からアイツがいなくなるってことで……俺の望む所のはずだろ?)


 ランファの胸中に渦巻く疑問。

 それは水泡のように、浮かんでは弾け、また浮かぶ。いくらそこに考えを巡らせても、彼の中でその答えが出ることは無かった。

 そしてそれが、彼を苛立たせる。


「俺は……何がしてェんだ……!?」


 苛立ちのままに、彼は足元の石を蹴り飛ばす。

 その石は宙を舞い、ボチャボチャと音を立てて湖の上に落ち、いくつかの水泡を浮かべ、沈んでいった。



 △▼△▼△▼



「うん、よし。リオ、いい感じに泳げるようになってきたな」

「ありがとう……ファイアくん……」


 日が落ち始めた、午後四時頃。

 僕はようやく、泳げるようになっていた。

 ファイアくんの感覚派の指導が見ていられなかったメグミさんが、僕に付きっきりで泳ぎを教えてくれたので、助かった。途中から、魔導をいい感じに出来るようになってきたらしいシフレやネミコさんも、僕の指導に付き合ってくれた。その甲斐もあって、僕は半日くらいで泳げるようになった。

 ただ、問題は。


「泳げるようになっただけで、肝心の魔導が全くできてない……!」


 僕は、暮れ始めた夕焼けを眺めながら、焦りの感情に急かされるような気分になった。

 そこでふと、ずっと僕の泳ぎの練習に付き合ってくれていたファイアくんが気になった。何も練習している様子がないからだ。


「ところで……ファイアくんは、魔導できるの?」

「ん? ああ。そりゃ……こうだろ」


 僕がそう聞くと、ファイアくんはさも当たり前のように頷いた。

 そしてファイアくんは、腕に力を込め、腰まで浸かった湖の水面を上から拳で叩きつけるようにして殴った。すると、まるで爆弾を落としたかのような爆音と共に、水柱が立った。

 僕は、顔に大量にかかった飛沫を浴びながら、あんぐりと口を開けた。

 しかし、ファイアくんは何でもないように笑い、口笛を吹いた。


「……少し魔力込めすぎたけど、まぁこんなもんだ。……つーか、別に言われなくても、俺、元からできてたしな」

「……元から?」

「ああ……名前忘れたけど、あの、お爺ちゃんの先生いるだろ」

「……ノーマン先生?」

「そうそう。その爺ちゃん先生によ、俺、褒められてんだ。『頭はひたすらに悪いが、魔力のセンスは光るものがある』ってよ!」


 ……確かに褒められてるけど、半分バカにもされてないか。というツッコミはひとまず置いておく。

 問題は、そこじゃない……。


「じゃあ、わざわざ今日、特訓するまでもなく、できてたってこと!?」

「おう。気がついたらできるようになってたし、俺にはそんなに凄さわかんないけど……まぁ、俺が最強ってことだな!」


 最初僕は、それを聞いて、すぐに頭を下げて教えを乞うことを考えた……けど、止めた。先程までのファイアくんの、泳ぎの教え方を体験しているからだ。


(ファイアくん……一生懸命教えてくれようとしてるのはわかるし、ありがたいんだけど……教え方が下手すぎるんだよな……)


 僕は失礼なことを考えながら、シフレに向き直った。シフレに教えて貰おうと考えたからだ。実際、泳ぎもシフレ達が来てくれてからの方が、習得が早かったし。

 しかし、シフレは……。


「メグミさんって……その、胸、大きいですよね」


 ……と、メグミさんの豊かな胸を見ながら、頬を赤らめつつ、そう質問をしていた。

 ……あの会話に割って入る度胸は、僕には無かった。

 メグミさんは、ふふん、と誇らし気になりながら、


「ふっ……羨ましいか、若人わこうどよ」


 と、ニヤニヤ笑う。

 更に、それだけに留まらず、メグミさんは続けた。


「揉みゃ大きくなるよ。自分で揉むのもいいけれども、揉んでもらう方がいい」


 そして、メグミさんは。いたずらっ子みたいな笑みを浮かべながら、僕の所に歩み寄り、ぐいと僕に身体を押し付けてきた。


「特に、好きな子に揉んでもらうと……女性ホルモンがドパドパ出て、発育に効くらしいよ?」

「メメメッ、メグミさん……近いっ!? 近いですっ!」


 突然僕の右半身を覆った柔らかい温み……女の人の身体の柔らかさが、僕の顔を真っ赤に紅潮させた。メグミさんの体温を吸ってぬるくなった水着から伝う水滴が、僕の身体に伝ってきて、こそばゆい。

 そして、先程も話題に上がっていたメグミさんの双丘が、意識してしまったせいか、たゆんたゆんと僕の目の前で、熟れて柔らかくなった果実のように蠱惑的に揺れた。それを目の当たりにしてしまった僕は、また気恥ずかしさで体温が上がってしまう。

 しかし。次の瞬間、僕の表情は一気に青ざめることとなる。


「……リオ?」


 ――見てしまったからだ。シフレの顔を……。聞いてしまったからだ。シフレの声を……。

 メグミさんに抱き着かれている僕をじっと見つめる、シフレのその、生物の本能に直接訴えかけてくるような、絶対零度の視線に射抜かれて。冷徹な芯を持った、研いだナイフのような鋭さを持つ声音に貫かれて。僕はまるで、蛇に睨まれた蛙……否。龍に睨まれた蛙のように、身体が縮こまっていくのを感じていた。


(なんかわかんないけど、シフレめちゃくちゃ怒ってる……! どうしてだろどうしてだろっ、誰か助けてっ……!)


 シフレを怒らせると、凄く怖い。それは、幼馴染である僕が一番よくわかっていることだ。怒ったシフレは、本当に、怖い……小さな頃に、度々怒らせた時の記憶トラウマが強制的に呼び起こされ、背骨の芯の方から震えが湧き起こる。

 決して酷いことをされる訳でも、痛いことをされる訳でもない……でも、とにかくこの、人を二人くらいは殺せそうな視線で、ただひたすら無言で威圧的に睨まれるのだ。いつ殺されてもおかしくない、そんな恐怖にただひたすらに晒されるのだ……。

 僕は縋るような思いでファイアくんの方を見た。しかし、彼は。


「うおッしゃァ! リオ、見ろ! 魔導のおかげだ! 泳ぐ魚を鷲掴みにしてやったぜ!」


 満面の笑みで両手に、大きなマスのような魚を捕まえて笑っていた。


「塩焼きにでもしたら旨いぜ!」


 知るかぁっ……! 知るかよそんなことっ……! 馬鹿っ……!

 結局僕はこの後も、メグミさんに赤面させられては、シフレに真っ青にさせられ……なんていうか、凄く疲れたのだった……。

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