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36話 燎原のファイア

 合宿出発日。参加者は皆、朝七時に噴水前に集まることになっていた。僕もその参加者の一人なので、もちろん集合時間の一五分前には、噴水前に着いていた。

 ただ、問題が一つ……。


「メグミさん……重たいです。いい加減起きてくれません?」

「女の子に重いとか言っちゃダメなんだぞー……モテないぞー……」


 ……僕は何故か、メグミさんを背負って噴水前に立っていた。

 必然的に視線は僕達に集まり、恥ずかしい。

 メグミさんは僕の背中に寄りかかり、未だにウトウトと夢うつつな状態だ。

 そもそも何故、僕がメグミさんを背負っているかというと、それは今朝のことである。


『メグミさん起きてください! メグミさんも合宿に来てくれないと、僕、魔法使えません!』

『んにゃ……眠い……』

『ごめんなさい僕の私情に付き合わせて! けどお願いします来てください!』

『いいよ……行くよぉ……行かないとは言ってないよぉ。むしろ昨日の夜、楽しみで眠れなくて……今めちゃくちゃ眠くて……』

『わ、わかりました! 僕、メグミさんを背負って行きます!』

『まじー……助かる……』


 ……あれ。これ、僕が悪いんじゃないか。メグミさん、別に嫌がってる訳じゃないし。勝手に僕が背負いますって気負って背負っただけじゃないか。

 ちなみに、メグミさんは普段は医務室でアーリン先生と寝泊まりをしている。いつもはアーリン先生がメグミさんを起こしてくれるんだけど……今日は、アーリン先生、出張があるとかで朝から留守にしていたのだ。だからもちろん、合宿にもアーリン先生は来ない。

 と、前の方から、朝日を浴びながらシフレとネミコさんがやって来た。時間前に着く辺り、あの二人も真面目……いや。


「……おはよ、リオ」

「おはようシフレ……()()()()?」


 僕が見つめる先のシフレは……眠そうなネミコさんを背負っていた。どうやらシフレ達二人も、僕とメグミさんみたいな感じになっていたらしい。

 シフレはネミコさんに呆れたような声で話しかけた。


「ネミコ。そろそろ起きなさいよ」

「シフレちん……睡眠不足はお肌の敵なんだよぉ」

「ちゃんと早寝しないアンタが悪い」

「楽しみだったんだもん……」


 ……寝坊した理由まで、メグミさんとそっくりである。この二人の気が合う理由が、少しだけわかった気がした。

 と、僕はシフレのジットリとした視線に気づく。

 どうしたんだろう、と思い視線を合わすと、シフレは慌てて視線を逸らしながら、やや裏返った声で僕に質問をした。


「……別に、メグミさんとは、何も無いよね?」

「はい? 何も、って……何の話?」

「あーいいのいいのこっちの話……」


 変な幼馴染だ。

 僕は首を傾げながら、後ろを向いた。すると、メグミさんはいつの間にやら起きて、ニヤニヤ下卑た笑いを浮かべていたので、ちょっぴりムカついた。なので、やや乱暴に地面に下ろした。お尻から硬い地面に落ちたメグミさんは、「酷いぞリオくん!」と僕に抗議をしてきたが……まぁ、無視しておいた。起きてるなら降りてくださいよ……。

 とはいえ、特にやることもないので、参加者一人一人の顔を何となく覗いていくと……見つけてしまった。視線の先……一人で木にもたれながら、集まってきた学生一人一人を敵意を込めて睨む、ランファくんの姿を。


「……ランファくんだ」


 僕がそう口走ると、メグミさんが立ち上がりながら僕と同じ方を見た。


「あっ、ホントだ。あんな所で一人でカッコつけやがって……」

「あ、あはは……」


 僕が苦笑すると、ランファくんがこちらに気づいた。視線がかち合うが、ランファくんは顔をしかめて舌打ちをして目を逸らした。

 と、突然、空に暗雲が現れ、渦巻き始め……そして、落雷が噴水の真ん前に落ちてきた。それと同時に、落雷地点から現れたのは……ウルティオル学園長だ。

 学園長はニコニコ笑いながら、おちゃらけたように軽い声を出した。


「ばばーん。雷かと思った? 残念、ウルティオルでした〜! ……さて、諸君。朝早くからお集まり頂きありがとう」


 学園長はおちゃらけた雰囲気を一瞬で消し、崇高そうな雰囲気を代わりに纏った。

 ……意識の切り替えが早すぎる! 周りの皆も同じことを思っているようで、複雑そうな面持ちをしていた。

 そんな僕達の内心も露知らず、学園長は御柱を一つ、宙に描いた魔法陣から出すと、そのまま魔法を行使した。


「【天空魔法――ウラノス】」


 同時に現れたのは、白い髭をフサフサと生やした空色の瞳を持つ、見上げるほどに大きな老神。老神は僕達全員を大きな両手で掴むと、学園長を中心にバリアのような膜を張った。つまり、丁度僕達学生は、巨大な老神の手の平の上に乗り、上から透明なお茶碗を被せたような形になっている。


「飛べ、ウラノス」


 学園長がそう指示をすると、老神は凄まじい速度で空へと昇っていく。あっという間に広大な学園の全体が見渡せる高さにまで浮き上がると、次に老神は東――合宿を行うロンリュー湖の方角へ空を滑っていった。これまた、凄いスピードで。

 しかし、僕達はバリアのような膜のおかげか、気温や気圧の変化も高速飛行による風圧も、微塵も感じなかった。

 僕は、隣に立つシフレに何気なく笑いかけた。


「いやぁ、こんなに早く空を飛べるなんて、学園長凄いね」


 シフレは、そうだね、と笑って頷いた。

 そしてシフレは、バリアの方を何気なく見上げながら、日差しの眩しさに目を細めた。


「バリアのおかげで、快適だし……外はきっと、気圧に風圧に温度差に、かなり大変なことになってそうだけど……」


 シフレの言う通りだ。僕もそのまま、シフレに倣ってバリアを見上げた……見上げ、た……?

 アレはなんだろう。バリアにペタリとくっついた何か。それはまるで、潰れたカエルの死体のように、ペッタリとバリアに貼り付いている……。アレは……頭に手足に……ってもしかして、人!?


「なんか人が貼り付いてますけど!?」


 僕がつい、大声を出して指をさすと、皆も驚いた顔をしてその方を見た。学園長も驚いた顔をしていた辺り、相当なイレギュラーなのだろう。

 その人影は、バリア内の喧騒を知ってか知らずか、上空の大気の冷たさのために凍った鼻水を陽光に反射させながら、歯をガチガチと鳴らして叫んでいた。


「テッ……テメェらやっと気づきやがったなァ〜!? ずっと死に物狂いでしがみついてたんだが、急に空飛ぶから耳キーンって痛いし寒いし風強いし高い所怖すぎるし……死にかけてるから頼むから中に入れてくれぇっ!」


 僕は、その人物に心当たりがあった。

 あの、特徴的な赤髪と快活な声音は……!


「ファイアくん!?」

「その声はリオだな!? 言っただろ俺、何してでも合宿行くってよぉ!」


 確かに言ってたけど……何してでもって言っても、限度があると思う! この前そのセリフ聞いた時、嫌な予感してたけど……的中した!

 だが、何よりも一番焦っていたのは、僕達よりも、学園長だった。いつも閉じている目を見たこともないくらいに見開いて、いつもまぶたの裏に隠れていた宝石のような目をギラギラと輝かせて驚いていた。……この前の魔人襲撃の際、極限魔法クライマックスを使った時よりも見開かれていた。


「何してるんだい!? キミすっ飛ばされて死んだら僕の管理不行き届きになるし、僕の責任になるし、シンプルに寝覚め悪くなるし……ホント何してくれてるんだいキミは!?」


 アーリンくんも今日はいないのに!

 そう言って、学園長は真っ青になりながらバリアの一部に穴を開け、貼り付いていたファイアくんをバリア内に入れた。中に落ちたファイアくんは、恐怖と寒さでガタガタと全身を震わせており、とても会話ができる状態ではなかった。

 ただ、一言。


「学園長……抽選には落ちちまったけど……俺も合宿、参加させてくれ……!」


 それだけ言うと、気を失ったように眠りに落ちた。

 学園長は……


「……いいよぉ?」


 と、微妙な表情を浮かべながら、苦笑い気味に唇を歪めた。そしてその苦笑いを保ったまま、ぶつぶつと何事かを呟き始めた。


「まぁ、やる気のあることはいいことか……うん……。いつも僕、強い魔法使い育てるためなら何をしてでも……みたいなこと言ってたけど……ここまでフリーダムに動かれると、考え無しに死に走る真似されて困るんだな……教育って大事だな……」


 何やら、学園長の中で何か価値観が変わったようである。

 こうして、バリア内には何とも言えない微妙な空気が立ち込めて。


「アッハッハッハッハッやばっこの子やっばアッハハハハ!」


 ……空気を読まないメグミさんの笑い声が、やけに虚しく響き続けていた。

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