3話 アーリン・ヴィヴィリストン
「すっげ~! リオくん! 今の、あたしにはよくわかんないけどさ……なんか……魔法、使えた!?」
ランファくん達が去った後。
開口一番、メグミさんは僕に詰め寄り、自分のことのように今起きたことを喜んでいた。
今起きたこと、というのは……魔力が使えないはずの僕が、魔力を放出できたことだ。しかも、人を数人吹き飛ばせるくらいの量を。普通なら、果物一個とかを転がせるくらいしか魔力は放出できない。
とりあえず僕は、メグミさんに今起きたことを説明する。説明することで、自分でも今起きたことを頭の中で整理する。
「今のは、魔法じゃないです。魔力をただ単に放出しただけです」
「……どう違うの?」
首を傾げるメグミさんに、僕は未だ混乱する頭を回して説明する。
「魔力をただ放出するだけだと、ちょっと何かを動かすくらいしかできないし、その癖に魔力の消費も激しいんです。だから、古代の人達は魔法陣を発明して、効率的に様々な用途で魔力を便利に使えるようにしたんです。魔法陣には魔力を流す道のようなものが刻まれていて、その道がどのように通っているかで、火が出たり水が出たり、魔法の効果が変化するんです」
メグミさんは僕の説明にふむふむと頷き、そしてまた首を傾げて質問した。
「ほうほう。魔力単体だとただのエネルギーの塊でしかなくて……魔法陣を使うことでそのエネルギーを何かに変換できる……みたいな感じだね? 電気と機械の関係に近いのかな? ……でもリオくん、魔力不全とか言ってたのに、魔力使えたんだね」
そう。それだ。僕は魔力が使えない体質だったはずなのだ。今までの人生で、魔力というものを発したことが無い。それがどうして急に使えるようになったのか。
メグミさんは頭の後ろで両手を組んで、笑いながら僕に言った。
「もう一回、やってみてよ今の」
「あ、はい……」
確かに、もう一度今のをやってみるのもいいかもしれない。とにかく今は、使えるはずのない魔力を使いながら、自分の今の状態について考える必要があるだろう。
僕はメグミさんに頷き、再び魔力を放出しようとした。
さっきの感覚は、咄嗟にやったことだったけど、よく覚えてる。あれと同じ感覚をなぞればいいだけだ。こう、秘める熱いものを内側から、文字通りの意味で放出する……そんな感じ。
「――はぁっ!」
僕は思いっきり大声を出して、さっきと同じようにやってみた。
だが……うんともすんとも言わなかった。いつも通りの、虚しい空白の時間が続いただけだった。
「……逆立ちしてみたら?」
と、突然メグミさんが、訳のわからないことを言い始めた。
僕はメグミさんの方を向き、半眼で彼女を睨むように見つめた。
「遊びじゃないんですけど。僕にとっては、もしかしたら今までの人生が全部ひっくり返るかもしれない由々しき事態なんですけど。今までは僕に魔力が無いから、ああいう風にいじめられてたんですから……」
「あーうん、わかるわかる! だからこそ、色々試してみなきゃって、そう思っただけ!」
「む……、確かにそうですね」
確かにメグミさんの言うことも一理ある。
僕はメグミさんに従うことにした。
「じゃ、まずは逆立ちして、はぁっ! ってやって」
「うんしょっ……はぁっ!」
「出ないね。それじゃあ次は、でんぐり返りして、はぁっ!」
「はいっ! ふんっ、……はぁっ!」
「諦めるな! 次は回転しながらジャンプして、はぁっ! ってやれ!」
「はいっ! うんぬううううううう……とおっ! はぁっ!」
「まだだッまだやれる! あたしを助けたあの時のキミの輝きはこんなもんじゃなかった! 次はこうこうこうして――」
「はいっ! こうこうこうして……はぁっ!」
そんな感じで、メグミさんの命令通りにあれこれ試すこと、一〇分。
僕は体力が尽きて、地面に突っ伏していた。
荒れる息と荒れる鼓動を何とか抑えながら、僕はメグミさんに質問した。
「ぜぇ、ぜぇ……。一つ、聞いてもいいですか、メグミさん」
「うむ。何でも聞きたまえ」
「やっぱ僕で遊んでますよね!?」
「うん! ごめん!」
「こんな開き直られるといっそ清々しい!」
メグミさんは腕を豪快に組んで、大声で今まで僕で遊んでいたことを謝罪した。
くそっ、素直にこんなに清々しい謝られ方されると、こっちも責めにくい……!
やりきれない気持ちを抱えつつも、とりあえず僕は一息ついて、そしてあることを思いついた。
「医務室とか、行ってみようかな」
僕のその言葉にメグミさんも反応した。
「医務室で魔力のことがわかるの?」
「え、はい……魔力器官を診てくれる所って、他にどこがあるんです?」
「まぁ……そっか……魔力器官、って名前から薄々察してたけど、魔力って臓器にあるんだね……そりゃ医務室だよね……」
メグミさんはうんうん頷きながら、無理やり自分を納得させていた。
異世界のことはよく知らないけど、どうやらメグミさんの元居た世界には信じられないことに魔法が無いらしいから……魔力器官も、メグミさんの世界の人には存在しない臓器なのかもしれない。
「それじゃあ、行きますよ。メグミさんのこともついでに医務室の先生にどうにかしてもらいましょう?」
僕は未だに頭を抱えてうんうん唸るメグミさんに声をかけ、医務室へと向かった。
△▼△▼△▼
「失礼します」
僕とメグミさんは扉の前でノックをして、中へと入った。
「はい、らっしゃい」
「いや先生……店じゃないんですから」
早速、医務室の扉をくぐった僕達を、優しい声が出迎えてくれた。
その声の主は勿論、この医務室に常駐している先生であり、医療や回復魔法の界隈ではかなりの重鎮――『アーリン・ヴィヴィリストン』先生のものだ。
「本当はお金取りたいんだがな~。お金取ると教育委員会で問題になるからな~」
特徴としてはまず、守銭奴であることが挙げられる。
次に、長い金髪を二つに束ねたツインテール。
そして、無視できない特徴がもう一つ――
「えっ、こんな小っちゃな子が先生!?」
――目を見開いて驚くメグミさんに、僕は内心で深く同意する。
そう。アーリン先生は、その……見た目が酷く若くいらっしゃるのだ。若く見えるってレベルじゃなく……もういいや、ストレートに言おう。見た目がすっごく小さな女の子なのだ。七、八歳の女の子にしか見えないのだ。
まだ、見た目が少女のようだってだけならいいんだけど……アーリン先生の面倒臭さは、ここからにある。
アーリン先生は、先生の見た目に驚くメグミさんに何かを投げつけた。それはメグミさんの頬の真横を通り抜け、壁に突き刺さる。
メグミさんが、壁に刺さったものを恐る恐る振り返って確認した。それは――
「メス!? メスじゃん! 何で!?」
突然、手術などに使うあの切れ味のいい刃物、メスを投げつけられたことで、メグミさんは酷く狼狽して、壁際まで後退する。
そんなメグミさんの足元に、更にメスを数本投げつけるアーリン先生。そうしてメグミさんの逃げ場を奪ってから、先生はメグミさんを睨みつけて凄んだ。
「おいガキ、テメェ! 私を誰だと思ってる! 私はっ、世界一の回復魔法使い『アーリン・ヴィヴィリストン』だぞ!? 私をガキ扱いすんじゃねぇっ!」
そう……見た目に惑わされて、幼児扱いすると、めちゃくちゃキレるのだ。殺しに来るレベルで。今みたいに、メスをダーツのように投げつけてくる。実際に殺しも傷つけもしないが、うっかりメスが刺さってしまったとしても、彼女は今言った通り、世界一の回復魔法の使い手だ。傷跡一つ残さずに瞬時に治してしまうだろう。
「第一、私はもう三〇代だ……って年齢を言わせるなッ!」
ノリツッコミついでに、更にメスを数本投げるアーリン先生。
しかしメグミさんは、メスを投げつけられようと気にする素振りも見せず、アーリン先生に対して更にぶっ込んできた。
「声も可愛いっ!」
「だから止めろそれっ!」
追加で三本またメスが飛んできた。
メグミさん……さっきのランファくんとの一件でも思ったけど、かなり図太いというか……度胸あるなぁ。憧れてしまう。
しかし、今は別だ。このままでは話が進まない。
僕はとりあえずメグミさんの口に手を当てて、それ以上喋れないようにした。そうしてから、アーリン先生に尋ねてみる。
「先生……僕、さっき、魔力の放出ができたんです」
たったそれだけでアーリン先生は今しがた起きた事象を理解して、驚き、目を真ん丸に見開いた。
「私……診察したよな?」
「はい。入学式の日に……」
「ああ。……一応弁解するけど、誤診ってことはないぞ。レモンを舐めて『この果物は酸っぱい』って断定するのと同じくらい、お前の魔力器官の障害はわかりやすかった。魔力器官が硬化してたからな……一目瞭然だった」
僕は入学式の日に、アーリン先生の所に訪れ、自分の魔力器官を診察してもらったことがある。その時に、きっぱりはっきりと言われたのだ。僕に魔法が使えることは生涯無いだろう、と。まぁ、小さい頃にも医者に言われたことだったけど。世界一の回復魔法の権威なら……と、期待したが、それでも無理だと言われてしまった。
しかし現実、僕に魔法……否、魔力の放出ができてしまった。
「エリオード。今はできるのか?」
アーリン先生は本格的に僕のことを調べてくれるらしく、長いツインテールを一本に纏めた。ポニーテールだ。
僕はアーリン先生に、もう一度やってみようとしたができなかったこと、そして先程メグミさんと色々試した(遊ばれた)ことも伝えた。
すると先生はふむ、と考え込むような仕草をした。
「何も診察してない今、女の勘だけで言うが……」
「女の勘……そのルックスと可愛い声で言われると、なんか違和感あるね」
「黙れクソガキ!」
再びメグミさんにメスが投げられる。メグミさん、どうして今横から口挟んじゃうの……。
僕は怒る先生を落ち着かせ、続きを促した。
「先生。先生の女の勘はなんて言ってるんですか」
「あ、ああ。女の勘はだな……あのクソガキが関係してると思う」
先生は、投げられたメスが今までで一番近くをすり抜けたために顔面蒼白状態になっているメグミさんを指さした。
先生の目は酷く不快そうに細まっていて、僕は頬をぴくぴくと引き攣らせたのだった。
そんな僕に先生は、細めた目をキッと向け、ゴキゴキと首の辺りの骨を鳴らしながら頭を掻いた。
「よし。エリオード。お前、今から魔力の放出ができた前後のことを、詳しく話せ。後、話してる間に身体触るぞ。触診ってやつだ。今度こそ、完璧な診察してやるよ。この稀代の大天才、アーリン・ヴィヴィリストン先生がな」
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