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35話 ファイア・ヒートフレア

 昼休み……本来なら今頃僕は、シフレ達とお昼ご飯を食べていた……はずだったんだけど。

 何故か今、食堂から離れた芝生の広場で、ファイアくんと対峙していた。ファイアくんの声が一際大きいからだろうか、少しだけ野次馬ギャラリーも集まっている。

 ファイアくんは僕をジロジロと見つめながら言った。


「金髪優男……まさかお前があのリオ・エリオードだったとはな」

「……どうも」


 僕が軽く会釈をすると、ファイアくんはニカッと太陽のような笑顔を浮かべた。


「極悪非道っつー噂もあるランファ・ミドゥーファと引き分けたって聞いてたから……もっとゴリゴリの指名手配犯みてーな顔をイメージしてたぜ!」


 ……太陽のような笑顔を見ればわかる。彼に悪気は一切無い。

 複雑な心境でいる僕の前で、ファイアくんは腕を組んで、胸を張って声を張り上げた。


「早速だが。俺は強い!」

「え? あ……はい」

「俺は強い……魔法だけなら、誰にも負けねぇ自信がある!」

「そりゃ凄い」

「おう! 褒めてくれてありがとう!」

「どういたしまして……?」


 トンチキな会話を繰り返す中、急にファイアくんは獰猛な笑いを浮かべて、握り拳を僕の眼前に突きつけた。


「早速だがお前を倒す! リオ・エリオード!」

「嫌ですけど!?」


 目の前に突きつけられた拳をバシンと叩き落としながら、僕は目をひん剥いて突っ込んだ。

 しかしファイアくんは、逆の手で作った握り拳を、再び僕の眼前に突きつけてきた。


「いいや、お前は俺の決闘を受ける義務がある!」

「僕達、今日、初めて会いましたよね……?」


 気圧されているのか、同級生なのに、つい敬語になってしまっている。負けるな、僕。

 ファイアくんを睨みながら、僕は話の続きを大声で叫んだ。


「何で戦わなくちゃいけないのさ!」


 そう叫び返しながらも、僕は心当たりを必死で記憶の中から探っていた。

 自分では覚えていなくても、何かしら僕が過去にやらかしてしまっているかもしれないし……特に僕に理由がなくても、悪意を向けてくる人がいるのも、身に染みて知ってるし……。

 しかしファイアくんは、ケロッとした裏表のない笑顔で答えた。


「お前が男で、俺も男! お前は強くて、俺も強い! だからだ!」

「だからだ!? なんでだ!?」


 わかんないわかんない! この人が何を言っているのかが全くわかんない!

 僕はガタガタと震えながら、首を横に振って拒絶の意を示す。

 だがしかし、ファイアくんは止まってくれる気配も無い。


「いいか。強い男の宿命ってヤツがあんだろ?」

「僕には無いです……」

「強い男は強い男と戦い、己がより強いことを証明する必要がある訳だ」

「全然話聞いてくんない……」

「お前が強いって噂を聞いた……ならば! お前と俺は戦うしかない!」

「……学生間での私闘は規則で禁止ですけど」

「知るか!」

「知って!?」


 ダメだ僕この人苦手だ! 何ていうか……押しつけが凄い! 自己の押しつけの圧がめちゃくちゃ凄い!

 僕は目線を横に逸らし、芝生の上に腰を下ろすシフレやメグミさんやネミコさん達に助けを求めた……んだけど。


「メグちん、この飴おいしーよ!」

「うおっマジだ! うめぇ! けど何の味だコレ!」

「あ、あたしもちょーだい」

「もうっ、欲しがりねぇシフレちんっ」

「変な言い方やめて」


 ……飴に夢中になっている。禍々しい虹色に光る謎の味の飴に舌鼓を打っている。何その飴。何味? ホントに美味しい? 何かヤバいもの入ってない?

 僕は助けは求められないと悟ると、目をつむり深呼吸をした。そして、ファイアくんの目を真っ直ぐ見返し、薄く睨んだ。


「決闘は禁止です。規則で」

「固いこと言うなよ。男が規則なんか気にすんな」

「規則も守れない男に価値なんてありますか?」

「何だと?」


 ファイアくんの目もすっと細まった。

 僕はそんな彼の様子を見て、内心でなるほど、と頷いた。

 なるほど……この方向性で攻めれば効くのか。

 僕は臆さないよう気を張りながら、彼のルビーのような赤目をじっと睨みつけた。


「魔法使いは人々を守る仕事でしょ。規則守れない奴が人々を守れる訳ないって話です」


 正直に言って、今、僕が口から吐いている言葉は完全にでまかせだ。僕個人の意見としては、人々を守るには、時には規則を破る必要だってあると思ってるから。

 だけど、今はとにかく目の前の、関わり合いになると非常に面倒くさそうな赤髪赤目のこの男を何とかしなくては。

 僕のその言葉に、ファイアくんはどう出る……?


「……確かにそうだな。うん。俺が悪かった。確かに……すまねぇ」


 ……あっさり引き下がった……。話を聞かないだけで、通じはするんだ……。

 ファイアくんは頭を深く下げた。そんな下げられると、こっちまで申し訳なくなるってくらい、深く深く。


「……あ、あの、そこまで謝らなくても」


 僕がオロオロしながら顔を上げさせようとした時。

 突然、強風が吹いてきて、何かのチラシみたいな紙が、僕の顔面に貼りついた。


「わぷっ!?」


 何だこれ……!

 僕は顔から紙を引き剥がすと、その紙を読んだ。


「……あ、これ……前に学園長が言ってた、強化合宿のお知らせチラシだ」

「何だそりゃ?」


 ファイアくんも、僕の顔に貼りついたチラシを、僕の横に立って覗き込んできた。そのまま二人で顔を並べてチラシを読む、という少々トンチキな時間が流れた。

 書いてあった内容は、……やたらとファンシーなチラシで読みにくかったけど……噛み砕けば、こうだ。


『来週末、二泊三日で、国内リスドラルークの東に位置する湖『ロンリュー湖』の近くで魔法強化合宿を行う』

『対象は現一年生』

『講師はウルティオル・ワイズストーン』

『一日目は基礎的な魔力の扱い方を、二日目は実戦形式で魔法を学ぶ』

『来たる最終日である三日目――()()()()()()()()()()()()()()()


 それを読んだ僕は、ギョッとした。

 隣を見ると、ファイアくんは目をキラキラと輝かせながら震えていた。ファイアくんは僕の名前を、笑顔を浮かべながら呼んだ。


「なぁ、リオ」

「……何でしょうか」

「この合宿、お前も参加すんだろ?」

「……まぁ、ハイ」

「つまりよォ。俺もこれに参加すりゃ……最終日、規則関係なく、お前とやり合えるって訳だな?」

「……上手くいけば、そうなりますね」


 そこまでファイアくんは確認すると、バシンと僕の背中を叩き、そして快活に笑った。


「決勝で待ってるぜ! リオ!」


 僕にそう告げると、ファイアくんはヒラヒラと手を振りながら、その場を去っていった。

 ……決勝で待ってるぜ、って言われても。そもそも、トーナメント表がどうなってるか、わからないのに……何言ってるんだあの人。

 その時、僕の脳裏に、一人の人物の姿が浮かんだ。


「……ランファくんも、合宿に参加するよね」


 ……一週間前の記憶が蘇る。あの日の模擬戦で……僕は、ランファくんと引き分けた。……厳密には、先に風船を割った方が勝ちってルールだったから、僕の勝ちなんだけども。ともかく、殺し合いでは、僕はランファくんの意表を突いて引き分けるのが精一杯だった。


「……次は、勝てるかな」


 ふつふつと、僕の心の奥から湧き出てくる感情があった。

 次はきっと、ランファくんは僕に意表を突かせてはくれないだろう。今のままじゃ勝ち目はない。だけど……なら。この、湧いて出てくる感情は、一体何なんだろう。感情が、心臓が鼓動を打つ度に血流に乗って全身を巡り、体温を上昇させてくるような感覚。この感情は……この感情の名前は……。


「負けない……僕は勝つよ。ランファくん」


 少し強めの風が吹いた。その風は、僕の手に持つチラシを大きくバタバタと揺らし、木の葉を巻き上げて天へと吹き上がった。

 僕は舞い上がった木の葉を見上げながら、チラシを握る両手の力が強くなっていくのを感じていた。



 △▼△▼△▼



 ――時は流れ。あっという間に、合宿の日が到来した。

 参加者は、希望者が余りに多かったため、学園長ウルティオルの独断による抽選となった。

 これは当然の話だ。世界最強とも名高いウルティオルに、直接師事できる機会など滅多にない。現一年生のほとんど――五〇〇人近くの中から、五〇名ほどがランダムに選ばれた。当選確率はおよそ一〇倍である。

 とはいえ、リオ、シフレ、ネミコ、ランファの四人は、ウルティオルに直接誘われているため、確定当選であった。

 問題は――


「……リオ」

「何……ファイアくん」

「……抽選落ちた」


 ――直接誘われていないため、運否天賦に身を任すしかない、ファイアだ。案の定、彼は落選した。

 ファイアは、深く項垂れながら、食堂で一人トンカツを齧るリオに頭を下げていた。メグミやシフレ達は、それぞれ別件で用事があったため、リオ一人での昼食中であった。


「すまねぇな……決勝で待っててくれてたのによ……」

「いやまだ決勝どころかトーナメント表すら出てないし」

「約束破っちまった……ごめんな……」

「勝手に押し付けられた約束だし、全然気にしてないよ」

「お前も俺と戦うのを楽しみにしてくれていただろうに……」

「全くそんなことは無いかな……?」


 リオとファイアが初対面したあの日から合宿が始まるまで、一週間以上の時間があった。それだけの期間があれば、ファイアは当然、毎日リオに絡みに行く。事実、何度も何度も絡みに行っては、リオに苦笑されていた。

 一週間以上、毎日、絡んだ訳である。その結果二人は、それなりに仲が良くなっていた。具体的に言えば、リオが敬語では無くなり、遠慮のない態度になる程度には、二人の仲は深まっていた。

 仲の深まった証拠として、会話の内容自体は一週間前と変わらない温度差だが、確かにリオの声音はやや落ち込み気味であった。


「でも……やっぱ残念だな。……ファイアくんと、合宿行きたかったな。楽しそうなのに」


 リオは、このセリフを、何も考えずにポロリと吐き出した。それは、心の内から漏れ出た本音。事実として、この一週間の絡みの中でリオは、ファイアが裏表のない直情型であること、シンプルにバカであること、そして底抜けにいい人柄をしていることを感じ取っていた。

 そしてその、リオの口から漏れ出た本音を、ファイアは聞き逃さなかった。

 ファイアは、リオの肩をガシリと掴み、不敵に笑った。


「任せろ、リオ。俺ァ何してでも、合宿行ってやっからよぉ」

「……え?」


 瞬間。嫌な予感がリオの背筋にわなわなと伝った。

 それは、真冬に屋根から伸びる氷柱つららのような冷たさを持ち、リオは思わず身震いした……。

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