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33.5話 お菓子パーティー

「レディース・アーンド・ジェントルメーン! 今夜は魔人討伐お疲れさん会ってことで、センセの許可得て医務室借りて、お菓子パーティーだぜぇッ!」


 医務室のベッドの上で、アーリン先生のペンケースをマイク代わりにしながら、メグミさんはそう高らかに宣言した。

 医務室には、ベッドに立ち上がるメグミさんの他に、僕とシフレとネミコさん、そしてメグミさんを睨みつけるアーリン先生がいる。

 時は、魔人襲来のあの日から三日目の夜。週末で学園の講義も無い休日の夜なので、改めて打ち上げしようと、メグミさんが言い出したのだ。

 とはいえメンツは小規模だ。とりあえず、あの時に蝙蝠こうもりの魔人と戦ったメンツに、メグミさんとアーリン先生を加えた五人。

 アーリン先生がメグミさんに早速怒り出す。


「ベッドの上に立つな! スプリングがダメになんだろが! 私が治せるのは生物であって、無生物は直せねぇんだぞ!」

「ちょっとくらい盛り上がったっていいじゃん! 学生の夜のお菓子パーティーだよ!? お菓子パーティーは無礼講が礼儀だよ!」

「テメェは普段から無礼なんだよクソガキッ!」


 ごもっともである。僕は内心でアーリン先生に同意した。

 ちなみに、ランファくんはいない。というか……


「ランファ? 呼ばなくていいでしょ、あんなの」

「ていうか、誘っても来ないって」

「あたしもアイツに脅されたからなー、お菓子一緒に食べる気分にはならんなー」


 と、シフレ、ネミコさん、メグミさんからそれぞれ、ランファくんを誘うことに反対意見が出たからである。

 アーリン先生は、先生という立場上、明確にランファくんを拒むような発言はしなかったけど、ランファくんも誘うことに肯定的な発言もしなかった。

 ……まぁ、僕もランファくんとお菓子を食べよう、という心持ちにはなれないし……いいか。ちょっと、仲間外れにしてるみたいで気が引けるけど。でも、ネミコさんの言う通り、誘ったとしても『誰が行くか、死ね』と、断り文句に余計な一言を付け加えて断りそうだし……それなら誘わなくてもいっか……。

 僕がチョコレートを齧っていると、メグミさんがひひひと笑いながら近づいてきた。


「リオくん、楽しんでるかっ! お菓子パーティーという名の、ハーレムを!」

「……何の話です?」

「いやいや、今の状況見てみ? 男子一人に対して、女子四人だぜ?」

「……“女子”は、二人なのでは」

「何か言った?」

「あ、いえ何も……楽しいです……お菓子パーティー……」


 一瞬、メグミさんの目の光が鋭く尖った気がしたので、慌てて訂正した。

 と、そんな時。

 ネミコさんが、メグミさんに擦り寄るように近づいて、話しかけた。


「あ、ねーね、メグちん」

「メグちん……あたしのことか」

「そ! いや?」

「許す!」

「うい!」


 ……どうやら、この二人は割と波長が合うようだ。

 ネミコさんは両手にココアで満ちたカップを持ちながら、メグミさんに聞いた。


「メグちん、マッサージでリオちんの魔力ほぐすんでしょ? うちらもメグちんにマッサージされたら、なんか効果あんのかなーって」

「……確かに、気になるな」


 ネミコさんのその提案に、アーリン先生が同調した。

 それは僕も気になる所だ。僕の魔力は、凝り固まってる……みたいになってるせいで、メグミさんにマッサージしてもらわなければ使えない。

 ならば……普通に魔力を使うことのできる人にマッサージを施したら、どうなるんだろう?


「ちなみに、メグミさんの感覚としてはどうなると思います?」


 僕がそう尋ねると、メグミさんはスティックタイプのスナックをサクサク齧りながら、あっけらかんと答えた。


「普通に魔力の巡りが良くなるだけだと思うよ? 試す?」

「試してみよう! じゃ、よろしくシフレちん!」

「えっ、あたし!?」


 突然、実験台として槍玉に挙げられ、素っ頓狂に驚くシフレ。


「何であたしが、実験台モルモット役なのよ!」

「いーじゃん! 可愛いよ、モルモット!」

「モルモットの可愛さについては今は論じてない!」


 突然のことで、全力で拒否っているシフレ。

 ふと横を見ると、マッサージを拒否られたメグミさんは、しょんぼりと小さくなっていた。

 僕はフォローの意味も込めて、シフレに言った。


「まぁまぁ……タダでプロのマッサージ受けれると思えば、安いもんじゃない?」

「……リオ。リオも単純に、実験結果が気になるだけじゃない?」

「……まさかそんな……ハハ……」

「目が泳いでるけど」


 ……鋭いなぁ、シフレ。

 と、突然メグミさんは涙目になって怒り出した。


「もーっ! 何さ何さ、皆して! あたしのマッサージをっ、試すとかモルモットとか実験とかっ、危険なものみたいに!」


 しまった。シフレよりも先に、メグミさんの堪忍袋の緒が切れた。

 しかし、このメグミさんの怒りはいい感じに使えるかもしれない。

 僕はネミコさんにアイコンタクトを送り、シフレを二人がかりで言いくるめることにした。


「……ほら、シフレ。シフレがそんなに嫌がるから……メグミさん、拗ねちゃったよ」

「……えっ、これあたしのせい!?」

「もう……ほら、シフレちんも子供じゃないんだからさ。覚悟決めて、マッサージ受けよ?」

「なっ……こっ、コイツら……いけしゃあしゃあと……!」

「……まぁ、何かあっても私がいるから、な? レグナソルテ、マッサージ受けてあげてくれないか」

「先生まで!?」


 意外にも、アーリン先生まで援護射撃をしてくれた。

 おかげで、シフレもたじたじになっている。

 そしてトドメに、メグミさんがシフレの服の裾をつまみ、瞳の縁に涙を浮かべながら、上目遣いで聞いた。


「……シフレちゃんは、あたしのマッサージ受けるの……いや?」

「……ッ、わっ、わかりましたッ、わかりました! 受けますよ、受ければいいんでしょ!?」


 シフレは顔を真っ赤にしながら、鼻息荒くベッドの上にドスンと座った。

 そんな彼女を見ながら、僕はネミコさんと顔を見合わせた。


「……何だかんだ、チョロいんですよね、シフレ」

「ホントね……将来、勢いに乗せられて騙されたりしないか心配になるよ」

「ちょっとコラそこッ! 聞こえてるからね!?」


 あ、やば、聞こえてた。

 僕は咄嗟にネミコさんと一緒に、マシュマロをシフレの口に詰め込んだ。


「ご、ごめんね、シフレ! ほら、マシュマロ!」

「おいしいねシフレちん!」

「むぐっ……むぐぅ……おい、しいけども……でも……いや、まぁ……まぁ、いっか……」

「「やっぱチョロいね」」

「喧嘩売られてる?」


 そろそろシフレのキレ方にマジのトーンが加わってきたので、改めてネミコさんと顔を見合わせて、それ以上シフレを弄るのは止めにした。

 メグミさんは、両手の指をわさわさと準備体操のように動かしながら、ベッドに座るシフレヘと近づいていく。


「さぁてお嬢ちゃん……どこか凝ってる所はありますかぁ……?」

「え……えっと……」


 メグミさんの圧にやや引きながら、シフレは苦笑していた。

 メグミさんはそんなシフレの身体を見下ろして、言った。


「例えば、女の子だと……胸が大きいと肩とか凝るんだけど……その心配はなさそうか」

「ちょっとメグミさん!? 今どこ見て言いました!?」

「えっ……一目瞭然というか……」

「着痩せするタイプとか、サラシみたいの巻いてるとか……あるでしょ!? 可能性が!」

「自分で言ってる時点で無いでしょ、その可能性」

「っ……あ、あーっ! 肩! 肩、凝ってます! 何でだろ!? 大きいからかな、その……む、むむむ、むっ、胸……が!」

「……肩のマッサージ以外にも、豊胸マッサージってのもあるけど、どっちがいい?」

「えっ……」

「ま、でもシフレちゃん肩凝ってるんだもんね、そっち治さなきゃね! 豊胸はまた今度で!」

「えっ……あ、あ……はい……」


 ……かわいそう。

 メグミさんに弄られ尽くされているシフレを見て、僕がそう感じていると、そんな僕の肩にネミコさんがポンと手を置いた。


「……今日はこれ以上、うちらはシフレちんをイジるのはやめとこっか」

「そうですね……これ以上は、シフレが居た堪れないですし」

「だから聞こえてんのよッ……!」


 シフレの憤怒と羞恥に震えた声が聞こえてきて、僕とネミコさんは揃ってスーッと視線を逸らした。

 アーリン先生は、メグミさんの後頭部にかなり強めの手刀チョップを落とした。


「どぅわっ、ってぇ!?」

「おい。それ以上レグナソルテをいじめてやるな。早くやれ、クソガキ」


 ……アーリン先生も、メグミさんの被害によく合っているからだろうか。アーリン先生がシフレを見る目は、同じ仲間を見る目をしているようだった。

 そのまま先生は、諭すようにシフレに言った。


「レグナソルテ……確かにあたし達には、胸は無い。でも、あたしと違って、お前には身長がある。幼児体型だとバカにされることはない。それは、お前だけの大人の魅力だ」

「あ、あの……先生……散々イジられた後のガチのフォロー、傷口に塩を塗られているようで辛いんですけど……」


 そんな先生のフォローに、シフレは複雑な表情を浮かべながら、意気消沈し始める。

 その隙をついて、メグミさんがシフレの身体に触れ、マッサージを始めた。


「ッ――ひぁっ!?」


 と、突然甲高い声を上げるシフレ。そのまま、ほんのり頬を染めて、目を泳がせた。


「あ、いや、その……突然で、びっくりして……」

「そ? じゃ、次はこの辺を」

「ひっ、あっ、ああっ!?」


 ……また、甲高い声を上げたシフレ。

 メグミさんの目に、野獣のような光が灯る。

 どうやら、何やら火をつけてしまったようである。


「シフレちゃん……この辺とかも、イイんじゃない?」

「あっ、やっ!」

「この辺とかも!」

「んっ、んっ!」


 シフレは、顔を真っ赤にしながら、甲高く艶やかな声を上げてベッドの上で悶えている。瞳はうるみ、吐息もどこか熱っぽい。

 ネミコさんもまた、顔を真っ赤にしながら、僕に話しかけてきた。


「……シフレちんのあんな声、あんな顔……うち、初めて……」

「……僕もです」


 僕はネミコさんに同意した。

 そうしている内にも、メグミさんのマッサージは激しさを増していく。

 ……何か、見ちゃいけないものを見ている気がする――と、突然視界が真っ暗になった。


「うわっ!?」

「……子供は見ちゃダメ」


 真っ暗になった視界の中、アーリン先生の声が聞こえてきた。

 どうやら、アーリン先生が魔法で包帯を射出し、僕に目隠しをしたようである。軽く触れてみるが、圧迫感は無いものの、解くことはできないくらいにはキツく締められている。

 ネミコさんの狼狽えた声も聞こえてくる辺り、ネミコさんにも包帯による目隠しが行われたのだろう。

 僕は視界が閉ざされたまま、聴覚のみでシフレとメグミさんのマッサージの様子を探ることになった、のだけど……。


「じゃ、リンパ流していきますよー。老廃物がね、ここん所に溜まってますからねー」

「ちょっ、あっ、そこッ」

「代謝が活発になってるだけですよー」

「ほ、ホントにこれっ、マッサージっ、なんですか!?」

「大丈夫ですよー。皆さんやってますからねー」

「ほっ、ほんとにっ!? っていうか、皆さんって誰!? リオも!?」

「そうですねー」

「りっ、リオにも、こんなこと、こんな所を……っ!?」


 ……シフレ何されてんの!?

 そして僕も何か言われのない誤解が招かれている気がする!


「……リオちん、いつもメグちんに何されてるの……?」


 ほらぁ! 見えないから声音だけで判断するしかないけど、ネミコさんが凄く興味津々な声で僕に聞いてきてるよ!


「り、りお……えっち、へんたい……」


 なんかシフレも誤解し始めてる!


「逃げないでシフレちゃん、まだ中の方マッサージできてないから」

「ひ、ひぃん! な、なかって、どこ……?」


 目隠しされていても声だけでわかる。

 明らかに悪ノリを始めてるメグミさんを止めるべく、僕はアーリン先生の名前を叫んだ。


「アーリン先生!」

「……ん、あ、ああ……ああ!」


 どこか呆然とした様子が声音だけでも透けて見えるアーリン先生。そのまま先生は、メグミさんに向かって一言――


「なァに医務室でしてくれとんじゃクソガキィィィィィッ!」

「ぐへーっ!」


 ……目隠しされていたから、僕には見えなかったけど、大きな物音と共に、メグミさんの悲鳴が聞こえてきた。

 それと同時に、目隠しされていた包帯が緩む。

 僕は包帯を解き、ベッドの上でぐったりとするシフレの元へと向かっ――


「――っ!?」


 ――ベッドの上のシフレは、力無く横たわっていた。紅潮した頬、潤んで涙の浮かんだ瞳、薄ら汗の浮かぶ肌。荒い息はどこか熱っぽく、息する度に胸が膨らみ肩は上下する。


「……えっと、その。大、丈夫……?」


 喉の奥で言葉が絡んで乾いたように、言葉が出てこなかった。掠れた声で、そう聞くのが精一杯で……。

 それ程までに、僕の目に映るシフレは、今までに見たことない顔で、見たことのない姿だった。


「……リオ。いつもあんなこと、されてるの……?」


 ……メグミさん、ホント何したんだろ。

 僕は出てこない言葉の代わりに、首を横に振って、シフレに答えた。

 すると、シフレがよろよろと腕を僕に突き出してくる。


「……起こして」

「……うん」


 差し出されたシフレの白い手を掴み、引っ張り上げる。

 たったそれだけなのに、やけにシフレの手が熱く感じて……僕はすぐに手を離してしまった。

 と、メグミさんとアーリン先生の会話が聞こえてくる。


「センセ、マジでただのマッサージだって〜」

「ホントか? ただのマッサージが何であんなに、いかがわしくなるんだ?」

「それはシフレちゃんがいかがわしかっただけで、あたしがしたマッサージは至極真っ当恐悦至極に普通のマッサージだって……」

「ホントか?」

「……シフレちゃんがいかがわしかったのは、ホント。最初はただのマッサージだったんだけど……余りにも反応が良かったので……ちょっとだけ調子に乗りました」

「だろうと思ったよ。クソガキ、この後説教な」

「わーん! でもほら見てよシフレちゃんを! 魔力の巡りも良くなったと思うし、お肌のツヤとかもほら! しっとりツヤツヤ! リオくんもそう思うっしょ!」


 うわ、突然僕に振ってきた!

 僕はしどろもどろになりながら、シフレをまた横目で見て……そして、渋々頷いた。


「あ、ま、まぁ……そ、そう、です、ね……」

「でっしょー! 後、誓って、調子には乗ったけど、変なコトはしてないからね! 誓ってただのマッサージの域は超えてないからね!」


 また、シフレを横目で見た。

 すると、シフレと目が合って……シフレは、くすりと笑った。


「……見すぎ。バレバレ」


 ――!

 僕は顔を赤くした。



 △▼△▼△▼



 その後も、お菓子パーティーは続いた。

 楽しい夜だったけど、僕はその間、ずっと……気がつけばシフレの方を見ていた。

 ……まさか、こんなことで再確認することになるとは思わなかったけど。

 まだ、僕は――シフレのことが、好きみたいだ。

 とっくに……諦められたと、思ってたんだけど。


「……はぁ」


 パーティー終了後。僕は自部屋に戻り、ベッドの上で枕を抱きながら、溜息を吐いた。

 そして、寝ようとしたけど……目をつむる度、シフレのあの姿が瞼に浮かんでくる。

 シフレのあの姿が、あの表情が、あの潤んだ瞳が……。


「……ッ、あああああああっ、もおおおおおおっ!」


 結局その夜は、悶々として眠ることができなかった。

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