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31話 万死に値する

 炎の柱の中のランファくんに、僕とシフレとネミコさんは、あるだけのポーションを投げ渡す。炎の柱と魔人の口内に突き刺した刀、二つの炎を出し続けるランファくんが、魔力切れしないようにするためだ。

 魔人の悲鳴は今もなお、炎の中から聞こえてくる。


「後は、ランファくんに任せるだけ……」


 すると、ネミコさんが横から質問をした。


「ウチとかシフレちんが、横から魔法を撃ち込むのはダメなの?」


 僕は端的に答える。


「今、魔人が動きを止めてるのは、雷の刀の電流による痙攣と、炎に焼かれて全身が炭化する速度が再生速度と釣り合っているからです。無理に撃ち込んだ結果、雷の刀に当たって刀が抜けてしまったり、身体に穴が空いて炭化と再生の速度のバランスが崩れる、みたいな状況になると、抜けられてしまうかもしれません」

「じゃ、もうホントに見てるだけしかできないんだ」


 ネミコさんに、僕は黙って頷いた。天へと昇る真っ赤な炎の中で、気炎を吐くランファくんを、三人で見つめ続ける。

 ――その時だった。


『バットマァン!』


 突然、空からそんな声が聞こえてきた。

 その声のした方を向くと、そこには――


()()()()()()()……!?」


 ――蜘蛛人間と形容するのが正しいであろう、蜘蛛の糸を巻き付けたミイラのような身体の上に、蜘蛛が覆い被さったような頭を乗せた、醜悪な化け物がいた。その化け物は、子供のような無邪気な声を上げながら降ってきた。

 その魔人は、着地と同時に、躊躇せず炎の柱の中に己の身を投げ入れた。そしてその一秒後には、鈍い打撃音と共に、ランファくんがこちらの方へと吹っ飛んできた。


「グあッ!?」

「ランファくん!」


 僕はその身体を全身で受け止めた。

 ランファくんは、恐らく殴られたのであろう左の頬を抑えながら、困惑に声を震わせた。


「どういうことだ……何が起きた?」


 僕は端的に答える。


「……魔人が、もう一体、現れた」

「……嘘だろ。ざッけんなよ」


 僕の言葉に、ランファくんは絶望で表情を歪めた。

 もう一体の魔人は、炎の中からコウモリの魔人を助け出すと、脇腹に刺さっていた雷の刀を引き抜き、適当に投げ捨てた。


『いやぁ、相当やられたねぇ、バットマン』

『グ……アァ……人間如きがァ、万死に値する……!』


 コウモリの魔人はそう怨嗟を吐くが、そうしている間にもみるみるうちに、焼けて炭化していた肉体が、傷一つない身体へと戻っていく。それを僕達は見ていることしかできなかった。

 コウモリの魔人は、もう一体の魔人に質問をした。


『スパショ。お前はどうして、空から降ってきた?』

『いやぁ、さっき、例の世界最強のアイツにぶっ飛ばされちゃって』

『その割には怪我一つないな』

『空中で治った』

『どれだけの長さ、吹っ飛んでたんだお前……』


 会話を交わす間に、コウモリの魔人の身体は完全に治ってしまっていた。

 二体の魔人は、お互いに僕達に視線を向けると、首を回しながら深い息を吐いた。


『私は今、心底腹が立っている。万死だ万死』

『奇遇だねぇ僕もだよ。不意打ちとはいえ、一発であんなにぶっ飛ばされるなんて……別に負けた訳じゃないけど。憂さ晴らししたいなぁ』


 ――そして。魔人達は、極大の殺気を僕達に向けてきた。


()()()()()

『いいよ~♪』


 コウモリの魔人はそう言って僕達を睨みながら、人差し指と中指を立てた。その言葉に、もう一体の魔人は弾むような口調で同意した。

 ……今から、二体も魔人を相手にするなんて……出来る訳がない!

 横を見ると、他の皆も、似たり寄ったりの諦めの表情で。僕は静かに、唇を噛んだ。

 諦観と絶望が、僕達の間に渦を巻き始める……。


「ここまでかな」


 ――その時だった。声が聞こえたのは。

 その声は、僕達四人の、誰の物でもなかった。鮮烈でありながら空虚な、独特の響き。聞き覚えのある声だ……。

 その声は、上空から聞こえてきた。

 そしてその声は、僕達を労った。


「ずっと見てたけど……。リオくん、ランファくん、シフレくん、ネミコくん、で良かったよね? ピカピカの一年生なのに、あそこまで魔人を追いつめられるのは凄いよ。才能がある」

「……学、園長?」


 シフレの漏れ出した声に、その声は優しく応えた。


「そうだよ。世界最強の魔法使い、ウルティオル・ワイズストーンだよ」


 その声と同時に、一瞬で、しかし風も音も立てずに優しく降り立ったのは――長い黒髪を束ねた、眉目秀麗の優しい笑みをたたえる、自他共に認める世界最強の魔法使い……。


「よく頑張ったね。ここからは僕に任せなさい。ついでに見ておくと良い。魔人の殺し方を、ね」


 僕達は、先程までの絶望感が一気に引っ込み、ただただ、奇妙な安心感に包まれていた。それは例えるのなら、落ちたら死ぬ高さでありながら、絶対に落ちない保障がされている気球に乗っているような感覚だ。言わば、安全が保障された状態で味わう恐怖スリル。気が付くと、先程までの絶望や死への恐怖が、不快じゃない独特の恐怖心スリルにすり替わっていた。

 逆に、魔人達は、その顔を先程までの僕達のような絶望の面持ちに歪めた。


「さて。魔人はキミ達以外にはいないみたいだし。将来有望な子供達の前だし……。お兄さん、ちょっと本気出しちゃうぞ」


 学園長は、うんと伸びをすると、右手を前に突き出した。右手の先はまるで柳の葉のように力無くだらりと垂れ下がっている。しかし、その垂れ下がった指先に尋常ではないほどの魔力が収束していくのが、肌でわかった。


『ッ……【召喚魔法――バットハット】!』


 コウモリの魔人は焦燥感に身を強ばらせながら、バットハットを召喚した。そして――


『えっ、ちょっとバットマン!?』


 ――その召喚されたバットハットは、隣にいたもう一体の魔人を連れて空へと飛び立った。


『お前は逃げろ、スパショ』

『バットマン! 嫌だよ、バットマン!』


 空に飛び立つ魔人を見上げながら、コウモリの魔人は優しく諭すような声を出す。そして、深い溜息を吐くと、学園長に向かい合った。

 学園長は気だるそうに首を左手で擦りながら、強い圧を感じさせる声音で凄んだ。


「逃がすと思う?」

『逃がすさ。我が全存在を懸けてでも』


 コウモリの魔人は即座に返答した。その答えは、やけに清々しさを感じさせる。よく見ると、コウモリの魔人が今浮かべているその顔は、力なく笑っているように見えた。


「参ったな。まるで僕が悪役みたいじゃあないか」


 そう言いながら、学園長は右手の指先に収束した魔力を……一気に空へと解き放った。


「キミとあの蜘蛛の他に魔人はいないようだし……僕は今日この後、オフだからね。ホントの本気で殺っちゃうよ――」


 そして、魔法陣が空に浮かんだ。その魔法陣は学園長のいる地点を中心に、どんどん大きくなっていく。


『まさか、これは……』


 コウモリの魔人が震えながら空を見上げる。そして、先程召喚したバットハットに、大きな声で命じた。


『速く飛べッ! スパショを生かせッ! 私の魔力を全て吸っても構わん、飛べェッ!』


 瞬間、バットハットは大きく膨れ上がり、音のような速度で学園を後にした。

 バットハットの飛び去った方角を見ながら、コウモリの魔人は安心したような表情を浮かべた。


『……これでいい』


 そう彼が笑う間にも、学園長が空に浮かべた魔法陣はどんどん大きくなっている。そしてそれは遂に、学園全土を覆うまでに大きくなった。学園全体が、魔法陣から薄く光る金色の光に照らされる。

 僕もランファくんもシフレもネミコさんも、空を見上げて、大きく口を開けて目を見開いた。


「デカすぎんだろ……何だよこの魔法陣……」

「レベルが、違い過ぎる……」


 ランファくんとネミコさんが、呆然とそう言った。

 そんな僕達を目の前にして、学園長は、いつも笑顔で閉じているまぶたを開けた。


「【極限魔法クライマックス――神話大全オール・ミィス】」


 ――その学園長の目は。右目は白く透き通るように輝く、ダイヤモンドのようで。左目は、色鮮やかに常に色が変化する、宝石のようで。

 空の魔法陣も変化を始めた。魔法陣の中央から、茶色の革製の表紙の、大きな分厚い本が一冊現れたのである。

 すると学園長は、僕達に人差し指を立てながら、解説を始めた。


極限魔法クライマックス。知っているかな」


 僕達は揃って頷いた。

 すると、学園長は宝石のようにキラキラ輝く瞳を更にキラキラさせて、喜んだ。


「流石だね、優秀優秀。そう、極限魔法クライマックスとは……己の魔法、イメージシンボルを追究した者が到達できる、言わば()()()()()()。個人が持てる最強の魔法。使える者は世界でも限られる。できない奴は一生できない。これを使えるかどうかで、魔法使いは大きく二分される。今僕が使ったのが、それに当たるね」


 学園長はそのまま、ただ立ち竦むことしかできないコウモリの魔人に向き直った。そして、まるで処刑前の罪人に処刑の手順を説明するかのように、悪趣味に笑いながら解説を続けた。


「とはいえ、僕の極限魔法クライマックスは、魔法そのものには何の攻撃力も防御力もない。ただし――()()()()()()使()()()()()()()


 すると学園長は、指を鳴らした。


「【雷魔法――トール】。【炎魔法――ヘスティア】。【光魔法――アマテラス】」


 すると、空に浮かんだ大きな本が、パラパラと開き、その中から、太く大きな柱が生えて、この場に落ちてきた。御柱おんばしら……って、言うのだろうか。計三本の御柱が、大きな地響きを立てて、地面にヒビを入れながら学園長の背に並び立つ。そして、その御柱は光り輝き、ヒビ割れと共に崩壊し始め――中から、大きな人型の……正しく、神様のような神々しさを放つ、魔力の化身が現れた。


「僕のイメージシンボルは『神』だ。古今東西、様々な神を魔力で練り上げ、現出させる。ただ、神様なんかをイメージシンボルにしちゃったから……威力が半端なくてね。本気で使おうと思うと、極限魔法クライマックスを使わないと、周りの被害が大きくなってしまう」


 学園長はそう言って、笑いながら後頭部を掻いた。

 よく見ると、御柱が着地した際に地面に入ったヒビが、既に修復しかかっていた。空に浮かんだ巨大な本から、細かい金色の光子が降り注いでおり、その光子が地面を修復しているようであった。

 ……僕もランファくんも、シフレもネミコさんも、ただただ口を開けて呆然としていた。その、学園長の魔法の圧倒的な規模に。魔人もまた、僕達と似たような表情をしている……が。僕達とは違って、魔人にとっては、これからこの三体の神様に攻撃される訳だから、絶望感も一入ひとしおだろう。

 学園長は指を鳴らして、合図をした。


「やれ」

『――ッ!?』


 その学園長の合図と共に、三体の神様は攻撃を開始した。

 それは、想像を絶する光景だった。トールが槌を振るうと、万雷が魔人を焼いた。ヘスティアの起こす炎の壁が、魔人の逃げ道を封じた。そして、アマテラスが天から放つ、光を凝縮したレーザービームが、魔人の全身を粉々にした。


『……ッ、ま、だ、だ……』


 しかし、魔人は不死身だ。負けない限り――その意思が折れない限りは、決して死にはしない。バラバラになった破片の一片から、バットマンションはゆっくりと上半身を再生させていた。……だけど。


「【炎&光魔法――アポロン】、【攻撃魔法――アトラス】、【鋼鉄魔法――ヘファイストス】、【水魔法――シュウダ】、【攻撃魔法――アラクネ】」


 更に学園長は、五体の神様を召喚した。その光景を、再生した瞳で目の当たりにしたバットマンションは――確かに、その瞳を滲ませた。


『あ……あぁ』


 今もなお、自分を取り巻く三体の神。それを倒しても、まだ五体の神々が残っている――否。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()――


『こんな……こんなっ、こんなもの……』


 ――勝てる訳が無い。

 そう、バットマンションが口にした瞬間。バットマンションの再生した肉体は、再び崩壊し始めた。自分でもそれに気づいたのだろう、バットマンションは首を左右に振りながら、今の自分の漏れ出た本音ことばを否定した。


『違う! 違う! 私はまだ負けてなどいない! まだだ、まだ、まだやれる! だから崩壊するなまだ! まだだ……まだぁ!』


 しかし。彼のその声は既に、泣きそうなくらいにガタガタと震えていて。それはつまり、心が……意思が、折れてしまっていることを明確に晒してしまっていた。

 魔人にとって、意思が折れることは……死に繋がる。それを何よりもわかっているのは、当の魔人本人だろう。

 心が折れた魔人は――朽ちていくのみ。

 最期にバットマンションは、学園長が魔法で召喚した、アラクネ――下半身が蜘蛛のようになっている女神――の方に手を差し出しながら、喘ぐように漏らした。


『……スパショ……スパショ……お前は……生きろ……』


 それは、多分……さっき自分が逃がした、蜘蛛っぽい魔人の名前だろう。その魔人の名を呼びながら、縋るように声を震わせる魔人……崩壊は一切止まる気配がない。

 そんな朽ちていく魔人の目の前まで、学園長は歩み寄った。そして。


「僕の学園と、学生に手を出したんだ。キミも、さっき逃げてしまった蜘蛛の魔人も……()()()()()()


 そう言って、微笑んだ。


『……ぁ、ああ、あァ……アアアアアアアアアアッ……』


 それを聞いたコウモリの魔人は、哀れな悲鳴を上げながら、砂像のように崩れ落ちて……数秒後には、跡形もなくなっていた……。

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