29話 大切な人
正直……魔人相手に勝てる気はしない。
僕もランファくんもシフレもネミコさんもまだ学生で、しかも一年生だ。魔人を倒せるはずがない。しかも僕に関しては、魔力ほぼ残ってないし。残りわずかな魔力も、モンスタリアの宝玉の罠の起動に使っちゃったから、撃てても二、三発のバレットが限界だろう。
ランファくんはそれを知っているから、やや僕よりも前に立って……僕を庇うようにしてくれている。
「おい、色ボケ女、アリンコ」
ランファくんは、シフレとネミコさんをそう呼んだ。……名前で呼んだ方が短くてわかりやすいのに。何故わざわざ、敵を作るような呼び方をするのだろう。
案の定、シフレとネミコさんは「はぁ!?」とキレながらランファくんの方を向いた。
「エリオードは魔力切れのドブゴミだ、役に立たねェ。実質三人だと思え」
そう言うと、ランファくんは雷の双刀の切っ先を、怒り狂いながら頬を掻き毟るコウモリの魔人に向けた。
「陰気コウモリ。俺の動きについて来れるか?」
そして、ランファくんは稲妻のような速度で駆け出した。確かこの魔法は、ランファくんの雷魔法、麒麟乱舞だ。
同じようにして、ネミコさんも魔人に向かって駆け出した。そして、蟻を数匹、弾丸のように射出してランファくんを援護している。
僕の魔力についての事情を知っているシフレは、僕を逃がすように、僕の背中をドンと押した。
「リオはとりあえず、避難して」
「えっ、そんな……皆を置いて自分だけなんて」
そう反論する僕に、シフレは溜息を吐き、目を伏せて申し訳なさそうにしながら、僕に言った。
「逆に聞くけど。……厳しいこと言うけど、ごめんね。今のリオに……何ができるの?」
シフレの言葉に、僕は息を呑んだ。
確かにそうだ。僕は今、魔力を使えない……そんな状態で、何が出来る?
……けど、それでも!
「……嫌だ。嫌だよ。皆を、シフレを、置いて行きたくないよ」
「リオ!」
「だって!」
僕の名前を呼ぶシフレに、つい、声を荒らげてしまった。そのまま僕は、ボロボロと溢れていく心情を、感情のままに吐露し続けた。
「やっと、……やっと。シフレに守ってもらわなくても、戦えるようになった……。僕にも魔力があるんだ、って……これなら、シフレに迷惑をかけずに済む、って……」
シフレの向こうに、戦うランファくんとネミコさんの姿が見えた。二人とも、キツそうで……確かに僕はお荷物かもしれない。けど。
「自分が重荷になるのはわかってる。けど、重荷なら重荷で、役に立てるよ……! 囮、とか」
――その時。僕の身体は、シフレに抱き締められた。強い、強い力で……。
「バカっ!」
シフレは僕の耳元で叫んだ。叫ばれた方の耳が、キーンと鳴って痛くなる。僕は反射的に強く目をつむった。
シフレは僕を抱き締めたまま、感情をぶつけるように叫んだ。
「重荷だなんて思ってない! 思ってないよ! リオは大事な人なのあたしにとって! 大事な人に怪我して欲しくないの死んで欲しくないの! だから逃げて! 自分のこと囮だなんて言わないで! お願いだから……もっと自分を大事にして!」
僕はそれでもまだ、反論を続けた。シフレの言葉を受け取って……それでも、まだ。我ながら、往生際の悪いことだ。
「……そんなの、僕だって同じだよ。シフレは僕の大事な人……だからこそ、僕なんかを逃がすために、怪我して欲しくない……」
――刹那。僕の思考に、何かが掠めた。
それは、多分……今の状況を打破する、一縷の望み。
不死身の怪物を負かす、唯一の望み。
それが、僕の心の内側の……貝殻の中から、水面に昇っていく気泡のようにぷくりと浮かんだ。
「……シフレ。僕は残る」
「っ……」
「そんな顔しないで、シフレ――作戦があるんだ」
僕は、いつの間にか涙を流していたシフレの目元を指で拭った。そして、いつもみたいに笑いながら、……少しだけ、鬱屈していたものが晴れたような気分で、シフレに言った。
「ごめんねシフレ。もう、自分のことを囮とか捨て石なんて思わない。自分を大事にする。だけど、シフレにもランファくんにもネミコさんにも、怪我して欲しくない。だから、この場に残らせて」
「……作戦、って、何よ」
シフレの青色の綺麗な瞳が、僕の目を真っ直ぐ見つめた。
その目は小さい頃、喧嘩した後で仲直りした時の、涙に濡れた目と同じで……本当に、僕の幼馴染は変わらない。
僕はそれに何となくくすぐったさのようなものを覚えながら、話を続けた。
「僕はこの作戦、何もしない……というより、何も出来ない。魔力が無いから……。後、多分だけど……シフレもランファくんもネミコさんも、めっちゃ怪我すると思う」
「さっき皆に怪我して欲しくないって言ってたの誰よ」
シフレは未だ涙の滲むまま、半眼で僕を睨んだ。
うん……自分でも、さっきまで言っていたことと正反対すぎるなって思う。
……本当に自分がこの作戦を思い浮かんだのか。自分でも、わからない。だって、この作戦は、失敗すれば……シフレ達を殺すかもしれないものだから。
だけど、全員が無事に助かるには、この作戦を成功させるしかない。だから僕はシフレに、その作戦を告げた。こっそりと、こっそりと……。
△▼△▼△▼
『ふはははははっ、悪童共は口だけかぁ~っ!?』
魔人バットマンションは、自らに飛びかかろうとする大きなアリを蹴りで薙ぎ倒しながら、愉快そうに笑った。
ランファが雷の刀で斬りかかるも、傷を与えた先から再生される。
ランファは舌打ちをして憤った。
「ざっけんなァどうすりゃいいんだこんなモンッ!」
ネミコは地面に手を当て、魔法陣を展開した。地面の魔法陣から、四匹のモルモットサイズの大蟻がエレベーターに押し上げられたかのように現れた。
「【毒魔法――毒蟻】!」
その大蟻は腹部をサソリのようにもたげ上げると、臀部から溶解液を何発も発射した。
『グッ……汚いッ。【風魔法――ウィンドウィング】!』
しかし、バットマンションは風魔法で突風を巻き起こし、全てを掻き消してしまう。
そこにランファは、一撃でも多く与えてやろうと焦るような面持ちで、麒麟一角閃を打ち込もうとした……しかし。
『貴様の高速移動して一撃斬り込む、その魔法。直線的な移動しかできず、発動後は大きな隙ができるな』
そう告げたバットマンションは、あえてランファの一撃を避けなかった。身体を軽く逸らし、ランファの一撃を左下腹部のみに食らう。
生物であれば、それは戦いの中では致命傷と言えた。しかし、バットマンションは魔人……左下腹部に入れた深い裂傷も、すぐにくっついて再生してしまう。
そしてバットマンションは、ランファの雷のごとき高速移動の途切れた所――大きな隙を狙った。ランファの足を掴んで持ち上げると、そのまま地面に三度ほど叩きつけ、最後に石壁に思いっ切り投げつけた。
「がハッ……!?」
石壁からずり落ち、膝から崩れたランファ。
そんな彼に、バットマンションは愉快そうに鼻を鳴らした。
『雷魔法による超高速移動……流石の私も手を焼いたが。所詮は学生、息切れも早い』
「……うるせェ、陰気コウモリ」
『まだ立つか悪童よ』
ランファはよろよろと立ち上がり、刀を向けた。
そして、己の残り魔力の計算を脳裏で始める。
(残りの魔力は……しんどいな。アリンコの魔法も、サポートとしちゃ優秀だが、決定打にはならなそうだ……色ボケ女頼りか、クソが)
と、その時。バットマンションの側頭部を、炎の矢が穿った。炎の矢が左こめかみから右こめかみへと突き抜けた今のバットマンションは、さながら落ち武者のような相貌だ。
ネミコはそれを見て、ぱぁっと表情を輝かせた。
「シフレちん!」
「【炎魔法――火樹銀花】!」
ネミコの言う通り――シフレが、炎の矢を放ったのだ。更にシフレは、七本ほど炎の矢を射った。
『洒落臭い……万死に値する!』
「よく似合ってるわよ。真っ黒な頭に、赤い炎がよく映える」
『黙れ……万死万死万死ィ! 【樹木魔法――吸血鮮花】ォ!』
煽りの言葉を吐くシフレに、バットマンションは怒り狂いながら、指先に小さな魔法陣を描き、そこから種を射出した。ヒマワリの種のような、小さな種だ。その種は石畳の隙間に薄々見える湿った土の上に根を下ろし、一瞬の内に発芽、成長した。
『ククク、吸血鮮花……吸血する、コウモリの形をしたツタ植物だ。そのツタは自立活動し、びっしりとツタの周りに付いた小さな針から獲物の生き血を啜る……この恐ろしい吸血植物で、貴様らを干乾びた死体にしてくれるわァ!』
成長した植物は、ツタ同士が絡み合い、確かに大きなコウモリのような形を作った。
「……これ、コウモリ関係あるん?」
「エリオードも銃火器がイメージシンボルつってたのに、爆弾使ってたしな。魔法使用者本人のイメージが結びつくかどうか、なんだろ。奥深いなァ魔法って」
ネミコの疑問にランファが答える。しかし、彼の言葉の最後の『奥深いなァ魔法って』の部分は、かなり投げやりで棒読み気味であった。ランファ自身、納得のいかないものを無理やり飲み込もうとしている、その苦心がそこから滲み出ている。
シフレは、発芽した吸血鮮花に火樹銀花を数本射った。炎の矢はあっさりと、発芽した吸血植物を焼き尽くした。
『あっ、あぁぁあああァッ!?』
「いや……そりゃそうでしょ。ご丁寧に魔法の特性教えてくれて……しかも植物って。アンタの頭に今も刺さってる矢、何だと思ってるのよ?」
シフレはそう言いながら、呆れたように己のこめかみを指した。
バットマンションは怒りながら、頭の炎の矢を引き抜き、ベキリとへし折った。その様子を見ながら、シフレは考える。
(やっぱり、相手は激昂しやすいタイプ。怒らせれば攻撃が単調になるだろうから、倒すとまでは行かなくても、時間稼ぎくらいならできるかも)
自分の力と相手の特性を考え、その結論に至ったシフレは、ランファとネミコの所に駆け寄り、こっそりと告げた。
「リオの所に行って……作戦があるって。その間、あたしが抑えとく」
「……できんのか、テメェ一人に」
「できないと思うなら、早く行って早く聞いて早くこっちに帰ってきて」
「シフレちん、無茶はしないでね?」
「大丈夫」
頷くシフレに、二人は素直に従った。モンスタリアの宝石の近くにいるリオの所へと駆けていく。
そんな二人を見送りながら、シフレはふぅ、と長い息を吐き、そして再びバットマンションに目を向けた。
そして、魔力塊の矢を番えながら、挑発的な笑みを綻ばす。
「アンタの相手はあたしよ、変態魔人さん」
『そうか、貴様から死にたいのかァ!』
コウモリ型の魔力塊が数発、シフレを襲った。それをシフレは、天使の翼を広げて身を守る。その際の衝撃で起きた風が、辺りの砂塵を巻き上げた。




