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28話 煽られコウモリ、無様を晒す

 リオとランファがモンスタリアの宝石に仕掛けられた魔法陣で魔獣を一網打尽にする、その数分前。

 シフレはネミコの見守る中、アラクネラの群れを天使レグナに変身して薙ぎ払っていた。


「【炎魔法――火樹銀花(ブレイズ・ヴォアロ)】」


 シフレの左腕は現在、白亜を思わせる色をした大きな弓の形に変形している。この左腕の弓で魔力の矢を射るのが、彼女の魔法の基本スタイルだ。

 炎の矢が二〇本ほど左腕の弓より射られた。その矢が刺さったアラクネラは内側から焼けて、灰になる。

 更にシフレは、背に生えた翼を広げて空を飛ぶ。

 そして、金に光る魔法陣を左腕の弓に展開した。そのまま魔法陣を照準代わりにして弓を引き、地上のアラクネラに狙いをつける。


「ちょっと大技だけど……【光魔法――雨過天晴シャイニングレイニー】!」


 引き絞った弓矢を放つと、一本の矢が魔法陣を潜り抜け、幾重にも増殖した。増殖した矢は光のように速度を増し、雨のようにアラクネラに降り注いだ。


『ギィシャァゥ!?』


 数十体のアラクネラがこの光矢の雨によって屠られた。

 雨を潜り抜けたアラクネラの一体が天に糸を吐き、シフレを引きずり落とそうとした。だが、しかし。


「甘いのよ!」


 シフレは天使の翼で風を起こし、蜘蛛の糸を難なく触れずに払い除けた。払われた糸は空中で霧散し、針金が熱で焼け熔けるように消えていった。


「このまま全部片付けてやる」


 翼を広げながらそう意気込み、シフレは二の矢を番えようとした……が。


『やァ、綺麗な羽をしているね』


 突然、シフレの背後――()()()()()()()()()()彼女の背後から、声をかける者がいた。

 背筋がゾグゾグと沸き立つような感覚に襲われたシフレは、咄嗟に弓を斬撃武器のようにして、己の背後を薙ぎ払った。魔力の光子が残像となって、薙ぎ払った軌跡上に薄い青色に浮かび上がる。


『おっと。その弓、近接武器にもなるのか……危ない危ない』


 しかし、それはあっさりと避けられた。

 声の主――黒マントのような大きな羽をはためかせて空を飛ぶ魔人、バットマンションは、愉快そうにサングラスの奥の目を細めた。


『私は魔人。見ての通り、コウモリの魔人……バットマンションという名があるが、まぁ、長いのでな。バットマンションと略すといい』


 そしてバットマンションは、わざとらしく大仰にそう名乗った。

 シフレは本能から湧き立つ恐怖心を押さえつけながら、奥歯を噛み締め、虚勢を張るように質問を投げかけた。


「……その、魔人が、何の用よ!?」


 そのシフレの問いに、バットマンションは答えることはなかった。薄気味悪い笑みを浮かべたまま、シフレの頬に手を差し出し、優しく撫でる。

 シフレはそのおぞましさに、肌をなぞるザラザラとした感触に、背筋をゾッとさせる。


『気丈に振る舞う、気の強い子だ。私好みだ、とても可愛い。……けれど』


 突如、シフレは前のめりになった。バットマンションが、己の膝をシフレの腹部に埋めた……いわゆる、膝蹴りを食らわせたのだ。

 シフレは目を見開きながら、少量の唾液と一緒に肺の空気を吐き出した。苦しむシフレを見下げながら、バットマンションは愉快そうに首を揺らした。


『けれど……恐怖心がダダ漏れだ。そんな態度……私をそそらせるだけだよ?』


 バットマンションは舌なめずりをしながら、シフレの銀の髪の毛を掴んだ。そして、胸部や腹部に、何度も拳で連撃を加える。その度にシフレの身体はくの字に曲がり、悶える声が口の端から漏れ出す。

 このままでは殺られる……シフレが、恐怖心と痛みと酸欠で意識を飛ばしそうになる中で、その可能性を危惧し始める。

 その時だった。地面の方から、黒い何かが飛んできて、バットマンションに当たった。その何かは、そのままバットマンションのシフレを掴む腕に引っ付き、そして引っ付いた部分を食い千切った。


『ぐうッ!? 何だこれは……?』


 驚愕するバットマンションを尻目に、シフレはバットマンションの腕から逃れた。

 シフレはそのままバットマンションから離れ、よろよろと着陸すると、涙目になりながら、地上にいたネミコに体重を預けるように抱きついた。


「助かった、ありがとうネミコ!」


 そう。黒い何かを放ったのは――シフレを助けたのは、ネミコだ。

 ネミコの魔法、そのイメージシンボルは『アリ』。様々な種類の蟻を、大小様々なサイズで放つ。それが彼女の魔法スタイルだ。

 ちなみにシフレは虫が苦手だ。だから、基本的に自分のいる時には、ネミコには魔法を使わせない。今のような緊急時を除いて、であるが。

 バットマンションは、己の身体に組み付いた大きなクロアリを握り潰しながら、わなわなと肩を震わした。


『ふざけおって虫ケラが……このっ、私の……ッ、身体を齧るなど……許せぬ……! 万死に値するッ……万死ッ万死ッ、万死ッ……万死万死万死万死万死ィッ!』


 怒り狂うバットマンションを見上げながら、シフレとネミコは恐怖心に顔を歪めた。

 そして、魔人に注意を向けたまま、恐怖心を紛らわすべく、軽い談笑を始めた。


「……魔人とか、初めて見たね、シフレちん」

「そうね……あたし達二人で倒せると思う?」

「無理じゃね、なんか怒ってるし」

「怒らしたのネミコじゃん。ネミコだけ置いてけば良くないかな」

「酷いシフレちん! こんな可愛い大親友を置き去りにしようって!?」

「……しないよ、そんなこと。大親友」

「知ってる。言ってみただけだよ、大親友」


 二人は顔を見合わせ、笑い合った。

 そんな彼女らを眼下に見据えたバットマンションは、己の傷を見せつけながら二人に怒号をぶつけた。


『見ろッ! 貴様らの罪をッ! この、私の身体に付けた傷を……傷をッ! 値するぞ万死に! 万死だぞ万死! 万死ィッ!』


 しかし。バットマンションがそう言っている間にも、傷はたちまち塞がっていく。傷は塞がり、噛み千切られた腕も、元の形に素早く生えた。

 シフレはそれを見ながら、頬をひくつかせて笑った。それは、笑うしかない、と言ったような……強がるような笑みだった。


「魔人は不死身だって授業で習ったけど……ホントなのね」

「どうやって倒すかは習ったっけ?」


 ネミコが額に冷や汗を浮かべながら質問した。

 シフレはそれに半眼を向けて答える。


「習ったわよ。『敗北感』を与えてやるの。魔人は魔力の塊が意志を持った生命体。そして、実体のない魔力の塊に実体を与え、繋ぎ止めているのが、その芽生えた意志だから……意思が揺らぐほどの敗北感を与えてやれば、肉体を保てなくなって、崩壊する」

「要するに、負かしゃいいってことね」

「不死身の相手を負かす、ってのが……半端じゃなく難しい、らしいけど」


 そりゃそうだ、とネミコは頷いた。

 頭を撃ち抜こうと、手足を斬り落とそうと、半身を削られようと……意思が折れない限りは無限に再生する敵に、敗北を味合わせる。それは、糠の上に釘を打って家を建てるような、途方もない作業だ。

 彼女達の頭上で、バットマンションは右手で顔を隠しながら、天を仰いで呼吸をゆっくりと繰り返した。


『フゥー……落ち着け私……どちらにせよ、なるべく多くの学生ガキを万死せにゃならんのだ……たかが女二人に心を乱されるな……』


 そんな彼に、シフレとネミコは顔を見合わせ、そして二人揃って毒づいた。落ち着き、平静を与えれば、今よりも隙はなくなる。だからこそ、平静を乱す必要があるからだ。


「ねぇ、アンタさぁ……その、たかが女に腕千切られるとかさぁ、恥ずかしくないの?」

「あ、それ思ったぁ〜。ウチの魔法アリさんでも噛み千切れるって、よっぽど弱々だよ!」

「あぁそっか……コウモリだもんね。太陽浴びずに日陰ばっかにいるから、身体弱いのよ」

「なるほどシフレちん、頭いい! 弱々日陰者のコウモリさんは、こんな表に出てこないで、洞窟の中でキィキィ鳴いてなよ~!」

「ていうか、万死万死ってうるっさいわね……ダッサいわ正直。意味わかって使ってるのかしら?」

「覚えたての言葉をとりあえず連呼するお子様じゃあるまいしねぇ?」


 ぷぷぷーっ、とわざとらしく顔を見合わせて噴き出す二人。

 そんな二人を眼下に見据え、バットマンションは全身をわなつかせた。


『貴様らァーァッ! 万死万死万死万死万死ーィッ!』


 バットマンションは、全身の熱が頭の方へ集まっていくのを感じていた。それは、今まで感じたことがないほどの、熱の奔流――激怒。

 彼は今、怒りの感情に支配されていた。

 そして、怒りのままに、頭を掻き毟りながら、魔法陣を展開した。


『【風魔法――ウィンドウィング】ゥ!』


 彼はマントのように己の身を包めていた羽を開いた。

 すると、開いた際に突風が巻き起こり、シフレとネミコは揃って、悲鳴を上げながら吹き飛んだ。

 そして、吹き飛んだ先が、リオとランファが戦い終えて一息ついていた、モンスタリアの宝玉前だった、という訳だ。



 △▼△▼△▼



「みたいなことが、あったのよ」


 シフレとネミコは、リオとランファの二人に、簡単に今起きたことを説明した。何故魔人がいるのか、何故吹き飛んできたのか……を。

 ランファはそれを聞いて、吐き捨てるように唇を歪めた。


「つまり俺達、テメェらの勝手な不幸に巻き込まれたッてことか」

「そんなこと言わないでよ……こんな時こそ助け合いでしょ。ね、ランファくん?」


 不愉快そうな表情をするランファを、リオが苦笑しながら窘める。

 しかし、ランファはその不愉快そうな表情を崩すことは無かった。

 そんな二人を見ながら……リオの持つ、ランファが創ったのであろう炎の刀を見ながら、シフレとネミコは首を傾げた。

 そして、シフレが疑問を口にした。


「なんか……リオとアンタ、仲良くなってない?」

「なってねェよふざけんな死ねッ!」

「そこまで否定する!?」


 目を見開いて、犬歯まで剥き出しにして、凄い形相で否定するランファに、リオはガックリと肩を落とした。少しくらい仲良くなれたと思ったのに……と、涙目でぶつぶつと呟くリオ。

 そんな彼を横目に見ながら、ランファはフンと鼻を鳴らした。

 そして、そんな彼らを見比べながら、シフレは「やっぱり仲良くなってる……?」と首を傾げた。


『貴様ら……無駄話は済んだのか?』


 魔人が突如、口を挟んだ。今までずっと、彼ら彼女ら四人の会話を見ていたバットマンション……そこには、先程までの激怒はとうに失せており……彼は落ち着きを取り戻していた。怒りを抑え、冷静さを取り戻すためにも、彼はしばらく時間を取る必要があったのだ。

 だが、このまま平静を取り戻されるのは、彼らにとっては不味い。

 だから、四人は再び彼を煽ることにした。シフレを筆頭に、ネミコ、ランファ、リオの順で口を開いた。


「あら、さっきから静かで穏やかだと思ったら……万死万死と小煩こうるいコウモリが黙ってたからだわ」

「さっきまで、プンスカプンスカフンガフンガ怒ってたのを、今更取り繕っても……滑稽なだけだよねぇ」

「つーか、グラサンに黒マントって……見た目完全に不審者だからなテメェ。気色悪ィんだよ陰気コウモリ」

「あー、確かに……黒マントの下、何も着てなさそう。全裸で夜な夜な、道すがらの女性に自分の裸体を見せつけてそう。気持ち悪っ。変態の魔人に改名したらどう?」


 四人がそう煽ると……また、バットマンションは全身で怒りを表現しながら怒り狂った。


『貴様らァァァァァァァ! アアアアアアアアッ! バッ、万死……否、億ッ! 億死だからなァッ、このっ……便所虫共がァァァァァァァァァァ!?』

「億死って……言葉を知らないの? 魔人の教育の程度が知れる……良ければ言葉、教えてあげようか?」

『やかましいわクソガキ共がァッ!』


 発狂するバットマンションに、リオは再び煽りを加えた。それにまた憤慨するバットマンション。

 四人の目論見は成功した。

 こうして、四人と魔人の戦闘は始まった。

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