27話 魔法陣の描き方
医務室にて。
アーリンとメグミは、窓から外を眺めながら、戦いの行く末を案じていた。
「ねぇ……センセ」
「何だよ」
メグミと視線を合わせたアーリン。彼女もまた、どこか落ち着かない様子であった。
メグミ自身も、それに気づきながら……それでもあえて、聞いた。
「……大丈夫かな、リオくん達」
「大丈夫だ。そう信じるしかねーよ」
「けど……リオくん、あたしがいないと、魔力が……」
するとアーリンが、手の平から出した包帯を弄びながら、溜息を吐いて自嘲気味に笑った。
「……私がもっと、強けりゃ良かったんだがな。回復魔法の権威だ何だって言われても……どんだけ怪我を癒してやれても……可愛い生徒達を守ることはできねー」
アーリンには、卓越した回復魔法の才能があった――しかし、天は彼女に二物を与えなかった。つまり……回復魔法以外の魔法が、彼女は不得手なのだ。持ち前の頭の良さと器用さで、魔法陣を覚えることは出来る。工夫すれば戦うことだって可能だ。……だが。圧倒的に、火力が足りない。
「魔力使えなくても、あんだけ足掻くエリオード見てるとさ……。怪我する前に守るための魔法を諦めて、怪我してから治すための回復魔法に逃げた私が……すっげぇ小さく感じちまう」
だからアーリンは、せめて回復魔法だけでも極めようと。罪悪感ではない、しかしそれに近い悪感情から、回復魔法に打ち込んだ。人体の仕組みから病原菌など、あらゆる知識を吸収した。
アーリンは、彼女自身が卑下するほど、無能な魔法使いではない。彼女の回復魔法は世界中のありとあらゆる魔法使いの中でもトップクラスであり、無くなった腕を生やすなどの芸当も可能なのだ。そんなレベルの回復魔法の使い手は、この世に二人といない。歴史的観点から見ても、アーリンの回復魔法のレベルは卓越していた。
しかし、その才能を、彼女自身が認められない。
メグミは悲痛に歪むアーリンの横顔を見ながら、頭をぽんぽんと撫でた。
「……センセは、凄い女の子だよ?」
「……お前なぁ。私、女の子って年齢じゃないんだが。後、頭撫でんな……多分私の方が年上だぞ」
「へぇ、幾つなの? あたしは二三」
「ほら見ろ、私の方が上だ。……言わねーけどな、年齢」
「……もしかしてセンセ、結構見た目に寄らず年増だったり、する?」
「……うるせぇ」
不満気に視線を尖らせながら、頭に置かれた手を払い除けるアーリン。だが、そんな彼女がメグミに向ける気迫は、どこか和らげで。
二人はそのまま、医務室でリオ達への心配を募らせた。
△▼△▼△▼
「ッ、ディやァ!」
僕がランファくんから貰った炎の刀……火群裂華散を振るうと、そこから出た小さな炎の波が、襲い来るアラクネラを怯ませた。その隙に距離を取り、ついでに、近くにいた一体のバットハットを火群裂華散で斬り捨てる。
「……ランファくんの賭け、絶対勝たせなきゃ!」
そう息巻きながら、僕は先程のランファくんとの会話を思い出していた。
『――賭けっつっても、コイントスやらルーレットやら、運で決めるような策じゃない』
今から二分ほど前。ランファくんは僕にこの火群裂華散……長ったるいから炎の刀でいいや。炎の刀を僕に渡しながら、そう言った。
ランファくんは辺りを見渡しながら、続けた。
『モンスタリアの宝石で、魔獣共は引き寄せられる訳だ。ならよォ……引き寄せた奴らを一網打尽にする仕掛け……あるんじゃねーか?』
『……仕掛け?』
『ああ。引き寄せるだけ引き寄せて……それで。教師共がちまちま魔法で一匹一匹処理すると思うか? めんどくせェだろ、それ。ついでに、魔獣を手軽に皆殺しにできる罠を張ると思う』
『……確かに』
『お前は今、『魔法使えない』に逆戻りした訳だが……そんな無能なテメェでも、できることだ』
『……その罠を、探すんだね』
『ああ。探して、起動させろ。魔獣共は、さっきテメェが戦ってた分も含めて、全部俺が引き受ける。だが、俺一人じゃこの量を抑え切るのは無理だ。だから、何匹かは漏れ出てテメェに襲いかかるだろう――だからテメェにも、護身用にこの火群裂華散をくれてやる。何か質問あるか?』
『……刀の名前、もう一回聞いていい?』
『火群裂華散だ』
『その名前、自分で考えたの?』
『死ね』
……って感じで、作戦が纏まったのだ。
だから僕は今すぐにでも、あるかどうかもわからない罠を探して、起動させなきゃいけないんだけど……!
「皆目見当もつかない……」
地面に張られた石レンガを一つ一つ調べるのは、効率が悪すぎるし、何より隙だらけだ。そもそも、地面にあるのか壁にあるのか、それとももっと別の場所にあるのか……ここにはない可能性だってあるのだ。学園長室とか職員室とかに遠隔で繋がっている可能性は捨てきれない。
「無理難題だなぁ……随分と」
僕はランファくんの方を振り返った。ランファくんは、ある時は雷の魔力を纏いながらアラクネラの群れに突進し、またある時は刃から雷の斬撃波を飛ばしてバットハットを撃ち落としていた。その表情は必死そのもので、かなりしんどそうだ。それも当然……ランファくんは今、さっきまで僕が戦っていた分の魔獣も引き受けているのだから。
「ハァー……ハァー……」
彼の息は既に荒く、今にも酸欠か魔力切れで倒れそうだ。もう、残された猶予は少ない。
「っ……このぉッ!」
僕も負けてはいられない。早く罠を見つけなきゃ、早く……!
我武者羅に探すんじゃダメだ。まず……仕込むとしたら、どんな罠かを考えろ。
ここは魔法学園なのだし、落とし穴などのような古典的な罠であるはずもない。十中八九、魔法によるものだろう。
だとするなら……どこかに、魔法陣が描かれてるはず!
通常の魔法は、魔法陣を魔力で宙に描いて、すぐに行使する。しかし、罠として使うのなら……魔法陣が、使うその時まで残っていないといけない。宙に魔力で描く魔法陣は、魔法を使用しなければ、すぐに霧散してしまう。絵の具や刻印などで、長期的に残しておく必要がある。
「だけど、魔力で描かない魔法陣には、デメリットがある」
例えば、炎魔法を使うとして。魔法陣を魔力で描けば、その魔力をそのまま直接炎に変換して、魔法が撃てる。
しかし、絵の具などで描いた魔法陣の場合は、魔力を流し込むだけでなく、近くに何か炎――文字通りの意味での火種が無ければならないのだ。
魔法陣は、魔力で描くと、一回一回魔法は使い切りになるけど、汎用性が高くなる。魔力以外で魔法陣を描くと、半永久的に使える代わりに、近くにその魔法の元になる火種のようなものが必要になる。この一長一短を使い分けることも、魔法使いの腕の見せ所なのだ。
「問題は、何の魔法陣がどこに刻まれているのか」
この辺に松明などは見当たらないから、炎魔法ではない。噴水とかもないから水魔法でもないだろう。
この辺にあるものと言えば……敷き詰められた石レンガ、木造のベンチ、暗くなると光る魔力灯、そして直径五〇センチほどのモンスタリアの宝石……。
「……って、うわわわわっ!?」
考え込む僕の、その隙を突いて、バットハットが真横から突進してきた。咄嗟に炎の刀を身体との間に滑り込ませて防御したが、直撃は避けられても、衝撃まで殺すことは出来ない。僕は大きく吹き飛んだ。
しかし、転がった先には、モンスタリアの宝石と、そのモンスタリアに惹き付けられたアラクネラの群れが醜悪な牙を光らせて威嚇しており。咄嗟に僕は、炎刀を真横に薙いだ。
『キシャッ!?』
アラクネラ達は皆、短めの断末魔を放ちながら絶命した――その時。僕は見た。
「……あれは」
炎の刀を振るった時、咄嗟のことだったから火力の調節ができず、沢山の炎が出た。その、炎の橙色の光が……その一部が、モンスタリアの宝石の中に、吸い込まれていった。
「よく見たら……この宝石、中を通った光が屈折していないような……?」
更に僕は気づいた。宝石なんかの中を光が通れば、屈折するはずなのに……宝石に当たった日光は、そのまま真っ直ぐ宝石の向こう側に届いている。
これが意味することは……!
「……あった、魔法陣!」
僕は宝石の中を覗いた。透明に煌めく宝石のその中には、確かに白く光る魔法陣が描かれていた。宝石の中に光魔法か何かで直接彫刻をして、魔法陣を描いたんだ……! 凄い技術だ。
そして、そこに描かれた魔法陣の魔法は……。
僕はランファくんに大声で報告した。
「見つけた! 宝石の中から、光魔法が飛んでくる!」
「よし、わかった! ……これでテメェら魔獣共の相手は終わりだ」
ランファくんは最後に、竜巻のように自身が回転し、周囲に雷の斬撃を浴びせた。
そして、僕の方に跳び、モンスタリアの宝石の中を覗きながら、ほほう、と感心した。
「なるほど。光なら、昼は日光、夜は魔力灯、充分火種はある訳だ」
僕は頷いた。
後は魔力と光さえあれば、この魔法陣は起動する!
僕は宝石に触れ、魔力を流し込んだ。
そして、眩い光に包まれた宝石は、次の瞬間、その光を針状にして、何本も何本も射出した。
『ギュゥッ』
『キィッ!』
『シャァ!』
光針は辺り一帯にばら撒かれ、次々と宙を飛ぶバットハットを撃ち落とし、地を這うアラクネラを刺し殺す。それはまるで、機関銃を掃射しているかのようだった。しかも、僕はただ魔力を流し込むだけで、照準などはオートで魔法の方が合わせてくれている。
光針の掃射が終わる頃には……その場には、沢山の魔獣の死骸、そして、僕とランファくんだけが、生きて立っていた。
「……終わったぁ」
僕もランファくんも、同時に崩れ落ちた。その場に座り込み、深く深く息を吐く。
心地よい達成感に、押し寄せる疲労感に火照った頬に、冷たい風がぶつかって……気持ちいい。
――だが。一難去ってまた一難、とはよく言ったものだ。
「キャアアアアアア!?」
突然、大きな物音と共に、二人の女子が悲鳴を上げながら吹き飛んできた。
……って、アレって!
「シフレ!?」
僕が待った砂埃の中、そう声を上げると、魔法を使って天使に変身していたシフレが、肩を跳ねさせた。
「あ、リオ……」
「それに、ネミコさんまで……何があったの!?」
すると、僕のその疑問に答えるかのように、ジャリ、ジャリ……とにじり寄るような足音が聞こえ……そいつは砂埃の中から姿を現した。
『私は魔人。『バットマンション』……長いからな、バットマンと略すといい』
魔人……!?
魔人と名乗る目の前の怪物は、底冷えするような冷徹な声色をしていた。真っ黒なマントを羽織ったような姿に、コウモリのようなサングラスをかけた……多分、名前と見た目から予測するに、十中八九、蝙蝠の魔人だろう。
今の僕達の実力で敵う相手じゃない……! だけど……立ち向かわないと、殺られるだけだ!
僕もランファくんも、冷や汗を流しながら、疲れた身体に鞭を打ち、再び立ち上がった。
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