24話 天使と神の魔力人形
「うわぁ……これ、シフレちん大丈夫……?」
「無理無理無理無理無理無理無理無理ッ!」
学園の噴水広場にて。あたしとネミコの目の前には、蜘蛛の魔獣『アラクネラ』の大群があった。アラクネラは気味の悪い八本足を石畳の上に下ろしながら、カチカチと牙を鳴らしていた。気持ち悪い。
虫が苦手なあたしを気遣って、ネミコが飴玉を口の中に入れながら、横目であたしを見た。もちろんあたしは、首を横に振って全否定した。
すると。
「じゃ、うちが戦うよ。シフレちんは下がって見てて」
ネミコが、そう息巻いてあたしを庇うようにして立った。
だけど……だけど!
「嫌っ!」
あたしはそれも否定した。
だって――
「――ネミコの魔法も虫じゃん! 虫じゃんッ! あの蜘蛛でさえマジでキツイのに、更に虫がこの場に増えるとかマジ勘弁だから!」
ネミコは呆れたような苦笑交じりの表情であたしを見てきた。
「えー……じゃあ、どうすんの?」
うう……ネミコに魔法は使って欲しくない……けど、目の前には蜘蛛の魔獣が……。
あたしは頭を抱えてうんうん唸り、一秒。覚悟を決めて、眦を決した。
「うー……わかった覚悟決めた! あたしがやるから、ネミコは黙って見てて!」
そう言いながらあたしは、ネミコの首根っこを掴んで自分の後ろへ追いやった。そして、深い呼吸を二、三度繰り返すと、頬を同じく二、三度ほどバシバシと叩き、目の前のアラクネラの群れを見据えた。
「ホント、マジ最悪……!」
あたしはアラクネラ共を睨みつけながら、祈りを捧げるように両手を組み合わせた。
そして、瞼を閉じて、魔力で魔法陣を石畳の上に描く。
「【憑依魔法――レグナ】」
そして、魔法陣の上に柔らかで温かい太陽光が降り注ぐ。それはまるで、スポットライトのようだ。やがて、その光の上に降臨したのは――真っ白な身体を持った、六枚の翼を背負う天使。その天使は美しい女性の姿をしていて、噴水をバックに、それはそれは仰々しく舞い降りた。
あたしは天使に命じた。
「おいで。『レグナ』」
この天使――レグナは、あたしが魔力で作った造形物だ。彼女自身に意思はなく、あたしの命令で動く魔力の塊……人形でしかない。
あたしのイメージシンボルは『天使』。厳密に言うなら、小さい頃好きだった絵本『ガンマンウェスタと堕天使レグナ』に出てくる天使のキャラクター『レグナ』。それがあたしの、魔力の核だ。
レグナはあたしの目の前まで歩み寄ると、そのままあたしを抱き締め――そして、融合した。
「――ッ」
あたしの身体は、融合と共に変身し始めた。肌はより白く、髪の毛も煌めきを放ち、背からは天使そのもののように真っ白な羽が六枚生えた。
「……憑依完了」
瞼を上げ、魔力を帯びて青く光る、あたしの瞳をアラクネラに晒す。
あたしには、並外れた魔力がない。そのため、ただレグナを創造しただけでは、まともに彼女を動かせない。
だからこうして、あたし自身の身体に憑依、融合させ。あたし自身を天使に変身させる。そうすれば……あたしは、イメージシンボルの力を、レグナの力を一〇〇パーセント引き出すことが出来る!
「シフレちんの魔法、いつ見ても綺麗だねぇ」
あたしの後ろでネミコが、大きなペロペロキャンディーを舐めながら、そう賞賛してきた。悪い気はしないので、渾身のドヤ顔で返事をしてやった。
「あたしに見惚れてなさい、ネミコ!」
「はぁ〜い、見惚れてまーす!」
さて、戦闘開始。とにかく一匹でも多く……害虫を掃除してやる!
△▼△▼△▼
『キキィッ!』
『キーッ、キーッ!』
『キキキキッ、キキキッ!』
アーリンとメグミは、蝙蝠の魔獣――バットハットの群れに囲まれていた。
場所は学園の中、医務室の近くの廊下。
魔法が使えず、戦えないメグミを医務室に避難させようとした結果が、今の現状だ。
「クソッ……気味悪ぃな」
「しかし、大きなコウモリだねぇ……」
バットハットの全長は、羽を広げた状態でおよそ三メートル。学園の廊下は格別に広いが、それでも一〇匹もいれば廊下はバットハットの黒に染め上げられる。
アーリンはメグミを一瞥すると、謝罪の文句を口にした。
「悪い。お前だけでも安全圏に逃がそうと思ったんだが……裏目に出た」
「ううん。センセ、何だかんだで優しいよね」
「うるせぇ。守ってやんねーぞ」
「褒めてるのにー」
メグミは素直に褒め言葉を受け取らないアーリンに唇を尖らせた。
その時、メグミを狙わんと、背後から一匹のバットハットが襲来した――しかし。
「触らせねぇよッ!」
それに瞬時に気づいたアーリンが、包帯を手の平から射出して防いだ。包帯が全身に絡まったバットハットは、羽が動かせないために飛行能力を失くし、墜落して廊下の床を滑り転がった。
キィキィ鳴きながら藻掻くバットハットを一瞥したアーリンは、指を鳴らして魔法を行使する。
「【炎魔法――包帯爆発】」
すると、アーリンの手の平から火花が、まるで導火線のように包帯をジジジと焦がしながら、バットハットに巻き付いた包帯へと移っていく。そして、バットハットの所まで到達した瞬間――爆発。メグミの視界が爆炎のオレンジ一色に染まった。荒れ狂うような熱風がメグミの顔面を襲った。
「どぅわぁあっつぅ!? お肌乾燥しちゃうよセンセ!」
「後で潤い与えてやるから黙ってろマジでッ!」
「ついでにもちもち素肌にしてほしい」
「こんな状況でついでのオプション付けようとすんな馬鹿ッ!」
「馬鹿って何さ、乙女よあたし!」
「うるせぇテメェが乙女なら私だって乙女だクソガキ!」
口喧嘩を挟みながらも、着々とバットハットを魔法で片付けるアーリン。戦闘要員ではない、と彼女は自重するが、それでも並の魔法使い程度には戦えるのだ。そこにアーリンの魔法使いとしての優秀さが垣間見える。
しかし、いくら倒しても立ち上がるバットハットに、アーリンは顔を歪ませた。
「あーもうめんどくせぇなぁ……。私の魔法、回復特化だから倒し切れねぇ。しゃーない、クソガキ、伏せてろ――【鋼鉄魔法――包帯針山】!」
アーリンは真上に包帯を球状に纏めたものを放り投げた。すると、その包帯球の周りに魔法陣が浮かび上がり、そして鋭い無数の針が飛び出た。
『キィッ!?』
その無数の針は、群れるバットハットの身体を無慈悲に刺し貫いた。その死に様はまるで、針山地獄に落とされた罪人のようだ。
アーリンは辺りを見渡す。殺し切れなかったバットハットもいたようだが、生き残りは既にアーリンに勝てないと知り、逃げ去ったようだ。
「ふぅ。よし、医務室行くぞ」
「……えっぐい技使うねぇ」
この光景を見たメグミは、青ざめながら、ある決意をした。
(……これからはあまり、怒らせすぎないようにしよ……)
図らずともアーリンは、メグミに自分の実力や恐怖を、わからせてしまったようである。
そして二人が医務室の扉に手をかけた――その時。
『あれあれぇ、バットマンのコウモリ達が逃げてくから、何があるのかなぁって思って来てみたら……女の子だぁ』
ぞわり――アーリンの背筋に悪寒が走る。冷や汗が開いた毛穴から流れ出し、首筋を伝った。アーリンは扉を開けようとした姿勢のまま、動けなくなる。
(これは……今のは、魔法でも何でもない……ただの声だろうが……!?)
アーリンはそう自分に言い聞かせた……が。その自分の言葉に、自分自身の恐怖心が疑問を突き付ける。それ即ち――ただの声なら……どうして私はこんなに怯えている?――というもの。
と、メグミが、震えるアーリンの背筋と、今しがた目の前に現れた蜘蛛男とを見比べた。
そして、蜘蛛男を睨みつけながら口を開いた。
「おいそこのショッカーの改造人間。お前がけしかけたのか、このドデカコウモリ」
蜘蛛男――蜘蛛の魔人スパイダーショッカーは、笑い声を出しながら頷いた。
『あはは、そうだよ。ま、バットハットは僕じゃないんだけど』
後頭部で手を組みながら、からからと笑うスパイダーショッカー。
更にそのまま、糸を紡ぐように、スパイダーショッカーは言葉を連ねた。
『しかし、驚きだなぁ。僕達魔人の声には、人間の本能に根付く恐怖を揺さぶる特性があるのに……お姉さん、一切ビビんないんだね?』
「はっ。あたしがお前みたいなのにビビる? 有り得ないっしょ」
メグミは鼻を鳴らしながら、スパイダーショッカーを嘲笑う。その嘲笑は確かに、スパイダーショッカーの機嫌を損ねさせた。
しかしスパイダーショッカーは、落ち着き払って、メグミに更に質問を重ねた。
『見た感じ魔力もない……魔法だって使えないじゃない。お姉さん、なんでそんなにイキれるの?』
「お前の見た目だよ。見た目だけなら、仮面ライダーの一話でボコボコにされる奴みてぇだ」
『……どういう意味?』
「弱そうって意味だよ、バーカ!」
舌を出してそう笑うメグミに、遂にスパイダーショッカーの怒りが沸点に達した。今までのおちゃらけた雰囲気は鳴りを潜め、代わりに発せられるのは、膨大な魔力と殺気だ。その雰囲気は、すぐ傍に横たわっていた、まだ死んでいなかったバットハットが、泡を吹いて意識を失うほどで……。
『……僕を舐めるなよクソアマ』
しかし、リンドウメグミは止まらない。魔力のない世界で育ったが故に、魔力感知が鈍い彼女にも、この圧し潰さんとする強い殺気は感じられているはずだ。
しかしメグミは、堂々と背後で固まり続けるアーリンの肩を持ち、不敵に笑った。
そして。
「そっちこそ舐めてんなよセンセを。センセ、こんなちんちくりんな形して、めっちゃ強いからな! ……って訳で、後、よろしく!」
「おいクソガキお前ェ!?」
……丸投げした。
というより、メグミは知らなかった。アーリンはあくまで回復魔法が得意な医師であり……戦闘に関してはからっきしであることを。
アーリンはそれを教えてやるべく、メグミの耳を引っ張り、まぁまぁ大きな声で耳打ちした。
「おい馬鹿! 私じゃアイツに勝てねぇよ!」
「えっ嘘だ。さっきめっちゃでっかいコウモリ串刺しにしてたじゃん」
「あの程度の魔獣ならな! 私でも勝てるわ! でもアイツは無理! アイツ魔人っつーヤツで……さっきのコウモリ共の比較にならねぇんだぞ!?」
「え……」
「後、お前も映像で見てたろ! ミノタウロス・コクーンに私が吹っ飛ばされる所!」
「……言われてみれば!」
「忘れてたのか……」
『遺言は済んだか、クソアマ共』
と、二人がひそひそと口喧嘩する前で、スパイダーショッカーが両の手を突き出しながら、構えた。その手と手の間には魔法陣が浮かび上がっており、今にも二人を殺さんと光り輝いている。
(クソッ、最悪でも、クソガキだけは生かさねーと!)
この時、アーリンの脳裏に、メグミと自分の両方が助かる選択肢は浮かんでいなかった。極度の恐怖と緊張が、アーリンの思考を、する傍から削り落としていくからだ。
そんな削られた思考回路で、彼女はただ、メグミを生かすことのみに神経を集中させようとしていた。
死を覚悟したアーリンは、震える足で廊下を踏みしめ、スパイダーショッカーを睨みつけた――その時。
「【攻撃魔法――アトラス】」
一本の大木のような剛腕が、真横からスパイダーショッカーを殴り飛ばした。
『グゥッ!?』
突然の強烈な殴打、それも自分の身長を遥かに超えるサイズの拳に、スパイダーショッカーは耐えられるはずもなく、壁を突き破って大きく吹き飛んだ。
そして。アーリンとメグミの前に、一人の優しい笑みを浮かべた男が現れた。
「良かった、間に合った。無事だったかい」
「学園長ッ!?」
「そうだよ、学園長のウルティオル・ワイズストーンだよ~」
――それは、世界最強と称される魔法使い。【開闢者】の一人である彼こそが『ウルティオル・ワイズストーン』。
そのイメージシンボルは『神』。魔法の属性に合わせた神を魔力で造り出し、命令、操作して敵を屠る。
ウルティオルは、シフレの天使とは違い、神々の魔力人形を完全に顕現・操作することができる。その事実そのものが、彼の底無しの桁外れた魔力の証明である。
「遠くまで飛ばし過ぎたな。ちょっと追いかけてくるから、アーリンくんはメグミくんを厳重に保護しておいて」
そう言い残すと、ウルティオルは壁に空いた穴から外へと出て行った。
その場に取り残されたアーリンとメグミは、顔を見合わせながら、目の前の桁外れの魔法の規模に、ただ呆然とするのみだった。




