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23話 心中

 まず、彼らの目に飛び込んできたのは、白い砂浜を湿らす海波のように地を這う蜘蛛の大軍。

 そして、空を見上げると、雷雲と見紛うような、真っ黒に空を覆う蝙蝠コウモリの群れ……。


「なんだコイツらは……!」


 彼ら、とは、この学園の教師三人組だ。中年の男教師が二人と若い女教師。リスドラルーク国立魔法学園では、授業が無い教師がローテーションで警備を担当している。魔法学園の教師は皆、世界的にも優れた魔法使いだ。だから、そこらの一般人・一般魔法使いから警備員を募集するよりも、質のいい警備が可能なのだ。

 彼らは警報を聞き、すぐさま結界が破られたという侵入地点にやって来ていた。

 そして彼らは見た……異常なほどの、蜘蛛と蝙蝠の群れを――それだけではない。


『あ、人間がいるよバットマン』

『本当だな、スパショ。万死だな』


 彼らは見た。蜘蛛の波に乗って来る、蜘蛛人間としか形容できない見た目の怪物を。蝙蝠の雲に乗って来る、蝙蝠人間としか形容できない見た目の怪物を。

 蜘蛛人間の方は、蜘蛛が丸々一匹被さったようなビジュアルの頭部、その下にミイラのように自らの蜘蛛の糸で余すことなく縛りつけた真っ白な胴体や手足が生えている。

 蝙蝠人間の方は、蝙蝠が羽を広げたような形の大きなサングラスをかけており、白く妖しく牙が光る。そして、全身を黒いマントですっぽりと包んでいた。


「……『魔人』か」


 黒髪の女教師が、そう言って表情を歪めた。

 魔人。それは、正体不明の、意志を持った魔力の塊。魔人に関してはまだわかっていないことが多いが、ただ一つ言えることがある――それは、()()()()()()()、ということ。

 すると、蜘蛛人間――蜘蛛の魔人が、女教師に『正解!』と笑いかけた。


『僕の名前は『スパイダーショッカー』。長ったるいからスパショって略して呼んでね!』


 蜘蛛の波の上で、手をヒラヒラと振りながら自己紹介をする蜘蛛の魔人(スパイダーショッカー)。すると、蝙蝠の群れの上に乗っていた蝙蝠の魔人も、羽を広げてゆっくりと降りて来た。


『私は『バットマンション』。同じく長い名だ、バットマンと略して呼ぶがいい』

「悪いが覚える気は無い」


 女教師はそう言うと、地面に手の平を付け、地面に魔力を流し込む。


「私のイメージシンボルは『モグラ』。様々な属性を乗せたモグラを創造することで、私が魔法を解除するまで、延々と鋭い爪が地面から貴様らを襲う訳だが……地面からの急襲に貴様らは耐え切れるか?」


 その女教師の一言を皮切りに、後ろに構えていた男教師二人も、それぞれ魔法を使い出す。


「俺のイメージシンボルは『ゴリラ』だ……肉体をゴリラのように変える!」

「そして私は『竜巻』……!」


 それぞれの教師の前に魔法陣が浮かび上がり――しかし。


『ごめん、今日はキミ達に用が無いんだ!』


 スパショはそう言って笑うと、バットマンに目配せをした。そして、二人は揃って、一粒の飴玉を口に運び、嚙み砕いて飲み込んだ。

 それと同時に、二体の魔人の魔力は急増した。それを教師達も肌で感じ、戦慄した。


(何だ、あの飴玉は!? あの飴玉を食べた瞬間、魔人の魔力が明らかに上がった!?)


 そしてバットマンが、蝙蝠の群れを操作した。


『行け、可愛い我が子達』


 蝙蝠の群れは恐るべきスピードで三人の教師を飲み込んだ。そして、そこにスパショが蜘蛛の糸を手先から噴出し、固めた。

 そうしてその場には、蝙蝠の群れが球状になって固まった、黒い大きな球のみが残った。


『【封印合体魔法――蝙蝠糸玉(バットボール)】。かなりの密度で固めたからな……魔法学園の教師と言えども、外部の助けなしでは三時間は出れん』


 バットマンがそう言って不敵に笑う。

 スパショは頭の後ろで手を組んで、たはは、と笑った。


『三人もリスドラルークの教師を相手にしてる時間は無いもんねぇ』


 そう言って笑い合う二体には、既に先程急増した魔力は無くなっていた。先程の教師三人を封じ込める魔法に、急増した魔力を全て注ぎ込んだのだ。

 そして、二体の魔人は手の平を前に突き出し、魔法陣を虚空に描き。


『【召喚魔法――アラクネラ】』

『【召喚魔法――バットハット】』


 ――魔獣を召喚した。それは、アラクネラと呼ばれる二メートルほどの人食いクモと、バットハットと呼ばれる三メートルほどの人喰いコウモリ。それも、何体も、何十体もの多数だ。

 そう、彼らの目的は――魔法学園に魔獣を放つこと。


『若い芽は摘むに限る』

『全ては魔人繁栄のために! “王様”……褒めてくれるかなぁ?』


 バットマンとスパショは、そう言って愉快そうに笑った……。



 △▼△▼△▼



「なんか外がうるさいね、ランファくん!」

「俺らの知ったこっちゃねェだろ、エリオード!」


 ランファくんは僕の目の前で獰猛に笑った。その笑顔は、今まで向けられてた冷笑とか嘲笑とか、そういう僕を無理に拒絶するような作り笑いじゃない。むしろ、僕を真っ向から敵と認めて不敵に笑う……そんな感じの笑顔で。初めて僕は、ランファくんの本当の笑顔を見た……そんな気がした。

 だから僕も……笑って見せる! そしてキミに勝つ!


「【炎魔法――フレイム・マグナム】」


 僕は炎魔法の魔法陣を指先に描き、指先の銃口をランファくんに向けた。魔力が無いなりに、覚えられるだけ、魔法陣は覚えたから……それなりの種類の魔法は使えるはずだ。

 放たれた弾丸は炎を纏いながらランファくんに真っ直ぐ突き進み、彼の右腕を焼いた。


「ぐ、ッ……!」


 ランファくんの顔が痛みに歪む。でも、それだけだ。

 僕はランファくんから距離を取ろうとして、後退した――しかし。


「逃がすかよ!」


 ランファくんはそう言って刀を真上に振った。バレーボールほどのサイズの火球が宙に浮かんで、そして爆ぜ――僕に向けて真っ直ぐと突き進んだ。


「【炎魔法――剣舞――鳳凰咆哮砲ほうおうほうこうほう】!」


 ランファくんの魔法だ。その実態は、刀から火球を放つ遠距離攻撃。あの火球は色々と簡単な設定ができるようで、今回は恐らく追尾性能ホーミングが付けられている。僕が避けてもなお、切り返して再び襲い掛かってくるのがその証拠だ。

 まぁ、そうじゃなくても、あの魔法は何度か授業中にランファくんが使っているのを見たことがあるから、何ができるのかはそれなりに知っているつもりだ。


「オラオラ、逃げ回れやエリオード!」


 ランファくんは更に、火球を避けるので手いっぱいの僕に駆け寄り、刀を振るった。

 僕はそれも寸前で避けるが、避けきれなかったようで……左の頬に火傷と切り傷が混じったような、そんな軽い傷がついてしまった。


「これならどうだ!? もう一発だ! 【炎魔法――剣舞――鳳凰咆哮砲ほうおうほうこうほう】」

「なっ!?」


 だが、ランファくんは更に僕を追いつめる。もう一発、火球を放ったのだ。今回は、機動から考えると、追尾性能ホーミングは設定されていないようだけど……?

 その火球も僕は避けようとするが、先程放たれた追尾性能ホーミング付きの火球が、嫌らしく僕の避ける方向の選択肢を狭めていた。いや、火球だけじゃない。ランファくん本人も、刀を握り締めて僕の下へ向かっている。右に逃げれば火球、左に逃げればランファくん、と言ったような状態に挟まれてしまった。

 なら……後ろに跳んで、距離を取る! そうすれば避ける選択肢も増える!

 僕はそう考えて、後ろに跳んだ――次の瞬間。


「予想通りだよ逃げ腰野郎ォッ!」


 ランファくんが歓喜に満ちた声でそう吠えて、左拳を前に突き出して、パッと開いた。

 そして――


「弾けろ!」


 ――そうランファくんが命じると、僕の眼前に迫る火球が、突然爆発した。

 僕は咄嗟に腕で顔を覆い、致命傷を避ける。しかし、爆風と弾ける火の粉の勢いは強く、僕はその熱風に肌を焼かれ、大きく後ろに吹き飛んでしまった。


「がっ、アッ、アァッ……!?」


 僕の身体は、地面の上をバウンドするかのように跳ねた。そして、そのまま横たわる僕に、更に追撃が入る――追尾性能ホーミング付きの火球が、すぐそこまで迫って来ていた。


「……それならッ!」


 僕は寝転がったまま、真っ直ぐ両腕を火球の迫る方向に突き出した。そして、両の親指と人差し指で三角形を作り、その三角系の中に火球を照準し――


「【水魔法――ウォーター・バズーカ】!」


 ――水魔法を発動。僕の手の平から特大の水の塊が噴射され、火球を飲み込み打ち消した。

 だが、この戦いに一息つく暇は無い。


「これで終わりだッ! 【炎魔法――剣舞――鳳凰翼断ほうおうよくだん】」


 僕が姿勢を整えようと、寝転がった上体を起こすと――ギュゥン! ……と、空気の唸る音を上げながら、まるで流星のような速度で、ランファくんがこちらに向かってすっ飛んできていた。よく見ると炎刀から炎が噴き出しており、その炎の噴出による推進力で、こちらまで飛んできているようだ。


「食らえッ!」

「うわうわうわっ!?」


 炎刀が真っ直ぐと、真っ直ぐと……僕の命を奪わんと……!

 ランファくんのスピードに、未だ体勢を整え切れていない僕は対処が間に合いそうもない……!

 どうする、どうする……!?

 この時、僕の鼓動は、凄くバクついていた。太鼓を胸の中で鳴らされてるんじゃないかってくらい、バクバクしてドキドキした。それは、死への恐怖――()()()()()()()


「グッ……あああああああっ!?」


 次の瞬間には、ランファくんの刀は僕の右腕を斬り飛ばしていた。つまり、僕の右腕の肘から先が無くなった訳だ。僕の右腕に、初めて味わうような強烈な痛みが、血が溢れ出るのと一緒に押し寄せてくる。いや、これは、痛みってより……熱! 初めての想像を絶する、熱とも紛うような痛みに涙が滲み、歯の根が鳴る。

 ……でも。僕はどこか落ち着いていた。もちろん、右肘先からは、無くなったその先を埋めようとするかのように真っ赤な血がダプダプ溢れてるし、痛みのせいで脂汗や涙が流れて、今の僕の顔は多分間抜けなくらいにぐしゃぐしゃだろう。

 けど、それでも心が落ち着いていられたのは――多分。


(コイツ……()()()()()()()()()()……!?)


 ランファくんが僕の目の前で、目を見張って、そう言いたげな表情で驚いていた。

 ……そう、ランファくんの思う通り。僕はわざと、自分の腕を斬らせた。じゃないと、ランファくんの刀は多分、僕の首をすっ飛ばしてただろうから。


(肉を切らせて……なんとかだよ、ランファくん!)


 想定外だったのは、腕を失った時の痛みが思ってた以上に痛かったことだ。事実この通り、痛みで脳味噌が回っていないから、言葉が出てこない。

 ランファくんは目を見張ったまま、僕の前で隙を見せている。そりゃそうだ、大振りの一撃を放った後だから。どんな剣の達人でも、ここに隙はできるだろう。

 隙を見せて焦るようなランファくんの顔に、僕は汗と涙でぐしゃぐしゃになった顔で、笑いかけてやった。多分、ランファくんも気づいてる。僕が右腕を、身を守るために斬らせた――()()()()()()、ってことに。

 僕は右腕を、身を庇うように、胸の前に突き出して斬らせた。だから右腕は――ランファくんの斬り方も相まって、僕の左腕の方に飛んでいる。そして僕は、反射神経を全力で稼働させて、すっ飛んだ右腕を左手で捕まえることに成功していた。

 そのまま僕は、掴んだ自分の右腕を、左手でランファくんの胸に押し付けるように投げつけた。


「一緒に死の、ランファくん」

「テメェ……イカれてんのかッ!?」


 ランファくんの焦燥に満ちた声を聞き流しながら僕は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「【炎魔法――フレイム・ダイナマイト】!」


 この魔法は、身体の一部を爆弾ダイナマイト化させる魔法だ。だから、必然的に。身体の一部を切り離す必要がある――夢世界での戦闘、模擬戦だから使える魔法だ。


爆弾ダイナマイトって……それ銃火器じゃねェだろ」


 ランファくんの引き攣ったようなツッコミが、最後に聞こえた。そして、僕ら二人の視界は真っ白に染まった……。



 △▼△▼△▼



「どぅあぁ!?」


 戦闘終了と共に、僕は夢世界から目覚めた。跳ね上がるように起きて、真っ先に確認したのは、自分の勝ち負けなんかじゃなく……自分の右腕の有無。


「良かった……ある。右腕、ある……」


 寝汗でびっしょりになった制服が、かなり気持ち悪い。けど、頬を撫でる風が、寝汗のおかげか、やけに心地よかった。

 勝負の結果は……引き分け。互いが同時に死んだ。というか、無理やり僕がそこに持ち込んだ。

 ランファくんの方が、ほんの少し前に初めて魔力が使えるようになった僕なんかよりも、よっぽど魔法に慣れている。だから、あのままただ戦い続けるだけじゃ……経験の差で負けていたと思う。

 だから僕は、短期決戦で引き分けに持ち込んだのだ。


「初の模擬戦にしては上々。度胸もある。良かったよ、リオくん」


 と、僕の背の方から、拍手と共に称賛の声が聞こえてきた。その声はそのまま、ランファくんも褒め称える。


「ランファくん。キミもいい動きだった。けど、何よりも、キミはガッツがいいね!」


 その声の主を見た僕は、目を見開いて驚いた。だってその人は、【開闢者ノヴァ・ウィザード】にしてこの学園の


「うんそうだよ僕はこの学園の現学園長『ウルティオル・ワイズストーン』世界最強の魔法使い! ……もう驚きのリアクションとかいらないからさ。二人共、模擬戦でお疲れだろうけど、頼めるかな?」


 ……初めて喋るけど……なんていうか、マイペースだ。若干、メグミさんと話してる時みたいな感覚を覚える。

 ふと、学園長を挟んで向かい側にいるランファくんと目が合った。しかし、チッと舌打ちされてそっぽを向かれてしまった。

 学園長はそんな僕らを気にもせずに、話し始めた。


「学園に『魔人』が侵入したようでね。困ったことに、その魔人は魔獣をたっぷり学園内に放ちやがった。言いたいことはわかるね? 僕はその魔人の対処に当たるから……キミ達学生は、魔獣の対処をよろしく」

「えっ、あっ、はい!」

「もう他の皆は魔獣の方へ行ってもらってる。キミ達も少し休憩したら行ってくれ」


 早口でそう告げると、学園長は突如目の前から消え失せた。

 えっと……まだよくわかってないんだけど……。


「ら、ランファくん……どうしよっか?」

「テメェで考えろ」


 ランファくんは僕の方には目もくれず、髪を苛立ったように搔き乱しながら舌打ちと共にそう吐き捨てた。

 ……うう、なんか……災難な日だなぁ……。

少しでも何か感じるものがありましたら、評価や感想などお待ちしております。

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