20話 READY FIGHT!
今まで魔法が使えなかった僕にとっては、模擬戦自体が初めてのことだ。だから、夢想夢中枕を使って夢の世界に突入するのも初めての経験になる。
独特のふわふわした感じが身体を包む……。意識が自然に溶けていくような感覚に襲われる……。
かと思うと、ふわっと落ちるような感覚の後、柔い着陸の感触が足裏に伝わった。
……これで、夢の世界に突入した訳だ。
「ここが、夢の世界……」
僕の目の前には、闘技場のような光景が広がっていた。というか、そのまんま闘技場だ。石造りの、少し埃で汚れた建物が円状にそびえ立っており、僕の周りを取り囲んでいる。目の前にはランファくんがいて、彼も辺りを見渡していた。
「……随分と仰々しい舞台だな」
ランファくんがそう呟くと、天の方からノーマン先生の声が響いてきた。
『せっかく戦うんだ。こういう舞台の方が、男心がくすぐられるかと思ってな』
「……くッだらねェ理由だな」
と言ってはいるものの、ランファくんのその表情は、少しだけ昂っているように見えた。僕も同じだから、わかる。正直、物語の世界に来たみたいでめちゃくちゃ興奮してる。
と、ノーマン先生がやや厳しい声を出した。
『勝負内容はこちらで決めさせていただく』
すると、メグミさんの質問も聞こえてきた。
『勝負方法って? 普通に戦うんじゃないのー?』
どうやら、現実世界で眠っている僕達の周りにいる人達の声は、こうして天から響く感じで聞こえてくるようだ。
ふとランファくんの方を向くと、何故か渋い顔をしていた。メグミさんの声が聞こえる度に、眉間の皺が深くなるように見える。ランファくん、メグミさんと何かあったのかな……。
ノーマン先生はメグミさんの質問に簡潔に答えた。
『夢の世界での傷は現実には影響されない……とは言えども、それは身体の話。心の傷は残る。普通に戦ったとして、学生の精神には耐え切れない怪我……例えば四肢の欠損、あるいは死ぬほどの大怪我をしてみたまえ。心にトラウマが残る可能性は捨てきれない。だからルールを定め、そのルール内で決着をつけるのだ』
『はー、魔法があっても色々考えなきゃいけないもんなんだね』
『私の魔法も、心の傷までは癒せないからな』
と、アーリン先生の声も割り込んできた。
……いつまで喋ってるんだろう。そろそろ始めたい。
ふと、ランファくんと目が合った。めちゃくちゃ凄い切れ味の睨みをぶつけられ、僕は怯んでしまう。うう……怖いよ……同い年の目じゃないよ。人一人は確実に殺していそうな目をしているよ……。
すると、突然僕の背中に、赤色の風船が一つ生えてきた。ランファくんの背中にも、同じものが付いている。
「……なんだこれ。ダセェな」
ランファくんは嫌そうに背中の風船を指で小突いた。
そんな彼に構わず、ノーマン先生がルールを説明し始める。
『ルールは簡単だ。その風船を割られたら負けだ』
なるほど。触ってみた感じ、本当に普通の風船だ。つまり……決着が着くのは、多分そう長くないだろう。
『それでは中央で、見合って』
僕もランファくんも、先生の指示に従って、闘技場の中央で視線を絡ませた。僕とランファくんとの距離は約三〇メートルって所。なら……。
すぅっと、空気が澄んでいくような、鼻から吸い込む空気が冷たくなるような、不思議な緊張感に包まれる。僕はその緊張に笑みを浮かべつつ、ランファくんの背の風船を真っ直ぐ見つめ続けた。
△▼△▼△▼
奴の魔法のイメージシンボルは銃火器、それはわかってる。さっき先生に見せていたのをずっと観察していたから、アイツの魔法がどんなものかもわかる。
俺はミドゥーファ家に生まれた四男、ランファ・ミドゥーファ様だ。これ以上、アイツに敗北感を味わされる訳にはいかねェ……!
真っ直ぐ奴の背の風船を見つめながら、俺は魔力を手先に集める。俺のイメージシンボルは刀。そして、刀を創造する時、俺は手先に魔力を集めて、それを固めて創り出す。だから、前もっての準備は必須だ。まぁ、準備と言っても、戦う前のウォーミングアップ程度のもんだと思ってくれていい。
(アイツの魔法の速度は見切った。俺なら対処できる)
手をピストルの形にして、人差し指の先から弾丸型の魔力塊を撃つ。それがアイツの魔法だ。観察したことで、大体の弾丸のスピードは見切った。即座に刀を創り出し、撃ってきたらそれを斬り払う。そうして距離を詰めていき、風船をぶった斬る――アイツごと。
(それでアイツに戦いのトラウマを刻めりゃ、万々歳。勝手にこれから先、勝負の舞台を降りてくれるだろ。刻めなくても構わねェ……、どっちにしろ、この勝負は俺の勝ちだ!)
俺が勝算を立てていると、先生の号令がかかった。
『それでは中央で、見合って』
それを合図に、シンと張り詰めたような空気に、辺りは静寂した。
俺は何度も頭の中でイメージを繰り返した。真っ直ぐ走り、刀を創り、斬り払う。ただそれだけの動作を、しかしこの数秒間の間に何回も、何十通りも繰り返した。
そして、ノーマンが『始め!』と戦闘開始の号令を上げた、その時――パァン。俺の背後で、小気味よい間抜けな破裂音が鳴った。
「……あ?」
それが俺の風船が割れた音だと気づくのに、一秒。
「……ッ!?」
それが俺の負けを伝えるものだと気づくのに、一秒。
「……あれ、これでいいんだよね……?」
そして、目の前で呆けた面をしながら、自分の勝利が信じられないと言った様子でポカンと笑うアイツを見て、脳味噌の奥でぐちゃぐちゃになった感情が破裂するのに、一秒。
「――ふざけんなッ!」
激情に身を委ねて、アイツに斬りかかるのに……一瞬。
俺は魔力で創造した刀を閃かし、アイツに向けて渾身の力を込めて振り切った。
「わっ、何するの!?」
だが、アイツはギリギリの所で素っ頓狂に身を翻し、斬撃を躱す。
それが余計に――俺を苛立たせる!
「逃げてんじゃねェよ!」
「どうしてッ!?」
俺はコイツの投げかけた問いを無視して、代わりに質問を返してやった。
「テメェの弾丸の速度、俺は見切ってた……なのに、なんだアレは!?」
そう。俺のイメージトレーニングは間違っていない。そんなはずはない。目に穴が空くほど、コイツの魔法を観察してた。だから、見誤るはずがねェ。
エリオードは俺の振った刃を紙一重で避け、そして己の右手を見せた。それは、親指と人差し指を立てた拳銃の形――否。
「……中指も、立ててる?」
俺は気づきのままに、疑問を口に出した。
エリオードは焦ったような表情のまま、早口で説明を始める。
「僕のイメージシンボルは……『銃火器』だから。人差し指だけなら弾丸が……一緒に中指も添えればマグナムが」
――銃火器。その種類は多々に渡る。ライフルやらガトリングやら……マグナムやら。
ピストルよりも高威力・高速度な弾丸の存在――どうしてそれを俺は考えてなかった……!?
「ッ……アアアッ!」
俺は気がつくと、嵐のように荒れ狂う激情に身を任せ、アイツに斬りかかっていた。
……もういい。もういい。コイツに俺は負けた……それは認めてやるよ。ただし、風船割りゲームでは……だ。純粋な、魔法絡めた殺し合いなら……俺の方が絶対的に上なんだよ!
俺のその暴走に、エリオードは必死の形相で転がるようにして避ける。俺とエリオードの間に、ある程度の距離ができる。俺はエリオードに刃の切っ先を向けて、敵意をぶち撒けながら吠えた。
「歯ァ食いしばれ――エリオードォッ!」
「いいよ、戦おう――ランファくんッ!」
するとエリオードは、そう返して、嬉しそうに、しかし迎え撃つ覚悟を見せる表情で笑った。
何でそんな顔してんだ……ウゼェ、ウゼェウゼェウゼェッ!
……俺とエリオードの殺し合いは、唐突に幕を切ったのだった。




