18話 夢想夢中枕《イン・ザ・ドリーム》
魔法実技の時間。今日は五時間目と六時間目にある。
僕は第二グラウンドに移動しながら、シフレとネミコさん、二人と一緒に話していた。……やけにシフレが「今日はどれだけ女の子に話しかけられた!?」って聞いてきたのが、少しだけ気になった。ネミコさんはそんなシフレを見て、ニヤニヤと笑っていた。
突然、ネミコさんが僕に提案をしてきた。
「そーだ。リオちん、今日の放課後、暇?」
「なんでですか?」
「やー。シフレちんと一緒に、喫茶スペース行くんだけどさ。リオちんもついでにどうかなって」
「ああ……シフレがいいなら」
ネミコさんのその提案に、僕は素直に頷いた。
するとネミコさんは、シフレにウインクを飛ばして微笑みを浮かべた。
シフレが半眼でネミコさんを睨みながら「余計な真似を……」と言ったけど、僕にはよくわからなかったので、そのまま前を向いて歩き続けた。
第二グラウンドに着くと、もう、粗方の皆が集まっていた。
まだ遅刻ではないけど……。やっぱり皆が集まっている中、僕達だけのんびりと移動しているのは気後れする。僕達三人は、急いで皆の並ぶ列の中にそそくさと加わった。
そこから話は少し飛んで、五時間目の終盤。
基本的に魔法実技の時間は、各々勝手に自分の魔法の研鑽に努める。そして、引っかかった部分を指導の先生(僕達の場合はノーマン先生だ)に手ほどきしてもらう。
ちなみに何故、他の科目のように、クラスの皆で纏まって同じことを教えないのか、というと。人によって、イメージシンボルが違うからだ。イメージシンボルが違うということは、魔力の使い方や魔法の性質も、人それぞれということになる。そんな多種多様な魔法のある中で、全員一律に教科書通りの授業をやったって、意味が無い。例えば、魔力で創る刃の研ぎ澄ませ方、なんてことを習うとして……それは、イメージシンボルが『刀』であるランファくんには大いに役立つだろうけど、僕の場合はイメージシンボルが『銃火器』だから、刃の研ぎ澄ませ方なんて習った所で、全く自分のプラスにはならない。……とまぁ、こんな所だ。
僕は早速、ノーマン先生に自分の魔法を見せていた。昨日はただ単に魔力を放出して見せただけだったから……ちゃんと、自分で定めたイメージシンボルに魔力を乗せて、ちゃんと魔法を見せた。
「なるほど。自分の手先を銃に見立てて、銃弾型の魔力塊を発射する……。刀を創造するミドゥーファとは違い、あくまでも弾の形をした、銃弾の特性を持つ魔力の塊を撃ち出す。創造するより質は落ちるが、魔力の燃費は良い。いい魔法だ、エリオード」
ノーマン先生は顎髭を擦りながらそう言って僕を褒めてくれた。
先生の言う通り、僕の魔法は銃弾の創造ではなく、銃弾の形をした魔力塊の射出だ。何が違うかって言うと……魔力の消費量が違う。創造する方が魔力消費量は多いけど、頑丈だし、消滅もしにくい。魔力塊の場合は、魔力消費量は少ないけど、脆かったり、魔力が枯渇すると消滅しちゃったりする。僕はただ弾丸飛ばすだけだから魔力塊で問題無いけど、ランファくんは刀で斬り合う訳だから、創造した方が頑丈になる。
とまぁ、魔法のスタイルも人によって変わる訳だ。
結構、魔法と言うのは、イメージシンボルや魔力の使い方でガラリと変わる。例えば、シフレなんかは変身しちゃうし――
「リオ! よかったね、魔法!」
と、シフレが僕の背中をバシッと叩いて、笑いかけてきた。僕も笑い返しながら、頷いた。
そうして僕は、魔法実技の時間を無意味に過ごすことが無くなった。
△▼△▼△▼
それは突然のことだった。
僕が少し座って休んでいると、僕の所にノーマン先生が歩み寄ってきて、言った。
「エリオード。模擬戦をやる気は無いか」
「模擬戦……?」
オウム返しのように僕が呟くと、ノーマン先生は皺の深い顔を更にくしゃっとさせて笑った。
「ああ。今までキミは一度もやったことがないだろう。経験も大事だからね」
それは……確かにそうだ。
だけど、少し問題もある。
「やりたいのは山々なんですけど……僕、定期的にメグミさん……って人にマッサージしてもらわないと、魔力が使えないんです」
「ああ、知っている。ヴィヴィリストン先生から聞いている。だから、ほら」
ノーマン先生がそう言って指さした先には、メグミさんとアーリン先生がいた。メグミさんは元気よく手を振っており、アーリン先生はそんな彼女の横で微笑んでいた。
「どうだね。これで、魔力問題は解決すると思うが」
僕が魔法を使うための条件は確かに揃ってる……なら、やらない理由は見つからなかった。
僕は、先生の言葉に黙って頷いた。
「じゃあ……よろしくお願いします!」
△▼△▼△▼
リオが一度、メグミにマッサージしてもらった後。
第二グラウンド中央で、ノーマンとリオが並んで立っていた。そして、他の生徒やメグミ達はそれを遠巻きから眺めている。
模擬戦には、怪我をしない、そしてさせないための設備・環境が必要だ。そんなものをどうやって準備するか……具体的には、こういうものを使う。
「……って、何あれ、枕?」
メグミは、第二グラウンドに運び込まれたものを指さして、口端を引き攣らせた。
そんな彼女の横に座るアーリンが、腕を組みながら説明を始めた。
「ああ。魔法を使ってのガチボコの戦闘なんざ、危なっかしくて、学生にゃやらせらんねーからな」
「だからって、何で枕? 枕投げ対決でもするの?」
メグミのその頓珍漢な発言に、アーリンは首を横に振った。
「違う。あれは魔法道具『夢想夢中枕』。要するに、夢を見させる魔法道具だ。あの枕で寝れば、どんな不眠症でも五秒で寝れる。そして精神を、魔力で作った夢の中の世界へと飛ばすんだ」
「夢の中の世界……」
「ああ。つまり、あの枕で眠った奴同士が、夢の中……仮想世界で戦うってことだ。夢の中なら、どんな怪我しようと、身体はイカれねーだろ」
「あー、なるほどね」
メグミは納得したように手をポンと叩いた。
しかしなお、アーリンは補足するように説明を続ける。
「もちろん、夢の中だから魔法も魔力も自由自在……って訳じゃねぇ。あの枕、色々見せれる夢を設定できてな。模擬戦で使う枕が見せる夢の中では、使用者はちゃんと、現実の本人自身のスペックに準拠した身体能力、魔力量の範囲でしか動けない」
「じゃあ……現実で戦ってるのと、ほぼ同じ感覚で戦えるってこと?」
「そ。そんでもって、どんだけ怪我しても身体は一切無事。戦った後も、医者要らずって訳だ」
便利だよなぁ、とアーリンは笑った。そして、ポケットから飴玉を取り出し、口の中に放り込んだ。
「じゃ、リオくんの相手は誰なのかなぁ〜?」
メグミが学生一人一人の顔を見渡しながら、そう言った。
ちなみに、メグミがどんな人物で何のためにここにいるのかは、一部の人間しか知らない。具体的には、ノーマンやアーリンといった教師陣と、リオ自身が打ち明けたシフレのみ。リオ自身、別に隠しているつもりは無いが、話す必要も無いため、結果的に秘密のような形になっているのだ。
つまり、周りの学生からすれば、メグミの存在は『なんかいる謎の女』『アーリン先生の友達だろうか』『誰だアイツ』という奇怪なものである。
そんなことも露知らず、メグミは無遠慮に一人一人の顔を遠巻きに覗き込み、誰だ誰だとリオの対戦相手を探していた。
「俺がやる」
と、一人の男子学生がリオの対戦相手に立候補した。周りの学生は皆、信じられないという風にざわめいた。
リオは、その立候補した人物の名を、唇の隙間から洩らした。
「……ランファくん」
「異議でもあンのか?」
「……無いよ」
睨みつけてくる彼の視線から目を背けながら、リオは複雑な面持ちで頷いた。
リオにとって、ランファと相対するということは、恐れに近い感情が胸の奥からふつふつと湧き上がってくるようなことだった。それも当然……ランファはリオをいじめていた主犯格だ。
だが、リオは恐れと共にいつも、抱く感情――疑念があった。リオは魔力障害が発覚してから、絶えず周囲から好奇、同情、あるいは見下すような視線で見られてきた。しかし、ランファにはそれがない。ただただ真っ直ぐ、リオという存在を認め、見つめてくるような視線が、いつも不思議だった。
「やろう、ランファくん」
「……あァ。やるぞ」
二人は互いに、複雑な心境を絡めた視線を絡めた。
そのまま二人は無言で、しかしただならぬ空気を纏いながら、枕と布団が用意された第二グラウンド中央へと歩を進めた。そして、布団の中に潜り込み、枕に頭を預ける……。
「……あんだけカッコよく啖呵切って、まずやることが布団で昼寝って……なんかカッコつかないね」
「言うな。多分本人達もそう思ってるだろうから」
そして……リオとランファの会話が聞こえていたメグミ本人による、率直な感想とアーリンによるフォローは、静まり返った第二グラウンドに、思いの外、冷たく痛烈に響いたのだった。




