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第二編『間違い探し』/第二章「東京紅葉」

六月。

歌井さんに「来てくれよ」と言われ、少し迷いながらも、バイト先で唯一と言っていいくらいのよく喋ってくれる先輩からの誘いに断る感じにもなれず、購入したチケットを手に、歌井さんのバンドが出演するライブに行くことになった。

地下へ続く暗い階段を下り、少し重い扉を開ける。中には既にそれなりの数の人がおり、慣れぬ空間に少し萎縮する。ライブハウスには何度か来たことがあるが、やはりこういう場所は苦手らしい。

そうして後ろの方で前の群衆に怯えていると、じきにライブが始まった。怯えながらも舐められてはいかぬと少し胸を張る。緊張しながらも、久々に生で聴く音楽はやはり良いもので、あっという間に数組の演奏が終わり、いよいよトリを務める歌井さんのバンドが登場する。

手を上げて登場した歌井さんが客を煽り、ドラムが鳴って演奏が始まる。力強い声で歌い叫ぶ歌井さんの姿はすごくカッコよくて、非常にパンクロックだった。

ただ個人的に、真面目な顔をした状態の男の口から下ネタ以外の性的な言葉が発されるのが生理的に受け付けないため、二曲目の歌詞で「SEX」という単語が出てきた時だけ少しだけ気持ち悪く思ってしまったが、それを除けば本当にカッコよくて最高だった。

そうしてライブ後に「カッコよかったです」と伝えると歌井さんは「おう!また来いよ!あと今度飲み行こうぜ!」と笑顔で手を振ってきて、それに俺は「じゃあ明日またバイトで」とだけ返し、帰路に着いた。


翌日、バイトの勤務開始時刻になっても現れない歌井さんに対し、まあ昨日良いライブを見させてもらったしと特に腹を立てることもなく、むしろ歌井さんの分もやっておこうと一人で品出しの業務をこなしていると、誰もいないレジに向かう老人の姿が目に入り、急いでレジに入る。少しだけ遅れてレジに到着した俺にその老人が「遅いんだよ!なにやってんだ!」と怒鳴ってきて謝ったが、その後も「客だぞこの野郎」なぞとずっと小さくぐちぐちとほざいてくるものだから、俺はその老いぼれに対し「うるせえんだジジイ!てめえ中心に世界が回ってるわけじゃねえんだよ!レジだけがコンビニ店員の業務だと思ってんのかバカハゲ!帰れこの老いぼれが!」と怒鳴りたくなったが勿論その勇気はなく、ただ心中で虚しく叫んだ。結局二十分程遅れて歌井さんは現れて軽く謝ってきたが、先程の老いぼれによるストレスは拭い去れず、バイト終わり、三人で飲もうとまた二人の醜き同士に連絡をしたのだが、舞台や学校があって二人とも無理らしく、雨が降りそうな空模様だしそのまま帰ろうかとも考えたが、どうしてもこの煩わしいストレスを自室に持ち帰りたくなく、仕方なく一人で街を歩くことにした。


薄暗い夕方の中で、この時間から一人で飲むのもなあと思い、行きつけの古本屋で時間を潰すことにした。

狭い店内に入り、いつも通り小説の棚を隅から隅まで見ていく。すると見覚えのあるタイトルを見つけ、なんだったかなと本を手に取り、表紙を見て思い出した。それは白戸さんが好きだと言っていた本であった。思えば彼女がこの本を好きだと言っていたのはまさにこの古本屋に二人で来た時のことで、俺がおすすめの本を訊いたときに教えてくれたのだ。結局その時この古本屋にその本はなくて彼女に貸してもらって読んだのだが、俺も好きな感じの青春小説で面白かった記憶がある。そうしてふいに懐かしく感じて、記憶を巡る。



彼女は店の前まで来て「レトロな感じで良いですね」なんて言って微笑んだ。

そうして店内に入り、とりあえず別々に本を見て回る。少し経って彼女が本棚の一番上の段にある本を取ろうと背伸びをしているのを見つけ、俺が取って渡した。すると彼女は「ありがとうございます」と言って、抱きしめたくなるような可愛らしい顔で笑った。



なにかまた少し切ない気分になってしまった。切なくなる必要などないのだ。そのうち彼女はまた俺のもとに戻ってくるのだから。それでも、買ってもう一度読みたいなあと思いつつもその本は棚に戻した。そうして何冊かの安い小説を買って店を出た。

その後、その足でもう一つの行きつけであるリサイクルショップへ出向いた。店内はいつも通り薄暗く、とりあえずな感じで流行りの曲ばかり流しており、人はまばらにいる程度であった。小説と漫画を数冊ずつ手に取り、CDの棚へと向かう。そうしていつも通り端から順に漁っていく。好きなバンドのCDを見つけ手に取る。すると横から声が聞こえる。



「そのバンド私も好きです」



隣を向けどそこは虚空しかなく。俺は首を振る。思えばここにも前に二人で来たことがあった。そうしてここも駄目だと、小説と漫画とCDをいくつか買って早めに店を出た。

それから少しだけ一人で飲んでいこうと居酒屋に入った。彼女と別れてから飲んでばかりである。そうして店の端っこで、特別旨いというわけでもない飯を食いながらチビチビと酒を飲む。店内に置かれている小さなテレビでは大して面白くもない番組が流れており、睨むように見た。

少しだけ飲んで面倒臭いことを忘れて帰るつもりだったが、酒を飲めば飲むほどなんだかどんどん寂しさは増していき、酔ってその寂しさを消してやろうとさらに飲み、また寂しさが増してまたそれを消そうとしてさらに飲み、それを繰り返していたら結構な時間が経ってしまっていた。結局飲んだ分だけ寂しさが腹に溜まり、無駄に金を失った。そうして店を出て若干の千鳥足で帰路に着く。外の暗さも相まってもどかしい寂しさに苛まれ「ああぁ」なんて声を漏らす。その後なんとかボロアパートに辿り着き、そのまま布団に横たわる。窓の外でポツポツと雨の音が聞こえ始める。その音に耳を澄ませながら暗い天井を見つめ「雨に濡れたりしていないか」と白戸さんのことを想った。




七月。

梅雨がようやく明けようとしている頃、芝がまたテレビドラマに出るということで、芝の家で鑑賞会をすることになった。といってもやりたくてやるのではなく、前にはじめて芝がテレビドラマに出るとなった時に「絶対見ろよ」と念を押されたものの、俺も金沢も面倒で見ておらず、それを知って憤怒した芝によって、今度こそは絶対に見せるという自己中心的な名目のもと半ば強制的に召集され、こうして開かれたというわけである。本当ならそれでも来るつもりはなかったが、芝の「女優と合コンさせてやる」という誘いに金沢がやすやすと乗ってしまい、当然それでも俺は白戸さんを待つ身であるからして断ったのだが、次は金沢がどうしても合コンをしたいばかりに「もし来なけりゃ今後飯奢らねえからな」ととんでもない脅しをしてくるもんだから俺も鑑賞会に参加せざるを得なくなったのである。


芝の住居はそう大きくはないが綺麗めのマンションであり、家賃を聞くと俺のボロアパートより少し高いだけで、なにを良い物件を見つけとんのじゃと腹が立ったので芝の部屋のドアを一発蹴ってやった。室内は俺の部屋とそう変わらない広さであったが綺麗に整頓されており、それにまた少し腹が立って壁を一発蹴ってやると今度はバレてしまい「おい蹴るな!」と怒鳴られた。だから隠れてもう一発軽く蹴ってやった。


そうしてドラマが始まる時間となり、芝が用意した安いお菓子をつつきながら鑑賞会が始まる。元々真面目に見るつもりはなかったが、ドラマ自体が普通に面白いもんだから結局俺も金沢も見入ってしまった。その後、芝のうざったらしい自慢をBGMにドラマを見ていたが、どれだけ見れど芝は登場せず、結局最後まで登場しないまま一時間の放送が終わった。

芝は不本意そうな様子で、しきりに首を傾げている。気まずい沈黙の中で考えを巡らせ「カットされてんじゃん!」なぞといじろうかとも思ったが、こういうときに茶化すとこいつは色々面倒臭いので、結局その沈黙を打破できぬまま、気まずい時間が続く。すると少しして芝が口を開き「そういや前にはじめてドラマ出た時の録画あるんだけど見る?」と言ってきて、俺も金沢も断れずに見ることになってしまった。

そうして録画を見ながら二人で「へーすごいじゃん」なぞと投げやりに煽てたりしたのち、頃合いを見て帰った。何故半ば強制的に召集された身であるこちらが気を使わねばならんのかと非常に憤りを感じはしたが、録画のドラマに出ていたあいつの姿などを見るに、なんだかんだあいつも頑張っているらしかったし、俺もそろそろ頑張らないとなと、良い方向に感情が動き、家に帰ったら小説の設定を考えようと心に決めたものの、結局家に着くと気力は失せてしまい「今日はまだいいや」なんて呟き寝た。


そうして梅雨が明け、夏本番になった。




八月。

蝉の声が脳味噌に渦を巻くように木霊して気が狂いそうになっていると、ふと浴衣美女が見たくなり、花火大会に行くことにした。

そうしていつも通り、二人にメールを送る。金沢はすぐに「無論、参る」と気持ちの悪い返信を寄越したが芝からは「ちょっとその日用事あって無理だわ」という断りの返信がきた。それに対しバイトでも入っているのかと問うと否定してきたので「女じゃねえだろうな?女だったら俺らも誘えよ?結局先月言ってた女優との合コンとかいうのもやってねえし。まあ俺は興味ねえけど。あいつが怒るだろうから」と送ると返信が止まった。少しして「おい」と送ると今度はすぐに「んなわけねえじゃん」という返信がきてメールが終わった。怪しさを感じながらも結局金沢と二人で行くことになった。


夕暮れ時、会場近くの道は人で溢れていた。そうして邪魔にならない道端で佇んでいると、身体から湧き出る多量の汗をタオルで拭い続けるなんだか気持ちの悪い肉の塊が人混みの中を歩いてきた。金沢は俺の前に来るなり「ひいい、あちいい」なぞと喚き項垂れた。俺でもこれほど暑く感じるのだから、この気持ち悪い肉塊にとってはたまったものではないのであろう。花火開始までは一時間。しかし俺たちにとっては花火より浴衣美女である。俺たちのメインディッシュは既にそこらじゅうに歩いているはずであるからして、俺たちは会場へと歩を進め始めた。


辺りには無数の屋台が出ており、そこらじゅうから良い匂いが漂っている。そうして横を歩く金沢の腹が大きく鳴る。こちらも腹が減っていたので「まずなんか食うか」と提案すると、金沢は満面の笑みになって頷いた。その金沢の顔を見て、こんなにも間抜けな笑顔がこの世にあるのか!と俺は驚いた。

二人で分かれてそれぞれ屋台に並び、購入品を持ち寄って、人の少なめな道端を見つけ、汗を地面に落としながらも、成人男性が二人して地べたに座った。たこ焼きやイカ焼き、フライドポテトや焼きそばにジュースなど、それぞれを地面に並べ、金沢はわかりやすくよだれをすすっている。とても気持ちが悪いがしかし俺もよだれをすすっている。そうしてしっかり手を合わせ、口内にそれらを詰め込む。今だけは浴衣美女より旨い飯である。そうして二割程を俺が食べ、八割程を金沢が食べた。その頃にはもう日は暮れ、花火開始時刻まであと少しだった。そろそろ行くかと、一番人で混雑するであろう場所の前まで歩いていき、二人で辺りを見渡す。想像していたよりも浴衣姿の人は少なく肩を落としかけたが、それでもやはりちらほらとおり目で追った。それに浴衣美女だけでなく、やはりこのクソあちい時期であるからえらく露出度の高い服を着たおなごもちらほらと見え、それがまた素晴らしいばかりであった。まだ花火も始まっていないのに目を輝かせる不審な男二人の姿がそこにはあった。

そろそろ花火が始まるぞという頃、金沢が遠くを指差し「あっちに浴衣美女集団がいるぞお!」と人目も気にせず叫び、人混みの中にその油ぎった肉体をねじり込んで歩きだした。まわりの人があからさまに嫌な顔をするのを気にする様子もなくどんどん前に進んで行くその肉体の後を追って俺も少しずつ歩いていく。そしていよいよその浴衣美女集団がしっかりと見えてきたぞという、その時であった。



俺の視界の隅を、白い肌をしたミディアムヘアの女性が通った。そうしてすれ違い、俺は振り返ってその姿を探す。そうして思わずそちらに歩を進めだすも人混みに揉まれて上手く進めない。それでもなんとか歩きながら途切れぬ人混みの中でその姿を探す。するとどこからか微かに俺の名前を呼ぶ彼女の声が聞こえる。その声のもとを必死に探す。しかしその声も辺りの喧騒に消されていき、じきに完全に消える。項垂れかけたその時、後ろから袖を引っ張られた。そうして振り向くとそこには彼女、白戸さんの姿があり、彼女は泣きそうな、嬉しそうな、ホッとしたような、そんな可愛らしい顔で微笑んで「探しました」と言った。そして直後、彼女の後ろで一発目の花火が大きく咲いた。辺りから歓声が沸き上がり、遅れて彼女も花火の方へと目をやる。普段物静かな彼女も思わず「わあぁ、綺麗」と可愛らしい声で言っていた。花火に照らされた彼女の横顔がまた、愛おしかった。



一人で花火を見上げつつ、また過去の彼女のことを見ていた。無性に切なくなって、気でも違ったか、己に往復ビンタを喰らわし、頬に赤い花火を咲かせてやろうと思ったが、結局変に冷静になってやめた。そうして綺麗な花火に眉を顰めていると携帯が鳴った。こちらが相手に内緒で勝手につけた『金』という登録名が画面に表示されている。面倒臭く思いながらも出ると電話の向こうからも同じような喧騒が聞こえる。「おい!浴衣美女集団行っちゃったぞ!もったいねえ!めっちゃ可愛くてエロかったのにい!」という気持ち悪い声が聞こえて返答する気が失せて黙っていると「そいで今どこですにょぉ?」というさすがに気持ち悪すぎる声が聞こえ、クソ暑い中で鳥肌を立たせながらも「人混み」と雑に返答すると「それはだいたいわかってますわい!ねえど、あっ!」と言って急に電話が切れた。少しして横から「ひいい、ちかれたあぁ」という間抜けな声が聞こえた。そこには膝に手をついてしんどそうにぜいぜい言っている見慣れた肉塊がおり、その様にいつも通り気持ち悪く思いながらも、俺は少しだけ安堵を覚えていた。


そうして俺たちは未だ咲き続ける花火を背に歩きだした。「もうちょっと女の子見たかったなあ」なぞと言いながらも金沢はもう体力の限界らしく、人間というよりはもう別の生物なのではないかと疑いたくなるような形をしている。このままでは見物客を恐怖の奈落へ陥れてしまいかねないと思い、とりあえず人混みから出て休憩できるところに行こうと二人で歩いていたのだが、突然後ろから「んぁ?」という金沢の声が聞こえた。なにかと俺が振り向くと金沢は少し先を指差し「あれって...」と呟く。俺がその指の先を見やるとそこには男女の集団が花火を見上げており、おなごたちはみんな浴衣を着ている。俺が「もういいって浴衣美女は」と言うと金沢は「いやそうじゃなくてさ」と呟く。もう一度よく目を凝らしてその集団を見やると、その中に見覚えのある男の姿があった。俺は舌打ちをしたのち、携帯を取り出して電話をかける。見覚えのある男はポケットから携帯を取り出し、俺からの電話をすぐにブツ切りし、再びポケットに戻した。続けざまにもう一度電話をかけたが、男はそれも同様に処理した。そうして何度も繰り返し電話をかけていると男はようやく鬱陶しそうに電話に出た。

「なんだよ」という憎たらしい声が聞こえる。俺が黙っているとまた「おい!なに?」と憎たらしい声が聞こえる。そして直後、ついに男と目があった。芝は俺と金沢の姿を見て驚いたのち、あろうことか目を逸らし、別人のふりをした。そうして無視して歩きだそうとする芝に向かい「覚えとけよ裏切り者」とだけ告げ、俺は電話を切った。金沢は怒りに震え、泣きそうな顔をしていた。この罪は重い。


その後、金沢と二人でかき氷を食べながら芝への制裁について会議をしたのち、その日は解散した。

帰り道、急に雨が降り出した。傘を持ってきておらず、急いでシャッターの降りた店先で雨宿りをする。止む気配がなくどうしたものかと溜め息を吐きながら、暇を潰すべく携帯をいじる。そうしていつものように白戸さんのSNSを覗き見ると珍しく更新があり、綺麗な花火の写真が上がっていた。やはりあの時見たのは本当に彼女だったのかもしれない。しかし彼女は誰とあの花火を見ていたのであろうか。そう考えだすと気になって気になって仕方がなくなり、彼女の横に立つ知らぬ男の姿を想像しては、なにか不安が押し寄せた。だから「大丈夫」と己に言い聞かせたのち、今度こそ本当に気でも違ったか、己に往復ビンタを喰らわした。そして目を見開き顔上げると目の前に電話ボックスがあり、ガラスに反射した俺の頬には花火でなく、秋でもないのに赤い紅葉があった。はて、俺はなにをしているのか。蒸し暑い夏夜の雨は虚しさを煽り、孤独を膨張させる。こんな時、彼女が隣にいてくれたらなあなんて思い、また寂しくなった。結局雨はしばらく止まなかった。

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