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第二編『間違い探し』/第一章「笑ってサヨナラ」

固定観念に囚われた僕は暖かなその季節に物語の始まりを感じ、穏やかさをのばす川沿いの道で決意と不安を胸に隠しながら彼女の表情に行く末を探す。するとそんな我が様に街が呆れて溜め息を漏らしたのか、柔らかな風が目下に広がる幕を飛ばす。川面に浮かぶ無数の花弁は上流に咲く桜の数を物語り、僕らは少し早歩きになった。



三月。

思い出していたのは、連れ立って歩いた春の神田川。

六畳間にはただひたすらに静かな空気が漂っていた。

俺は記念すべき二十二歳の誕生日を迎えたが、だからといって急に物事や感情が好転するわけもなく、また今日も自室の畳の上で独り、窓際にある文机に背を預け座り、なにもせずひたすらに虚空を見つめているばかりである。一週間前に恋人にフラれ、時を同じくして以前から嫌気が差していたバイト先を辞め、次のバイトを探す気力も出ず、そのままここ一週間ずっとこうだ。

先程まで我が恥ずかしがり屋の息子『チン三郎』を慰めていたところであったが、それを終えるとまたやることがなくなってしまい、そして今である。ちなみに我が息子はチン三郎という名前だが、別にチン一郎やチン二郎がいるわけではない。まあはなから息子は一人と決まっているのだから当たり前なのだが。

そうしてボーっとしながら、また一週間前の事を思う。



「最後の年だから」と言って、少しだけ明るくなった髪をゆるやかな春風に靡かせる君がいた。俺はその様に見惚れながらも、何故だか少しだけ嫌に思っていた。それはおそらく、最近になってなんとなくその時が来てしまうのではないかという不安を感じていたからだと思う。そうしてその不安は的中し、この部屋で一つ年下の彼女から「別れましょう」という寂しい言葉が発せられた。迷いはしたがどうすることもできず、サヨナラする時は笑ってサヨナラするのが素晴らしいものであろうとの考えのもと、ちゃんと笑ってサヨナラをした。彼女もその少し控えめだが可愛らしい顔で笑った。



しかし俺は今でも彼女とそのうちまた結局復縁できるのだろうと思っている。なくなってから気づく大事さというのがあることくらい俺は知っているのだ。だからきっとそのうち彼女も俺の大事さに気付いてくれることであろう。だから今は待ちなのだ。しかしそれでもやはり寂しいのに変わりはなく、なんの気力も出ないままこうして一週間が過ぎてしまった。あまりに寂しく、こんな寂しさを味わうくらいならそもそも彼女と出会わなければよかったとすら思ってしまう。いやそもそも彼女と出会うその前に、もういっそ高校時代に死んでおけばよかった。もしあの頃可愛いおなごが俺に心中でも提案してくれていれば俺はホイホイとついて行き共に死んでおけたであろう。しかし今以上に女子とまともに会話できていなかった俺にそんな提案をしてくれるようなおなごがいるはずもなく、のこのこと生きてこんなザマである。いやはやしかしそもそもそんなに仲良くもない男に対して心中を提案してくるような女は良い女とは思えないし、なにしろきっと彼女、白戸(しらと)さんはそのうち我がもとに帰ってくるであろうから、結局今は耐えるしかなく、そんな妄想は無用であった。あくまで復縁を見据えた一時の寂しさである。これを乗り越えた先で俺と彼女の道は重なっているのだ。しかしこのような事態になったのには俺にも原因があるように思える。はて俺はどこでなにを間違えてしまったのか。今度こそ彼女との関係を末永く良好なものにするべく、復縁までに俺は己の間違いを探し当てねばならない。


携帯を確認する。俺の誕生日を祝う彼女からの連絡はなく、俺はまた彼女のSNSアカウントを覗き見る。別れる少し前から更新はなく、なにか可愛い猫の動画にいいねはしているようだが他は前となにも変わっていないようだ。元々彼女はSNSなどを頻繁にやる人間ではないので更新があることに期待をしているわけではないのだが、結局毎日こうして彼女の『白戸』というシンプルな名前のアカウントをフォローもせずに覗き見ている。


腹が減ったがもうあまり金がなく、どうしたものかと頭を悩ませていたその時、携帯が鳴った。彼女からのメールが来たかと急いで画面を見やったが、その希望的観測はすんなりと打ち砕かれた。こちらが相手に内緒で勝手につけた『大根役者』という登録名が画面に表示されている。溜め息を吐きつつも、画面に表示された「ハラヘッタ」という短いメッセージに、これは丁度良いと「バイト辞めて金ない。てめえが奢ってくれるならいいよ」と送るとすぐに「あいつも呼んでるから大丈夫」という返信がきた。そうして俺はコンビニなどを除くと一週間ぶりに外へ出た。もう夕暮れ時であり、久々にちゃんと見た空は無駄に綺麗に見えた。


居酒屋に着くと既に二人は飲んでおり、軽く挨拶をして席につく。ビールを注文して、既に机の真ん中にあったフライドポテトを食べる。

(しば)が口を開き、またなにか鬱陶しそうな自慢をしているみたいだがそれは無視し、俺と金沢(かなざわ)は最近見たエロ動画やアニメなどの情報交換を始める。そうして芝も話を聞いていない俺たちに腹を立てながらも最終的にその話に混ざる。いつもの流れである。



芝と金沢は高校時代の同級生であり、在学中から意味のない談議などを繰り広げていた。そして高校卒業後、俺が夢を追って上京したと時を同じくして、芝は役者の夢を追い、金沢は大学進学によって共に上京し、というよりは二人が上京すると聞いて、それならと二人について行く形で俺が上京し、今でもこうして無駄な時間を共にしている。

芝は下北沢などというサブカルの肥溜めみたいなところを中心に役者として活動しており、それなりに才能があるらしく、ルックスもそれなりに良いことから、どこの誰からだか知らない奴からの評価とやらはそれなりに高いらしいそれなりのクソ野郎である。遅漏で悩んでいるらしいが俺からすれば贅沢な悩みである。

金沢は現在大学四回生(来月から五回生)であり、親が金持ちで昔から飯をたらふく食っていたこともあり見事な百貫デブである。毎月親から貰える多額の仕送りのおかげでバイトもせずに家でゴロゴロしたり、ゲームなどで遊び呆けたりという醜い生活を送っており、挙句の果てには二回生時に一度留年してしまい、本来今年卒業のはずがもう一年行かねばならぬという始末。とんだ駄目豚素人童貞野郎である。できることならば今すぐにでも縁を切りたいものだが、よく飯などを奢ってくれるので縁は切り難い。あと以前は狂ったように風俗へ通っていたが、オプションの手マンを行った際に指を骨折してからはあまり行っていないらしい。短小包茎早漏という三拍子が見事に揃った哀れな男である。いやはやたしかに俺も三拍子を揃えたジェントルメンであるがしかし俺の方が大きいし俺の方が長持ちする。異論は認めない。どちらの方が包茎かということに関しては彼のプライバシーを守る為にも言及は避けておこうと思う。これにて醜い二人の同志の紹介を終える。



そうして酒は進み、繰り広げられたエロ談議は最終的に「竹野(たけの)ぉ、君はなにもわかっていないよぉ」なんて気持ち悪く言ってきた金沢に俺がブチギレて、その憤怒する俺の姿を見て腹を抱えて笑う芝にもブチギレた挙句、疲れて怒る気力がなくなりそのまま終わった。

そうして俺が項垂れているとまた芝が自慢を始める。なんということか近々テレビドラマにちょい役で出るらしい。誰々に気に入られて〜だの、誰々が主演で〜だの、あまりに自慢が鬱陶しいのでまた怒りが湧いてきて「いい加減黙れ!殺すぞてめえ!」と言うと金沢も「奇遇だな、俺も今殺そうと考えていたんだ」と賛同してきたが、逆にそれで冷めてしまってまた項垂れた。そうしてその後もしょうもない下ネタで爆笑したり、また鬱陶しい金沢の言動にブチギレたりした。何故かいつもこうして飲んだ後はヘトヘトである。そうして金を出してくれる金沢に不本意ながらも頭を下げて居酒屋を出た。

居酒屋から出るとすっかり夜も深まりかけていた。「ちかれたぁ」なぞと気持ち悪く言って地べたに座り込む金沢のふてぶてしい様を見ているとまた先程の怒りが湧いてきて「てめえさっきのことまだ許してねえからな」と罵声を浴びせると、なんたることか豚野郎は「へっへ」なぞと嘲笑いやがったので「殺すぞタコブタ野郎!」とさらに罵声を重ねると芝がまた腹を抱えて笑い始めた。あまりに腹が立ったので二人に一発ずつ「死ね!!」と罵声を浴びせ、何故かなんの前触れもなく路地裏の壁に向かって金玉を見せるという奇行をしだした金沢と、なおも笑い転げる芝に背を向け俺は歩きだした。

そうして千鳥足で家までの数十分の道のりを歩いていたが、じきに力尽きて路上で眠ってしまった。


目を開けると若干空が明るくなってきていた。硬い地べたで寝ていたせいか体が痛く「ゔゔあぁ」などという間抜けな声を漏らしながら身体を起こす。すると目の前に財布が落ちていた。なにか俺の財布に似ており、俺の財布にそっくりであり、もはや俺の財布であり、いや間違いなく俺の財布そのものであった。俺は「があっ!」などという声を出しながら急いでその財布に手をかける。財布の中には数百円しか入っておらず「やられた!」と焦ったが、思えばはなから金など入れていなかったのであった。そうして溜め息を吐きながらも痛む頭で思考し、家にある貯金を含めてももう長くはもたぬであろうことを察し、重い身体を起こしたのち、またバイトを探さなければならない現実と溢れる寂しさに肩を落としながらも家へ向けて歩きだした。




四月。

あれからバイトの面接を受けるも何度か落ちてしまい、金沢に金を借りることも考えたのだが、前に一度だけ借りた際の、親から貰った金のくせにあまりに催促を迫ってきたあいつの腹立たしい様を思い出すと鬱陶しくて仕方がなかったので、少ない貯金を切り崩し、できるだけ眠り、できるだけ一日一食に抑え、結局何度か金沢に飯を奢ってもらったりして食い繋ぎ、少ししてなんとかコンビニのバイトにありつけた。長年勤めていた人が辞めるとのことで人手が足らず、これまでも同じ系列のコンビニで働いたことのある俺の経歴を見込んでくれたのもあってか、週四回程入れることになった。朝から夕方までの勤務で、勤務開始時刻が以前働いていたところよりも少しだけ早いが、元々遅刻はしないタイプなので問題はなさそうだ。それに以前働いていたその店と違って、店長が女の子にだけえらく甘いみたいなこともないし、変に厳しく怒鳴ったりしてくるようなたわけもおらず、今のところ中々良さげである。それとよくシフトが被る歌井(うたい)さんという人がいて、えらくフランクに話しかけてくるものだから早くも少しだけ仲良くなった。年齢は二十八歳で、普段はバンドマンをやっているらしい。

給料日まではまだ少しあるが、廃棄のパンなどを持ち帰ることもできるしなんとかなりそうだ。


バイト終わり、コンビニやスーパーで買い物をしているうちに夜になっていた。暗闇の空には目もくれず、金が落ちてないかなぞと地面を見回していると、金ではなくいくつかの白い粒が目に入る。地面から天空へと視点を上げるとそこには満開の桜の木があった。そこは桜の木が数本並んでいる公園で、吊るされた小さな桜柄の提灯に照らされた桜の木は俺の頭上を覆うように生えていた。俺は夜桜に見惚れながら溜め息を吐く。そうしてふと横を見たときであった。



黒いミディアムヘアが春風に揺られる。そこには彼女、白戸さんの姿があった。

陽の光に照らされた白戸さんがそこには居て、散りゆく桜の花びらがその前を横切る。背景には数本並んだ綺麗な桜並木が見える。桜に見惚れる彼女に俺は見惚れていた。



それは過去の景色で、公園には俺しかいなかった。

もう約一年前になる。神田川沿いの桜並木を彼女と見上げたのは。あの時俺は彼女に見惚れた後、とてもシンプルな四文字の言葉で彼女に想いを告げた。彼女は少し驚いた顔をしてこちらを見た後、可愛らしく控えめに微笑み「私もです」と言ってさらに笑った。そうして僕らは交際を始めた。


俺は桜が目に入らぬよう、再び地面に目をやり、落ち金探しを再開した。桜なぞ今更見たところでなんの腹の足しにもならんのだから金を探せ。そう自分に言い聞かせながら。



ある日の夕方、自室の窓際に置いている木製のカラーボックスを横にしただけの文机に向かい、俺はいつものように手紙を書き始めた。白戸さんへ宛てた手紙である。と言っても実際に送るわけではないのだが。

かつて、と言ってもそんなに前ではないが、俺は彼女と文通をしていた。まだ彼女と付き合い始めるよりも前の頃に、俺の方から「前からこういうのに憧れがあってやってみたいんです」と彼女に言い、文通は始まった。文通の内容は日頃あったちょっとしたことを書くだけであったが、それで良かった。それが良かったのだ。俺の字は汚く、小説家を目指しているというのが本当かと疑いたくなるほど文章も下手であったが、彼女の書く字はすごく綺麗で、文才も俺よりも遥かにあるように感じた。手紙は付き合い始めてからも時折交わし、結局別れるまで続いた。そうして先月に別れてからも、送るわけでもないのに、半ば習慣のように書いてしまっている。ただせっかくだから、そのうち復縁をした暁には、俺がどれほど彼女のことを想っていたかを知ってもらうためにも、これらの手紙を全て彼女に渡そうと思っている。


そうして今日もペンを走らせる。小説を書こうとしても全然動かないペン(と言っても小説はペンではなくパソコンで書くのだが)は、慣れもあってすらすら進む。

「今年も桜が咲きましたね。近所の公園の桜は今年もすごく綺麗です。僕たちが交際を始めた日に神田川沿いの桜を二人で見上げたことを懐かしく思います。といってもまだ一年程しか経っていないのですが。最近はいつもバイトの帰りに空を見上げ、何処からか風に乗ってやってくる桜の花弁を目で追っては、とても癒されています。」

書き進めているうちにまた必要もない嘘を書いてしまった。彼女と別れてからの自分は正直とても彼女に見せられるものではなく、本当に送るわけでもないのについこうしていつも嘘を書いてしまう。

そうして今日も送りもしない手紙を数十分かけて書き終え、窓の外に目をやった。もう日が暮れかけている。そうしてボーっとしていると、何処からかやってきた桜の花弁が窓の外を横切った。いくら目を背けても何度も目の前を通り過ぎてゆくそれに少し苛立ちを感じ、窓を閉め、カーテンを閉めた。電気をつけていない六畳間は窓からの明かりがなくなると中々に暗く、なにか無駄に寂しく感じてしまった。だから電気をつけ「俺はいつまでも待つ」と自分に言い聞かせるように静かに呟いた。



月末になるとようやく給料が入って生活も少し楽になったが、大きく変わったことはなく、先月と変わらず、一人、部屋でチン三郎を慰め続け、なにもやることがなくなったらまた白戸さんのSNSアカウントを覗き見るばかりである。あれからも相変わらず更新は少なく、風景の写真をアップしていたり、本の写真付きで「この本面白かった」と呟いていたりしているだけであった。ちなみに彼女が呟いていたその本は購入して読んだ。

肝心である彼女からの連絡は未だないが、心配せずともそのうちその時は来るであろう。俺は彼女のためにも、彼女の未来でいつまでも待つことを誓う。

そうして綺麗に咲き放つ桜からはできるだけ目を背け、地面ばかりを見つめて歩いていると、あっという間に四月は過ぎていった。




五月。

夜、また金沢の奢りで居酒屋へ。そうしてまた必要性を感じない近況報告やエロ談議やらを繰り広げる。酒も進むが三人ともあまり飲みすぎないようにした。この後予定があるのだ、というかそちらがメインである。

早めに居酒屋を出て、電飾が輝く汚い街を三人の汚い男が歩いていく。金沢がこの後のことを想像しているのか早くも「ヒヒッ」と気持ち悪く笑っている。かと思えば芝までもが気持ち悪く笑っている。当然俺も気持ち悪く笑っている。そうして気持ち悪く笑う三人の男が辿り着いたのは、天国。そう、おっパブである。

店の前で三人揃って顔を引き締める。何故だかわからないが、どうしてもこういう店に入るときは少しばかりカッコつけてしまう。その引き締めた顔はどうせすぐに元の気持ち悪い顔に戻るのだが。そうして「あくまで自分は紳士ですよ」みたいな顔をした三人が店に入っていく。ちなみに勿論こちらも金沢の奢りである。


独特なピンク色に染められた店内に早くも心は躍る。それぞれ離れた席に座り、心がぴょんぴょんするのをなんとか抑えておなごが来るのを待つ。そうしてじきに来た少しぽっちゃりめなおなごはバニーガールのような格好をしており、布面積があまりに狭く、たわわな胸の辺りに関してはスケスケで服という物の役割をもはや果たしていない。けしからん!しかしこれが良い。そうして俺は引き締めていた顔をたちまちゆるゆるにゆるめてしまった。

おなごは一度身をかがめ、なにか挨拶をして名乗ったようであるが、そんなものは耳に入らない。それから一緒に酒を楽しむのだが、正直酒など心底どうでもよく、思わず貧乏ゆすりが出そうになる。そうしてソワソワムクムクムラムラしているとじきにようやくおなごが我が膝上に跨ってきて、鼻息を止めることはもう無謀であった。その後、我が尊顔に柔らかく大きな二つのものがあたり、次第に俺は埋れ沈んでいった。


気づけば店を出るところであった。記憶は曖昧だが、とにかくピンク色をした幸せな気持ちが心に溜まっているばかりであった。外に出ると芝がおり、顔がボトボトと落ちてしまうのではないかと思うほどにゆるゆるな表情をしている。きっと俺もこういう顔をしていることであろう。

じきに金沢がまたゆるゆるの気持ちの悪い面をさげて出てきたのを見て、俺と芝は二人、心を込めて礼を言い頭を下げた。そうして芝が空気を読んだかそれとも己のためか「じゃあそろそろ」と言ったのに頷き、我々は解散した。

足早に家へと向かう。家までの数十分間、永遠にソワソワしながら歩いた。おそらくあいつらもそうであったろう。そうして住居であるボロアパートが見えてくる。思わず小走りになりながら自分の部屋へと入り、すぐにズボンを下ろして万年床に身を任す。そうして先程の柔らかい感触を脳裏に蘇らせ、チン三郎を激しく慰めた。



猫背になったチン三郎を優しく撫でてやり、大きく息を吐く。そうして冷静になって、ふと、たわわな乳ではなく、白戸さんの控えめで可愛らしい胸が恋しくなった。このまま寝るとまた彼女の夢を見てしまうなあと思い、軽くシャワーを浴びた。

部屋着に着替え、窓際の文机に向かう。そうしていつも通り、白戸さんへ宛てた送りもしない殆ど嘘ばかりの手紙を書いた。

また数十分かけて書き終えた後、ふと思い立ってノートパソコンを机の上に置いて起動する。久しぶりに小説を書こうと思った。しかし結局手は動かず、一文字たりとも画面に表示することができなかった。高校卒業後十八歳で、小説家になるべく、人生をかけて上京したはずが、いつの間にか二十二歳になり、ここ数ヶ月に至ってはなにも書いていない。以前より弱くなったように感じる情熱を奮い立たせて挑もうと、呆けてサボっているうちに消えていったものを取り戻すことは容易ではなく、それに対してさらに勢いをつけて挑むことに必要とする気力と情熱は多大なもので、今の俺にそれは備わっていなかった。

そうして「今日は駄目だ」なんていつも通りに一人呟き、白戸さんのSNSをまた覗き見たのち、翌日のバイトに備えて布団に潜った。

結局その日、白戸さんの夢を見た。

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