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第一編『生きて』/第四章(最終章)「空中のダンス」

いつの間にか深夜に包まれた雪降る厳冬の中を、二人、死に場所を求めひたすらに歩いた。

都会の中心部からは少し離れ、もう僕ら以外に人はいなかった。そうして歩きながら二人で一つのイヤホンを片耳につけ、深夜の道を歩きながらお互いの好きな音楽を順番に聴いては、時折顔を見合わせて笑った。それは永遠のようで、でも夜がもう長くないことも事実だった。

そうしてじきに僕たちは死に場所を見つけた。それは大きな古びた雑居ビルで、開きっぱなしの錆びた外階段の扉は僕たちを死へと誘導するようであった。そうして二人でその長い階段を上ってゆく。先程まで朝川さんは少し疲れた様子だったが、すっかりまた元気になっており、それは死とは程遠い姿に思えた。

俺は様々な感情に、混色の渦に呑まれながらも、決意は変わることなく、重い足を少しずつ上げていった。階段は思っていたよりも長く、疲れて中々足が上がらなくなった俺に朝川さんが階段の上から優しく微笑みかけながら手を差し伸べてくる。俺はその強く握ればぼろぼろと崩れ落ちてしまいそうな小さく細い彼女の手を掴む。そうして二人を感じるうちに、混色の渦もどこかへ消え去っていった。俺はただひたすらに彼女と一緒にいたかった。死んででも彼女と一緒にいたかった。心に残る気持ちはもう、それだけだった。もしかしたらそれは一時の感情なのかもしれない。でもそれもじきに一生になる。


長く続いた外階段を上り切った先の広く暗い雑居ビルの屋上で朝川さんは、雪降る中、その真っ暗な髪を冷たい風に靡かせ、俺にただ優しく微笑みかけていた。俺はこの瞬間のために、ここまで生きてきたのかもしれないなと思った。

厳冬もじきに去るだろう。春はもはやそう遠くない。空はもう明るくなり始めており、朝はもうすぐそこらしかった。でも僕たちは、桜が咲く前に、朝が来る前に、死ぬ。



そうして僕らは手を繋いで屋上のふちに立つ。そこから二人で地上を見下ろし、思わず二人同時に「たっか」と声を漏らした。そうしてまた顔を見合わせて笑った。

目を閉じて大きく息を吸う。厳冬の空気はえらく冷たく、吸うと肺は凍るようであった。そうしてその冷たい空気を吐いて、朝川さんの方を見やる。すると彼女もまた目を閉じて深呼吸をしていた。雪に降られながら、真っ暗な髪をまた冷たい風に大きく靡かせ、すぐに消えてしまう白い息を吐く彼女のその横顔はひたすらに美しかった。


「夜が明けるよ」

そう言って彼女は僕に微笑んだ。


そうして僕らは互いの顔を見つめ合い、また笑った。最後に見る光景がこんなに美しくて可愛らしくて愛おしいものなんて。これを幸せと呼ぶのだなと、そう思った。


ただ、それでも、こんな状況になってまで、最後の最後になってまで、今まさに彼女と二人で一緒に死のうとしているのにも関わらず、未だに俺は無責任に願っていた。

だから最後に、その素晴らしき光景を目に焼き付けながら、俺はその願いを朝川さんに心中で言う。



君よ、どうか生きて。




川面に浮かぶ無数の花弁は上流に咲く桜の様を物語り、僕らは少し早歩きになった。

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