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第一編『生きて』/第三章「永遠の光」

濁雲の合間からは朝日が差し込み、冬の冷たい空に小鳥が飛び立つ。その光景は僕と彼女の門出を祝うよう。


夜のうちに降ったのか、世界は昨日よりも一層白く「すごい」と微笑みながら寒さに震える朝川さんがまた可愛かった。

そうして手を繋ぎながら近くにあった大きな公園に入り、その積もった雪で雪合戦をした。彼女は執拗に俺の顔面を狙い、見事に当てるたびに手を叩いて笑った。ひたすらに楽しく、僕らは二人して幼少期の自分に戻っているようだった。幼少の頃に実際僕らが出会っていたらどうなっていたのだろう。少しだけそんなことに思いを馳せていた。

次に雪だるまを作った。さすがに寒すぎて小さめのものしかできなかったが、えらく可愛らしい雪だるまができた。そうして完成した雪だるまを見て二人で笑った。この雪だるまも近いうちにとけて消える。ただおそらくこの雪だるまよりも先に、僕らが消える。


早くも体力を消費し、朝からはしゃいだことに少しばかり後悔を抱きながらも昼はすぐにやってきて、その地の名物であるラーメンを食べた。朝川さんは「こんなに美味しいラーメンはじめて」とまたその可愛らしい声で言っては俺の目を見て笑った。彼女は本当に楽しそうで、そして勿論俺も楽しかった。


その後は水族館に行った。水族館なら自分たちが過ごしていた街の近くにもあったし、わざわざこんな遠くに来てまで行く意味があるかはわからなかったけれど、それももうどうでもいいことだった。ただ楽しい、僕らにとってそれが全てだった。

大きな水槽で光を放ちながら優雅に泳ぐ魚は美しく、それに目を輝かせる彼女もまた、なによりも美しかった。

イルカショーでのイルカはまるで翼があるかのように水から勢いよく出ては飛んでおり、それに彼女は無邪気に大きな拍手をする。周りは家族連れやカップルが多く、全体が笑顔で包まれていた。でも誰よりも僕らが楽しんでいたと思う。


その後、館内を歩いていると、青い水槽の前に設置されているピアノがあり、朝川さんはこちらを少し見上げ微笑んだのち、ピアノの方へと歩いていった。細い指で鍵盤を一つ押したのち、彼女は少し頷いた。

何気なくピアノのイスに座っては、華麗な指さばきで遊ぶようにピアノを鳴らす。その彼女の様が美しかった。

彼女がピアノを弾けるということさえも、僕は知らなかった。けれどやはりそれもまた、もうどうでもいいことだった。


売店で購入したソフトクリームを食べて「昨日も食べたのにね」なんて言ってこちらを見上げ笑う彼女が愛おしかった。こんなにずっと楽しくて笑っているのはいつぶりか、もしかしたらはじめてかもしれない。そうしてふいに、彼女とずっとこうして生きられたら、なんて思った。でもそれはまた違うのだということはわかっていた。だから僕らはここまで来たんだ。

時間はいつも通りに過ぎて、街はいつも通りに動いている。その中にいつもとは違う僕たちがいた。


そうしてその後、電車に乗って都会の中心部へと向かった。なにも知らない純粋な小動物のように車窓を見つめる彼女の横で、なにも知らない純粋な大動物のように車窓を見つめる俺がいた。電車と共に空はオレンジ色に向けて走りだしていた。


朝川さんが乗りたいと言っていた都会のど真ん中にある観覧車に乗った。まもなく夕日が向かい合って座る僕らを見て、彼女の顔の半分が明るいオレンジ色に染まった。まっすぐな夕日に照らされて、僕らはゴンドラの中で主人公になった。

彼女は窓外の夕日に見惚れ、俺はオレンジ色の彼女の横顔に見惚れたのち、同じ窓外の夕日に目をやる。夕焼けはひたすらに僕らを包んでいた。

そしてゴンドラが丁度てっぺんに到達した時、同時に夕日が消えてゆく。僕たちにとって最後の夕日は、最後の太陽は、消え入るその時までひたすらに僕たちを眩しく照らして、青春の終わりを見せてくれた。そうして夕焼けもまた夕日の後を追って消えてゆく。太陽を見届け彼女の方へと向き直ると彼女もこちらを見つめており、直後、俺に抱きついてきた。彼女がどんな表情をしていたのか、俺には見えなかった。太陽が消えた世界にはもう、僕ら以外誰もいないようであった。


世界は夜になって、僕らは豪華な海鮮丼を食べに行った。これが所謂最後の晩餐である。無論素晴らしく美味しく、二人でまた言葉にならぬような歓喜の声を上げた。頬張る朝川さんの姿はやはり素晴らしく愛おしかった。


そうしてその後、二人で都会の隅っこに座り、また色々なことを話して、ボーっとして、そこで、薄々気づいていたことが確信に変わった。どうやら僕たちは旅が下手らしかった。あまり調べることもなくこんな遠くまで来たものだから、行きたい場所もあまりわからず、時間もなかった。そうしてそれを彼女に言うと彼女もまた気づいていたらしく、二人で顔を合わせて笑った。ただそれでも、ひたすらに楽しかった。そしてやはりそれが全てなのだと思った。最後の思い出が僕ら二人の中でどんどんと生まれてゆく。

そうしてその後はひたすらに冬の知らぬ都会の街を歩き回り、面白いものを見つけては二人で笑ってはしゃいだ。

冬の知らぬ都会の街で、僕たちはどこまでも小さかった。ただ、その冬の知らぬ都会の街で、僕たちはどこまでも二人だった。

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