第三編『あの頃、あの校舎の端で、あの娘は』/第四章「誰にも知られずに消えていった誰かの歌みたいに」
ようやく春が来て俺は二十六歳になったが、それでもやっぱりなにも変わっておらず、休憩中の男子大学生に呆れのような目で見られながら廃棄を漁り、コバエとパンを取り合う生活が続く。買い物帰りの夜道で見かけたゴキブリに対する負の感情の正体はもはや同族嫌悪であった。
家へ帰って再放送のドラマを流し見ていると、ちょっとした役で出演していた俳優で見覚えのある男がいた。その後エンドロールに表示された名前を見てその男の正体がわかった。その俳優は何度か話したことのある高校時代のクラスメイトだった。そうしてあの教室を思い出す。
十二月に入っていくつか経ったあの日の休憩時間、いつも通りあの校舎の端へ行こうとした俺に珍しく話しかけてきたクラスメイトがいた。その芝という名の男子生徒は俺に中身のない話をだらだらとしては、結局なにも生まれないまま去っていった。俺はそのせいでその日は校舎の端へと行けず、ただただ苛立ちを覚えた。
今思えば、友達の多そうな芝という男がわざわざ俺なんかに話しかけてくれたことはありがたいことだったのかもしれない。もしかしたら仲良くなりたいと思ってくれて話しかけてくれたのかもしれない。その後、携帯で名前を調べてみるとSNSアカウントがあったが、数年前から更新が途絶えており、事務所のホームページに名前がないことから、彼は既に役者をやっていないようだった。
そうして芋づる式に浮かぶ教室内。端っこの席で俺と同じように無表情無口で座り続けていた金沢という男を思い出す。あのいかにも金玉をラミネート加工したそうな顔をした男に話しかけていれば、俺の現状も少しはマシに、そして楽しくなっていたのかもしれない。結局この暗闇に進むことを選んだのは、間違いなく俺自身だった。黒く染まりゆく心は自業自得でもうどうすることもできなかった。
高校卒業と同時にちゃんとした覚悟もなく夢を追って上京し、二年程だらだらと夢を見続けた挙句、大して追うこともしないまま生活の中で情熱は消え去り、じきに夢はゴミになった。以降六年間、なにをするでもなく、もしかしたらなにか良いことがあるやもしれないなぞいう根拠のない希望に縋り続け、友も女もできることはなく、バイトを繰り返すだけで独り生きている。これではまるで生きたまま死んでいるようなものではないか。こんなことならば、あの時、あの校舎の端で死んでおけばよかった。それが一番幸せだった。そうして我が身は黒に覆われ、また過去の青春に縋る。
あの頃、あの校舎の端で、あの娘は、どんな顔をしていただろう。そんなことを思い、気づけば八年前のあの冬だった。




