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第三編『あの頃、あの校舎の端で、あの娘は』/第二章「夕方とカミナリ」

鉄塔の向こうからは朝日が差し込み、冬の澄んだ空に小鳥が飛び立つ。その光景に私はいつまで眉を顰め続けるのか。

またなにも起こることなく一ヶ月程が経過した。長い冬はまだ続くようで、コンビニバイトへと向かう朝は身体中に憂鬱が充満しており、それに屈するかのように憂鬱な記憶が呼び起こされる。かつて受けた飲食店のバイト面接の一幕が上映され、長所を訊かれて一分程俯いたのち、結局長所を見つけられずに「ちょっとわっかんないすねぇ。」と呟いた俺を嘲笑した仮永(かりなが)とかいう下ネタみたいな名前の店長の顔が脳裏に浮かび、憂鬱がまた肥大化した。そうしてさらに項垂れながらバイトへと向かう。


クソみたいなコンビニバイトを終えて帰宅し、ふと久しぶりにテレビをつけると音楽番組がやっていた。夕方前にしては攻めた感じのバンドやアーティストが紹介されており、その中で一組、気になるバンドがいたので携帯で調べてみると、歌井(うたい)という名のボーカルが率いるロックバンドらしく、そのカッコいい佇まいにまた惹かれ、動画サイトで曲を聴いてみた。

最初はすごく良い感じで聴き入っていたが、途中歌詞に「SEX」という単語が出てきたところでなんか嫌になって動画を止めた。いかにも男みたいなカッコいい佇まいのくせして「SEX」と真面目な顔で歌う感じがなんか気持ち悪くて「なんだこれ」と嘲笑った。


そうして無限に広がる暇を潰すために、読んでいなかった小説を手に取ってなんとなく読み始めた。特別面白いわけではなかったが他にやることもないし読み進めていると、冬の日の短さが猛威を振るったのか、いつの間にか小説に茜がさしていた。窓は綺麗な茜色に染まり、明かりが灯っていない六畳間を俺ごとその余韻の色に染め上げる。するとどこからか蝉時雨が降りだし、脳味噌の中で回る。軽いめまいを覚え、気づけばあの夏だった。



今年初めの蝉が鳴いて、朝川さんは「いよいよ夏だね」なんて明るくなにか楽しそうに言った。その薄い夏用制服の半袖から出た白く細い腕はか弱くも若く、鮮やかな青空を見上げる彼女のその様はまるでなにか爽やかな青春映画を見ているようであった。空は見事な快晴で、僕らはいつもの校舎の端でいつも通り、翌日には忘れてしまうようなしょうもない話をしていた。

話は変わるが夏の醍醐味といえば、そう、無論、女の子の薄着であろう。そして俺の斜め前らへんに座っている彼女もまた違わず薄着であり、その薄い夏用制服を纏った彼女の汗ばんだ背中にはやはりまたくっきりとブラジャーの形が透けて見えていた。俺は彼女の話に曖昧な相槌を打ちながらそれをじっくりと目に焼き付けていた。耳にはやかましい蝉の声が流れ込んできて、我が脳味噌の中をぐるぐると回り続ける。そうして俺は彼女の透けブラを見つめながら、熱中症のようなめまいを覚えた。

いつの間にか彼女がこちらを覗き込んでおり、顔を赤くする俺に少し驚いた様子で「どうしたの?大丈夫?」と訊いてきた。まさか「君の透けブラを見ていたらなんかめまいがしたよ」なぞとほざけるわけもなく俺が「いや、あ...眠たかっただけ」と間抜けな嘘を吐くと彼女は安心した様子で笑った。その可愛らしい笑顔がまためまいを誘うようだった。

そうしてクラクラしているうちに休憩時間は終わり、残りの授業をやり過ごして放課後になった。なんだか家に帰るのも嫌で、暇を潰そうといつもの校舎の端へ出向くとそこには彼女がいて、俺の姿を確認した彼女はなにか少し喜んでいるようだった。そうしてまたしょうもない話を繰り広げていると、じきに世界が茜色に染め上げられた。夏の夕方の中で、僕らはひたすらに二人だった。


そうしてじきに蝉は死んで、最後の夏は少々の余韻を残し去っていった。


様々な色を見せるあの夏空の下には、顔の表面を少し汗で湿らせた彼女がいて、彼女のその白い肌は夏によく似合っていた。



気づくと蝉時雨は止んでおり、そこでようやく冬の寒さを思い出し、震えながら毛布に包まった。

俺の夏は甲子園球場でも打ち上げ花火の下でもなく、あの校舎の端にあった。特別なことがない青春がなによりも特別だったのだと気づいてからは、ひたすら切なさに負けることしかできなくなった。

あれから俺は何年も歩くことなくいつまでも同じ場所に停滞し続けている。だからといって今更どうしたらいいのかもわからず、俺は翳りゆく部屋で眉を顰め、ひたすらに俯いていた。夢があればそれに向かって歩いていけばいい。簡単なことだ。しかしもう何年も前に、まともに追うこともなく夢を捨ててしまった俺に、現状を打破する方法は見当たらなかった。いつの間にか人の夢を嘲笑する側の人間になってしまった。窓は茜色を失ってゆく。それにはどうすることもできないのだ。

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