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第二編『間違い探し』/第五章「悲しみは地下鉄で」

三月。

久しぶりに芝から連絡があり、芝の出演する舞台を観に行くことになった。金沢も誘ったらしいが、ついに大学を卒業してようやくバイトだけは始めたらしく、たかがバイトの分際で一丁前に「仕事あるから無理だわあ」とかなんとか気持ち悪く断ってきたらしい。


地下鉄に乗ってたまにしか訪れない街へ出向き、肩を窄めながら人混みを抜ける。そうして劇場に到着し、慣れぬ椅子に座る。芝の舞台を観るのははじめてで、それどころか演劇というものを観るのもはじめてな為、出るわけでもないのに緊張してしまう。そうして人と目が合わぬように携帯をいじっているとじきに公演が始まった。


まず二十代後半くらいの男性役者が出てきて、彼の独白から物語が始まった。どうやら彼が主人公らしい。じきにヒロインらしき女性が登場し、しばらくその主人公とヒロインのシーンが続いた。

物語の内容は簡単に言うと少し変わった青春物語で、俺が好きなタイプの話ではあったものの、演劇での演技や演出を観るのがはじめてすぎて、色々と追いかけるので精一杯な感じになってしまっていた。そうして色々と脳味噌を回しながら観ていると、ついに主人公の友人役を務める芝が登場した。普段とは全然違う芝の姿がそこにはあった。


そうして釘付けになって観ていると、いつの間にか物語も終盤で、芝が「ほら、夜明けだ」と言ったと同時に光に当てられた。その輝く姿に、俺は様々な感情を覚え、一言で言うのであれば感動していた。



芝は打ち上げがあるということだったので、結局直接話すこともないまま帰路に着く。劇場から出ると外は雨だった。

「ほら、夜明けだ」

あいつのそのセリフが頭に残り続けた。勿論そうではないとわかっているけれど、俺に言われた気がしたから。


地下鉄に潜り、また白戸さんのSNSを覗き見る。久しぶりに更新があり、その文面を見て、彼女が大学を卒業したということを知った。なにか彼女がまた遠くに行ってしまうような、そんな気がした。

投稿には珍しく白戸さん自身の写真まであり、約一年ぶりに見た彼女の姿は、綺麗な袴姿だからなのかもしれないが、少しばかり大人っぽくなったように見えた。参ったなあ、と思った。俺の知る彼女が、どんどんいなくなってしまうのではないか、そんなことを思って、寂しさに、そして悲しさに襲われた。そうして俯き、色々なことを考えた。


芝は様々な努力を重ね、自分の道を進んで行っている。遅刻魔の歌井さんでさえ、自分の道を進んで行っているし、あの金沢でさえ、あいつなりに自分の道を進んで行っている。そうして勿論、白戸さんも自分の道を進んで行っている。そして彼女はこれからもどんどんその道を進んで行くことであろう。果たして、その彼女の進む道の先に俺は本当に居るのであろうか。俺が居るのは彼女のずっと後ろなのではないだろうか。もしそうであった場合、いやきっともはやそうであろうが、果たして彼女は本当にUターンをしてまで俺のもとに帰ってきてくれるのであろうか。彼女を待つことばかりを続けていたが、やはりそれはただ結論が出てしまうことが怖くて逃げていただけなのではないか。もう結果なぞ全てわかってしまっているのではないか。みんながそれぞれ自分の道を進んで行っている中で俺はずっと腕を組んで偉そうに座っているだけではないか。

どうすればいいのか、どうするべきなのか、それはもうわかっている。ただそれができずに俺は言い訳ばかりをして、もう一年が過ぎてしまった。わかっている。もう全て、わかってはいるんだ。


悲しみは地下鉄で見失った。自らわざと見失った。そうした方が楽だったから、そうした。


帰宅してまた白戸さんへ宛てた手紙を書こうとして、やっぱりやめた。その代わりに文机のそばに置いてある、今まで書き溜めた白戸さん宛ての手紙全てを入れている箱を開けた。タイムカプセルのようなその箱の中には数え切れないほどの嘘が詰まっており、それは彼女に伝えたかった言葉と同じ数だった。


箱を閉じ、小説を書こうともせずに俺は眠り、二十三歳になった。

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