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運命の女神

一日目


貴方はまだ探してさえない


私は何度、貴方を探した事でしょう

「『運命』に性別はあるかな」

俺が奴に出会った、いや、出会っちまったのは、俺が五才の頃だった。

 「あるとしたら…どちらだろう。君みたいな、男かな」

 奴も俺と同い年。

 まぁ精神年齢は、遥かに奴が上だったが…

 「それか、僕みたいな女かもね」

 「…わかんなーい」

 当たり前である。五才児の小さい脳では理解不能だろう。

 今の俺にだってよくわからない。

 「『運命の女神』または『運命の神』…うん。『運命の女神』の方がしっくりくるね。じゃあ僕と同じだ」

 そう言って、奴は真夏のヒマワリのような笑顔をみせた。

 「残念だったね朔馬君。『運命の女神』は僕に味方したようだ」

 「うぁ、また負けた…強いねぇ、一妃ちゃん」

 俺達が先程から興じていたのは、ルールを覚えたばかりの将棋だった。

 奴は、かなり強い。先生も敵わない程の腕前だった。

 それをなぜ、俺のようなバカが奴を打ち負かす事が出来るだろうか。

 「くくく」奴独特の笑い方だ。今でもこれを聞くと寒気がする。「君でも僕に勝てないとはね」

 「じゃ、もっかいしよ!」

 よくこんな奴と渡り合えてたな、俺。偉いぜ。

 「…いいよ。今度は君の王将以外を全て戴いてから勝利するとしよう」

 ……言わずもがな、惨敗した。



 さて。

 思い出話に華を咲かせるのはここまでしようかね。

 訳のわからない女に出会っちまってから、実に十二年という月日が流れた。

 可愛い幼稚園児だった俺も、可愛くない高校生に変貌し、当然奴も同じように育った。

 まぁ…育たなかった部分もあるようだが。

 「くしっ…どうやら風邪を引きかけているようだ。いや、誰かが僕に対して悪口を言っているのかもしれないな」

 隣で赤い鼻を擦りながら歩いているのは、寺沢 一妃だ。例の、鬼畜将棋を得意とする女。

 「迷信だろ、そんなもん」

 俺が何故、この女と仲良く肩を並べて登校しているのかというと、向かっている方向が同じだからであり、それ以上でも以下でもない。

 「迷信、ねぇ」一妃は出来の悪い子供を見る親のような目でこちらを見た。「朔馬君。火の無い所に煙は立たないよ。昔、誰かがこの『悪口を言うとその相手がくしゃみをする理論』を立ち上げた。それでいいじゃないか。迷信という曖昧な言葉で片付けるべきではないよ。少なくとも僕は、この理論の立証者に賛同するね」

 あぁそうかい…こいつと喋ってると、無性に疲れる。

 「あ、朔馬君。前にいるのは赤谷さんじゃあないかい?」

 お、本当だ。俺は奥の電柱辺りに見慣れた後ろ姿を捉えた。

 「おーい、アカタニー」

 アカタニは夜遅く一人でいる時に、背後で物音がしたかのような速さで振り向いた。

 「もぅ…何回言えばわかるの?わたしはアカタニじゃなくてセキヤだってばぁ…」

 「おぅ、アカタニ。おはよう」

 「うぅっ。いい加減に覚えてほしいよ」

 悲しそうに俯いて、赤谷 瑞希は呟いた。

 「ニックネームだと思えばいいよ」一妃はアカタニと俺の間に入って、宣う。「可愛いニックネームじゃないか。アカタニなんて」

 「そ、そうかなぁ」

 アカタニはなぜか俺を上目遣いで見た。なんだよ。

 「さ、朔馬くんは、どう思う?」

 「そうだな…俺はいいと思うぜ」

 呼びやすいし。

 「…わかった。あだ名として聞く事にするね」

 アカタニと同じクラスになったのは今年度から。

 しかし、一妃と馬が合うようで、自然と俺とも話しをするようになった訳だ。

 「なぁ、赤谷」

 「あだ名になった瞬間、普通に呼ぶんだね…ん、何?」

 「冗談だよ…。アカタニ、今日さ、数学の小テストあったよな」

 アカタニはしきりに頷いて、「うんうん。あるねぇ」前髪のピンの位置を整えた。

 「少しでいい。教えて欲しいとこがあるんだ」

 「なにっ」一妃は突如、声をあげた。「なんで僕に聞かない?数学なら君に教えてあげられるくらいの学はあるつもりだ」

 「お前だと話が一気に数倍ややこしくなりそうで怖いんだよ」

 俺は一妃に言い放つ。だって事実だろ?

 「ほぉ…完全に独断的、かつ偏見的な物の考え方だね。僕なら君の点数を底上げする自信がある」

 遠慮しておこう。急に点数が底上げしたら不審に思われるのは目に見えている。『カンニングしたんじゃないか』ってな。

 「…というわけだ。アカタニ、頼めるか?」

 「わたしでよければ、いくらでも教えるよ」

 道端に咲くタンポポのように、柔らかい笑みを浮かべつつ、アカタニは答えた。

 「でも……いいの?寺沢さん、やる気満々みたい」

 ほっときゃいいのさ。俺は昔、こいつに物理を教えて貰った事がある。

 その時の記憶に、プラス要素が皆無なのだ。

 結局、点数も二、三点しか上がらなかったし。

 「それは君の努力が足りなかったからだ」

 とは、その時の一妃のセリフである。

 「赤谷さん。朔馬君は理解力に乏しい人間だ。そこに留意してほしい」

 何をいうか。今回のテストで目に物を見せてやる。

 「解ってる。頑張ってみるよ」

 いや、違うだろ、アカタニ………


 津久見高校二年五組の教室に、到着した。

 もう数ヶ月でこの教室ともおさらばだ。

 進級できるかできないかは別としてな。

 「どうした朔馬。何か悩み事か?」

 我等が五組の担任、中島 明美、通称アケ姐が教壇の前の席である俺に話しかけてきた。

 彼女は教師にして元ヤンという経歴の持ち主だ。

 怒ると相当怖いから気をつけろ。目の下に傷あるし。

 「あの…俺って進級できるのかなって思って」

 アケ姐はにかっと笑って、俺の肩を軽く叩いた。

 「大丈夫だろ、お前なら。マジにまずくなったらあたしに相談しな。あたしが……なんとかしてやるよ」

 「すごく、怖いです…」

 この人の『なんとかする』とは一体……?

 あぁ、成る程。校長を縛り上げるのか。

 「まぁ、頑張れや。あたしも英語なら教えてやれるぜ?」

 「了解です。もしもの時は、頼みます」

 「……うっし。ホームルーム始めるぞー。席に着きやがれ」

 チャイムが鳴った。かったるい授業始まりの合図である。


 四時間目の現代国語が終了し、六時間目の小テストを懸案事項としながらも、『腹が減ってはテストという名の戦もできぬ』という『俺ことわざ』にもあるように、俺はいつもより若干多めの弁当を掻っ込んだ。

 「朔馬……お前、食うの早くない?」

 俺の前で小さい弁当をひょいひょいと食べているのは、俺の悪友…篠原 裕樹だ。

 「いいんら。ほの後、アカタニにふうがくを」


 「食ってからでいいよ。何言ってんのかわかんねぇ」


 裕樹は明るく笑い、俺の弁当のソーセージを奪った。

 「あっ!!何すんだてめぇ」

 『食べ物の恨みは怖い』という言葉を知らんのか。

 「ソーセージごときで怒るなよ……てか、前々から思ってたんだが…アカタニって誰だ?」

 ちゃんと聞こえてるじゃねぇか……

 「まぁ、少し考えればわかるさ」

 「んー…」裕樹は首を傾げて、「……単純に、赤谷さんとか?」

 「正解だ。よくわかったな」

 「赤谷さんか……そう見えてなかなか目が高いな、朔馬。いつの間にかあだ名で呼ぶような仲になっていたとは…お前は寺沢さんだけを」

 「黙れ裕樹。どういう意味だ」

 俺は空になった弁当を鞄に直した。俺と一妃はそんな関係じゃないっつの。

 「ただの幼なじみだ」

 裕樹はとても楽しそうな表情をしていた。俺は不愉快だが?

 「へー」

 「絶対納得してないだろ、お前」

 「…あ、あのー」……振り返ると、アカタニが数学のワークを抱えて立っていた。「もう、いいかな?」

 「あぁすまん、赤谷さん。邪魔物は消えます……じゃあな、朔馬」

 裕樹はそう言うと、ふらふらと小さな弁当を持って教室を出て行った。


 「ん、なんか……ゴメン」

 「全然構わんさ」

 寧ろあいつが悪いと、俺は思うね。

 「…じゃ、始めよっか」

 おぅ、頼む。アカタニの後ろの黒板付近でそわそわしている一妃は、敢えて無視する事とする。

 「どこがわからないの?そこの要点だけ」

 「全部だな」

 正直に、俺は言った。なんだか清々しい気分だぜ。

 「それをものの10分でっ!?……まぁいいけどね。朔馬くんがいいなら」

 綿草のようにふわふわな笑顔でアカタニは言った。

 その後ろで一妃は、腕を組み、眉間にシワを寄せている。何だというのだろう。

 「よーし、じゃあ因数分か」

 「みぃず希ぃぃ!!」

 5組の教室に、突如響いたその声は、俺達の後輩…宇崎 真穂のものだった。

 「こんっなとこで何してんねんアホ!!今日は『昼休み二人で色々談義しよ』言うてたやないか!!」

 「あぁぁぁあ、ごめんねぇ!用事ができちゃって…」

 宇崎の家はお好み焼き屋さんで、俺もよく行く。

 そこのモダン焼きがまた旨いんだ……いかん、腹が減ってきた。

 「くぉら朔馬。何ボケっとしとんねん」

 「いや、お前んとこのモダン焼き、食いてぇなーと思ってな」

 宇崎は顔を少し赤らめ、「ア、アホ。今はそんな当たり前の事どうでもええねん…で…でも…また、食いに来てくれ…」

 あぁ行く。俺は10秒前とは真逆の、宇崎の顔を見ながら言った。

 「ちゃうっ!!あたしこんな事しにきたんと違う!!瑞希を連れに来たんや」

 そう言うと宇崎は、アカタニの襟首をぐっと掴んで、出口へ引っ張って行ってしまった。

 「いーやー!!助けて朔馬くぅん!!」

 「瑞希が約束破るから悪いねんでぇぇえ!!」

 「アカタニィ!数学…」

 ……行ってしまった。

 やばいやばい。

 数学どうしよう。

 ……ふと振り返ると、満面のニヤニヤ笑いを湛えた一妃が立っていた。

 「くくく」その手には数学のワークが……「全部がわからないと言ったね?さぁ始めようじゃあないか。時間は限られている」

 ……俺は渋々、シャーペンを手にした。


 自信は皆無のテストが終了した放課後。

 俺は一妃に、3階の、ある教室の前に連れられた。

 平凡な公立高校に似つかわしくない、和風な出で立ちのその部屋は、『作法室』と呼ばれている。

 主に華道・茶道部によって使用されているらしいが……一妃が一体なんの用があるのだろう。

 「着いたよ朔馬君。入ろうか」

 一妃は行きつけのラーメン屋にでも入るかのような気軽さで、作法室の戸を開けた。

 「待て寺沢。何の用事だ?それに俺は必要なのか」

 「…入ればわかるんじゃないかなぁ」

 一妃にしては珍しく、曖昧な物言いだった。

 「いいじゃないか。入ろう」

 一妃はすいません、と断りを入れてから、畳の匂う部屋に入って行った。

 俺はそれについて行く。やれやれである。


 「あらぁ、一妃ちゃん…と、どなた?」

 中にいたのは、優雅な雰囲気を醸し出す女性だった。

 綺麗に整えられた黒髪は、腰の辺りまで伸びて、艶々と輝いている。

 「市川さん、この面倒そうに立っている男が、朔馬君だよ」

 一妃の短い髪が目の前で揺れる。俺って面倒そうか?

 「あっ、あなたが、河野君?」

 イチカワ、と呼ばれた女性は、悪戯っぽく笑って、「うふふ。話は一妃ちゃんからたっぷり聞いてるわぁ…ささ、上がって頂戴な」

 何を言ったんだ一妃…

 「うん、上がらせて貰うよ。朔馬君も、さぁ」

 「…失礼します」

 「うふ。どうぞぉ」

 イチカワさんは茶道部なのか。煎茶の準備をしている。

 「わたしは、市川 琴子っていうの。よろしくね。市場の市に川、楽器の琴にトイレの花子さんの子ね。ちなみに三年生よ」

 「はぁ…よろしくお願いします」

 「はぁい、よろしく。わたし、河野君の事気に入っちゃったからいつでも遊びに来ていいわよ」

 市川さんは重そうな茶碗を畳の上に置いて、茶筅を構えた。

 「おぉっ。楽しみだなぁ朔馬君。実はこの煎茶を朔馬君に飲ませてあげたくてね」

 一妃は目を輝かせて言った。俺が苦い物が嫌いなのを知ってるはずなんだが。

 「そんな事はわかってるよ。ただ、市川さんの立てたお茶は違う」

 すると市川さんが、さっきとはまるで別人のように真剣な顔つきになり、茶筅を回し始めた。

 「やはり…すごいな、市川さん」

 俺には何がすごいのかわかりにくかったが、気迫がある、というのはわかる。

 カッカッカと音を立てていたお茶はやがて静まり、まずは市川さんが飲む。

 市川さんは碗を回してから、少量口に含んだ。


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