36. 家族サービス
明くる日、まだ寝ていた私を起こしたのはアラームをセットしていた携帯だった。寝ぼけながら鳴り続ける携帯に手を伸ばしアラームを止めた。
「うぅ~ん?」
携帯画面を確認すると日付けは土曜日、時刻は午前五時前だった。
何だ今日は休みかぁ~・・・・・・
二度寝しようと布団の中をモゾモゾしていた。
「蘭ーーー! 起きてるかーーー!!」
部屋の扉を豪快に開け大きな声で起こされた。相手は有給消化中の義理兄だった。
「はへぇ? に、義理兄さん・・・・・!」
「まだ寝てたのか?」
そりゃあ休日だし、遅くまで寝てるよ。
布団を剥がし無理矢理起こしに掛かる義理兄に抵抗するが無駄に終わった。
「休日は出かけるから予定開けておけって言っただろ、ほら起きろ!」
え? アレ、冗談じゃなかったの?
「で、出掛けるって何処に?」
強制的に起こされ急いで支度を済ませ一時間程かかった。支度が終わる頃には、何で起きてなかったんだとブツブツと文句を言われた。
いや何でも何もないだろう、まだ五時前だし、外だって薄暗いんだよ。
身支度を整えて姿見で確認した。
義理兄とお出掛けかぁ~、何だかんだで私自身ちょっと嬉しかった。"家族"と出掛けるなんて三年前の義理父さんの事故以来だからかな? なんて支度をしながら心が高鳴なった。
「いつまで支度してんだ」
「今、いくから」
姿見に写った自分の姿を見て、いつもは髪を後ろに束ねるのに使っていた赤いリボンを外し首に着けた。チョーカーの様に首に着けたのはお洒落というのもあるが、この赤いリボンは私にとって思い出の品でもあり大切な物なので肌に離さず持っていたいのだ。
よし! と待っていた義理兄と自宅を出た。
駐車場に行くというコトは車で移動する距離の場所にある所へ向かうんだろうと思った。
前に出掛けるなら何処が良い? と聞かれた事があった。義理兄は動物園や水族館、レジャーランドといったベタな場所を上げたが私は全て却下した。
そんな所に行くなら出掛けないと強めに言った。
そんなコトもあったからこれから向かう目的地は少し不安だ。
まぁ、知っている人がいる地元や近場じゃなきゃ何処でも良い。結局義理兄は目的の場所を言わなかった。
チラッと義理兄を横目で見たが何やら機嫌が良いらしい。
「よし、行くぞ」
エンジンを回し発進させた。
義理兄の運転で市内の下道を通り町並みから四季を感じられる自然豊かな景色へと変わっていった。風に乗って揺らめく花弁を見ながら、いつの間にかうたた寝していた。
「着いたぞ」
ふがっ!
義理兄の声で目が覚めた。
車を降り、義理兄の案内に従い着いて行くと開けた広い空間へ出た。
「・・・・・・綺麗」
そこには辺り一面色鮮やかな草花で彩られていた。
「此処って・・・・・・」
「最近出来たばかりの所らしい」
義理兄はそう言うと私の手を取り一緒に歩き見て回った。多くの草花の存在が目を奪う。
少し歩くと大きな人工池が現れた。池の向こう側へ渡れる様に橋が掛けられ、その橋から池を覗くとピシャリと水面を叩いた立派な鯉が泳いでいた。
辺りを見ると私達以外にもお客さんが色鮮やかな草花を鑑賞していた。記念にと写真を撮っている人の姿もあった。
「ありがとう義理兄さん」
「休日位、家族サービスしないとな」
ちょっと頬を赤らめ恥ずかしそうにする義理兄だった。
「ねぇ、この先の方には何があるの?」
「確か、暫く歩くと飲食出来る小さな場所とその先は改装中って一ノ瀬が・・・・・・」
一ノ瀬が?
「あ、いや、友人が言っていた」
成る程、この場所の情報提供者は一ノ瀬さんだったか、義理兄がこんな場所知ってる筈ないもんね。
「クションっ!」
虫の知らせか仕事中くしゃみをした一ノ瀬だった。
あらかた、施設内を見て回り時計の針は十二時を指した。
施設内のアラームが鳴った。
「もうお昼か・・・・・・」
「お店に行こう、お腹空いちゃった。」
義理兄さんのオゴリでと言いながら腕に抱きつきついてやった。
こういうサービスもしてやらないとね。
「お、おいっ!」
少し恥ずかしそうにしながら私に引っ張られ飲食出来る施設に向かった。空いた席に座り、取り敢えず珈琲を注文した。
「ちょっとお手洗いに行ってくる」
義理兄に伝え席をたった。
貴重の入った鞄は義理兄に任せ化粧品が入ったポーチだけ持ってお手洗いへ。
お手洗いから出た瞬間、私は誰かに腕を掴まれた。
「えっ!?」
振り返ると見覚えのある人物が私の腕を掴んでいた。
「けっ、男とデートとは羨ましいな!」
「あ、アンタは米田・・・・・・?」
その特徴たる目立つ脂肪が詰まった見事な太鼓腹は忘れる訳もない、殴って私を気絶させた張本人を忘れる筈もない、そんな男が何故ここに?
「ちょ、ちょっと、いきなり何なのよ!」
急に現れた米田という男、近くで見ると目が血走ってて怖い、それと酒臭い。
「男とデェ~トかよぉ、いい身分だなぁ~、あ"ぁん?」
よりにもよって、昼間っから酔っ払いに絡まれた。
「こぉっちはよぅ~、あの事故以来ぃ~家族もぉ~職もぉ~失っ・・・・・・ヒクッ!」
臭い、酒臭い! とんでもないヤツに絡まれたとドン引きしながら掴まれた腕の拘束を外そうと相手の手を剥がした。
「一体、何よ! こんな所まで着いて来て!」
酔っているの米田と距離を取った。
「金・・・・・・寄出せよ」
はぁ?
リアクションに困っていると米田は怒声の籠った言葉を唾と一緒に吐き出しながら言った。
「金だよ! 金ぇ! 金寄越せって言ってんだよぉ!!」
何なの、この男? いきなり出て来たと思ったら金寄越せって、命欲しけりゃ金寄越せって言う悪役かよ?!
「ちょっと何だ、あの男、女の子に絡んでいるぞ」
「警察呼んだ方が良いんじゃない?」
周囲にいた人が私と米田の様子を見てザワついたが周りの言葉など気にせず米田は、また唾を吐きなが、話し初めた。
「お前には~ヒック、俺に責任があ"ぁんだよ!」
はぁ? 責任? 何言ってんだ、この酔っぱらい。
米田は私に指をさして続けた。
「お前が悪いんだろぉ~、事故のぉ真実をぉ~ヒック、話さねぇ~からぁ・・・・・・」
流石に昼間から絡まれ頭にきたので私も言ってやった。
「いい加減にしてよ、この酔っ払い!」
「いい加減にずんのはオメェーの方だろーがぁっ! 何でオメェーだけ! 何でなんだよ!!」
米田がキレた。
「事故の賠償金が入って喜んでたら、親父はその金持って逃げるし、母親はショックで介護が必要になって施設入れるにも年金だけじゃ賄えなくて、借金しながらコッチは生活してんだぞ!」
「・・・・・・」
だから何? こういう人をメンヘラって言うんだっけ?
顔を真っ赤に鼻息荒くハァーハァーと肩で息をする米田は、それだけじゃあ言い足りなかったのか今度は周囲の人を味方に着けようとした。
「皆さん~聞いてくださぁ~い」
何だ何だと周囲の人の数が増えてきた。
「そこの女は三年前に起きた【バス事故】の事故を起こした真犯人です!!」
両手を広げて胸を張って大声で叫んだ。
まるで選挙スピーチをするかの様にパフォーマンスを始めた。