悪役令嬢に転生したアラサーはハッピーエンドを掴みたい
『アラサーの私、もしかして乙女ゲームの悪役令嬢に転生してる!?』
その日、ネット小説を読んでみようと思ったのは暇つぶしの気まぐれだった。
今までの私の既読リストには、プロ作家のミステリーやホラー、SFしか並んでいない。だから、たまたま目についたネット小説が初めて読む異世界転生モノ。
——悪役令嬢に転生したアラサーはハッピーエンドを掴みたい——
タイトルが気になったのは私もアラサーだからかもしれない。全30話と短めなのも手頃だった。
バス待ちの列に並び、凍える指でスマホの画面をスクロールする。序盤はタイトルどおりの展開。
日本育ちのアラサーが悪役令嬢イングリッドに転生して、それから?
『攻略対象に近づかなければ大丈夫! 興味を持たれないように目立たないように、何としても断罪を回避しないと!』
なるほど、ゲームのシナリオ通りに進むと断罪されちゃうんだ。
がんばってフラグを折らないと。
まあ攻略対象に興味を持たれないように、なるべく近づかない、目立たないようにするのは基本中の基本でしょう。
中盤に入ったところでバスが来た。混み合う車内に乗り込み、オレンジ色の手すりを掴みながらスマホ片手に読み進めると、だんだん思っていたのと違う方向に展開が変わっていった。
『君は他の女性とは違う。俺を避けているだろう?』
——あれ……?
興味を持たれたくないのに、あからさまに攻略対象を避けちゃうの?
『あの便利な道具も君の発明だろう?』
目立ちたくないのに、チート知識で便利な道具を開発しちゃうの?
『ふっ、君は実におもしろい』
分からない……。
おもしれー女になりたくないのにおもしれーことばかりしちゃう矛盾した心理が。
分からないのは私が恋愛下手だから?
いいなと思う人にいざ告白されたら急に面倒になって断るようなクズだから。友達に告白されたらどっちの関係性も惜しくなって返事を引き延ばすクズだから。だめだ。やばい。また昔の黒歴史を思い出して落ち込んできた。
いつもより荒いバスのブレーキに対抗して、ぐっと足を踏ん張る。
でも矛盾しているのは確か。
攻略対象に急にそっけなくしたり、いい人感を見せたり、チートで便利商品を開発して目立ったり……自分の魅力を上げ過ぎる言動ばかり。
容姿も家柄も揃った悪役令嬢が、急に内面までマトモを通り越して有能になったとしたら。
周囲の人たちはどう思う?
(興味を失うどころか大ありでしょ)
いわゆる『おもしれー女』の誕生だ。
おもしれー女は攻略対象から興味を持たれて、確実にハッピーエンドで終わる雰囲気を終盤で出している。
だから結果オーライで、良かったと言えば良いんだ。むしろとても良いんだけれど。
私は三話目に戻って、攻略対象である婚約者とイングリッドが初めて会うシーンを再読する。まずここだ。ここでの対応が矛盾の第一歩。おもしれー女フラグの最初の決定的シーンを表示させたままスマホをスリーブさせて、チェスターコートのポケットにしまった。
(納得できない)
攻略対象に興味を失ってもらいたいのに、どうして逆に興味を持たれるような言動をするのか理解できない。
もどかしいし、もやもやするし、
この矛盾を許容できない。
(私だったらそんな選択はしない)
本当に、本心から攻略対象と関わりたくない、回避したいと願っているなら。
(私だったらもっと上手くやるのに)
矛盾なく、きちんと目的にそって抜かりなく——。
念のため作中の作品名は投稿日時点でネット上に存在しないことを確認済みです。