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悲竜  作者: 鳥遠かめ


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06.竜騎兵

 いよいよ緋色の竜のことが軍にバレたか。

 竜騎兵が広場に下りてくる。

 竜と入れ替わるようにしての登場だ。竜の姿を見ていないはずがない。


「なんの用だ?」

 兵が下りる前に訊ねる魔女。攻撃するわけでもないのに、杖を握る手が固い。


「なんのって……」

 鉄の鎧に身を包んだ兵士は鞍から降りると、鉄仮面を取って一礼した。

「いやですよ魔女さま、定期のお使いじゃないですか」


 新兵の一人だ。竜騎隊はエリート集団だが、新米は戦闘ではなく、伝令や荷運びがおもな役目とされる。相方の竜と絆を深めるほか、操縦技術を学び、空から見た地形を憶える訓練でもあるのだ。

 とはいえ、竜骨と竜鱗を使った最強の槍は入隊時に贈られ、新米でも肌身離さず持っている。


「す、すまない! ちょっと待っててくれ!」


 魔女は慌てて小屋に駆けこみ、棚を漁り始めた。

 竜やかつての婚約者のことを考える日々だったというのに、軍に提供するぶんの支度がまだ済んでいない。


「よし、あったぞ」


 普段から常に在庫を用意して回転させる癖をつけていて助かった。

 魔女が薬を詰めた箱を持って出ると、新兵が騎竜をなだめていた。


 騎竜は通いの緋竜によく似た容姿だがわずかに大きく、灰がかった青色をしている。

 頭部には騎乗用の手綱(たづな)竜銜(はみ)が取り付けられており、背には革製のサドルが設置してある。サドルには荷物入れなども付属しているようだ。

 魔女はそれらをつぶさに観察してよく憶えておくことにした。


 騎竜は首を天に向かって伸ばしながら高音で鳴いている。

 緋色の竜は見せたことのない仕草だ。

 新兵はたっぷりと時間を掛けて、やっとのことで騎竜をなだめた。


「一体どうしたんだ。不仲か?」

「いえ、そんなはずはないんですけど……。ひょっとしたら、においのせいかもしれません」


 新米とはいえ、やはり竜騎隊というだけのことはある。

 魔女は思わず「隠しきれないか」と呟いた。


「隠すも何も、空までにおってましたよ」

「あれは客なんだ。人を襲う気配もない」

「何がです?」

「何がって、赤い飛竜が……」


 新兵はきょとんとして首をかしげている。

 可愛いつらをした青年だ。その仕草は竜にも似ていた。

 いや、そうではなく……。


「何も見なかったのか?」

「え? 特に何も……。あまりにもいいにおいだったんで、夕食について考えてましたけど、マズかったですか? ところで魔女さま、なんか濡れてませんか?」


 どうも話が噛み合っていない。

 彼の竜は落ち着いたようだが、執拗に周囲のにおいを嗅ぎ続けている。

 それも、地面の焦げ跡を特に重視するわけでなく、上空を気にするそぶりも見せていた。


「魔女さまの昼食は焼肉でしたか?」

「え? あ、まあ、そんなところだ」

「羨ましいですね。僕らはあまりがっつりいけないんで」


 竜のことには気づいていないようだ。

 魔女は余計な詮索をされないよう、話を変えようと考えた。


「兵舎で出されるものしか食べられないのか?」

「いえ、巡邏(じゅんら)も兼ねて街に出て自由にやってますよ。でも、こいつらには焼肉はご法度なんですよ」


 新兵は親指で背後の騎竜を差した。


「罰則があるわけじゃないんですけど、興奮しちゃいますからね」

「興奮?」

「あ、ご存知ないんですね。飛竜は雄だけが火を噴くでしょう? 雄が雌に交尾を承諾してもらう際、焼いた獲物をプレゼントするんですよ。火力が強いほうがモテるみたいで、捧げものは黒焦げであればあるほどいいとか。そういうわけで、僕らは火を通してない餌しか与えませんし、自分たちの食事も、竜と一緒の時は干物か煮物ばっかりなんです。いいなあ、ステーキ」


 魔女は彼の解説を半分くらいしか聞いていなかった。

 黒焦げ、プレゼント、交尾、なるほど。

「交尾か、交尾な」

 魔女は力無く繰り返す。

 新兵は「ど、どうしましたか?」と頬を赤らめた。


「離婚したかったらどうするんだ?」

「えっ!? そりゃ帝都の裁判所に行って申請を。魔女さまご結婚なされてたんですか!? 困ったな。あの人にこれを渡すように言われてたのに……」


 新兵は何やら縦長の瓶を持っている。中には見覚えのある白い花。


「ルセナの花か」


 薬箱と交換に瓶を受け取り、思わず苦笑する。

 これは軍医と恋人同士だったころ、魔女が「好きだ」と言った花だ。

 根っこが旨いと聞いたので、薬効を学ぶついでに料理して食べたら気に入ったのだ。

 そういう意味合いで「好きだ」と言ったのだが、以来、彼はよくこの白い花を贈ってくれるようになった。それらは根っこ抜きで「花」として贈られていたが、面白いので真相は黙ったままにしてあった。


「困った。なんて報告しよう。あ、でも離婚するんだっけ。よかった……」


 魔女は独り言を呟く新兵をわざと睨んでみた。

 彼は「ごめんなさい、よくないですよね!」と、なぜか敬礼をした。


「わたしはもともと結婚してないぞ。それと、これは返しておいてくれ」

 花の入った瓶を突き返すと、新兵はますます困り顔だ。

 魔女はこころの中でほくそ笑むと、「代わりに伝言だ」と続ける。

「言いたいことがあるんだったら直接会いに来い」

 ところが、新兵は表情を戻さず、「会いたいがここまで行く時間がないとおっしゃってましたよ」と返した。


 魔女のほうの表情が崩れる。くちびるを噛んで眉間にしわ。


「ちっ、会いたいなどと嘘を言って」

「嘘じゃないと思いますけどね。時間がないのも本当だと思います」

「何か知っているのか?」


 魔女は棘のある問い掛けをした。新米兵士め、実戦に出たこともないくせに。


「部外者には話すなとは言われてるのですが……」

 頭を掻く新兵。

 魔女は腕を組んでそっぽを向いて返事をする。

「別に知りたくはない」

 新兵は短く唸るとため息をつき、「どのみち気づかれるとは思うのですが」と付け加え、機密だという情報を教えた。


 敵国を山脈側から奇襲するために、雪解けを待たずに隊を北西部の山岳地帯へ送り込む計画があるそうだ。

 竜騎隊だけでなく、一般歩兵はもちろん、魔術師や医療班も加えた中規模の混成部隊で、彼らは山を背にした敵の砦を奪取後、そのまま本隊と前線を挟撃する。

 軍医の彼も参加予定で、作戦が始まれば再び帝都を離れることになる。

 砦に腰を据えるということは、長引く可能性が高い。


「詳細な日時はまだ聞かされてません。まあ、僕は留守番ですけど」


 魔女は再度くちびるを噛む。軍はまた無茶をやる気のようだ。

 北西の山脈は険しい。竜騎隊ならともかく、徒歩で越えるのは困難だろう。

 戦闘よりも環境に殺される確率のほうが高いくらいだ。


「そうなると、次は冬眠知らずの薬のオーダーか」

 言った魔女の声は平坦だった。

「さすが魔女さま! そうなんですよ。それも伝えてくれって」

 新兵にとっては他人事らしい。魔女は彼の笑顔にこころで舌打ちをした。


「それで、さっきの離婚の話なんですけど……」

「人間同士の話じゃない。竜の話だ。おまえたちは飛竜と決別したい場合はどうする?」

「へ? 僕たちは別れたりなんてしませんよ。どちらかが死んだ場合だけです」


 新兵はそう言うと、背後の竜の頭を撫でた。

 騎竜は魔女の竜が甘えるのと同じように喉を鳴らし、頭をこすりつけている。


「大切にしてるんだな」

「もちろんです。だから心配なんですよね。実戦に出ることになると、こいつも傷つくかもしれませんし、魔物退治も仕事に含まれますから。相手がドラゴンだったら、って考えると……」


 悲しげな表情で撫で続ける新兵。

 通じ合ってるのか、騎竜もまた喉から「きゅーん」と音を鳴らした。


 その姿を見て腹を決める。

 隣の村と同様、どの道バレることだ。


 魔女は、ここを訪ねてくる緋色の雌竜の話を新兵に打ち明けた。


「前もって報告しておいて欲しいんだ。言ったように、人を襲うことはない」

「問題ないでしょう。飼育でもなければ使役でもないようですし。まして密猟でもありませんしね。帝国法の魔物対策条項でも、雌竜は個別対応で種族ごとでの駆除や保護の一括指定はありませんから」


 新兵は請け負うも、「ただ……」と付け加える。

「勝手に乗り回したりすると捕まりますけどね」

 魔女は「も、もちろん知ってるぞ」と返事をした。


「では、僕はこれで帰ります」

 新兵は竜にまたがると、「あ、そうだ」と言った。

「僕みたいな恋人もできたこともないのが言うのもなんですけど、時間がないのなら帝都でお会いになったらいかがですか? 魔女さまは向こうにも用事がおありでしょう?」


 待ち合わせという形なら落としどころだろう。

 魔女は「確かに」と思うも、「さっさと帰れ!」と手を払った。

 新兵は首をすくめると、「では!」と手綱を握り、竜を飛翔させた。


「訪ねるなら向こうからだ」

 無関係な竜騎兵の影を睨みながら魔女は言った。

 それから彼女は、両手の人差し指と親指を広げて輪っかを作り、そこから竜影を覗いた。


「確か、このくらいの大きさだったはずだ」


 魔女はそうひとりごちると、小屋から自作のハーブ酒と酔い醒ましの薬を持ち出し、村へと続く森の小径へと靴先を向けた。

 すでに薄暗くなり始めている。

 魔女は精霊に命じ、杖の先に小さな火を灯し、森の中へと消えた。


***

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