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悲竜  作者: 鳥遠かめ


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05.考察と焦熱

 魔女が百回ねぶられてからというもの、竜は広場に入り浸るようになった。

 夜にはねぐらに帰っているようだったが、日中はほとんど小屋の前にいる。

 とはいえ、ずっと相手をしてやる必要があるわけでもないようで、魔女と触れ合ったり、魔女の独り言を聴く以外には、丸まって木漏れ日を背に受けながら昼寝をしていることもあれば、風景と化して獣や鳥を眺めていることも多かった。


 魔女は当初、魔女業や村との取引に差し支えるかと心配をしたが、村人は村長から事情を聴いていたためかすぐに慣れてくれたし、魔女を頼りに遠方から来る者は、そもそも人目がなく竜も去った闇夜に紛れるのが多かったし、竜と鉢合わせた程度で引き返す覚悟の客を間引くことができて都合がいいとも考えられた。

 それに、魔女の個人的な趣味としても、他人が竜に驚いたりするさまを見るのはいい娯楽になっていた。

 ひとつ困りものだったのは、村のがきんちょどもが「度胸試し」として村の約束を破って竜を見物に来るようになったことだ。

 村の大人たちとの約束もあることだし、魔女はそういうのを見つけると、にがーい葉っぱを振って連中を追いかける。連中は連中で「魔女が来たぞ」と嬌声を上げて村へ引き返す。それもまた娯楽だった。


 竜がたまに姿を消すのは食事か排泄らしく、魔女が日頃の礼に生きたヤギ一頭丸ごと与えたときは、嬉しそうに獲物を咥えどこかへと飛び去って行き、しばらくしてから血のにおいをまとって戻ってきた。


 この行動は、魔女の興味を誘った。


 竜はなぜ自分の前で食事をしなかったのか。

 まさか血なまぐさい現場を見せまいとする気遣いではなかろう。

 獣には他者の前で食事をしないたちのものも多いが、それだろうか。

 あるいは、自分の場所で食事をしなければならない特別な理由があるのではないか。


 人が野生の竜について理解していることは少ない。

「竜」とひと口に言ってもさまざまな種類がおり、飛竜もいれば翼を持たず地を這う竜もいるし、魔導を為すものや、成竜でもイヌより小さな種もいる。

 大型の竜となると数が希少で、個性というやつか地域差や個体差も大きく、帝国軍が飼い慣らす蒼い飛竜はもはや別の生き物だし、村々を回って生贄を差し出させて腹を満たす狡猾な邪竜もいれば、人間の持つ光物を好んで巣に宝を貯めこむのもいる。

 伝説の話になると、背中に森や村を乗せて海を漂う浮島のようなやつもいるし、人間と交わって亜人種の祖になったなんてのもいるくらいだ。


 魔女が関係している個体に関しては、人慣れする獣や鳥の特性が色濃く出ているように思えた。


 と、すれば……。


 魔女は、竜が自分の巣で雛に餌を分け与えている様子を想像した。


「ふむ」


 彼女から発せられたそれは、納得や同意を意味するものだろうか。

 じつのところを言うと、魔女は図書館で不愉快な元同窓生に指摘された「雄の竜と勘違い」という説を、すっかり信じていた。

 演じているつもりでもないが、帝国の人間の旦那役よろしく、はしゃぎすぎた竜を毅然と窘めたこともあった。

 そのせいか、竜が自分の知らぬところで何をしているのか問いただしたい気持ちが起こったのだった。


「なあ、竜よ。おまえ、浮気してるのか?」


 ふごっ、と昼寝中の竜の寝息が詰まった。


「……起きてるのか?」


 いや、寝ているはずだ。よもや複雑な人語を理解するはずもあるまい。

 それにその、自分で言っておきながらだが……魔女は手のひらで赤くなった顔を覆った。


「どちらかというと、わたしのほうが浮気相手だろうな」


 冷静になって整理してみる。初めての出逢いは北の山に素材収集に出かけたさいに、密猟隊が竜を攻撃する現場に出くわして救ってやったときのことだ。

 敵味方の違いはあるものの、魔女と密猟者たちが同種の人型人種であることくらいは理解していただろう。

 黒づくめの服装を目印に記憶していたとして、最初に小屋で会ったときには、帽子と杖はナシだった。マントだけで識別できたのだろうか?

 付け加えると、山ではマントの前は閉じていた。

 今でこそ髪を晒した姿はもちろん、魔女のトレードマークの一切をナシにも認識して貰えているのだが……。


「ん? そもそも、どうやってこの場所を知った?」


 今更の疑問である。小屋の前で待っていたということは、魔女個人を認識したうえ、ここに出入りしていることを知っていたということだ。


 魔女は顎に手を当て考えた。

 魔女業を始めて間もないころに、惚れ薬を求めてきた客がいたのを思い出す。


 惚れ薬。


 関わりのない者が魔女に持つイメージの大抵は、不快で得体の知れないものだが、この秘薬に関しては誰しもが興味を持つのではないだろうか。

 古臭く型にはまった印象だろうが、じっさい魔女にそれを求めてくる輩は少なくない。そして、薬の評価もまた高いのが事実だ。


 なぜなら、魔女の惚れ薬は「真実にしてしまう」のだから。


 魔術師にも精神制御や幻覚の魔術で相手の好意を操作する者が存在するが、魔術は効力が切れるとそれぎりで、夢から醒めたようになる。

 術式や魔力や耐性の都合いかんでは、騙されていたことまで覚えていたりして始末に負えない。

 もちろん、魔女の処方するそれにも効力の期限はある。

 だが、強制的に認識をゆがめる術とは違い、身体的に作用する薬は服用者にとって現実感が強く、効果中に好印象を与えることができれば、薬の成分が抜けたのちも当人に恋愛感情が残り続けることになるのだ。

 それはもはや本物の恋と区別がつかない。そもそものところ、本物の恋だって、その場の雰囲気だとか食事や酒だとかのエッセンスが手伝って始まることが多いのだし、よもや魔女の薬がズルだなんていわないだろうねえ、いーっひっひっひ。図書館にあったどこかの魔女の著書にそう書いていた。

 それでその恋の媚薬の調合方法であるが、レシピは非公開というか、あってないようなものなのである。

 なぜなら、神経に作用するいくつかの素材以外は、ほとんど自由なのだ。

 何を神経に作用させるかという話で、結びたい双方に関係するものを多く含ませる必要がある。

 具体例を挙げると、相手の好きな香りと仕掛け人のにおいを混ぜるとか、髪の毛やら唾液やら血やら、あるいは身体の一部やらを使うとかだ。

 それらと基礎となる神経作用の薬とを上手く調合して惚れ薬は完成する。

 ゆえに、ことの正否については依頼人の努力と魔女の腕前の両方が必要になってくるし、ケースごとにレシピも変わってくる。


 緋色の魔女のもとに訪れた依頼人は、最初から準備が万端だった。

 彼女は自分に惚れさせたい娘の好む花や食事はもちろん、髪の毛やらカフェで手に入れた唾液やら、ゴミを漁って得た血やらも用意していた。

 もちろん、不足があっては困るからと、魔女に標的の住所やら一日の行動パターンやら癖やら可愛いところやらをびっしりとメモしたノートも差し出したし、材料に欠かせない自身の要素として採れたての体液を提供したりもした。

 魔女は、殺しに使われるだろう毒薬の調合を依頼されたときよりも断りたい気持ちになった。

 とはいえ、もぐりだろうと公認だろうと、魔女が噂の風に乗るのも大抵はこの手の依頼がきっかけで、業界の試金石ともいえる案件だったために引き受けた。

 嘘だ。あの焼き殺さんばかりの愛の焦熱に逆らう勇気が起きなかっただけ。


 結果がどうなったかはここでは伏せておくが、依頼人はやっぱり異常だったし、魔女は魔女で現在、その髪の色と腕前から「緋色の魔女」というふたつ名で通っているのだけは確かだ。


 ようやく話を戻すが、つまりはこの雌の竜も、あの依頼者と同様のことをして魔女の家を突き止めたのではないかということだ。

 魔女もいくら戦場を経験してるとはいえ、四六時中、上空まで注意を払っているわけではない。雌の飛竜は魔女の知らぬ間に何度も彼女の姿を探し、見つけて観察し、いよいよ確信を得て接触してきた……というわけだ。

 今になって気づくが、あとから使うようになったとはいえ、香水もマズいかもしれない。魔女のにおいと混じるわけだし、考えてみれば当竜のものとはいえ、本来なら……競争相手である同性の竜のエッセンスが含まれているはずだ。


「おまえ、変態なんじゃないだろうな?」


 竜は答えない。寝ているからだ。

 呼吸が一拍ぶん止まった気がしたが、それは魔女の錯覚だ。


 竜がそこまで自分に入れこむ理由はなんだろうか。

 巣に雛がいると仮定すれば、餌だけ与えにだけ戻って長時間ここに居座るはずがない。やはり、いのちの恩人というだけでは弱い気がする。

 あるいは雛をほったらかすほどに熱を……?


 あの依頼人の濁った目玉を思い出した魔女は、マントの前を合わせてぶるりと震えた。


 魔女はいろいろと安心を得たいために、竜のここ以外での姿を見たいと考えるようになった。

 手段はいくつかあるが、それよりもまずは試せるところ、簡単で確率の高いところから当たっていくべきだろう。


 魔女は竜が目覚めると、あいさつ代わりに抱きついて撫でてやり、竜の目の前で大きな干し肉を噛み千切って食べて見せた。

 残りを差し出すと、竜は口を開けて待ち、投げこむとその場で咀嚼して飲み下してくれた。

 単に魔女の前では警戒する必要がないということなのかもしれなかったが、それを言い出すときりがない。とにかく、生物学的習性の線は否定だ。


 次の日、魔女は村から老いたヤギを一頭買い付けた。

 もうほとんど死にかけていたが、寿命であって病気ではない。

 そいつを前回のように竜に差し出してやる。

 ところが、竜はヤギのにおいを嗅ぐと、どこか哀れっぽい調子できゅるると喉を鳴らし、かぶりつくことはしなかった。

 前の若ヤギは生きたまま咥えて飛び去ったというのに、何が違うのだろうか。


 先日の干し肉の分け合いのこともあるし、魔女が目の前で食べて欲しいと考えているのは分かっていそうなものだ。

 やはり、血なまぐさい光景を見せないようとしているのか。


「わたしだって、狩りのひとつやふたつはできるんだぞ」


 魔女はそう言うと、麻酔を含ませた布とナイフでヤギのいのちを終わらせた。

 出血の勢いに竜は目をしばたき、翼を半開きにして二、三歩あとずさった。


「まさか怖がっているわけじゃないよな? 動物を食わずにその巨体が維持できるはずがない」


 魔女は淡々と、いのちだったヤギを食べ物としてのヤギに変換していく。

 切れこみを入れて毛皮を剥ぎ、内臓を分け、物が下に向かって落ちることわりに頼って桶に血を溜める。

 竜はその様子を、顔をまっすぐにしたり側面を向けたりしつつ、何度も鼻を鳴らして観察していた。


「ま、わたしが我慢できる程度でいいか」


 血抜きを待っていたら時間がいくらあっても足りない。

 魔女は脚をひとつ切り分けると、平べったい岩の上に乗せ、その上にお気に入りのハーブを散らすと、杖をかざして意識を集中した。


「おまえの前でこれを見せるのは二度目だな」


 魔に属する女のくちびるが約束の言葉を紡ぐ。

 俗に「魔術」と呼ばれるそれにはいくつかの体系があり、魔女の有するものはおのれの魔力を餌に契約した精霊に力を使わせるたぐいのものだ。

 直接、自身の魔力で現象を起こすよりも安上がりで、調整も精霊任せで手軽な魔術とされている。

 魔女は髪色よろしく火の精霊と契約を交わしている。

 火の精霊は最も契約者の多い精霊だ。

 戦争の道具としても優秀だが、魔力量の少ない人間にも台所仕事に便利だし、薬の調合や水や道具の消毒、それから切断や毒に対する最終にして最速の手段としても使えるため医療者にも好まれている。


 ただひとつ、使い勝手が悪い点があるとすれば、

「おい、焼きすぎだ!」

 精霊との意思疎通は天性の才能と相手の気分次第なので、かまどに火を入れるのならともかく、直火焼きには向かない。

 魔女は帝都で食べた溶岩焼きを想像していたのだが、精霊が妙にはりきって、岩どころかその上の肉や、取り置いていたかたまりにも火を点けてしまった。


 魔女は黒焦げになったヤギのローストレッグを前に肩を落とす。


「いや待て、肉がデカいぶん、中のほうは無事かもしれんな」


 自分の昼飯にも充てる予定でもいたし、魔女はナイフで自身の服より黒い表面を削ぎ落としてみた。

 鼻にこびりつきそうな煤のにおいの中に、脂の旨味を嗅ぎ取る。

 無事な部分を切り分けて口に運ぶと、確かに血と肉の味がした。


「まあ、食えないことも……。うっ、苦っ……」


 魔女はいのちに感謝……というか謝罪してよく咀嚼し、肉を飲み下した。

 それから、大部分が焦げてしまったローストレッグを持ち上げると、竜に向かってかざした。


「別に残飯処理させようってわけじゃないぞ。いらんなら肥料に変えて売る」


 言い終わる前に焦げ肉が持っていかれた。

 竜はそれを骨ごとばりばりとやっている。

 いつもよりもふたつぶんくらい高音で喉を鳴らし、頭と身体を左右に振りつつ上下させている。


「旨いのか? 嬉しいのか?」


 こういう反応をされると、こちらも気分がよくなってくる。

 魔女は腰に手を当て、竜の食事を眺めた。

 残りの部位も勧めると、竜は脇目も振らずに食べ始める。

 胴体はもちろん、別に使おうと思って剥いだ毛皮や、火災を免れた内臓や血桶までも、魔女が止めるのも聞かずにばりばりむしゃむしゃと食べてしまった。


「おいおい、さすがにそれ、うわっ!」


 竜の鼻先によって魔女が押し倒される。

 魔女の頭に興奮し過ぎた竜が自分を食べてしまう図が頭によぎるも、竜は鼻息荒くも、彼女をしつこく舐め始めた。

 止めても聞かない。焦げ臭いったらない。

 顔はいつもどおりべちゃべちゃだし、袖がめくれて腕も舐められ、マントやスカートもめくれて腿のあいだにも舌が這って、魔女は思わず声を上げた。



 ……いつだったか、あの人は「きみの香りが好きだ」と言っていた。



 血や薬品どころか戦場の炎のにおいまでが、髪や衣服に染みついていたというのに、彼は「きみのにおいが分かる」と言った。

 あのときはそれを、くちびるの戯れに伴ったまさにリップサービスだと考えていた。

 のちのちに胎が張り始めてにおいに敏感になってからは、彼女もまた血や煤の中から男のにおいが嗅ぎ分けられたし、それが本能的にパートナーのものと区別がつくようになった。


 煤と唾液にまみれながら、魔女は自身の手首を鼻に当て深く息を吸いこむ。


 戦地から離れて魔女業に打ちこむようになってからは、嗅覚は研ぎ澄まされる一方だった。商売道具のひとつなのだから当たり前だ。

 手首からは今朝ひと吹きした香水の、竜によらない成分すらも嗅ぎ分けられた。


「おまえもにおいが分かるのか?」


 だとしたら、同性をねっとりとつけ回す変態と同類にするのは可哀想だろう。

 理由はともかく、竜はわたし個人にまっとうに会いに来てくれたのだ。


 ……と、解釈をしておく。


 なんにしろ、居場所を知っていながらずっと会いに来ない誰かよりはずっとましだと思った。


「たまには、わたしのほうから訪ねてみたいのだが、ダメか?」


 竜に問う。竜は話しかけられているのは分かっているらしく、舐めるのやめてじっと魔女を見つめ、小首をかしげた。



 ふいに、竜は天を見上げ、岩を打ち鳴らすようなけたたましい音を発した。

 喉が激しく震えている。警戒音だ。

 竜はもう一度だけ魔女を舐めると翼を広げた。

 空間が足りずに翼の端が木の枝を引っ掛けたが、構うことなく彼女は飛翔する。


「どうしたんだ!?」


 返事はなく、竜は瞬く間に飛び去ってしまった。


 ほんのいっときの間を置いて、広場の上空に別の影が現れる。


 青い鱗に覆われたその姿は、帝国軍竜騎隊の飼い竜であった。


***

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