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悲竜  作者: 鳥遠かめ


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14/15

14.共にあること

 付け火だった。

 ロウソクの寿命を利用した時限式の罠で、住民たちが寝静まった深夜を狙って壁板に染みこませた油に火が点くように仕掛けてあった。

 晩は風が強かった。

 川は雪に(とざ)された森の中、村の井戸水は凍ることはないが、井戸に至るまでの道も雪で埋もれていた。

 石造りでなかった八件が燃えた。全焼した。村の家屋の全体の半分だった。

 立ち上る黒煙は帝都からでも見えたらしい。

 通報するまでもなく帝国兵が駆けつけた。

 兵の検分によれば、火元は五件のみ。他の三件が燃えたのは風の仕業だ。


 あの日、村人のほとんどは自宅にいなかった。

 いたとしても、不審者の立てる音は雪が全て吸ってしまう。

 暖炉やかまどがよく仕事をしていたから、油や煙のにおいにも気づけない。

 だから、まんまとやりおおせたのだった。

 仕掛けをこしらえたあとにおこなった魔女への襲撃には失敗していたが、種明かしをした男は狂ったように笑っていた。


 脱獄犯いわく、これは密猟隊の総意だそうだ。

 忌みびとであり、素材剥ぎでもあり、禁忌に触れる同類でありながら自分たちを逮捕し突き出した偽善者は勘弁ならない。

 男は言った。「魔女も同様に罰せられなければ不公平だろう?」

 男一人だけが脱走できたのも他のメンバーの協力あってのことで、彼は死罪を覚悟の上で魔女への復讐に挑んだのだった。


「おまえのせいで村は全滅したんだ! さぞたくさん死んだだろうなあ! 魔女へ与えられる罰だ! 正してやったのだ! 感謝するがいい!」


 男は勝利の宣言と共に、兵に連行されて行った。

 次に太陽のもとに出られるのは、処刑台に上るときだろう。


「まったく、幸せな奴ですな」


 と、言ったのは村長だ。彼は視界から火付けの大罪人が消えると、雪の残る地面にうずくまったままの魔女の肩に手を掛けた。


「あまり気に病むことはありませんぞ。誰も死んでおらんですし」


 火付けが上手くいったのは、村人が酒場に集まっていたからだ。

 そして、酒場には火の手が届かなかった。

 村が地獄の様相と化しているあいだ、村民たちは暖かな酒場の宿泊スペースやら、散らかったテーブルやらで幸せな夢を見ていた。

 結果、八件も焼けてしまったが、それには住居ばかりではなく納屋や空き家も含まれていたいたし、家畜も凍死を防ぐためにいちばん大きな畜舎に集めていたし、畜舎が危なくなるころにはいい加減に火事に気づいて、大事には至らなかった。


「ま、雪が融けてからでいいでしょう。冬のあいだは壁の厚い家に間借りするところもありますし、どうにでもなりますわい」


 村長の声は柔らかだ。

 もちろん、村人の中には放火魔への怒りを隠さない者もいた。

 だが誰一人として、怨恨の火元である魔女を非難する者はいなかった。

 それどころか、結果は返り討ちだったとはいえ美女にして村の重要人物の家に暴漢が入りこむのを許したことに地団太を踏む者や、気落ちする魔女を元気づけようと食事を持って声を掛ける者がいたくらいだ。


「……いや、すぐに帝都に行って大工を雇ってくる。わたしのせいなんだ」


 魔女はふらふらと立ち上がると、足を引きずるようにして濡れた地面の上を進み始めた。



 風が炎を猛らせ火の粉を舞い散らせたように、噂もまた風に左右される。



 まるで、ヘビを見てドラゴンと言うようなものだった。

 魔女は事件当日に帝都に発ったはずなのに、噂はすでに広まっていた。

 しかも、「村が燃えたのは魔女の実験のせい」だとか、「魔女の妖しげな呪いのせい」だとかになっていて、架空の村人も全員が焼死していて、黒焦げのひん曲がった死体を見たとか見なかったとかいう話まで聞こえていた。

 無論、本気にしている者はそれほど多くはない。噂話は娯楽でもあり、魔女に関する話はなんでも真偽が定かでないことは誰もが承知している。


 それでも、食堂では酔客に「消火だ、火事避けだ」と水を掛けられたし、大工に関しても相場ではありえないほどの額を請求された。


 魔女はひとつの文句も言わず、反論もしなかった。


 ただ、手持ちの金貨を使い切ってしまったせいで、建て直しはできても謝罪に使うぶんが足りなくなったのには途方に暮れた。

 自宅にある香水や緑のすり鉢で手に入れた素材を換金すれば、まだまだ裕福ではある。

 だが、手ぶらのままで村の前を通って帰宅することはできないと思った。

 村民たちは明るく振る舞ってはいたが、その裏に恐怖や不安がないはずもない。魔女にもそれは分かった。


 魔女は思う。

 みんなのいのちを危険に晒したのだ。

 魔女は「救う」ことをなりわいとするはずなのに。

 わたしが生み出したものは、灰だけだ。


 魔女は足を止める。

 往来のまんなかで、好奇の目と忌々しげな悪態と、嘘八百のことばのどまんなかで。


 それから、懐に手を差し入れナイフを取り出した。


 ざわつき、誰もが足を止める。

 剣を帯びた者が身構えるのも見られた。


 魔女はナイフをおのれの首筋へと持っていき、燃えるような長髪をつかんだ。


 どよめきが起こる。

 魔女が髪を切ったぞ。気が狂ったのか。綺麗だったのにもったいない。


 魔女は自身の髪の束を持って、路地裏へと向かった。

 そこには、獣の髑髏を看板に掲げた妖しげな店がある。

 魔女は扉を叩き中へと入った。

 ぷん、と奇妙な香のにおいが充満している。

 テーブルや棚には錆びた剣やら水晶玉やら、よく分からない生物の干物やら、魔物の身体の一部やらが並んでいる。

 天井からも不気味な人形や奇妙な織物が吊り下がっており、魔力を感じる品やら感じない品やらが煩雑に入り交じっているようだった。


「おや、これは珍客。公認の魔女さまがどんな御用で?」


 商品の小瓶がぎっしりと並ぶカウンターの向こうには、フードですっぽりと目元まで隠した人物が座っている。ここの店主だ。

 しわがれた声は男とも女ともつかず、ひと目で要件を見抜いた店主は異様に毛深く爪の鋭い手を魔女に向かって差し出していた。

 帝都では珍しい獣人だ。


「これを買い取って欲しい」

 魔女は緋色の髪の束を差し出す。

 店主は髪を受け取ると、においを嗅いだり、頬ずりをしたり、一本引っぱり出して食べたりした。


「ふーん、しょせん人の毛は人の毛だね。大魔導士というわけでもなければ、怨みつらみが籠っているわけでもない。それでも美しい緋色の魔女の毛だ、おれには金貨の山が見えるよ」


 店主は髪の束をカウンターの下にしまうと、手のひらを差し出した。

 そこには金貨が三枚乗っている。


「これだけか? 金貨の山と言ったじゃないか」

「三枚の価値を山にするのは、おれの手腕だ」


 玉石混合、「騙されるほうが悪い」でやっている魔道具店だ。

 魔女はもっと高値がつくと思っていた。


「気に入らんならよそで売るんだな」


 それこそ二束三銅貨どころか、気持ち悪がって誰も買わない。

 魔女は傷ついた。

 長い髪はやっぱり自慢だったし、恋人の手のひらや竜の舌が好んでくれたし、何より(みそ)ぎのつもりで人前で切ったのに、それを無意味だと(わら)われたようなものだと感じた。


「分かった。三枚でいい。これとは別に、秘伝のレシピを買ってくれ」


 店主が「魔女の秘薬か」と呟くと、小さく毛深い手のひらからコインが滑り落ち、鋭い音を立てて瓶のあいだに挟まった。


「毒薬ならいらんぞ」

「毒にもなるが薬にもなる。生命力を活性化させて傷の治りを劇的に早くしたり、毒の効果を強化したりできるものだ」

「なんだ。治療術師でも似たようなことができるだろ」


 毛深い手が瓶のあいだからコインをつまみ出す。


「誰でも魔術が使えるわけじゃないだろうが。それに、魔術との併用ができる。併用すれば戦場でちぎれた腕をつなぎ直してその場で剣を振るうのはもちろん、断頭台で繰り返し死刑をおこなうことだってできるぞ」


 魔女はそう言うと、魔女めいた笑いを口に浮かべて見せた。


「ぺっ、嘘くさいね」

「実証済みだ。皇室親衛隊の常備薬としても採用されている。不死身とあだ名される隊長は知っているな? そいつはこの薬のお陰でそのふたつ名を頂いたんだ」


 フードの下が笑い、人のものではない犬歯が見えた。


「はいはい、そいつはすげえ。でもよう、副作用があるんじゃないか?」

「速攻性の副作用はない。だが治癒促進術と同様、多用すると老化が早まったり寿命が縮まる。流行り病も悪化する」

「ふん、それならおれのせいにはならなそうだな。まあ、買ってやるよ。だが、材料に悪魔の目玉が必要だとか、竜の生き血が必要だとか言わねえだろうな?」


 言いつつ、店主は三枚のコインを魔女の手に乗せた。

 魔女は周囲をうかがうと、身をかがめてカウンターごしに店主に顔を近づける。

 香を縫って獣くささが鼻を衝いたが、なんとか秘伝のレシピの材料と、調合のコツを伝える。


 すると店主は「チクショウめ」と悔しそうに唸った。


「そんな簡単な材料で……! おれにだって薬の知識はある。それが本物だって、ピンと来たぜ! チクショウ、どうしておれが見つけられなかったんだろう!」


 小さな獣人はなんども「チクショウ!」と繰り返すと、カウンターの下から金貨袋を引っぱり出した。


「確認させてもらうぞ」

 魔女は袋を開け、中身を検める。

 銀や銅も混じっているが、金貨が十枚は入っている。


「売る際に副作用について必ず念を押せよ」

「バカか、誰がそんなこと……」


 店主は唐突に歯を剥き、「ききーっ!」と悲鳴を上げた。

 魔女が眉間に竜の鱗を突きつけていた。


「絶対だ。この薬は普通の治療薬じゃない。生き急ぐ奴のための薬で、使い方次第なんだ。不安ならわたしの名前も沿えて売れ。そうすれば、薬の信用度も上がるし、万が一があればわたしの責任だ」


 魔女は鱗を店主の眉間から離すと、渡された袋から重さに違和感のある二枚の金貨を取り出し、竜の鱗で表面のメッキを剥いで、猿のような顔に投げつけた。


「材料費も安いんだ。混ぜ物なんてしてみろ、毒を盛るぞ」


 魔女は警告をすると店をあとにした。

 退出のさい、震え声で「へっ、おまえも軍の機密を漏らしたようなもんだろ。長生き出来んぞ」と言ったのが聞こえたが……。


 魔女は閉まった扉に向かって「すまん!」と謝った。


 レシピは本物だ。だが、緑のすり鉢で研究が捗ったおかげで、よりよい効能の薬が出来上がっていたのだった。

 それなりに希少な素材を使うが、軍には改良版を提供し、これまでのぶんはしかるべき機関の認可を貰い、もともと一般公開する予定でいた。


 魔女は村人たちのために厚手の織物や毛皮の上着などをたっぷり買いこむと、村へと急いだ。


 焦げ臭さの残る村に到着すると、驚きの声が上がった。

 魔女の短くなってしまった髪を見た村人はもちろんだが、村の中でしれっと瓦礫を咥えてうろついている竜を見た魔女も引っくり返りそうになった。


「おまえ、何をしているんだ!」

「こいつは魔女さまが出て行ったあとに駆けつけてくれたんですよ」


 竜を眺める鍛冶屋のオヤジが感心したように言う。

 村の男手だけでなく、子供たちまでも特に怖じる様子もなく、竜と一緒になって片づけを手伝っていた。


「魔女さま、気を落とすことはありません。俺たちはいつだって一緒ですよ」

 両脚の無い青年が車いすで現れ、魔女を励ますも返事を待たずに、父親に家屋の再建に使う金具の束を渡した。


「そうだよ魔女さま。あたしらとあんたは同じ仲間さ。もちろん、あの竜もね」

 恰幅のいい女が竜を見上げる。

「ま、食事の仕度だけは勘弁して欲しいけどね」

 わはは、と笑う女。


「ドラゴンは餌は自分で獲るんだぜ。でっかい角の牡山羊もひと呑みなんだ!」

 男の子が手で角を作って歌うように言った。

「そうそう。でも、魔女さま。この子はあなたから欲しいものがあるみたい」

 女の子が言う。


 魔女が竜を見ると、竜は瓦礫の山に焦げた柱を置き、こちらに向き直った。


「ごめんな。おまえの気持ちも知らずに。わたしは酷いことをした」

 魔女が両腕を伸ばすと、竜は小さく鳴き、頭を寄せた。

「おまえとわたしは、一緒だ」


 魔女は微笑みかける。

 竜は鼻先を魔女の胸にくっつけ、いつものように押し倒し、唾液まみれにした。

 魔女はくすぐったくなり笑ったが、竜の好きなようにさせ、自分からも竜に頬ずりをしたり、撫でてやったりした。

 村人たちが見ていても構わなかった。


 ふと気づく。


「おまえ、ずいぶんとぼろぼろじゃないか」


 竜の身体はあちらこちら鱗が剥げて、血がにじんでいた。


「魔女さま、それなんですが……」

 鍛冶屋が申し訳なさそうな顔で大きな袋を地面に置き、中を開いて見せた。

 袋には大量の竜鱗が入っていた。


「止めたんですけどね、自分でかじって剥いじまって……」

「そうか。まったく、無茶をする」


 魔女が竜を見ると、竜は首を縮め、あとずさった。

 だが魔女はその顔を追いかけ、鼻先にくちびるを当てて礼を言った。


「鱗はどうしやしょう? 治療術師ならくっつけれますかね?」

「いや、それはこいつからの贈り物だ。村の再建に役立ててくれ。こいつの傷には、わたしが腕によりをかけて秘薬を塗りこんでやるよ」


 そう言って魔女はもう一度くちびるを当て、舌先を少し出して舐めてやった。

 竜は喉を鳴らし、どこか切なそうに哭いた。


 魔女は思った。わたしもおまえも、ひとりぼっちじゃないんだ。


 翌日から魔女は村の再建に精を出した。

 魔女と魔女の森のそばに住む村の者たちと、それから竜と。

 竜もすっかりこちらに入り浸る気になっているらしく、緑のすり鉢で飼っていたヤギを村に連れてきていた。

 大工たちが帝都から訪ねてきたときにはちょっとしたパニックになったが、普段は田舎者とバカにしている村民たちの肝の座った様子を見て、帝都の大工たちも平静を装って竜のそばで(のこ)(つち)を振るった。


 魔女は不安になった。

 緋色の竜がこの村にいることは、国中に知れてしまうだろう。

 大工たちだけでなく、噂を元に様子を見に来た野次馬連中の目にも竜は捉えられていた。


 トンカチが釘を打ちこむ軽快なリズムに合わせて竜が首を振りはじめ、それに合わせて子供たちが歌い出すと事態は一変した。

 大工の棟梁が「やかましい!」と苦情を言う。

 だが、ちょうど酒場の店主が労いに持ってきた酒とつまみが功を奏し、大工連中も村民たちと歌い始めた。

 そのまま宴会だ。

 見物人たちは忌まわしい魔女と危険な竜を囲んで呑んでは歌う様子を見て、目を白黒させるやら、こっそり混じろうとするやらした。


 いつしか魔女の空白を埋めていた心配は消え去り、あとにはほとんど虚空は残らなかった。

 ただひとつ心残りだったのは、火事のことも帝都中に伝わっているだろうに、想いびとが便りのひとつも寄こさないことだった。

 帝都から届いたのは、復讐者の処刑日を記した通知書だけだ。


 そして、その通知書が届いた翌日、いつものように村へやってきた竜の全身には無数の矢が突き刺さっていた。


***

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