行列
クリスマス・イブ。残業をたっぷりした仕事帰り、コンビニへ寄る。こんな時間に何人かの若者がいる。彼らからすれば、家でゆっくり酒を飲むより、恋人や仲間らと夜のドライブに出かける方がいいというところか。贅沢な奴らめ。
ワインと弁当の支払いをする。「イブに仕事か、がんばってね!」レジ傍にあるクリスマス・チキンを眺めながら、同僚からの煽りを思い出した。「ああ」死んだような顔で応えたものだ。彼には家庭がある。自分のような独身社員がクリスマス前後に出勤させられるのはむしろ自然ともいえる。今時の、家庭におけるクリスマスとはどんなものだろうか。ケーキにクリスマス・チキン、クリスマス・プレゼント、クリスマス・ツリー。今の自分にはワインがあれば十分だ。
クリスマス。目が覚める。まだ夜は明けてない。石油ストーブはとっくに電源が落ち、すっかり体が冷えている。目の前にワインボトルが突っ立っている。飲み過ぎてそのまま寝てしまった。最悪だ。しかしいいこともある。繁忙期の中年男性にとって最高のプレゼントはすでに付与されている。それが今日の休みである。最高だ。
いつもと変わらない時間に家を出る。朝一で予約した、整骨院に行くために。通院は朝一に限る。順番が後になればなるほど時間が押すのは避けられない。貴重な休みなら猶更。天気も良い。田圃の真ん中にある、ごみ焼却施設の煙突からは煙が真っすぐ伸びている。その上を、越冬してきたハクチョウが飛んでいく。いい気分だ。
赤信号で停止する。対面に同僚がいるのを発見した。クリスマス・イブは休みで今日は出勤である。彼はマイ・カーに気づいてない。眩しい朝日が、彼の死んだような顔を照らした。彼は出勤、自分は整骨院、順番が回ってきたのだ。本当に清々しい気分だ。
ショッピングセンターのATMに並んだ。操作をしているのは学生、ずいぶん時間がかかっているらしい。自分の一つ前の若者の姿がガラスに映る。ウンザリという感じで右足に重心をかけている。整骨院にいったばかりの自分はまっすぐ立っていた。
初めにギックリ腰をやっとのは五年前。そこから気を付けてはいたものの、増え続ける残業に耐えきれなくなり、去年に二回目をやった。整骨院に通い出したのはそこからだ。調子が上向いたと思ったら、今回の繁忙期で今度は膝にきた。「腰をかばっているうちに膝に来たんだね」整体師は言った。一体次はどこに来る?戦々恐々。目の前の若者に是非忠告したい。姿勢は大事である、と。
学生がようやく終わった。列が一つ進む。ガラスに映った直立不動の自分、の後ろに、新たな列ができているのを発見した。猫背の女性、杖をついた男性、すっかり腰を曲げた男性、主婦、こども。彼らを高い順から並べてみよう。まるで「ヒトの進化の過程」を表す図の様だ。この場合、先頭に立つのは最も高齢のものからであるべきだ。生まれてから死ぬまで。最後に待ち構えるのはATM、人生の清算・・・
ATMで現金を引き出し列から離れる。一般家庭とは無縁の独身者にこの列は似つかわしくない。ではどこへ向かうのか?
店内の、風船の飾りつけがしてあるおもちゃ売り場の前。大きな箱を持った男の子が、楽しそうに母親と歩いているのに出会った。クリスマス。この家庭でサンタ・クロースがどのような位置づけなのかは不明である。が、男の子は確かにクリスマス・プレゼントを手にしている。今時の家庭におけるクリスマス、その一端を垣間見れただけでもクリスマスの気分を十分味わうことが出来たといえよう。
外は相変わらずの良い天気。糸の切れた風船、自分がそういうものに思えた。悪くない。青空に真っすぐ伸びる煙を、ハクチョウの群れと一緒に飛び越え、あくせく働く同僚の様子でも見に行こう。