母さん、殺したい。
※自殺描写があります
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母さん、殺したい。
母さん、今までたくさんありがとう、殺したい。
どうかお願いだから死んでください。
愛しています、死んでください。
愛しているから、殺せないから、
それならもう僕が死にます。
今までありがとう、母さん。
どうか、死んでください。
心
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心という名の由来は、いつでも人の心を理解してあげられる人間になってほしいという意味が込められているらしい。それじゃあ今の僕は『心』として生きる価値は無いのだろうか。
素敵な名前をありがとう、母さん。産んでくれてありがとう、母さん。
僕は本当に幸せ者だ。
小学3年生の時、クラスメイトの筆箱を壊した。その子は、入学した時から、よく分からないキャラクターの筆箱を使っていて、「これ、お姉ちゃんのお下がりなんだよね。」と苦い顔で周囲の人間に言っていた。
きっと、もっと明るいシンプルな筆箱がその子には似合う。
放課後の教室、その子の筆箱が机の上に置き忘れているのを見た僕はその筆箱をはさみでズタズタにした。
その日の翌朝、ボロボロになった彼女の筆箱が発見された。
「これは卑劣ないじめだ。」
先生は泣きながらそう言って、犯人探しを始めたので、僕はその場で手を挙げて、そのまま校長室に連れていかれた。母親が呼び出され、何故こんなことをしたのかと聞かれた。
「きっと喜んでくれると思ったから。」
先生と母親は何故か怯えた顔をしていて、僕は漠然と、「あぁ、間違えたんだな」と思った。
次の日、あの子はミントグリーンの綺麗な筆箱を嬉しそうに持っていた。
その日以降、母さんは僕をあまり外に連れ出したがらなくなった。
「あなたの為なのよ。」
と母さんが言う度、「僕の為なんだ!」と嬉しかった。
中学生になった。
あの日以来、小学校にまったく行かなくなってしまった僕には、中学の勉強はとても難しかったけど、僕が勉強をしている時だけ、母は笑顔だったから一生懸命勉強した。
ある日の国語の授業中、「筆者は何を思ってこの一文を書いたか」、という問いが出された。僕は図書館で借りた「夏目漱石の人生」という本を出して、その問いを考え始めた。
「お前、今はこの問題を考える時間だろ、別のことをするな。」
「先生、でも夏目漱石がどんな人間だったのか、どんな人生を歩んできたのか知りません。それが分からないと、彼が何を考えてこの一文を書いたのか、僕には分かりません。」
僕がそう言うと、先生は僕の口答えを叱って、本を没収してしまった。
その後、僕が考えた「夏目漱石の考え」は赤ペンが入れられ、先生は「答え」を発表した。僕は、人の心は他者が決めるものなのだと学んだ。
時は経ち、僕は大学生になった。一生懸命勉強したおかげで名のある大学に進学した僕を、母はどこにでも連れ出すようになった。親戚はみな口々に「良い母親だ。」「育児の成功者だ。」ともてはやして、母はその度に「いえいえ、心は本当に気遣いが出来なくて、勉強だけなのよ。」と笑った。
僕は母さんのことが大好きで、僕にお金をかけている自分のことが、母は大好きなんだなと知った時、僕が『心』である限り、母は僕のことを愛さないだろうなと悟った。
ねぇ、母さん、ぼく、最近空しいんだ。母さんが愛しくて、憎くて堪らないんだ。
どうしたらぼくを愛してくれる?「心」を認めてくれる?ぼくが死んだら、後悔してくれる?
ホームセンターでロープを買って、自室の柱に結び付けた。下にはブルーシートを引いたから、きっと部屋は綺麗なままだよ、母さん。母さんは、綺麗好きだからきっと喜ぶ。
遺書を置いて、椅子に登って、ささくれた縄に首をかけて、呼吸が止まって、涙が出てきて、嬉しくて嬉しくて堪らなくなって、、、、、、。
ぼくは「心」を失った。