2話
渚咲は一位から退いてしまった柊の姿を探さなかった。何故ならば、認めたくなかったからだ。
それから渚咲は毎日行っていた柊探しをやめ、楽しい事が一つもない様な毎日を送る事になった。
十一月のある日、修学旅行に行く事になった渚咲は、その日もつまらなさを感じていた。
夜に男女ペアになって、星の綺麗に見える丘まで登ると言う何ともくだらない行事があり、渚咲はイライラしていた。
星は丘の上でも綺麗に見えるのだろうけれど、今、この瞬間でも綺麗に見える。そう考えた渚咲は、ペアの男子に声をかけた。
「なぁ、俺さ……一人でもう少し星見たいから、先丘の上行ってくれない?」
「えっ? 先生に俺が怒られるじゃないか」
「俺が勝手にどっか行ったって言って良いからさ」
「――分かったよ」
男子は一人でどんどんと先を歩いていった。
渚咲はその場に少し留まり、静かに星を見上げていた。
流石に少しは歩かないとと思い、少しずつ歩いていると、足で何かを蹴飛ばした感触がした。《カランカラン》と軽快な音を立て、少し遠くに飛んだそれを渚咲は追いかけ、その場にしゃがみ、手に取った。
それはキャラクターが描かれた缶バッジであった。
「ありゃりゃあー、かわいそうに。安全ピンがどっかいってるね」
なにか見覚えがあるなと思い、少し考えた後、渚咲はあっと声を出した。
「これあれだ【助けて! お祓いプリンス】の黄色だ」
詳しくは無いが、前に一度見た事があった。
悪い霊が人間を困らせる時、お祓いプリンスが現れてお祓いをしてくれるというよく分からないアニメだ。
渚咲はお祓いをするのならば全員キャラはお坊さんで和服なのだろうと思っていたが、いざ一話を視聴してみると、みんな髪の生えたイケメンばかりで「何だこのアニメ」と思い、追っていこうかと思ったが、渚咲の中でのプリンスは柊であった為、視聴をきったらしい。
担当色により様々な職業をしながらお祓いはボランティアでやっているそうな設定であった。
この【お祓いイエロー】は普段は毎日仕事に追われる忙しないサラリーマンだ。いつも黒いスーツを身にまとい、髪が金髪のイケメン。ついでにメガネキャラだ。退勤をしてからがお祓い業らしく、自由がきかないが、自分の本業もお祓い業も大切に思っているが故に自由はきかない。それが「責任感がある! かっこいい」とそれなりに人気のキャラらしい。
「同じ学年にこれ見てるアニメオタクいたのか」
缶バッジに付いた土を払い、まじまじと眺めていると、進行方向から二人の女子生徒がこちらに向かって歩いてきた。
渚咲は缶バッジを見ていた為、相手の顔は見ていなかったのだが、その子達は渚咲の方を見てからその場で足を止めた。
「ねぇ! ゆうか、あれ、あんたの缶バッジじゃない?」
「えっ……あっ!」
一人の女子生徒が、渚咲に声をかけた。
「拾ってくれてありがとう。それ、あたしの友達のやつなんだ。返してもらってもいい?」
「へぇ、そうなんだ。ほら、いいよ」
そう言って渚咲は右手の上に乗った缶バッジを左手で掴むと、その子に差し出した。
すると、隣で下を向いている黒髪の女子生徒が前に出た。
顔は見えない。
「あの……ありが……とぅ」
その子は泣いていた。どれだけ大切な物だったのだろうか。
渚咲は少し驚いたが、そんなに大切な物を自分が見つけられて良かったと安堵した後、口を開いた。
「大切な推し……もう離すなよ。――じゃあね」
渚咲はその子に缶バッジを渡し、一人丘の上を目指し歩みを進めた。
その後ろ姿を、黒髪の女子生徒が熱い眼差しで見つめていた。
「名前きくの……忘れました」
「同じクラスじゃないよね。今度調べてみよっか」
*
十二月の期末テストが終わり、短い冬休みも終わった。
年が明けてから始めての登校日、今日はテストの順位が発表される日だ。
柊がトップを退いてから、渚咲はその紙を見にいかなくなった。あれからも柊が一位に戻る事がなかったからだ。
今日も掲示板の前には人だかりができている。
渚咲は特に気にすることもなく、自分の教室へと入った。
教室では女子生徒が何やらテンションが高く、うるさいなと渚咲は思った。その女子生徒達は大声でこう話していた。
「柊様がまた戻ってくるわー! 嬉しい!!」
「もう一位は無理かと思っていたけれど、華麗に返り咲きましたわね! 流石私の王子様」
「私の王子様よ!」
(――柊様が? 柊様が!?)
渚咲は勢いよく席を立つとそのまま走って掲示板まで向かった。
人の波をかき分けて、掲示板の元へとたどり着く。
そして、貼り出されている紙の一位を読み上げた。
「一位、柊裕。――やったー!!」
渚咲は周りが驚く程の大声で喜んだ。
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次回更新は明日、7月2日の0時からです。お楽しみに。