第35話 あの質問の、答え
「あなたの狙いは、最初から最後まで、ルシルでしたよ」
純白のローブが翻る。
ルフェリアの元へと歩いてきたフィリップは、痛みに声も出せないルフェリアを見つめた。
「幻術魔法です。禁術だから使えないと思いました? 残念ながら、禁術を躊躇なく使える人間はあなただけじゃないんですよ。後はリルさんの魔道具と魔術具ですね。……俺も、ただ魔力量に任せて大魔法を連発していた時とは違うんです。なかなか上手い演技だったでしょう? 何年も片想いしていた男の執念を、舐めないでください」
フィリップは、壁際で自分の姿をして倒れているルシルの姿を見つめる。
与えられる限りの防御魔法は与えた。けれど与えすぎれば、入れ替わりに気づかれる可能性があった。目を開けてフィリップの方を見つめてこそいるが、その焦点は怪しく、意識が飛びかけているのが分かる。
「あなたは、ルシルを傷つけた。だから俺はあなたを許しません」
ルフェリアは両手を伸ばし、魔法を放とうとする。けれどすぐに、あれほど身のうちに渦巻いていた膨大な魔力が消え失せていることに気がついた。今までの力には遠く及ばない、分留さえ怪しい頼りない魔法が、ルフェリアの指先から飛び出してすぐに消滅する。
フィリップは、指先で持った赤い宝石の指輪をくるりと回す。
「どうですか、『無能聖女』の戦い方は? 全てにおいてルシルに遅れをとった気分は?」
その言葉を最後に、ルフェリアは意識を失った。
がっくりとその首が折れ、ルフェリアの全身から力が抜けたのを見て、フィリップは慎重に歩み寄る。
完全に意識が途絶え、魔力の余波も感じないことを確認して、フィリップは手早く横たわる身体を縛った。
さらに素早くいくつかの魔法をかけ、一切の逃げ道を断つ。
過剰なくらいの拘束を終えた瞬間、壁際から掠れた声がかけられた。
「……フィリップ」
「ルシル!」
「ごめん。でも、善処はしたから」
どうにか笑ってみせた、というような様子のルシルに、フィリップは堪らず駆け寄ると、その身体を調べ始める。
やがて容赦なく注ぎ込まれ始めた魔力に、ルシルは苦笑した。
「これくらいで私が死ぬわけがない。相変わらずだね」
「それでも!」
「分かっているだろう? フィリップと一対一で勝率はフィリップの方がかすかに高いくらい。確実に勝つためには、こうするしかなかった」
「分かってます、分かってますけど」
微かに、ルシルの目が動いた。
それが意味するところを正確に理解したが、フィリップはルシルの身体に手を回して、羽のように軽い身体を持ち上げる。
「私は後で良い。あの女を優先して」
「嫌です。後少し放っておいたところであの女はどうでも良いですが、俺は一刻も早くあなたに治療を受けてほしい」
「君の治癒魔法で十分だよ。もう回復した」
二つの目が、互いに一歩も譲らないというようにぶつかり合う。
諦めたように口を開いたのは、フィリップだった。
「分かりました。ですが俺は、あの女を突き出すのはルシルと一緒にやりたいので。もう一度徹底して拘束しますから、その後にあなたをきちんと治療させてほしい」
「……分かったよ、そうなった君は折れないのは知っている」
ルシルの了承を得て、壊れ物を扱うようにルシルの身体を下ろしたフィリップは、徹底して、けれど手早く完全に封印する。そうして、もう一度ルシルの元に戻ってきた時には、その目は半ば閉じられかけていた。
「ルシル、眠いんですか?」
「……ああ、うん。まあ少し」
フィリップの声に、ルシルは重い瞼をどうにかこじ開ける。
視界いっぱいに広がるその美しい顔に、ルシルはどうしようもない幸せが溢れてくるのを感じた。
「……フィリップ」
「なんです?」
「質問の答えと、言いたかったことを、伝えても?」
ルシルがそう問えば、フィリップは顔を歪めた。
今にも泣き出しそうな顔で、フィリップは頷く。
「私が君に笑っていてほしいのも、幸せに生きてほしいのも、全部、君が好きだからだよ」
「……ルシ、ル」
「私は、フィリップが好きだ。……っ」
急に涙が溢れてきて、ルシルは言葉を詰まらせた。
言いたいことも、言わなければいけないことも、言うつもりだったことも、たくさんあって。
練習してきた言葉も、考えてきた言葉も、たくさん、たくさんあったのに。
「好き……好きだよ」
ただ、その言葉を繰り返すことしかできないルシルは、不意に温かさに包まれて、必死で抑えていた涙が溢れ出すのを感じた。
「ルシル……好きです。愛してます。ずっと、ルシルが、俺の世界でした」
少しだけ震えているフィリップの声を、息がかかるような近くで感じた。
「今まで数えきれないほどルシルに好きだと言ってきましたが、全然足りないんです。あれくらいじゃ、全然足りない。あなたが好きで好きで、俺はもうどうしたら良いのか」
フィリップは身体を離すと、ルシルの目尻にそっと口付けた。
その涙を吸い取るように軽く息を吸えば、びくりと手の中の身体が震える。
けれどルシルはすぐに目を閉じ、心地良さそうに身体を委ねた。
「……っルシル」
フィリップの声に宿る切羽詰まったような響きに覚えがあって、ルシルは自然と顔を仰向けた。
ねだる様に口を開けば、はっと息を呑むような音がして、性急に唇が押しつけられる。
技巧も何もない、激情に任せたかのような、余裕を失った触れ合い。かつん、と歯がぶつかる音が、頭の奥まで響く。
幸せに息をついて、最後にフィリップ、と呼びかけた記憶があって。
そこからの記憶が、ルシルにはない。




