第28話 無能聖女と魔術師長
「このまま行っても平行線でしょう。どちらかが譲歩しないと」
「……だったら別の質問。なんで、今、突然、僕に会いに来たのかな?」
「今が絶好の好機だから、と答えようか」
「それはそれは、あなたたちが教会の『遺産』を使ってあちこち動き回っていたことと関係があるのかな?」
「ご想像にお任せするよ」
2人が淡々と話す声だけが、部屋に響く。
「なるほどなるほど、つまり僕が譲歩しないとあなたはこれ以上口を割る気はないってことだね?」
「さらに情報を付け足しておこうか、私は、聖マートリア教会を魔術塔と同じように国家機関の一環として吸収することを想定している」
「それがやりたかったら、約束しろって?」
「いや? むしろ私は追加で情報を渡したんだから、譲歩の気持ちだよ」
「ならなら、聞くけど」
すっかりと冷めてしまった紅茶の表面に、わずかにさざ波が立つ。
机に小さく指を打ちつけたフェリクスは、その軽い口調を一切消し去って、ルシルに聞いた。
「あなたは本当に、聖マートリア教会を国で吸収するのが正解だと思ってるの?」
「というと?」
「聖マートリア教会は、唯一国家の下にない強力な機関だよね。王の圧政が始まった時に、抵抗できる最後の勢力を消して良いと考えてるの?」
「そうだねえ。では私の方からも聞かせてもらうけど、フェリクスさんは、国家が一切口を出せない強力な機関が平然と存在するのが国のためになると思っているのかな?」
わずかな物音を立てることも許されないような、張り詰めた空気が、部屋を満たす。
「あなたたちによると、僕たち魔術塔は民のためには絶対に力を使わない、貴族のための自分勝手な機関なんでしょう? そんなのに、聖マートリア教会を吸収してしまって良いのかな?」
「確かに昔はそうだったけれど、今はそうでもないと思っている。なんせ、圧政を強いて民を軽んじた王が民衆によって倒されるのは、長い歴史が証明しているからね」
「そうかもしれないけど、人間なんてくだらない生き物だよ。私利私欲の前に、どこまで理性が機能するか」
「随分悲観的なんだね。私からすれば、聖マートリア教会よりは、魔術塔の方がよっぽどまともな機関だと思うんだけれど。それに、圧政が始まれば、きっと第二、第三の聖マートリア教会が生まれる。あなたは人間なんてくだらないというけれど、くだらなくない人間もいるよ」
すっと視線を交わした2人は、同時に同じ結論に辿り着いて、ふっと肩の力を抜いた。
「吸収するにしろ、しないにしろ、それぞれ良いことと悪いことがある」
「そうそう、どっちを取ったって問題はある」
「だけど、どちらの方が良いかを決めるのは私たちじゃない。王族だ」
「……ああなるほどなるほど、ルシルさんが僕に声をかけたのは、元々陛下にまで話を通す前提だったってことだね? 聡明で民の現状を憂えていると評判の陛下に」
「さあ?」
肩をすくめてみせたルシルに、フェリクスが微笑むと、大股で座っていたソファへと戻った。
その姿を追って、ルシルも座り直す。
「なかなか、噂通りすごい人だね、ルシルさん」
「フェリクスさんも、評判に違わず恐ろしい方だ」
「分かった分かった、誰にも言わない。これで良い?」
満足そうに微笑んだルシルの表情に、フィリップは思わず目を奪われ、そんな場合ではないと首を振った。
その薄紅色の唇に浮かんだ笑みを思考から追い出して、フィリップはフェリクスへと視線を戻す。
「それでそれで? 聖マートリア教会を国家に吸収するって、具体的にはどうするつもりかな?」
「今の大聖女ルフェリアを蹴落とす」
「方法は?」
「フェリクスさん、彼女の罪に関して、どこまで知ってる?」
「何のことかな?」
「まさか何も知らないと言うつもりかな?」
ルシルの目が油断なく光るが、余裕げにそれをいなしたフェリクスは長い指を組み合わせて答える。
「じゃあじゃあ、ルシルさんは僕たちが何を知っていると思ってるの?」
「少なくとも、魔力持ちを捕らえてその魔力を吸収していることは知っているかと」
「……へえ?」
その答えに一瞬の間があって、ルシルは意外そうに眉を上げた。
「まさか、知らなかったのかな? 天下の魔術塔ともあろうものが? てっきり知っていて無視しているものかと」
「怒らせて判断力を鈍らせようとしても無駄だよ」
「お見通しか」
「当然当然。それで? その話、もう少し詳しく」
「詳しくも何も、そのままの意味だ。ルフェリアは、魔力持ちから魔力を奪って生きている。最近は聖女まで狙われていると、私たちは思っている。その罪を暴くことで、大衆の非難を煽り、聖マートリア教会を潰す。それだけだよ」
「その断罪役を魔術塔がやれってことかな? 正義の味方を演じろって?」
「話が早くて助かるよ」
「その前に質問がいくつか」
指を一本立てたフェリクスが、軽く顎を上げる。
「ルフェリアさんがそんなことをする意味は何?」
「彼女が本物の大聖女でないことを隠すためだ。不足分の魔力を集めている」
「まさか」
「荒唐無稽な話だと思ったかな? 全くもってその通りだと思うけど、信じてもらえるかどうかは別にして、私の過去の話をしようか」
「過去?」
「私はルフェリアの姪に当たる」
「……は?」
さすがに意表をつかれたのか、信じられない、という顔で絶句したフェリクスに、ルシルは内心ほくそ笑む。
そのまま、ルシルはちょうどフィリップにしたのと同じように、自らの過去を語り始めた。
そうして、追加で淹れられた紅茶も冷め切るころ、長い長い話が終わった。
「――何というか、とても信じられない話だね」
「そう言われると思ってここに来たよ」
「あなたの話には、何一つ証拠がない」
「それも言われると思ったよ」
「『遺産』を使えと? 記憶が証明になるって、そう言いたいんでしょ? でもでも、真偽も定かでない話のためにあれほど厳重に保管されている『遺産』を僕が取り出すと思ってるの? 『遺産』狙いの陰謀は後を断たないんだよ? ……って言われるところまで、あなたは想定してるんでしょ?」
「もちろん」
ルシルが、フィリップに視線を流した。
その意味を正しく理解したフィリップは、手に持っていた袋から小さな瓶を取り出す。
ことりと音を立てて、それが机の上に置かれた。
「これから、ルフェリアに後ろ暗いところがあるという話をしよう」
「これは一体何? 魔物の死骸みたいだけど、見たことがないね。どこでこんなものを?」
「これは寄生魔物で、生息域は基本的に北のザード王国。この国の北にもわずかに生息していることは確認した。見つけたのはバラッタ山脈、私たちが退治した魔物に寄生していた」
「ザードからバラッタ山脈まで移動した? 到底住める環境じゃないはずじゃ……ああ、それを運んだ人がいるってことね?」
その飲み込みの速さに、フィリップは唇を噛み締めた。
ほんのわずかな違和感から、あっという間に決してフィリップ1人では辿り着けない結論を引き出す。その姿はどことなくルシルと似ていて、そしてこの2人が組んだら向かうところ敵なしだと、そう思わされる。
更には、フェリクスとまともにやり合ったら、フィリップは勝てる気がしない。
単純な魔力量なら、フィリップの方が上だと言うのは間違いない。けれど、ルシルがフィリップに常々教えてきたように。
戦いは、単純な殴り合いじゃない。力を競うだけの場所ではない。
何も、勝てないのではないか。
そんならしくない気持ちが浮かび上がって、フィリップは強く首を振った。
「その魔物の視界には何も残ってないの?」
「巧妙に人心を操って、全く関係のない平民にやらせている。そしてその人心誘導に、大規模な天候系統の術式と、禁術の所謂呪いが関わっているというのは分かったよ」
「それで聖マートリア教会の関与を疑ったってことね? 一応聞くけど、今までの話の証拠は?」
「ラツェルの聖女に話を聞いたらすぐにでもわかることだ」
「わ、私も保証します」
リルの言葉に、フェリクスは一瞬驚いたような表情をするも、目を伏せて思索に耽る。しばらくして、フェリクスが口を開いた。
「……なるほどなるほど、大聖女が聖女の魔力を狙って起こしたことだと仮定すると、筋は通るね」
「一つ情報を付け足しておくと、最近とある孤児院に聖マートリア教会から冷蔵の魔道具が寄付されている、と言うのはどうかな?」
「分かった分かった」
立ち上がったフェリクスが、片手でルシルを促す。
「『遺産』を持ってくる。あなたの記憶を辿るよ、それであなたを信じるか決める、いいかな?」
ルシルとフェリクスは視線を交差させると、頷きあった。




