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第27話 魔術塔の頂点

「初めまして。ルシル・アシュリーと申します。この度は――」

「やめてやめて、そういう堅苦しいのいらないいらない。敬語もいらないからね」


 蜂蜜色の髪。肩に触れるか触れないかのところで切り揃えられたそれが揺れるたび、ふわりと甘い香りが辺りに漂う。

 青い瞳は細められ、整った顔立ちには蕩けそうな笑みが浮かべられていた。


 魔術塔、と言っても、その言葉には二つの意味がある。

 一つは、機関としての魔術塔。魔力を持つ貴族たちが集まる、王家の抱える魔法の中心地。

 そしてもう一つは、その敷地内に立つ、天をも貫くような高い塔。その最上階で、その男は笑った。


「知ってると思うけど、僕はフェリクス・アーレイン。『無能聖女』の噂は、いっぱい聞いて――」

「あの」


 フィリップは低い声で言葉を遮り、目の前の男を見つめた。

 その男の視線からルシルを覆い隠してしまいたい衝動に駆られる。


「いくら魔術塔の魔術師長と言っても、言葉に気をつけた方が良いですよ」

「待って待って、そういうのじゃないから、ごめんそんなに怒らないで! そうじゃなくて、僕は本当にルシルさんのこと尊敬してるんだからね! 魔法を使わずに魔物を倒すなんて、すごいじゃないか」


 それを聞いた瞬間にルシルの目が軽く見開かれたのを目にし、フィリップは微かに眉間に皺を寄せる。

 女性が好みそうな男だと思う。

 整った顔立ちに蜂蜜色の髪と青い目、高貴な雰囲気を持ちながらも親しみやすい態度と甘い笑み。息をするように女性を褒め、そして魔術師長という魔術塔最高の地位を持っているのだから将来性も抜群。


「そう、ありがとう」

「あ、笑ったね! ルシルさん、そんな可愛い顔もできるんだ」

「ルシルはいつでも可愛いです」

「ちょっと君!?」

「あれあれ、もしかしてもしかして、もしかしなくてもそういう感じ? 僕ちょっと気になっちゃ――」

「魔術師長」


 細い声が、けれど有無を言わせぬ口調で響いた。


「リル! いやあ久しぶりだね、元気だっ――」

「お2人を揶揄うのはやめてください」


 その毅然とした態度と、その目に浮かぶ呆れたような光に、ルシルとフィリップはこっそりと視線を交わす。まるで人が変わったようだ、と会話している2人を目にとめたフェリクスが、小さく笑って説明する。


「僕とリルは、幼馴染なんだよね」

「……リルさんはそれなりに魔術塔の中心部に近い人だろうと思っていたけれど、まさか魔術師長の幼馴染とは」

「そうそう。昔はフェルー、って僕についてきてくれたのに、もうこんなになっちゃってさ。口を開けば静かにしろとか、真面目にしろとか、そんなのばっかりでやんなっちゃう」

「魔術師長」

「はいはい、分かってる分かってる」

「ルシルさん、フィリップさん、その、すみません。魔術師長は、えっと、いつもこんな感じで」

「気にしてないよ」

「ルシルにちょっかいをかけない限りは気にしません」


 その一言に、ルシルが横目でフィリップを見つめ、抑えた声で言う。


「君、それはさすがに失礼じゃないかい?」

「俺のルシルを勝手に口説く方が失礼です。先に失礼を働いたのは向こうなので問題ありません」

「ちょっと声を抑えて!」

「聞かせてるんです。ルシルは俺のだって、宣言しておかないと掻っ攫われそうなので」

「そんなことないから、ねえ落ち着いて」


 きらりとフィリップの目が光った。


「言いましたね?」

「え、っと?」

「そんなことないと。俺以外選ばないって、言いましたね」

「それは少々過大解釈というか誇張が過ぎるような気がするんだけど……」

「あーあー、2人の世界に入るのは良いけどさ、僕に何か用があったんじゃないの?」


 それを聞くなり、ルシルはゆっくりと視線を戻すと、背筋を伸ばした。


「ああ。だけどその前に、これから話すことは、しばらく人に広めないと約束してほしい」


 ふっとフェリクスの雰囲気が変わった。

 変わらず柔らかい笑みを湛えてこそいるが、ぶわりと威圧感のようなものが膨れ上がり、フィリップは小さく唾を飲んだ。

 

「ちょっとちょっと、それはフェアじゃない、違う? もしそれが、魔術塔や国家に害をなすような内容だったら、僕はどうすればいいのかな? ごめんね、安易な約束はしない主義なんだ」

 

 口調は変わらず軽いものだが、その一方で青い目が油断なくルシルを見つめる。

 二つの視線が絡まり合い、固まった。


 しばらくして、ルシルが軽く両手を上げる。


「分かったよ、では私が概要を話す。それから約束、それでどうかな?」

「概要を聞くだけなら、それは聞かせてもらうけど。でもでも、約束するって今から保証はしないからね」

「もちろん」


 頷いたルシルは、机の上に置かれたお茶へと手を伸ばした。

 双方、静かに唇を湿らせる。口火を切ったのは、ルシルだった。


「私たちは、魔術塔に協力を依頼したい」

「それでそれで?」

「もし私たちに協力した場合の魔術塔の利点を説明しようか。聖マートリア教会を潰せる」


 フェリクスの唇の端が、ぴくりと動いた。


「続きを聞きたいなら、約束してもらえるかな?」

「その前に、こっちから一つ聞いても良いかな?」

「答えるという保証はしないけれど、それでも良いなら」

「もちろんもちろん。なぜ君たちはそこまでする? 何のために魔術塔と手を組んで、聖マートリア教会を潰そうだなんて大それたことを企んでるのかな?」

「今の聖マートリア教会は腐ってる。それは知ってるだろう?」


 ゆっくりと立ちあがったルシルは、窓の方へと歩いていく。

 強い日中の日差しを背に受け、微かに顎を持ち上げて、ルシルは続けた。


「だけど、国家も魔術塔も手を出せない。既得権益にぶら下がっている聖女たちは、今更行政の干渉を許さない。国家としても、聖マートリア教会との全面戦争なんて避けたいはずだ。結果何も手を打てないまま、教会の腐敗は進み、日々、民が苦しんでいる」


 ルシルの声には魔性の魅力があるようで、フィリップは気がつけば、息を止めてその言葉に聞き入っていた。

 フィリップだけではない。部屋にいるすべての人間が、ルシルの次の言葉を固唾を飲んで待っていた。

 その中央で、ルシルはやや芝居がかった仕草で窓の外へと片手を伸ばす。


「始祖聖女の作った仕組みを続けることは、もう不可能だ、どう足掻いてもね。この制度も限界。だったら一回壊して、作り直したほうが良い」

「つまりつまり、君は全部民のためって言いたいの?」

「そう思ったなら、そうかもしれないね」

「ふーん、『無能聖女』ルシル・アシュリーねえ。確かに確かに、あなたのすごい噂はいっぱい聞いてる。平民からはほとんどお代を取らないんだって? そこのフィリップくんだって、聖マートリア教会に捕らえられそうだったところをあなたが救ったんでしょ? そういう姿は、確かにあなたの意見と重なる部分があるねえ」


 楽しそうに笑い声を立てたフェリクスは、ルシルと同じように立ち上がると、跳ねるような足取りでルシルの側へと歩み寄る。

 その肩に伸ばしかけた手が、阻まれた。


 フェリクスは無言で、自分の手を抑えつけている男――フィリップを見つめた。

 視線が逸らされないことを確認すると、フェリクスはすぐに苦笑して、諦めて手を下ろす。


「だけど、人間なんてそんな綺麗なものじゃないよ」

「……それはどういう意味かな?」

「言葉通りの意味だよ。人のためだけに動ける人間なんていないいない」

「つまりフェリクスさんが言いたいのは、私が自分のために聖マートリア教会を潰そうとしている、ってことかな?」

「逆にそれ以外ある? あるなら教えてほしいんだけど」


 一瞬の間があって、ルシルがゆっくりと溜め息をついた。

 その姿に満足そうな笑みを浮かべたフェリクスが、微笑んで言葉を紡ぐ。


「もちろんもちろん、あなたの気持ちは本当だと思うよ? あなたは本心から、聖マートリア教会のやり方が気に入らないって言ってる。僕もそこには同意するけどね。でもでも、さ」


 探るような視線が、ルシルを見下ろした。


「そのあなたの動機が、国家に害をなすものじゃないって、どうやって僕は判断すれば良い?」

「分かった、嘘は言ったつもりはないけど、言葉は足りなかったね。聖マートリア教会は前から気に入らない。それは民が、というのもそうだけれど、私自身の感情としても気に入らない。その理由はまだ話せない」

「それなら、誰にも話さないと約束はできないよ?」

「その動機は、決して国家に仇をなすものでないと誓う。むしろ野放しにする方が危険だ」

「何で何で、僕が今日初めて会っただけのあなたの言葉を信頼すると思ったの?」


 その言葉に、フィリップの瞳が剣呑に眇められた。

 けれどすぐに気持ちを落ち着かせると、フィリップはゆっくりと口を開く。

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