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第15話 無能聖女の作戦

「さてフィル」

「その前置きが俺に面倒なことを押し付けようとしている時の特徴だと理解した上で聞きますが、次はなんですか」

「土木工事は得意かな?」

「は?」


 他の聖女たちを引き連れ、もう一度戻ってきたバラッタ山脈、山頂付近。

 辺りを警戒する聖女がちらほらと見える中、岩の上に仁王立ちするルシルと、その岩に寄りかかるようにして見上げたフィリップ。風に長い髪を靡かせる2人にちらちらと向けられる視線を一切気にせず、いつものように2人は会話する。


「土木工事。知らないのかな?」

「知っていますが、そういうことではなく」


 途中で言葉を切ると、フィリップは深い溜め息をついた。


「どれだけ俺が言っても、あなたは何も説明してくれないですよね」

「よく分かったね」

「それは、面白いからですか?」


 首を傾げてみせたルシルは、森の一点を指差す。


「あの辺りに、あの魔物が入るくらいの大きさの穴を掘ってくれるかな? 終わったら、薄く木を組んで、その上に草を乗せて。言ってしまえば落とし穴だね」

「……しれっととんでもないこと言ってくれますね」

「君なら余裕だろう?」

「あなたの信念は、魔法を使わないことじゃないんですか?」

「私の信念は、『私が』魔法を使わないことだよ。君の魔法は活用しなくては、ね」

「俺がいなかったらどうするんですか」

「これで吹き飛ばす」


 ルシルはそう言うと、懐から魔道具を取り出した。

 魔道具であるから当然だが、魔力のない人間でも使えるもので、遠隔操作で爆発させるようになっている。あまりにも物騒なものを片手で投げ上げるルシルに、フィリップは目を剥いた。


「なんでそんなもの持ち歩いてるんですか」

「まあ、色々と?」


 ふっと笑ったルシルは、それをしまい込むと両手で伸びをする。


「さて、工事の時間だ」


 一瞬不満そうな顔をしたものの、フィリップは大人しく両手を突き出した。

 ルシルが指差したあたりの地面に狙いを定め、深く息を吸って意識を集中させる。


 その間にルシルは歩き回って、笑顔で他の聖女たちに話しかけ、彼女たちを退避させていく。

 リルを中心に聖女たちは移動していき、頑固な一部の聖女はレイテの一喝によってすごすごと引き下がった。

 相変わらず言葉はきつく、ルシルを警戒するような様子を見せるものの、レイテも馬鹿ではない。正しくその場の状況を読み取り、最善の手段として撤退を選んだ。

 それでも不快げな表情をみせた一部の聖女たちは、フィリップの周りに渦巻く膨大な魔力の霧を見るや、顔を引き攣らせて場所を開ける。


 彼女たちはみな、ルシルと同じように聖マートリア教会から派遣された聖女たちだ。

 基本的に現場の指揮は聖マートリア教会の人間が執り、討伐の日取りを決めるのも教会側なのだが、ルシルはとっくにリルやレイテを筆頭として、聖女たちを掌握しきっていた。

 例の村に出かけるために、ルシルは数日再討伐の日程を遅らせた。どんな手を使ったかについて、フィリップは今だに聞けずにいる。


 甲高い音が響き始め、フィリップの纏っている黒いローブと、長い髪がはためく。ざわざわと聖女たちの間に広がっていくざわめきを適当に聞き流しつつ、ルシルはぼうっとフィリップの後ろ姿を見つめていた。

 次第に出来上がっていく光球は、ルシルが受けたものより二回りは大きい。もしあの時受けたのがあれだったら、命はなかっただろうな、とルシルは1人笑った。

 フィリップは逸材だ。このままルシルの隣で穴を掘らせておいて良いような、そんな人材ではない。ルシルのような人間が、汚れた復讐のために、囲い込み続けて良いような人ではない。

 ルシルは心から、そう思っている。


 けれどそんなことより、何よりルシルが望むのは、きっとフィリップの笑顔なのだと思う。


 耳をつんざくような高音に、他の聖女たちはぐっと耳を塞いだ。気にした様子もなく岩の上に立ち、フィリップを見下ろしていたルシルは、口元に小さな笑みを浮かべる。


 そして、爆発が起きた。


 強い光に、さすがのルシルも一瞬目を閉じる。次に目を開けたときには、地面にぽっかりと穴が空いていた。

 フィリップは数度頭をかき、ルシルを見上げる。その目に、悪戯っぽい光が浮かんだ。


「すみません、少しやりすぎました」

「威嚇も牽制も、ほどほどにしなさいな」

「全部見抜かれているとは、さすがですね」


 呆然とした表情で立ち尽くす他の聖女たちに視線を巡らせて、フィリップは笑う。


「俺が力を振るうことであなたが侮られなくなるのなら、俺はルフェリア聖下だって吹き飛ばしますよ」

「……こら、フィリップ」


 一瞬間があって、けれどすぐに苦笑したルシルは、その暴言を咎めるように軽く頭を叩いた。その手を捕まえたフィリップは、そっとそこに唇を落とす。


「あなたはこんなに華奢ですから、それは俺の仕事です」

「フィル!」


 勢いよく腕を引っ込めたルシルが、視線を彷徨わせては意味もなく手を握りしめているのを見て、フィリップは満足して笑う。

 そして、大穴を見て、恐る恐る言った。


「そういえば、この後この穴を隠すんでしたっけ?」

「正解。大きすぎる穴を開けたのは君なんだから、頑張ってね」


 複雑な表情を浮かべたフィリップは、けれど大人しく木を浮かべ始めた。視界の端でふらふらと歩き回っているルシルを見つめながら、無言で手を動かす。

 そうしてフィリップが自分の仕事を終えた頃、顔を上げれば、そこにルシルの姿はなかった。


「ちょ、え!?」


 慌てて左右を見渡したフィリップの耳に、どこかで聞いたような咆哮が飛び込んでくる。そして楽しそうな大声。


「フィルー! ごめんちょっとそこどいてくれ!」


 突進する魔物を笑顔で交わしながら、こちらに向かって走ってくるルシルの姿があった。


「何やってんですかちょっと!?」


 絶叫しながら飛び退いたフィリップは、くるくると身体の向きを変えながら走るルシルを見つめる。

 手を出したい気持ちは大きいが、けれどルシルには間違いなく何か考えがあるはずで。

 あの時のルシルと同じように、必死で魔物を観察しながら、今にも魔物を攻撃しそうな聖女たちを制する。


「ちょっと! 邪魔しないでよ!」


 魔物の方へと飛んでいった光線を片手でフィリップが消滅させた瞬間に、金切り声が響く。


「……ああ、あなたですか」


 声の聞こえた方向へとフィリップが目を向ければ、そこにはラツェルの波止場で出会った例の聖女の姿があった。


「邪魔はどっちですかね?」


 ちらりと一瞬ルシルに目をやり、その視界から完全にフィリップが外れていることを確認して、フィリップは薄く笑う。


「は、何よ!?」


 煽るようなことを言いながらも、その目の中に怯えを滲ませる聖女に、フィリップはゆらりと近づいた。


「あなたがあの人を嫌っているのは知ってます。でももう少し周りを見たらどうです? レイテさんも、その他の中級聖女たちも、誰も手を出していません。それだけ、あの人が聖女の皆さんに信頼されているということです」

「……」

「勝手に手を出して、後で咎められるのはあなたなんですよ? くだらない感情で討伐を妨害するんですか?」


 冷たく笑ったフィリップは、その整った顔を微かに上向けて、聖女を見下ろす。


「ここで残念なお知らせです。俺を止めるのはいつだってあなたが大嫌いなあの人なので、今俺は思うがままに動けるんですよね。ここであなたに何をしようが、止める人間はいませんので」


 顔を青ざめさせた聖女に、フィリップはさらに距離を詰める。


「そして、俺がこの世界で一番嫌いなことは、あの人を侮辱されることなんですよ」


 細められた目が、聖女を射抜く。その恐怖に歪んだ顔を映す黒い瞳は、苛立ちと愉悦で揺れていた。

 整った唇が、わずかに弧を描く。


「それで、なんでしたっけ? ()()()()()?」


 無造作に上げられたフィリップの片手の中で、閃光が弾ける。


「俺にとって、どっちがただの人間か、教えてあげましょうか?」


 その言葉を聞いた瞬間、脱兎のごとく逃げ出した聖女に、フィリップは肩をすくめる。

 こんなものか、と溜め息をついたフィリップは、すぐに気持ちを切り替えると、ルシルへと視線を戻した。

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