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ファン・タルゴの疑問

 相変わらず、パルムールは賑わっていた。

 このところの休暇に王都まで足を運んでいたのは、仕事の一環だった。今度の大祭の折には、神女(ウラヌス・ラー)が神託を行うからだ。

 浮足立っているこの街で、ウラヌス・ラーの神託により、破滅の預言がなされたら、人々はどうなるのだろうか。そして人々は、神殿の思惑に沿って行動するのだろうか。


 大祭を間近に控えたこの頃は、足を運ぶ機会はさらに増えている。


 いつものように露店で酒を買うと、隣に置いてある樽を借りて腰を掛けて酒を飲む。街を観察するのに、これが一番怪しまれずに済む。露店で酒や食べ物を買った客は家に持ち帰るのでなければ、こうやって空き樽に腰を掛けて食べるか、近くで腰を下ろして食べるのが一般的だ。そのために路上に敷物が敷いてあったりする。

 自然、集まった人たちはそこで食べながら世間話を始める。常連も一見も、食べているとき人は饒舌になる。


 今一番街を賑わせているのは、王宮の話題だった。

 即位して間もない王のゴシップ。

「おい、聞いたか? 俺は王宮に出入りしている商人から聞いたんだが、王はとうとう妾妃を会議に同行させちまったらしいぜ」

 でっぷりとした親父が、隣の男にさも秘密を打ち明けたという風に、まわりにも聞こえるように言ってみせた。すると、周りでケバ(牛の腸の肉詰め)を食べていた若い女も食いついてくる。


「聞いたわよ。すっごい宝石でも何でもウラヌス・カーリにねだるのでしょ? 以前から買い物してる宝石商に聞いたわ、私も」

 秘密を共有するかのように、親父に体を向ける。


「妾妃って、竜人じゃないんだろ?」

 痩せた男も会話に加わった。


「そうよ。だから困るんじゃない!」

 女が口をとがらせる。

 王妃を迎えないで、妾妃を溺愛しているという。それだけならまだいい。過去にそういう例もあった。

 しかし、妾妃は竜人ではないという。それは種の存続の危機につながる。

「王宮でも頭を抱えてるらしいの。わがままな妾妃と、傍若無人なウラヌス・カーリ。

 会議だって、大臣がとめるのも聞かずに同行させたんでしょ?」


「そうそう。しかも自分から行きたいと強請った(ねだった)くせに、会議じゃああくびばかりだってよ。

 自分がウラヌス・カーリにどれだけ大切にされているか、アピールしたいだけじゃねえの?」

 でっぷりした男が返す。

「ライ家のお姫様もたまらんだろうな。ぜひにと望まれて王宮へ入ったのに、肝心のウラヌス・カーリはどこの馬の骨ともわからん女を後宮にあげて」

 痩せた男が同情の声を上げる。

 こうして聞いていると、妾妃と王の評判はすこぶる王都民には悪いらしい。


「そうそう。ライ家の姫君に配属された後宮の侍女たちも、みんなウラヌス・カーリにおねだりして自分付にさせたらしいわよ」

 女が極め付けに、というように付け加えた。


 町では政治の話より、こうしたゴシップの方が話題になりやすい。王が先日発布した都市の自由化などは、今までの領主制を覆しかねない話なのだが、今一つピンとこないらしい。それよりも、若い王のゴシップの方が気になるし、話題として盛り上がるようだ。こういうところは、いつの時代も変わらないものだと、苦笑する。


 黙って話を聞いていると、突然声をかけられて顔を上げた。

「ファン博士。『休暇』ですか?」

 振り返ると、立っていたのは竜騎兵長(ケト・カラル)だった。

「これは、竜騎兵長どの」

「こんなところではやめて下さいよ。サイスと呼んでください」

 目の前の男は苦笑して片手を軽く振ってみせた。

 彼とは顔見知りではあった。

 彼は神殿を護衛する竜騎兵の隊長であり、神殿の護衛兵たちの頂点だ。彼自身がウラヌス・ラーの護衛を務め、いつも行動を共にしているため、ウラヌス・ラーが学問所に姿を現すときは彼も常に一緒だった。

「あなたこそ、休暇ですか?」

 木杯を軽く持ち上げてみせると、いつもの柔和な笑顔を見せた。

「ええ。と言いたいところなのですが、実はウラヌス・ラーに頼まれごとをしておりましてね。王都へはお使いなのですよ」

 自分の護衛を使いに出すとは、ウラヌス・ラーもなかなか世間知らずだ。と言っても、神殿の中にいる限りはウラヌス・ラーの身の安全は保障されている。竜騎兵が必要になるのは、主に外に出るときのみだろう。もちろんウラヌス・ラーが神殿の外に出ることなんて、公式行事以外ほとんどありえない。


 彼は竜人なのだが、思いのほか気が合った。

 猿人に対しても気負いがなく平然としている。名のある家の出身であるのに、飾らず気さくな人柄も接しやすい所以なのかもしれない。

「休暇ならば、一杯、と言いたいところですが、ウラヌス・ラー直々の命ならばそんなことをしていられませんね」

 するとケト・カラル(サイス)が笑った。

「急ぎではないのですが、職務中ですので遠慮しますよ」

 そう言いつつ、サイスが近くにある樽を隣に運んできた。当たり前のようにそれに腰かけて、こちらを見る。


「ファン博士、一つお尋ねしたいことがあります」

 

 普段柔和な表情をしているサイスはこうしているとまるで軍人には見えない。以前神殿警護の任に当たる前は、辺境の地でかなり蛮族を狩ったという話を聞いたことがある。しかし、こうして町の中にいる彼は、服装のせいかそんな風には見えなかった。

 ただの気のよさそうな若い男だ。そこそこいい家の若だんなと言ったところだろう。


「なんでしょう?」

 問い返すと、彼は真顔になった。今までの柔和な微笑みが消える。


「この世の猿人には、目の色・髪の色が違う種族というのは存在するのでしょうか」

 そう呟いた彼は、まっすぐに私を見ている。彼の質問の意図が分からない私は、その瞳をまっすぐ見つめ返す。


「私は辺境の地で猿人の蛮族から国境を守っておりましたが……、そこでも全て猿人の瞳は青で髪の色は金でした」

 サイスの言葉に、頷く。私も、この世の猿人はすべてそうした色味だと思っている。


「それが、ある日神殿の泉に現れたのは、想像もつかない目と髪の色を持つ猿人でした。ウラヌス・ラーの命を受け、保護したのですが。それ以来、彼女が気になるのです」

 神殿に現れた不思議な少女の話は、私でも知っていた。

 ウラヌス・ラーはケペリの化身だと言い、王は犯罪者だと連行した。

 そして、今も王宮にいるという。――王の妾妃として。


「いったい、彼女は何者なのでしょう?」

 

 彼の問いが何を指しているのか――それは私にはわかりかねる。しかし、端的に表せというのなら、こう言うしかない。


「カフドから聞いた彼女の特徴を生物学的に見ると、猿人であると言えるでしょうね。

 しかし猿人の目と髪の色は遙かな太古から一通りしかありません。もちろん瞳が青と言っても、ブルーグレーから鮮やかなスカイブルーまでありますが、基本は青色です。ですから彼女が猿人であるならば、突然変異種であるとしか考えられませんが……」


 そう伝えると、彼はため息を一つ落とした。


「そうですよね。ケペリは我々に二つの姿を与えた。

 一つは猿人。もう一つは竜人。それ以外にはあり得ない……」

 軽く首を横に振る。そして、サイスが続ける。


「初めて彼女に出会った時、トゥヤは震えていたんです。

 悲しそうに涙を流して、私の知らない言葉で泣き叫んでいた。

 その時の彼女は、幼い、ただの少女でした。

 その彼女が、なぜ、このようなことになったのでしょうか!?」

 地面を見つめたまま、彼は何かを思いつめるように声を震わせた。


「あれから王宮へ使いを出しても、私自身が足を運んでも、彼女には会わせてすらもらえない。

 一度、王宮のパーティで姿を見かけて、声をかけたのですが、その時も彼女は泣いていました。

 たった一人で王宮にいることになって、不安そうに小さくなっていた。

 それなのに……。

 それ以降、彼女に対するガードはさらに固くなりました。テズ家の人間が、取次を頼んでも会わせてももらえないのです」

「サイス殿、ちょっと、ちょっと、ま、待ってください!」

 慌ててサイスの言葉を遮る。


 テズ家は竜族の貴族の中でも、軍人としては最高位だ。だからこそ、ウラヌス・ラーの護衛などを任せられるのだ。それが、面会すらさせてもらえない。

 いや、それよりもだ……。


「彼女は、我らの知らない言葉を話したと――?」

 それは、知らない情報だった。驚いていると、サイスは何事もなかったように続ける。

「はい。はじめ、意味の通じない言葉で話したのです。私と心を開いて、言語を理解しました。猿人の言葉を理解したのは、ウラヌス・ラーと手のひらを合わせたからでしょうね。彼女は、ニホンという国から来たと言っていました」

 我々はあまりにも当たり前に手のひらを合わせるから、言語の通じない人間ということを見落としてしまいがちだ。

 それだけ普段は意識していないが、感応力を使うことが多い。

 猿人と竜人も使う言葉は違うが、幼い時からの交じり合いの中で自然とお互いの言語を理解している。


「竜語も猿語も使えない種族が、この世の中にいるはずがありません……。

 私は、ニホンという国を聞いたことがありません」

 

 私たちは、顔を見合わせた。


 この星の言語は二種類しかない。派生を合わせても、そんなに多くないし、基本語をマスターしていれば、戸惑うことは少ない。どちらかの言葉が使えなくても、どちらかは通じることを前提としている。


 そして、この星のすべてを網羅していると言ってもいい学問所の人間の誰一人として、『ニホン』という国名を知らないだろう。


 しばらくして、沈黙を破ったのは彼の方だった。


「……トゥヤは、一体何者なのでしょうか」

 静かなサイスの問いかけだった。


 私は答える術が見つからずに、ただ空を見つめた。


「私たちは、私たちの思惑だけで彼女を縛り付けている――。

 トゥヤは何のために現れ、こうしている今、そこに彼女の意思はあるのでしょうか……」

 サイスが両手を見つめる。


 そしてゆっくりとそれを握りしめた。


 神殿の思惑――。

 王宮の思惑――。


 彼女の意思……。


 我らはこの国の言葉を持たない彼女を、勝手にこの星の条理に当てはめようとしているのではないだろうか。


 ではそこに、彼女の意思はあるのか。


 彼女はなぜ、この国へやってきたのだろうか――。


 我々にはわからないことが多すぎた。

 誰も彼女のことを知らない。



 しばらくしてから、沈黙を破ったのはサイスの方だった。

「……さてと」

 彼は立ち上がると、軽く後ろをはたいた。

「私は一足先に神殿に戻ると致しましょう。これを、ウラヌス・ラーに届けねばなりませんからね」

 サイスはそういうと、懐の小さな紙袋を見せた。


「それは?」


 尋ねると、サイスが小さく微笑む。

「ウラヌス・ラーはこれがお好きなようですよ」

 紙袋をごそごそと探って取り出したのは、真っ赤なラッカだった。


「たまに食べたくなるそうで、厨房にも頼めず困っていたそうですよ。あまりにも憂い顔なんで、お尋ねしたところ、食べたいとおっしゃいましてね。お使いです」

 サイスが笑う。つやつやに光ったラッカを紙袋にしまうと、丁寧に懐に入れる。

 思わず、笑い出してしまった。

 神殿の、最高位に当たるウラヌス・ラーが、ラッカを食べたいなどと。前代未聞だが、若い女性らしくてお可愛らしい。


「何でも昔、お忍びでパルムールに降りた時に、食べたそうですよ」

 サイスはそういうと、では、と片手をあげて歩き出した。


 気が付くと、周りには誰もいなくなっていた。姦しい(かしましい)女性も、太った親父も、貧相な男もいつの間にか姿を消していたらしい。


 私はもう一度自問する。


 彼女は一体、何者なのだろうか……。

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