偽物の寵姫と裸の王様
その日の夜、私の部屋を訪れたのは、王様だった。
リビングルームとベッドルームの二部屋からなる私の部屋の応接用の長椅子にゆったりと腰かけているのは、優美なお姿の王陛下だ。
テーブルにはシャナヤが入れたお茶が置かれている。王はそのお茶には目もくれず、明後日の方を見ている。
「後宮監督官から、報告を受けた。奴隷頭から、一奴隷の処遇をどうするか問い合わせがあったらしい。
お前が気に入ったのなら、私からフィナに申し付け、奴隷を譲るように進言するのはどうかと。私からの命ならば、ライ家の娘であれど断りはしないだろうと」
王陛下は私の事など見もせずに、傍らに立ち尽くしている私に、世間話をするかのように淡々と話している。
「お前は、私の妃ではないと言ったばかりではなかったか?」
うお、確かに王宮のパーティで叫んだ。
王様に向かって……。
「それが、王の妃の権力をカサに着て、早速やりたい放題か?」
王はそれだけ言うと、立ち上がった。
「やりたい放題……」
してる!?
「お言葉ですけど、奴隷が気に入ったわけじゃないです。私の国では奴隷制も、人に暴力をふるうことも、野蛮なことなの。人は人として平等なの。貧富の差はあれど、身分の差はないの。
人が鞭で打たれたり、労働を強制されたり、道具みたいに扱われるのは、私の常識じゃない。
あんな小さい子どもが鞭うたれるのは、単純に嫌だっただけ」
ふんっと音をつけて、顔を背けたかった。
だけど、この高慢ちきな王様に向かってそんなことをしようものなら火に油を注ぐだけだから、あくまでも平静を装ってみせる。
「何!?」
言い返されて、王様がかっとなるのが分かる。
「フィナさんが誰かは、私は存じかねますけど、実在がどうあれ、表面上は私はあなたの寵姫なんでしょう? そうしないといけない理由があなたにはある。
だから、あなたは私を罰することはできないわ。
あなたが私を罰すれば、私の利用価値はなくなるもの。
あなたが私を利用するのなら、私があなたを利用してはならない理由はどこにあるっての?」
王の目を見つめる。
王はまっすぐに私の目を睨みつけている。
「お前は、ただの愚かな女ではないという事か」
「それは、ほめてもらってるの?」
「なんと小賢しい女だ。
――言っておくが、これは褒めてはおらん」
吐き捨てるような言葉を吐いて、忌々しげに私から目をそらした。
「小賢しいを褒め言葉ととる人はいないと思うけど?」
こうなったら、やけっぱちだった。王という存在が絶対権力の持ち主だということはわかる。でも、私はそれを知ってはいるけど、実感はない。
「お前は――!!」
王のいらだちが極限に達したとわかったのは、その頬が紅潮したからだ。
怒りで頬が赤くなり、王の眼光が鋭くなる。
普通にこの顔で睨みつけられれば、背筋がぞっとするほど怖い。
だけど、負けてはいられない。
「お前は私に傅けばいいのだ!そうすれば多少可愛げもあるというものを!!賢しらしく図々しい女など、忌々しいだけだ!」
今までないぐらいの大声で王に怒鳴りつけられた。
その大声に、耳が痛くなるほどだった。
「いいか、私は王だ!!王である私に逆らうとは、死罪に値する罪だ!!」
その言葉に息を飲んだ。
王という存在の、なんという自信。
「なんて傲慢な人なの――。王様、あなたに傅くのは簡単なことだよ。
私の誇りを捨てればいいだけだから。
だけどね、そんな王は『裸の王様』もいいとこだよ」
「何だ、それは」
「私の国のお話。傲慢な王様は、愚か者だと思われたくなくて、見えない衣装を着て行進するの。誰も王様に裸ですとは言えなくて、王様は裸のまま街を行進する。
小さな子どもは周りの大人に、『何で王様は裸なの?』って聞くの。
そこで初めてみんな王様は本当は裸ってことに気が付くの」
それだけ言って、私は口を閉じた。
そして、王の顔から眼をそらし、再びまっすぐにその緑色の瞳を見据えた。
「王様が言いたいことは分かりました。これからは意に添うように努力します。だから、お帰りください」
私はゆっくり頭を下げる。
これ以上、この王様と話しても平行線だ。
話していても、お互いがかっとなるだけだったから、少し頭を冷やしたほうがいい。
王様は何かを言いかけて、口を歪めた。
だけどそれを飲み込んで、近くにあったクッションを手に取った。
そして、それをベッドルームの扉に投げつけると、そのまま部屋を後にしていった。
「まるで、火の玉みたい……」
あの外見とは裏腹に、なんて自分の感情のままに行動するんだろう。火のようにかっと燃え上がる性格の、激しい王様。
「シャナヤは、肝をつぶしました……。あの王に、あのようなことを進言して、お咎めも罰もないとは幸運なんですよー。これからは、慎んでください」
心底恐ろしそうに、そばかすの浮かんだ頬を震わせている。
侍女と主は一蓮托生。私が罰せられたら、きっとこの人たちもただじゃいられないんだろうな。直接罪にならなくても、次の職場では風当たりがきついだろうし。
「シャナヤ、王様が言ってたフィナって誰?」
突然話題を変えると、シャナヤが王のカップを下げている手を止めた。
「竜王家でも、王家の次の公家に連なるライ家の御令嬢です。当初ライ家の御令嬢がご正妃候補として後宮へ納められたんです。ライ家では、御令嬢がご正妃として即位しないことにお苛立ちとかって聞きますけど」
なるほど、正妃候補の御令嬢か。
……ご正妃候補の令嬢は身分も申し分のない御令嬢。
なのに、王様はご正妃に立てない……。
もしも、何もないならそのご令嬢をご正妃に据えれば済むはず。
あの王様の事だから、ご正妃だって気に入らなければ突き放すんだろう。
そして、ご正妃を立てた後、自分の気に入った娘を後宮に迎えればいい。
そうすれば、話は早い……。
なのに、王様はそうしない。
そうしないということは、そこに何らかの理由があるからだ。
……だから、王様は私に怒っているんだ。
ライ家に貸しを作らせるような行動を起こしてしまった私を。
――これはちょっと失敗したかもしれない。




