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coming back home 彼女の場合

作者: たま

空き家になった祖母の家を売るために、母はここ最近まで祖母の家の掃除に行っていた。

その時に忘れた物を取りに行くために、普段使わない電車に乗って祖母の家まで行く。

いつもなら車で行く祖母の家だが、仕事で工場に行く用事が出来た。

偶然にも工場と祖母の家は同じ沿線。

たまたまその話をしていたら、課長に声をかけられたのだ。

工場に書類と見本品を持って行ったら直帰しても良い、との言葉に私は真っ先に手を上げた。

一石二鳥。

工場に寄って見本品と書類を渡す。

さて、これから祖母の家だ、とぼんやりと電車を待っていた。


反対ホームを歩いている男の人が目に入る。

私の目は吸いつけられたように彼の動きを見る。


彼、だ。


間違いない。


反対ホームにいる彼は、お葬式の帰りだろうか?

黒のスーツに黒いネクタイをして紙袋を持って歩いている。

そういえば西口の方に有名な葬祭場がみえたな、と行きの電車で見た光景を思い出す。

この駅の看板にも、その葬儀場の看板が何個もある。


その、帰り、なのだろうか。

祖母の家に行かないで、そのまま自分も帰りの電車に乗ってしまおうか。

彼と同じ電車に乗ってしまう?

そんな誘惑にかられる。


動き出しそうになった足を止める。


彼は私に気が付かないで歩いている。

飄々とした横顔も、あの頃のまま、だ。

だけど、昔と決定的に違うのは、彼の左指に光る指輪。

勿論ここから見えないし、彼が指輪をしているかどうかは定かではないけれど。

でも、私は覚えている。

最後に会った彼がしていた指輪を。


今更、だ。


そう、今更。


泣きたくなる気持ちを抑えて、気を紛らわせようと会社の書類をチェックするためにカバンをあさる。

何かをしていないと、気持ちが抑えきれなくなりそうだ。


聞きたいことは、沢山ある。

言いたいことも、ある。

だけど、今更それを言ったところで何になるというのだろうか?


だって、もうあの頃には戻れない。


この駅はローカル線で、朝夕のラッシュアワー以外は15分間隔でないと次の電車が来ないのだ。

早く電車が来ないか、プラットホームの電光掲示板を見る。

次の列車は〇〇駅を通過しました。

スマホの時間を見て、あと3分ほどで次の電車が来ることにホッとする。

3分位なら気が付かないふりのまま、電車に乗り込める。

そして、きっと彼も私に気が付かないまま、そのまま。

流石に15分もあれば、彼も気が付く可能性が高いから。


気が付いてほしい、という想いと、気が付いてほしくない思いが相反する。


読みたくもない書類を引っ張り出し、字を追うが頭に入ってこない。

彼の方を見たい自分を抑えるのに必死だ。

見てしまったら最後、私は彼の所に走って話しかけてしまいそうで。


もう5年は過ぎているのに。


苦い思いが胸を苛む。


彼は、私の同期で友人だったみっちゃんの、好きだった人、だったから。

私が中途半端で、彼も、みっちゃんも失った。


ただ、それだけの話。


でも、好きだった。どうしても、好きだった。


彼と初めて会ったのは、同期のみっちゃんのお父さんが個人経営している居酒屋バー。

彼は常連さんで、みっちゃんはお父さんの居酒屋を手伝っているうちに好きになったそうだ。

みっちゃんは、ずっと彼に年上の彼女がいたのも知っていた。

一緒に仲睦まじく二人でよく食べに来ていたそうだ。

その彼が彼女と別れたと聞いたみっちゃんは行動を起こそうと思ったのだ。

さり気なく誘ってものってこない。

そして考えたみっちゃんが、最初はみんなでワイワイしていったほうがよさそうだから、一度きてみて一緒に飲んでみない?と誘ってきたのだ。

みっちゃんの想い人に興味はなかったけど、みっちゃんのお願いだから、まぁ一回でも顔出せば平気かな?と思って顔を出した。

初めて会った感想は、可もなく不可もなく。

背が高いのと飄々とした横顔。

会話のテンポがすごく良い人で、何となくだけど女の人にもてそう、という印象だった。


そしてみっちゃんのお父さんの居酒屋バーは居心地が良かった。

美味しい料理にお酒に、暖かい雰囲気。

何度か行くうちに、彼ともある程度は話すようになった。

だけど、その時は特に好きではなかった。


彼を好きになったのは映画館で偶然声をかけられてからかもしれない。

イギリス巨匠の映画、といえば聞こえはいいが娯楽映画ともかけ離れた、だけど映像がとても美しい映画。彼が切り取るのは人間の一生。

特にドラマもなく終える一人の家令の人生を淡々と季節の移り変わりの美しさを交えて写し取ったもの。

感動するわけでもないのだが、何となく見てしまうのだ。

彼の映画は、家で見てもつまらない。

自然の壮大さを感じるには映画館のスクリーンでなくてはならない。

問題は、繁華街の外れの映画館で上映というのと、上映時間の長さ、だ。

この監督を教えてくれたのは、大学時代の憧れていた先輩であり、私の初めての彼。

彼に誘われていった映画が、この監督の映画だった。

彼の好きな監督を理解したくて必死だった。

別に感傷でも何でもない、ただ、理由もなく彼の映像に惹かれるのだ。

久々にこの監督の映画が封切られると聞いて、何となく観に来た。

そんな映画だ、知り合いに会うわけがない、と思っていた。

彼は、「よぅ」と手を振りながら、私に笑顔で声をかけてきた。

「え。なんでここにいるの?」

私は、というと。今思えば割合まぬけなセリフを吐いていた。

「映画を見に来たから、ここにいるに決まってるだろ、それ以外ここに何の用があってくるんだよ」そう言われて、思わずこの映画館で別の何かを上映しているのか、と思ったほどだ。

同じ映画を見に来た彼と飲み物とポップコーンを買って、指定された席とは違うけどガラガラだったのもあって二人並んで4時間20分の大作映画を一緒に観た。

映画の後、彼から食事に誘われてそのまま安い居酒屋に行ってビールを飲みながら映画談義。

私と彼は感性が似ていたみたいだ。

話が盛り上がり、二人で大笑いして、その勢いで連絡先を交換した。

楽しかった、また会いたいな、とは思ったけど。

まぁ、お店に行けば会えるしね、そんなノリだった。


彼は、みっちゃんの想い人だ、というのは忘れていなかった。


だけど、気になる映画が一緒だったのもあって、何となく二人で出かけ始めた。

みっちゃんも誘って一緒に食事もしたけど、映画に関しては彼が嫌がった。

映画の後は、一緒にそこら辺のお店で焼き鳥食べたり、おでんを食べたり、駅の高架下の立ち飲み屋と、デートと言うには到底無理がある店のチョイス。

だから、私達は友達だ、という言い訳を、多分、私は必死で私自身にしていたのだと思う。


その頃には、私達は色々な話をしていた。幼い頃の話から初めての彼氏や彼女の話まで。

彼と話すのは、とにかく楽しかった。


彼と出かけた事とかは特に話していなかった。

みっちゃんとは同期だったけど支店が違ったので普段は会わなくなったから。

みっちゃんに対し、後ろめたさがなかったわけではない。

だけど、それに私は友達だから、と言い訳して見ないようにしていた。

自分の醜いところを見ないように蓋をして、自分の気持ちも蓋をして。


だから、気が付かなかった。

みっちゃんが、どんな思いでいたのかも。


だから、気が付かなかった。

彼がどんな思いでいたのかも。


友達を裏切るのが、怖かった。

そんな自分を認めたくなかった。


既に、裏切る行動をしていた、のに。

それを認める勇気もなかった。


私達は仲の良い友達。


その言葉に逃げていた。


ビールがこぼれて、スカートの大部分が濡れた時、彼が彼の家に誘った。

家に誘われたのは、初めて、だった。

だけど、私達は友達、その思いは強固で。

彼に真剣な目で誘われたとき、私は頷く代わりに咄嗟に出たのは

「でもみっちゃんが…」

そのセリフを聞いた彼は一瞬だけ驚いた顔をした。

そして肩を震わし息を吐くと、いつものようにお道化て「シャワー浴びてこいよ、布団出しておくから」と先ほどのセリフなどなかったかのように振舞った。


もしあの時、彼が私を好きだと言ってくれていたら。

もしあの時、私が彼を好きだと言っていたら。


あの時を思い出すと、どうしても、あの時もし、を考えてしまう。

時間は平等に過ぎ、過去には戻れないというのに。


それからも、私達は友達、だった。いつもと変わらず。

だけど、彼は冗談めかして「俺、お前とは絶対寝ない」と言うようになった。

その言葉に私は一々傷ついた。

断ったのは私だ。

私が勝手に傷ついているのだ。

でも、その言葉を私に言っているうちは、まだ、彼は私の事を好きだという証明のように感じていた私も大分歪んでいたのだろう。


ある時、会社の支社の立ち上げで彼がヘルプに1か月、地方支社に赴いた。

その時、一緒に働いた現地採用の女の子が、彼に好意を持ったらしい。

すごい素直なんだよな、こっちが面食らうくらいにストレートなんだよ、と彼からきたメッセージを読んで、思わず泣いた。

私が泣く資格なんてないのに。

もてもてだね、よ、色男!

そんな心無いセリフを返信して。

彼が離れていってしまう気がして、私にしては珍しく、しょっちゅう下らないメッセージを送った。

なんなら、暇なんだよねーと電話して話もした。

私の存在を忘れて欲しくなくて。

私を見て欲しくて。

私なりに、あがいていた。

本当に言わなくてはいけなかったセリフを言わずに。


私達は友達だから。

その言葉は、今度は私を縛る楔になった。


支社から戻ってきた彼は、もう、あのセリフを私に言わなかった。

私も薄々感じていた。

そして、秋が深まる頃、彼は私に言ったのだ。

あの娘と付き合うことに決めたんだ、と。

スマホ越しに聞こえる彼の声が遠く聞こえた。


良かったね、おめでとう、羨ましい!私も彼氏欲しい、そんな事をいつもよりもはしゃいだ声で彼に言う。


彼は、ちょっとだけ黙って、一言だけ言った。


そうだな、良い男捕まえろよ、と。


当然よ、そんな話をして、電話を切った。

彼と個人的に話したのは、それが、最後だった。


そして、それから半年して、彼、結婚するんだって。祝いパーティをするからおいでよ、とみっちゃんから誘われた。

お嫁さんになる彼女はまだその地方支店にいるのだけど、辞めてそのうちこちらにくるそうだ。

幸せそうに笑う彼の手には、既に指輪が嵌められていた。

彼女が不安がるから、入籍だけ先にしたんだ、と珍しく照れながら言う彼を見ていた。


私はどんな顔で彼を見ていたんだろう。

お開きの前に、私は席を辞した。

お店の入り口から外までみっちゃんは一緒についてきた。


「ねぇ、私の気持ち、分かった?

私が、彼の事、ずっと好きだって言ってったから遠慮してたの?

別に良かったんだよ?

付き合ったって。男と女の事だもん、仕方ないじゃん。

私、ずっと待っていた、本当の事を言ってくれるのを。

そしたら、きっと諦められるのに、って思っていた。

…まぁ、今更だけどね」


みっちゃんは、射抜くような視線で私を見た。

うなだれて、小さな声で「ごめん…ごめんね、みっちゃん」それ以外言えなかった。

みっちゃんはそれを聞くと一つだけ大きなため息を吐いて、お店に戻っていった。


私は友達だった同期と、好きだった彼を、失った。


その後、私は会社を辞めて転職した。

みっちゃんに対して申し訳がなかったのもあったけど、きっと本当は弱い自分を思い出したくもなかったから、逃げる様に辞めたのだ。


電車が駅についた。

私は足早に乗り込む。

反対ホームが見えない場所に陣取る。


彼が視界から消えたことにホッとする。

この機会を逃せば、会う事もないだろう。


今、彼は幸せなのだろうか。

幸せだといいな。

少なくとも、ホームを歩いていた彼は不幸には見えなかった。

健康そうな普通の男の人の様に、見えた。


ぴろん


メッセージを着信した音がする。

確認をすると、恋人からだった。


ずっと、心の中で彼と恋人を比較していた。

自分でも気が付かないうちに。

傷つかない場所で、安全な場所で、彼への想いを飴玉を舐めるようにして堪能していたのだ。

まるで、悲劇のヒロインのように。


恋人からのメッセージは、特に何でもない今週の土曜日の事。

毎週のように遊びに行く彼の家。

金曜日の夜からくるのか、土曜日にくるのかの、確認のメッセージ。


会いたいな。

顔を見て話したい、早く会いたいな。

金曜日の夜に行きたい。

大好き。


私は素直に思いを言葉にして恋人に送る。

こんな素直なメッセージ、恋人は驚くだろうな。


自然に口元に笑みが浮かぶ。


電車が駅から遠ざかると同時に、憑きものが取れたように気持ちがすっきりとした。


彼に、会えてよかった。

彼を好きで良かった。

彼を好きだったころの私は、とても幼稚で愚かだったけど。

だけど、それでも好きだった。

あの頃の私は、あの頃の、彼を。


もうきっと、私は彼と恋人を比較することがないだろう、と確信を持って言える。

そう思った。


車窓から流れ移る景色を見る。

河川敷に広がる景色に息を呑んだ。

それは、いつか彼と見た映画とは丸っきり違うけど、確かに今の私の胸をうつ景色に見えた。



















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